（1）事業所の概要
　株式会社山のせ（以下「当社」という。）は、昭和51（1976）年に「たらいうどん　山のせ」として創業し、現在は徳島県、香川県で3業態（うどん、とんかつ、ステーキ）10店舗の飲食店を営業しており、「いのちを育む経営」という経営理念の基、食を通じて、社を取り巻く人々のいのちを活き活きと育み、社会に貢献できる企業を目指し営業している。
　社員数は320名、うち正社員は32名で、その他はパート、アルバイトが占めている。また、パート・アルバイト比率が高いために、店舗での業務はV-UP（ビジョンアップ）制度といわれるマニュアル兼評価ツールを用いて、トレーニングを行っている。
　店舗で担当する業務は、大きく分けて2種類であり、調理などをメインに担当する「キッチン」と、接客をメインに担当する「ホール」に分かれている。近年はこの2つの業務の垣根をなくし、調理、接客2つを兼務し、「誰でも何でもできる」という社員の多能工化を進めている。

（2）障害者雇用の経緯
　当社は法令等に定められた障害者の雇用義務を果たすという観点から、本格的に障害者雇用に取り組もうと決意した。まず初めに行ったことは、近隣にある特別支援学校から就業体験（職場実習）を受け入れることであった。受け入れ当初は、学校から推薦されたどの生徒に対しても、同じ期間・作業内容などで行っていた。最初は、障害に対する理解も浅かったため、どんな仕事を担当させてよいのか分からずにいた。また生徒によって障害の程度や内容が違うことを十分に理解しないままスタートした取組であったため、実際に対応する現場では戸惑いがあった。結果として就業体験の場を特別支援学校に提供することはできたが、当社での採用や障害者の受入れに向けた職場環境の変化（社員の意識変化や障害に応じた指導体制など）には結び付かず、より具体的な障害者の雇用とその対応を考えることが急務となった。

 

（1）取組の内容
　当社では、前述のとおりノウハウもないまま障害者の雇用をスタートさせ、何人かの障害者を採用したが、継続的な雇用にはつながらずにいた。そのような状況のなか、転機となったのは香川県丸亀市にあるA店舗での障害者雇用である。
　A店舗では障害者就業・生活支援センター（以下「支援センター」という。）との連携により、1名の精神障害を持つBさんの採用を決定した。そこでは店長はBさんや支援センターから障害や病気の状況、配慮すべき点などについて細やかなヒアリングを行い、またそのヒアリング内容をスタッフとも共有した。店長はヒアリングの結果から、Bさんについては会社が進めていた多能工化の職務内容ではなく、本人が得意とする業務を集約し、繰り返し作業ができる環境づくりを行った。そして、今までのV-UP制度を利用した職務やトレーニングから、スタッフの共通の理解のもと、本人に合わせた職務内容を選定し、就業が開始された。

（2）取組の効果
　そうした取組の結果、Bさんは継続的・安定的に勤務している。そして、本人の継続雇用が可能になったことに加えて、Bさんを雇用することにより、その周りにいるスタッフが変化していった。実際に店舗で行われた会議で周りのスタッフは「私たちは、障害を持つ人と接する中で優しくなりました」と発表しているが、本人への対応を一人ひとりが気をつけた結果、Bさん以外の周りの人への対応や言葉遣いに変化が表れた。今までは、V-UP制度に従い、定型的な説明で相手が理解しているか判断しないまま、業務の指導を行っていた。しかしBさんに対しては、今まで以上に丁寧な説明を行い、理解しているかどうかを表情や質問で確認し、更にOJTの時間を十分に確保するようになった。そうした経験やノウハウが周りのスタッフの育成にも還元され、職場環境が変化し始めた。それは、障害のない者も障害のある者も一人ひとりの理解度や得意なこと、不得意なことは異なり、画一的なマニュアルだけでは十分でなく、それぞれに合わせたトレーニングが必要であるということに気づくことができたことである。
　この事例により、障害者雇用を進めるうえで、一人ひとりとの話し合いの中で業務内容やトレーニング内容を定めることにより、安定した就業が可能になることが会社の共通理解となった。またそれが社内に波及して、周りのスタッフに好影響を与え、職場環境が良くなることも分かった。当社はこの成功事例をもとに更に障害者雇用を推し進めようと着手した。しかし、実際に雇用しようとしてもなかなかマッチングがうまくいかず該当者が見つからない状態に陥った。
　
（3）取組の進化
　そのような時に、徳島県のハローワークが主催する障害者の就職面接会への参加を勧められ、参加することになった。事前にハローワーク担当者と打合せ、面接の際にもミスマッチがないように心がけたことで3名の雇用につながった。しかし結果的には、安定的な雇用につながった人と、マッチングがうまくいかなかった人に分かれてしまった。安定的な雇用につながらなかった人は、当社と本人の間の意思疎通や業務の理解が十分にできていないまま雇用に至ったためであった。面接を行ったとしても、就業のイメージや働き方の共有ができているか確認を密に行わないと、継続的に職務に就くことができないことが分かった。
　安定的な雇用につながったのがCさんである。Cさんも精神障害のある人であったが、面接の際に支援センターのジョブコーチから調理が好きな方であることや、障害の状況などを詳しくヒアリングができたこともあって、スムーズに働きはじめることができた。また、雇用後も継続雇用のために勤務条件も柔軟に対応するように心がけた。それは、体調や精神面を考慮し、本人やジョブコーチなどと相談しながら就業時間の調整を行ったことである。また店長と定例的に面談などを通じてコミュニケーションを図りながら、丁寧な指導・教育を進めることで、できる業務を少しずつ増やしていくことができたことである。
現在では、Cさんは朝礼の司会を担うこともある。そして、そうした当社の取組を理解し、自分から積極的に関わるようになっており、年に1度開催される社内運動会や半期発表会への参加をしている。
　当社の取組は、すべてが順風満帆ではなくトライアンドエラーの繰り返しであった。しかしながら、一人ひとりに合わせ、当社の仕組みを柔軟に変更したことや、密なコミュニケーションを定例的にとることなどにより、安定的な雇用に直接結びついている。また、それに伴い、面談の変化、周囲のスタッフのコミュニケーションの変化など、様々な副次的な効果を発揮している。

　企業として考えた場合には、まだまだノウハウが組織に蓄積されていない。しかしながら、障害者雇用により社員一人ひとりが認め合い、支え合える職場環境がつくられるきっかけとなることが分かった。これは当社が目指す職場環境であり、これからの社会にも必要なものであると考えている。今後、飲食業界では高齢者や外国人を含めた雇用のダイバシティ—が加速されると予測されている。当社は、これに対応するために、障害者雇用により知り得た、職場環境整備の重要性や社内の教育体制の見直しが、今後はますます重要になっていくと考えている。
　まだまだ、すべての店舗で障害者雇用ができているわけではなく、店舗間でのバラツキがある。成功事例や面談の仕組は社内で共有し、全体的な底上げを図りながらも一人ひとりに寄り添える社風づくりが大切である。今後は、障害者雇用を更に促進させ、一人ひとりに合わせた、より良い職場環境づくりへ更なる努力を続けていく所存である。