（1）設立などの経緯
　鳥栖NOK株式会社（以下「同社」という。）は、昭和48（1973）年に総合部品の世界的トップメーカー「NOK株式会社」の生産拠点のひとつとして佐賀県久保田町（現　佐賀市）に設立された株式会社タイラ工業をスタートとする。その後、タイラ工業は、平成18（2006）年に設立されていたみやきシール工業株式会社と平成21（2009）年に合併し、翌平成22（2010）年5月には現在のみやき町に移転・統合を経て、同年7月に鳥栖シール工業株式会社へと社名変更した。さらに令和元（2019）年10月からは、親会社との関係を深めるために鳥栖NOK株式会社へと社名変更した。
　平成22年のみやき町への移転を機に、地域に根付き、お客様、従業員、サプライヤーなどのステイクホルダー（利害関係者）が誇りを持てる企業を目指し、良き企業市民として社会的責任を着実に果たせるよう、社業発展に励んでいる。

（2）事業概要
　工業用ゴム製品製造業として、自動車に使われるゴム製品（使用箇所：ブレーキブースター用ダイアフラム、オイルポンプ用ガスケット、ECUケース用ガスケット、ショックアブソーバー用ストッパーなど）、建設機械や射出成型機に使われる油圧シリンダー用パッキン、産業機械に使われるゴム部品（使用箇所：ガスメーター遮断弁、給湯器用ダイアフラム、インクジェットプリンタ用ワイパーなど）の製造などを行っている。

　平成25（2013）年に現社長の就任を機に、障害者の法定雇用率の達成、雇用拡大を図ることで近隣住民や福祉施設利用者の働ける場所としての地域貢献を目指し、障害者雇用について様々な取組を実施してきた。現在、聴覚・言語障害のある社員が6名（製造業務に従事）、精神障害のある従業員が1名（清掃業務に従事）の計7名を雇用している。また、5名以上の障害者を雇用しているため、障害者職業生活相談員資格認定講習を受講した2名の相談員を業務部に配置している。なお、同社では業務部が中心となり、障害者雇用（募集・採用、社内調整、就職後の相談など）を進めている。　

（1）障害者の採用に向けた幅広い求人活動
　ハローワークの求人部門や専門援助部門担当者からのアドバイスにより、特別支援学校や障害者支援施設への訪問、佐賀県主催の障害者就職面接会への積極的な参加、ハローワークへの随時相談を行なっている。また、委員として、ろう学校や特別支援学校就労支援連絡会議への参画、特別支援学校支援サポーター企業への登録、ろう学校や聴覚特別支援学校の就業体験報告会や文化祭、体育祭への参加など、多岐に渡る求人活動を行ない、様々な機関とつながりを持つことで情報収集に努めている。

（2）支援機関との連携について
　ハローワーク、聴覚障害者サポートセンター、障害者就業・生活支援センター（以下、「支援センター」という。）、障害者相談支援センター（以下、「相談センター」という。）、地域障害者職業センター（以下、「職業センター」という。）など、様々な支援機関と連携を図っている。採用や仕事面の相談は、ハローワークや職業センターに行い、日常生活面や家庭状況の相談は、支援センターや相談センターへ行うなど、障害者の採用前から職場定着までの間において、「どこに何を相談すれば良いのか」ということを明確に理解し、支援体制を構築している。

（3）精神障害のあるAさんの雇用事例から
　Aさんは精神障害のある方で、ハローワークからの紹介により雇用に至った。Aさんは、前職でトイレ清掃業務の経験があったことから、当時、外部委託していたトイレ清掃業務をAさんの従事業務として雇用することで、業務の内製化に取り組んだ。その結果、清掃業務の内製化に成功し、Aさんの経験や能力を活かすとともに事業所のコスト削減につなげることができた。
　同社は、初めて精神障害者を雇用するということで、作業能力や事業所内でのコミュニケーション面、健康状態と自己管理状況、日常生活状況など、様々な点で心配していた。これらの心配事を解消するために、職業センターの職務試行法（職場実習）を活用し、面接時には、Aさんの家族、支援センターや相談センターの支援員の同席を得て相談することで、勤務時間や仕事内容などにアンマッチが無いよう配慮した。勤務時間については、家庭の状況を考慮して、通常より短い時間を設定。採用後は、朝礼や毎日、日常点検表（支援センターの助言を受け、Aさんと相談して作った日々の作業や不具合を記録する日報的なもの）を提出してもらう際の随時相談、ジョブコーチ支援の活用や支援センター支援員との3か月に1度の面談、家庭での生活状況などについては相談センターからの情報提供により状況把握とタイムリーな対応など、定着に向けた取組を行なった。
　Aさんの作業手順の定着を図る取組としては、通常の作業手順書で作業教育を行なっていたが、分かりにくい点があるとのことで、本人と話し合った上で写真付きの点検表2種類（下の資料「清掃・補充日常点検表」の（1）と（2）を参照）を作成し、その点検表に本人及び管理者の確認欄を設けて運用することとした。さらには、使用する雑巾の色を拭く場所（鏡や便座など）によって色分けするという工夫を施した。本人の理解力を考慮した対応策を講じた結果、文字で分かりづらい部分が写真や色で示されることで、本人が判断しづらかった部分の基準が明確になり、Aさんにとって困らず仕事ができる環境へ整備することができた。その他にも、Aさんの体力面などの身体状況に応じて、勤務時間の設定や業務内容の見直しを本人と話し合いながら決めていくなどの配慮をすることで、Aさんがこの先も長く働き続けられるような環境作りを継続して行なっている。
　清掃・補充点検表（以下「点検表」という。）の活用方法は、点検表(1)は清掃箇所の作業漏れが無いかを清掃後にAさんが確認するものであり、点検表の導入によりトイレットペーパーの補充漏れやごみの回収漏れなどが発生しなくなった。また、点検表（2）は、毎日、上司宛てに清掃終了後の完了報告及びトイレの不具合（蛍光灯切れ、水詰まり、水漏れなど）を連絡するためのものである。清掃箇所がたくさんある中では、不具合などを覚えておくことは大変であったが、記録用紙（点検表）に記入することで報告漏れを防いでいる。
 

　社長は、社長就任当初は法令遵守の一環として、法定雇用率を守るためにはどのような障害者をどうやって雇用したら良いのかを悩んだそうである。そこで、ハローワークへの相談などを通して、近隣の特別支援学校や障害者支援施設を訪問するなかで、障害者の就業意識の高さを知り、作業に黙々と取り組む姿勢を見て感銘を受けたとのことである。そして、障害者について、様々な情報を収集する中で、「義務だから障害者を雇用するのではなく、かれらの高い意識、姿勢を当社の社員にも学んでもらいたいし、十分に戦力にもなる。是非、当社で働いてもらいたい」という考えに変わり、現在においてもその考えは変わらず、障害者を多く雇用する企業や支援機関の見学を行うなど、障害者雇用について日々学んでいる。同社で働く障害のある従業員に対しても、「仕事に対する意識の高さ、姿勢で刺激を受ける」ことに加え、普段の生活では障害のない者が障害者と接する機会が多くはない現状の中で、「職場に障害者が多くいることで、会社が障害者を知る、接し方を学ぶ機会になる」との思いを持ち、「今後も障害者のことをもっと学び、積極的に雇用を図っていく」と述べている。

　障害者雇用に関して、障害者のことを知るために日々研鑽を続ける社長とその思いを理解し、応えようとされる業務部を中心とした従業員全体の努力や連携があることで、同社では障害者にとって長く働き続けやすい環境が整備されているように私（筆者）は感じた。
　実際に、働いている障害のある従業員からは「定年を過ぎてもここで働き続けたい」という申出があるということも同社の障害者雇用の担当者よりお聞きした。
　私は取材を通して、温かい社長の思いや同社担当者の人柄に触れることができ、同社はこれまで、このような温かさを持って様々な支援機関との関係を大切にし、積極的に連携を図ることで信頼関係や支援体制を構築してきたのではないかと考える。その結果、障害者雇用を進める上で困難が生じた場合であっても、円滑に支援機関に相談できる体制が築かれていることは同社の強みであると感じた。