事務職員として生き生きと自分らしく働く ~精神障害のある方の雇用事例~
- 事業所名
- 社会福祉法人大阪自彊館
- 所在地
- 大阪府大阪市
- 事業内容
- 救護施設、身体障害者療護施設、特別養護老人ホーム、野宿生活者支援
- 従業員数
- ●名
- うち障害者数
- ●名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 精神障害 - 目次
- ホームページアドレス
- http://www.ojk.or.jp/
1. 事業所の概要
明治44年春、内務省の釜ヶ崎地区視察の結果、同地区改善のため、大阪府警察部保安課長・中村三徳により、大阪自彊館を開館。宿泊保護、職業紹介、授産事業を開始。大正2年財団法人「大阪自彊館」を設立。
昭和27年社会福祉法人へ組織変更し、生活保護法による更生施設・救護施設、身体障害者福祉法による身体障害者療護施設やデイサービス、老人福祉法による特別養護老人ホームなどの事業を時代のニーズに合わせて展開する。
近年でも介護保険法における指定居宅介護支援事業や大阪市から野宿生活者巡回相談事業などを受託し、福祉サービスを利用者に提供している。
○施設運営とサービスの基本信条は以下の通り
—大阪自彊館の目指すもの—
1. 時代の福祉ニーズとその変化を洞察しつつ、大胆適切に対応し、常に先駆的、開拓的役割を果たす。
2. 「あいりん」とともに生き、風雪に耐えてきた館の歴史的使命を継承し、地域が抱える課題に積極的に取り組む。
3. 当館創業の精神である「自彊息(や)まず」を、施設利用者に対する不変の方針とし、「他律から自律、依存から自立へ」を、利用者サービスの基本方針とする。
4. 消費だけに終わりがちな施設サービスから脱却し、物を生産するだけでなく、介護を受ける側と提供する側が互いに喜びを分かち合える施設サービス(消費福祉から生産福祉へ)を目指す。
5. 施設利用者一人ひとりの人格を尊重し、「その人」に即した過不足のない適切なサービスを提供する。
2. 就職に至るまでの経過
現在、社会福祉法人大阪自彊館(以下、自彊館)に勤務するMさんは、事務職としてデータ入力や電話応対の業務に携わっている。精神障害のある方にとって、事務職という業務での就職は、まだまだ途上にあるといえる。しかし何故、彼女が自彊館での勤務が継続できているかを理解するためには、彼女自身のこれまでの就職へ向けた取り組みを知ることが手がかりになると思われる。
Mさんは、社会人になって数年後に統合失調症を発病し、暫くは在宅療養をしていた。病状が安定して以降は、小規模作業所への通所を開始し、徐々に就職を目指すための準備を整えてきた。過去に経験のある事務職を志望していたが、PC操作の経験がなかったため、まずは短期委託訓練<*注1>のOAコースで準備を進めることにした。訓練では、基本的なワード、エクセルの操作を中心に学んだ。
それから障害開示で事業所実習(1ヵ月)や短期アルバイト(1ヵ月)を行い、そこでアンケート入力やファイリング、データ入力等の業務を体験した。最初は、短期アルバイトや実習において、新しい環境での過度な緊張や不安を抱えており、業務を覚えこなしていくことは大変、何とか指示された業務をこなすという状況であった。実習やアルバイトの期間終了後、就職活動を始めてみるが、すぐに就職に結びつかない焦りから障害非開示での就職も考えたこともあった。しかし体験を振り返り、業務に慣れるまでに時間を要することや業務に対する得手不得手もあることから、就労継続への負担は大きいと判断し、障害開示での就職を目指すことにした。
*注1 : 短期委託訓練 : 正式名称は、「障害者の態様に応じた多様な委託訓練」という。障害のある人が就職に必要な知識・技能を習得して、その就職の推進を図るため、社会福祉法人やNPO法人などを活用した1~3ヶ月の職業訓練を実施する。
3. 取り組みの内容
(1)自彊館との出会い
これまでの経験を振り返り、自分の希望する職種や無理のない働き方について検討した。障害開示で、短時間就労(週3日で1日5~6時間程度)が、自身の無理のない形で働けるものではないかと、最近の経験から考えるようになった。また希望職種としては事務補助的な業務で、電話応対はできるだけ避けたいという希望であった。
Mさんの希望をもとに、自彊館にて2ヵ月間、インターンシップ事業<*注2>を用いた事務補助業務訓練の実施を開始し、いくつかの部署を日替わりで体験することにした。主に出勤簿の検算や人事課の伝票整理、また受付業務に台帳インデックスの貼り付けなどの業務を各部署担当者の指示で行った。Mさんは、この体験を通して改めて、事務の周辺業務が好きなのだと実感し、もっと実践的な業務にも自彊館で携わっていきたいという意欲や希望が出てきた。しかし次第に期待に応えたいという思いと、自信のなさが交錯してしまった。
PC操作に自信をなくしかけた時期もあったMさんであるが、本人の要望からデータベース入力を行ってもらうことにした。インターンシップ終盤の新たな部署での業務であったが、Mさんはまた新たな部署での実習ということに多少のしんどさを感じつつも、担当者に質問しながら作業に打ち込んだ。この部署は、常時他の職員が在籍しているということもあり、Mさんにとっても安心して業務に取り組める環境であった。PC操作については、入力ということで一連の流れが理解できれば、基礎的な入力は可能であり、また不明な点もいつでも質問できるということで安心して業務に携わることができた。
*注2 : インターンシップ事業 : 「障害者の態様に応じた多様な委託訓練」の1コース。障害のある人を対象とした職場体験実習。
(2)訓練終了から雇用へ
2ヵ月が経過して、就職受け入れの方向で検討することになった。自彊館としては、本人を事務所に一人残して業務してもらうより、常時他の職員が在籍していることが望ましいとの配慮で、それが可能な部署でのデータベース入力の業務でトライアル雇用として受け入れることになった。火・木・金の午前9時~午後5時までの勤務を提示し、Mさん自身の希望の勤務体系とほぼ一致していたことで、安心した様子だった。安心感が得られたのは勤務体系だけが理由ではなく、周囲の職員との関係性も重要なポイントである。気さくで、気軽に話すことができ、相談できるということが、仕事を続ける上で必要なことであることを、Mさんは当初から言っていた。またMさんは、就職が決まったことで、笑顔で「早く仕事を覚えて、期待される人間になりたいです」と、焦った様子もなく落ち着いて話していた。
勤務開始当初は、データベース入力を中心に業務をこなしていた。業務を覚えるまで余裕がなかなか持てず、休憩を上手く入れられず緊張の続く毎日を過ごしていた。しかし職員より、温かい声掛けをいただいて何とか休憩を入れることができるようになり、時に雑談もできるようになった。3ヵ月ほど経過すると、他の職員の動きを見る余裕も出てきて、部署での期待に応えたいという気持ちが芽生えてくる。そこで、他の職員は電話応対しているが、自分だけ電話を取れないことが後ろめたい気持ちが沸いてきた。それから電話応対の練習を開始し、徐々に実践で電話を取るようにしていった。他の職員と同様の業務をこなせている自負が、安心して業務に打ち込めるものとなった。現場としても、難しい内容の話であれば周囲の職員に対応してもらえばよいということをMさんと確認して、業務範囲を明確に示すなどの工夫をしている。
現在は、パート雇用として活躍しているMさん。電話の取次ぎだけでなく、簡単な対応も行う。しかし様々な人からの電話に戸惑うこともしばしばあって、時に悩み混乱することもある。それでもじっと見守り、声をかける職員の存在が、Mさんの頑張れる原動力となっている。データベース入力も「なかなか慣れません」と話すが、他職員に相談しながら、着々と業務としてこなしていけるようになっている。
(3)事業所としての取り組み
Mさんが勤務を開始して1年が経過した。Mさんが実習にやって来て、これまでの経過を室長にお伺いした。まず実習に来た頃の印象であるが、「表情は硬かったですね。でも誰しも入社初日って緊張して硬くなるものですよね」と室長の言葉は至ってシンプルなものであった。障害があるから何か特別な配慮をするのではなく、普通にスタッフの一員として溶け込んでやっているとのお話だった。勤務開始から1年の経過の中での変化については、「仕事の覚えが早いことと、電話を自ら取ろうとする勇気・意欲がよかった」とのことだった。
これは、室長のみならず、職員全体でそのように思って業務を共にしている意識の共有化が図られている様子が窺えた。
(4)本人からのコメント(Q:筆者、A:Mさん)
Q1 : お仕事をする上で、大変なことは何ですか?
A1 : 電話の応対です。かかってきた電話だと、誰からのどこからの電話であるか、出てみないとわからないところが大変です。
Q2 : お仕事をする中で、良かったと思うことは何ですか?
A2 : 今日、これだけ仕事をしようと考えて、それができた時が良かったと思います。
Q3 : お仕事を続けるための秘訣や工夫を教えてください。
A3 : 規則正しい生活とわからない事はすぐに聞くことです。
Q4 : 今後、お仕事の中で目標としていることなどありますか?
A4 : 無理せず、淡々と仕事がこなせればいいと思っています。
Q5 : これから就職を目指す方々へメッセージをお願いします。
A5 : まず目の前に与えられた仕事をきちんとこなすこと、わからない事はすぐに周りの人に聞くことが大切だと感じています。
4. まとめ
Mさんと初めてお会いしたのは、2年半ほど前のこと。その当時は、どことなく緊張していて、「働きたい」という思い以上の不安を抱えていたことを思い出す。それでも諦めずに果敢に前を向いてチャレンジしてきたMさん。現在の働く姿を見ていると、本当に誇りを持って業務に取り組んでいることをヒシヒシと感じる。自信を持って、自らの意見や体験を話していただく姿を見て、やはり「働く」ということの意味の大きさを実感する。
事務職での就職を希望される精神障害のある方は少なくない。しかし事業所実習の機会すら持てる場が少ないのも現状である。Mさんのように就職への歩みを経て、これまで築いてきた職務経験や訓練の積み重ねが、就労継続していく自信や力の源となっている方々を拝見し、実習から始められる事業所が増えていく必要性を感じる。それが精神障障害のある方にとって、働くことを実現する可能性を広げる一歩となるものと思われる。
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