障害者雇用についてはコンプライアンス遵守へ向けた取組がきっかけで、人事担当者がフォローしやすい本社工場を中心に雇用を進めている。
　かつては障害者を採用してもほとんどが短期間で辞めていくので、定着率が低かったが、平成26（2014）年以降は定着する者が増えてきた。意識的に精神障害者を採用したわけではなかったが、現在、障害のある社員のほとんどが精神障害のある社員という状況である。
　障害者雇用に取り組み始めた当初はなるべく業務に影響の少ない軽度の身体障害者を採用しようとしていたが、なかなかそうした応募者はなかった。
　他方、精神障害者に対しては、マスメディアで取り上げられる極端なイメージによって先入観があり、応募があっても採用することにためらいがあった。
　また、実際に障害者就職面接会で重度の障害者と面接をすると、一部の方の言動などに採用担当者は圧倒され、職場になじまないのではないかと感じたこともあった。
　しかし、面接会への参加を続けているうちに、障害があることを感じさせないような方に出会うことがあり、この方なら業務に就いてもらうことができると思われる方（精神障害のある方）の複数名の採用に踏み切った。

(1)退職者の続出と新たな取組の模索
　ところが、採用後数日から数か月程度で退職する事態が相次いだ。精神障害がある社員は一見しても障害の状況がわからないので、上司や同僚などが障害のない社員と同じように接してしまい、本人に相当な負担がかかってしまったようだった。
　そして退職する側は「もう無理です」とあっさり辞めてしまい、会社側は引き留め方や対処方法がわからず立ち尽くしてしまうような状況だった。
　その後、こうした失敗経験を踏まえ、社内で検討を重ね、以下の内容に重点を置き職場定着に向けて取り組むこととした。
　　・障害の内容を理解し、個別に対応方法を考える
　　・上司や同僚などへの説明と周知の徹底
　　・本人の希望確認と可能な限りの対応
　　・障害者就業・生活支援センターをはじめとする就労支援機関の活用

(2)一人ひとりに応じた対応
　障害のある者個々人によってその障害の特性は様々であり、対応方法も異なってくる。障害のない人も個別対応が必要なことは同じだが、障害がある場合には個別の具体的配慮の必要性が高い。そのため、まずは採用時に障害のある社員一人ひとりにヒアリングを行うとともに、実際に業務に従事するなかで出てくる課題もあるので、採用後も必要に応じてヒアリングを行い、配慮してほしいことなどを把握することに努めた。また、第三者である障害者就業・生活支援センター（以下「支援センター」という。）の協力が得られる場合にはヒアリングに同席してもらい、本人の要望などをもとに、より具体的な対応方法などに関する情報や助言を得ることができた。
　そうした取組をもとに同社が行った具体的な対応事例は次のとおりである。
　　・人の視線が気になる社員には作業机の向きを変えたり、目隠しを作って対応した。
　　・プライドが高く、自分のやり方にこだわりが強い社員には、会社で指示した方法の重要性を根気強く説明し、本人が納得した上で作
　　　業するよう促した。
　　・ミスをした場合にその点のみを注意しただけでプレッシャーを感じて翌日休んでしまうような社員には、注意の仕方を工夫し、何
　　　が原因だったのかを一緒に考え、今後はどうすればよいのかをわかるように説明した。
　　・ささいなことが気になって仕方のない社員には、本人が不安に思っていることがあれば上司などが話を聞くことを伝え、実際に相
　　　談があったときには話を聞き、必要な説明などを行い安心させるようにした。
　　・周囲を敵味方に分ける傾向のある社員には、本人が気の許せる社員を経由して指示出しをするようにした。

(3)上司・同僚の理解を深める
　直接の上司を始めとする同じ職場の社員へ障害者本人の同意を得て障害の特性と対応方法、ポイントを説明した。
また、障害者雇用制度そのものをよく理解していない社員が多いことから、障害者雇用の必要性、法的義務、会社のメリットを社内全体に向け周知し理解を求めた。
　また、経営者も障害者雇用に理解があり、製造本部長が現場に通達するなど全社的に取り組んでいることが社員に伝わり、現場の理解がじわじわと広がっていった。

(4)就労支援機関の活用
　一番効果があったのは支援センターの活用だった。障害者の就労に関する専門家の支援が得られたことは非常に有効であった。採用活動においても支援センターの職場実習制度を活用し、会社側と本人との間の問題を洗い出してマッチング状況を見極めることができた。採用後に色々な課題が発生した際にも会社と本人の間に立って調整し、解決につながった。会社としてすべきことは会社がすべきであり、支援センターへの丸投げや頼りすぎる訳にはいかないが、本人が休んで連絡がつかない時に、支援センターが自宅を訪問したり、家族に連絡し、相談するなどの対応してもらったことがある。
　また、地域障害者職業センターのジョブコーチの活用については、より個別的・具体的な指導・支援が必要な場合には支援を得ている。この制度があるおかげで継続できているという社員もいる。ジョブコーチの支援を受けることで、スムーズな離陸をサポートしてもらうイメージである。
　精神障害のある社員は相談できる相手がいると安定しやすい。ジョブコーチや支援センターに定期的に様子をみにきて、相談してもらっている。そうした支援がなければ退職していたかもしれない社員も多かったと思う。就労支援機関の活用は精神障害者雇用の主力ツールだと同社の担当者は考えている。
 

　同社では、法定雇用率の達成に向けて積極的に障害者雇用に取り組んでいるが、一度に多数の障害者を採用しても、受け入れ体制に限界があり、ひとりひとりの特性に合わせた配慮が困難になるので、半年に一人のペースで採用を進めている。
　障害のある社員の担当業務も今ある業務に就けるのではなく、できる業務を探すというスタンスで考えている。探せば必ずやってもらえる業務はある。そして、障害者用の仕事だから採算は別というようなことではなく、障害のない社員と同じように会社や社会に貢献することを目指して働いてもらうべきと考えている。その方が本人たちのやる気やスキル向上にもつながると考えている。
　障害のない社員より時間がかかるかもしれないが、慣れるまでは短時間勤務から開始し、本人の習熟度を確認しながら少しずつ就労時間を延ばしていっている。
　法定雇用率を達成したから良しとするのではなく、現在、就労しているメンバーの頑張り具合を評価し将来に向け更なる雇用を検討している。特別支援学校の生徒の職場実習も積極的に受け入れているが、それも将来の雇用拡大を見据えての受入れである。