障害者どうしが力を補いながら、仕事の力をつけていく
～精神障害者の雇用を拡げるために～
1. 事業所概要
産業技術の非常に広い分野におけるさまざまな技術開発を総合的に行う研究組織である。2001年の中央省庁再編に伴い、通商産業省工業技術院傘下の15研究所群を統合再編して発足したものである。霞ヶ関の経済産業省内に本部を置き、茨城県つくば市の最大研究拠点並びに日本全国に研究拠点を構えている。
事例で取り上げるAさん・Bさんは、大阪府池田市内にある関西センターで勤務をしている。業務内容は広大な敷地内の緑地管理で、平成20年からゴミ集めや除草作業、樹木選定等の屋外作業などの環境整備業務である。雨天時など天候の悪い日は、図書室の書籍整理業務をしている。春から秋は、除草作業、秋は落ち葉処理、冬は樹木管理と季節に応じた業務がある。
2. 障害者雇用の経緯
精神障害のあるAさんが当該事業所で雇用されるきっかけとなったのは、職業安定所の障害者を対象とした求人票である。Aさんは、前職の経験を活かせる清掃業務を希望業種としていた事と、勤務日数や勤務時間が柔軟に決めることが出来る事もあり、前向きに挑戦する事になった。真面目で、指示された事は断れずに受け止めてしまう性格から、気付けば業務量も増え、当初は勤務日数が週3日で無理なく働けるからこそ就職をしたはずなのに、気付けば勤務日数が週6日に増えてしまっていた。正義感や責任感の強いAさんゆえ、体調に不調不安があっても休む事が出来ず、無理をしすぎて調子を崩してしまうことを懸念し離職の決断をせざるをえなかったのである。
面接には、当該事業所の産業医が面接官に立ち合い、通院や服薬の内容、現在の症状や状況の聞き取りがあった。Aさんの雇用の決め手は、自身の症状をきちんと把握しており、質問に対して自分自身のありのままのことを伝えることが出来たことと、働きたいという思いが強かった事だった。事前に本人の病状や配慮事項を整理し調整できたことは、Aさんを安心して従事員として迎え入れることにつながった。
3. 取り組みの内容
（1）職場実習から始めたAさんの雇用に向けた取り組み
屋外での清掃業務の経験があるAさんは、業務の習得についての不安はなかったが、体力面・精神面での負担を考慮し、本人が希望している週4日勤務よりも更に短い週3日、3時間勤務から始めることにした。作業内容もAさんに負担がない範囲で職務設計を行った。
当初は、雇用支援センターの担当スタッフも適宜ジョブコーチ的な支援を行い、環境整備業務を担当する現場職員がAさんに無理なく指示ができるような人間関係作りの支援を心がけていった。精神障害のある本人の性格から、必要以上に周囲に気を遣ってしまうものの、全体の作業スケジュールを気にせずに、一つの作業に没頭してしまうこともあった。そこで、付かず離れずの距離でAさんの作業を見守ることで、Aさん自身が気後れしない程度で休憩時間や作業変更になることの適宜の指示と、健康管理面からも作業スケジュールを守ることの大切さを伝えていくようにしたのである。
（2）細やかな体調面の確認
Aさんの受け入れに際して、現場職員が配慮をしていることの一つは、Aさんの疲労度合いの目に見えないサインに気づいてもらうことである。残暑が厳しい時期での職場実習の取り組みであったため、業務の一つである敷地内の緑化管理作業は大量の草が生えわたっているのである。目の前にやるべき仕事が次々とある中、責任感の強いAさんは、つい作業をやりすぎてしまいかねない。そんな中、現場職員がAさんの表情、作業の動きにも常に注意を払い、様子に異変があるときは、Aさんを呼び止めて、Aさん自 身に疲労度を自覚してもらうような「気づき」を促す関わりを求めた。
また、Aさんの所属部署の室長も、必要に応じて作業内容の確認や体調の把握をしている。Aさん自身もその都度に仕事のことで気になることを質問したり、作業の状況を報告することで、自身の事業所内での役割を改めて確認する機会になっている。
（3）『詰所』の設置
新たな障害者の受け入れに際しての事業所内環境での配慮として、屋外清掃担当者としての『詰所』を新たに設けることにした。精神障害のあるAさんにとっては、気兼ねなく休憩ができるスペースができることで、適宜緊張をほぐすことが可能となった。『詰所』には、社内LANに接続されたパソコンも設置し、出勤簿の入力や事業所内の予定の確認等もできるようになっている。積極的なAさんは、毎日、パソコンで把握できる情報を確認することで、事業所への帰属意識を高める結果につながっているようだ。
（4）Aさんの負担を軽くする目的もあったBさんの雇用
当該事業所の敷地は、これまでは専従の屋外清掃の担当者を配置していなかったこともあり、年に1～2回は外部業者に管理業務を委託している状況であった。だが、Aさんが就職したことにより、事業所での障害者雇用の職域として、十分に完結できることも確定できたのである。
とはいえ、精神障害ゆえに体力的にも精神的にも過度の負担をかけることができないAさん一人に、事業所での屋外清掃業務全般を任せることはできない。そこで、もう一名の障害者雇用としてBさんを雇い入れることとしたのである。
Aさんの負担にならないためにも、現場担当職員でBさんに作業を伝えていく予定であったが、実際には、Aさんが積極的に伝えていった。Bさんは言語のやりとりだけでは理解することが難しく作業に対しての不安を持つ場面もあったが、Aさんは、Bさんの動きを判断して、必要に応じて見本を示して伝えていった。Aさんの伝え方はBさんの作業意欲を惹きだした。Bさんの一生懸命さがAさんの仕事に対しての自信がつき、やる気とやりがいにも繋がり、それぞれが能力を発揮出来るような体制が確立されてきた。
（5）本人たちの負担にならない範囲で計画的に勤務日数を増やしていく
AさんとBさんの2名による作業にも慣れてきたと判断した事業所は、計画的に勤務日数を増やしていくこととした。Aさんの希望は週4日5時間勤務、Bさんの希望は週5日6時間勤務であり、業務に慣れるにしたがい、本人たちも会社側もつい勤務日数と時間は増やしがちである。しかし、主治医や本人と長く関わっている地域生活支援センターのスタッフの意見もふまえ、会社での面談を通じて、体力面と精神面への負担を確認しながら、徐々に勤務日数と勤務時間を増やしていくように進めていくことにした。この取り組みによって現在、Aさんは、当初の希望どおりの勤務時間となりBさんも週4日勤務にまで日数を増やすことができている。
4. 今後の展望と課題
精神障害のあるAさん、対人関係で気を遣いすぎるBさんそれぞれの体調面の把握は、今後も必要となってくる。それに対しては、所属部署の室長が定期的に面談をする中で本人の状況を確認するような体制をとっている。もちろん、面談以外でも本人たちをまじえた会話の中から、本人たちの状況を可能な限り確認するとともに、本人たちが気軽に相談できる関係づくりを心がけている。
Aさん、Bさんの勤務日数、勤務時間が増える中で芝刈り機を使った屋外作業に取り組む等、新たな職域にも挑戦をしていく予定である。また、事務系の職種でも障害者雇用に取り組むなど、事業所の中での障害者が活躍する場が着実に増えている。これらの取り組みを支えているのは、この事例でも紹介しているような障害者の体調や能力に合わせた職場環境や仕事内容の調整を行う事業所の姿勢である。
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