会社の期待を背負い、中核社員としてがんばる障害者
~未曾有の不況を乗り切るために~

1. 事業所の概要
昭和51年創立。半導体メーカーにおける工場内生産ライン設備の部品製作、並びに食品関係の各種設備の製作及び組立他、金属加工の技術を活かした製品作りを行っている。
同社は以前より環境問題に対して高い意識を持っており、平成15年に環境マネジメントシステムに関する国際規格であるISO14001を取得、平成19年には鹿児島市の環境条例に基づく環境管理事業所の認定を受けている。
また、毎月1回は周辺地域の清掃活動を行うとともに、環境カウンセラーを講師に迎えて勉強会を実施している。
加えてここ数年はCSRや地域貢献にも積極的に取り組んでいる。ピッチングマシンを製作して高等学校の野球部に寄付したのはその一例である。
株式会社 ハラダ精工の環境理念 |
株式会社 ハラダ精工は地球環境保全、汚染予防の重要性を認識し企業活動を通して、地域との共生を推進する。 |
2. 障害者雇用の経緯
3年ほど前に、東社長がやむにやまれぬ事情で、特殊な仕事(専門の技術と高度なクオリティーを要求される製品の製作)を受注した際のこと。当時社内には、社長以外にこの注文に応えられる技術を持った社員が存在せず、完成品検査・納期その他を考えると、どうしてもその専門技術を持っている人間のサポートを必要とした。そこで、以前からの知己であり、かつ件の技術を持っていたAさんに声をかけ、納品完了までの予定でアルバイトとして採用した。
ところで、当事業所の社員採用の選考基準においては、原則として現社員の意見が大きな割合を占めるのだという。社長曰く、「社外にいる時間の方が圧倒的に長い私よりも、多くの時間を共に社内で過ごし、一緒に業務を遂行していくことになる社員の声を重要視するのはとても大切。社員に仕事仲間として認められる人物を選ぶのは当然のこと。」なのだそうだ。
前述した特殊な仕事の終了後も、引き続きAさんに勤務してもらうことになった背景には、一緒に業務を遂行していくなかで、Aさんの仕事に対する熱意や態度を評価し、その資質と技術が素晴らしいものであることを理解した東社長と他の社員の共通した思いがある。
当初はAさん本人の事情もあってアルバイトの身分であったが、一年前から正社員として勤務、現在にいたっている。
3. 取り組みの内容
(1)社長の評価と障害者本人の自己評価
取材の中で東社長が何度も口にした言葉、それは「とにかく明るい人ですから」である。筆者も同感するところ大である。
それ以外に社長から見たAさんは次のような特長を持っている。
・ 仕事の「のみこみ」がとても早い
・ 手先がたいへん器用である
・ 当事業所で使用する機械の全てに関し、操作方法その他に精通している
・ 図面を正確かつ迅速に読むことが出来る
・ 非常に微妙かつ繊細な感覚を持ち合わせ、機械では決して代わりのできない、人間の手作業に頼るしかない仕事をこなすことができる
・ 何より「ものづくり」が非常に好きである
一方、Aさん本人の自己評価はこうである。
・ 几帳面である
・ きれい好きである
・ 後片付けが苦にならない
・ 「ものづくり」が好きである
(2)障害者に対する職場教育
Aさんは現在40代半ば。職歴を振り返ると、自動車メーカーの製造ラインで8年余り働いた経験を皮切りに、製造業の現場一筋である。
立派なキャリアと職人の腕(技術)を持つに至ったのは、「ものづくり」が好きであるという本人の性格はもちろん、常に向上心を持ちながら、これまで誠実かつ真摯に仕事に打ち込んできたからに他ならないと思う。
いくつかの取材先で実際に見てきたように、そしてこの障害者雇用事例でも数多く紹介されているように、きちんと育成していけば、企業に欠かせない戦力となることの一例である。
職場の安全衛生の保持上、必要な職場教育は、主として東社長が手話で行っていて、聴覚障害のある従業員が働いている職場でよく見かけるパトライト(パイロットランプ)は今のところ設置していない。


(3)コミュニケーションについて
東社長は手話ができるため、毎朝の朝礼の内容や業務上の伝達事項等については、漏らさず社長自ら本人に伝えている。また、二人で一緒にいるときは社長が通訳を務めている。
筆者がAさん本人に取材を行った際も、社長が自ら通訳を務め、取材はたいへんスムーズに運んだ。目の前で繰り広げられる、二人の手話による会話を見ていて、日頃のコミュニケーションの深さと濃さが見て取れた。
一般社員との間では筆談がメインであり、かたことの手話とジェスチャーがこれに混ざる。また、前記3の(1)にあるように、本人が図面を読めるため、業務上は図面だけで内容が通ずることも少なくないとのことである。
聴覚言語障害者とのコミュニケーションツールの一つとして、携帯電話の電子メールがよく利用されるが、ここではそれに制約が生じている(P社のみが通話エリア内で、他社は通話エリア圏外である)ため、利用度はあまり高くない。
そのための工夫として、近くだが手は届かないといった距離にいる他の従業員に呼びかけたい場合、あるいは逆にAさんに呼びかける場合は、エアガンで圧縮空気を吹きかけてこちらを振り向かせることも少なくないという。

向かって左 Aさん(重度一級聴覚障害者)
こうしてみると仲のよい兄弟のようでもあるが、東社長によると、勤務するようになってしばらくしたころ、Aさんの表情が曇りがちな時期が続いたらしい。
それが職場内におけるコミュニケーション不足によるものであることを見抜いた社長は、一生懸命手話を勉強し、Aさんとのコミュニケーションを深めることに努めた。
「手話はどこで勉強されたのですか。」という筆者の問いに、「NHK教育テレビの手話番組で覚えました。あとは表情や口元や身振り手振りで・・・・。正式なもの(手話)でなくても、その気になれば自己流でも通じるもんです。」と社長。まことその通りである。
また、コミュニケーションをさらに密にする目的と、社長不在時の通訳として、新入社員に手話のマスターを命じている。
(4)未曾有の不況を乗り切るために~「モノ作り」から「モノ創り」へ~
米国のサブプライムローンに端を発した世界同時不況は、当事業所にも大きな影を落としている。
東社長は、こんなときこそ将来に向かっての種まきが大切だと訴える。と同時に、生き残るために、思い切ってこれまでのスタイルを変える必要もあると説く。
その具体策の一つ。従来は限られた業界から注文を受け、それに沿って製品作りを行ってきた、言わば受身の経営であった。今は、これまで取り引きがあった業界だけにこだわらず、さまざまな分野にこちらから製品を提案していく積極的な経営、思いもよらなかった場所で、自社が持つノウハウを活かした製品を活用してもらう、新たな需要の発掘が不可欠だという。
アイデアを出し合い、製品をイメージし、それを基に図面を引き、製品化して売り込む、単なる「モノ作り」ではなく、より創造性が必要な「モノ創り」への転換を図るのだという。その一翼を担うのが、旺盛な好奇心、優れた技術、そして豊富な経験を持つAさんに他ならないと、社長は期待している。
4. 今後の課題ほか
最後に東社長に以下を尋ねてみた。
「今後の課題は何ですか。」
「そうですね。近々の課題ではありませんが、一つは、Aさんの持つ技術を後に続く者に継承していくことでしょうか。」
「行政を始め、関係機関に何か要望などはございますか。」
「私は、トライアル雇用もジョブコーチも各種助成金も全く何も知りませんでした。本当は私自身がもっと勉強しなくてはならないのでしょうが、なかなか思うにまかせません。障害者に関するさまざまな情報を、もっと広く周知していただけるとたいへん助かります。それから、もっと多くの方に現場や実態を見ていただければいいなあと感じています。現場を知る方が増えれば、雇う側もいつでも安心して相談できますから、今よりずっと障害者を雇いやすくなるはずです。」
「障害者雇用に踏み切るかどうか、迷っていらっしゃる事業主の皆様に一言。」
「障害者に限ったことではありませんが、人を採用するときは、欠点や短所を見つけるのではなく、いいところを見つけてあげるのが大切ではないでしょうか。障害=欠点だからマイナスと捉えるのではなく、特技や長所を見つけ、それを自社で活かせるかどうかを考えてあげることで、会社経営はよりよくなると思います。大企業とは違い、経営者の目が隅々まで行き届く中小企業だからこそ、障害者雇用(障害者個々の持つ能力を伸ばし、活用すること)が可能だと思います。」
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