人を活かす発想の中でのナチュラルな雇用
- 事業所名
- 高槻ダイカスト株式会社
(法人番号: 5120901011418) - 業種
- 製造業、うち除外率設定業種
- 所在地
- 大阪府高槻市
- 事業内容
- 非鉄金属製造業
- 従業員数
- 123名
- うち障害者数
- 4名
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障害 人数 従事業務 聴覚・言語障害 1名 仕上組立業務など 肢体不自由 1名 総務事務(勤怠管理など) 内部障害 1名 配送業務 知的障害 1名 品質管理業務など - 本事例の対象となる障害
- 聴覚・言語障害、肢体不自由、内部障害、知的障害
- 目次
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事業所外観
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
高槻ダイカスト株式会社(以下「同社」という。)の設立は昭和46(1971)年7月である。ダイカストとは、溶かしたアルミニウムなどの金属を金型に圧入し、製品を製造する技法のことで、産業機器部品、農林機器、事務家具部品、建築機器などを製造している。会社は、管理本部と、事業本部(生産、品質管理など)に分かれて、顧客と社会が求める高品質の物づくりに挑戦している。
(2)障害者雇用の経緯
平成25(2013)年4月、障害者の法定雇用率が1.8%から2.0%に上がる時点で、同社の実雇用率は既に法定雇用率をクリアしていたが、将来的なことを考えハローワークや支援機関に相談をしていた。その頃、高槻市に開設した就労移行支援事業所(以下「支援事業所」という。)が利用者の就職先の開拓などを目的に飛び込みで同社を訪ねてきた。支援事業所から利用者への就職支援をしているとの話を聞いた同社の担当者は支援事業所の見学を行った。その際に、実習を希望する身体障害者や知的障害者が複数いることを知り、2週間程度の実習を経て雇用に至った。また、それ以前にも、ハローワークの紹介で聴覚障害者の雇用を行った経緯もある。
障害者雇用に取組み始めてからそれほど年数は経っていないが、積極的に雇用と定着に取組んでおり、その結果、ほとんどの従業員が定着しており、同社のかけがえのない「人財」として成長している。
2. 取組の内容と効果
(1)取組の内容
ア 募集・採用
募集・採用については、前述の通り、支援機関からの実習を経た上での採用と、ハローワークから直接紹介を受ける場合とがある。
イ 障害者の業務・職場配置の事例から
本稿の作成にあたり、筆者は就業現場を見学するとともに3名の障害のある従業員にインタビューを行った。次に、本人の声などをもとに紹介する。
(ア)Aさんについて
Aさんは知的障害のある従業員で品質管理の仕事をしており、入社3年目である。「洗浄した部品をセンサーにかけて不純物付着などをチェックしている」とのこと。Aさんの隣(次工程)では、検査済みの部品を梱包しており、最終工程の関所のような重要なポジションである。「製品がきれいな状態でお客様に届けられることが満足」との話で、今扱っている部品は車のパーツ(AT車の変速ギア)になると話してくれた。
「街を走っている車のパーツになっているんですね」と筆者が話すと、満足気にうなずいた。今自分がしている仕事が何につながるのか、イメージが分かるとやる気にもつながるが、その好事例ともいえる。
なお、Aさんは「興味のあることにはものすごく没頭するタイプ(上司の言葉)」とのことで、微細なホコリも見逃さないよう、1日約3万個にも及ぶ部品の検品にとても力を発揮しているとのことである。
Aさん(左)に品質管理の仕事の内容を聞く(イ)Bさんについて
Bさんは聴覚障害のある従業員で、品質検査の仕事をしている。Aさんとの違いはコンベアのラインに他の従業員と並んで作業している点である。また、Bさんは他にも組立など多様な作業をこなしているとのことである。
Bさんとは筆談で話したが、「休憩中、友達とおしゃべりしたりするのが楽しい」とのこと。コミュニケーションは、筆談・手話、そして口話といって、相手の口の動きを読み取る等の方法で行っているとのこと。既に13年のベテランである。他社の例だが、会社で業務上必要な情報は得られるが、休憩時間などには孤立してしまう聴覚障害者の話を聞いたことがある。一方、Bさんの場合、「友達とのおしゃべり」を楽しいこととして挙げてくれた。この点は、さりげない言葉だったが、働きやすい環境を考える上では、とても重要な要素であると思った。
現場リーダーである池田課長代理によると、「他のメンバーは、Bさんに障害があることを忘れているくらいで、うまく溶け込んでいる。違和感はない」との話であった。筆談などが特別なものではなく、日常のコミュニケーション手段として根付いているからこそ出た言葉であると感じた。
筆談で答えてくれるBさん(右)
(ウ)Cさんについて
Cさんは肢体不自由(脳出血の後遺症で左半身に麻痺)がある。現在、パソコンを使って、全従業員の勤怠管理や取引先からの納品書・請求書などの伝票処理を行っている。
7年前に発病し入院。退院後、就労支援機関に通い、同社へ実習を経て就職し3年半になる。
「働く上での工夫は?」との問いには「ごく自然にやらせてもらっている」、「困ったことは?」との問いには「ない。他の人と同じようにさせてもらっている」との答えだった。Cさんで3人目のインタビューだが、職場全体のナチュラルな雰囲気を感じていると、そのように答えられるのも納得できた。
なお、Cさんは当初、品質管理の業務についたそうだが、高い所のものを取る作業が困難で、事務部門に配置替えになったそうだ。最初は書類整理から始めて、現在の仕事に至っている。ところで、もともとは営業職であったCさん。上司は、Cさんに対して、「プレイヤーではなくて、全体を見渡すキャッチャーの役割を担ってほしい」と話し、裏方部門の大切さを説明していったそうである。
事務の仕事をするCさん
(2)取組の効果
3人への取材後、笑顔で迎えてくださった松野卓実代表取締役社長にご挨拶のうえ、黒住哲也業務部長と築地修係長にお話を伺った。
松野代表取締役社長
会社としての取組み全体について、黒住部長は、次のように語った。
「現場には、『この人はこういう障害だから、サポートしてや』というふうに頼んでいるが、自然に受け入れてくれている。Bさんについても、手話のできる人がいないので、聴覚障害者の受け入れができるかなと思ったが、現場スタッフが温かく迎え入れ、筆談も交えながら一緒に働いてきた」
「見学した3人以外に、いわゆる引きこもりの人について、高槻市役所から実習受け入れを依頼されたことがある。残念ながら当社では雇用できなかったが、構内作業をしてもらっている外注先で、定型的な作業を中心に力を発揮してもらっている。本人たちは障害認定されてはいないが、社会に適応することが苦手な人ではあり、そうした人を受け入れていくことも大切」、「会社に同じような人、例えて言えば、ロボットのような人ばかりいても、何も変化もないし、成長もないと思う。障害のある従業員も交えて、皆で支え合うことによって、人を活かし、皆がスパイラルアップしていく。それが会社の価値にもつながる。この1年、従業員全体で10数名増えたが、辞めていく人は全体の1%くらい。障害の有無を問わず定着率は良い」
「仕事は、自分がやりたいという気持ちにさせないといけない。私は頼りにされているんだという気持ちにさせなあかんと思う」
「会社で年1回バーベキューやったり色々している。社員だけでなく、友達、家族も来ていいようにしている。だから、用意する肉の量が予想できない(笑)。今年は30キロ準備した。そういう雰囲気の中で、皆で火を熾(おこ)してワイワイやる」
一挙に話されたこれらの言葉に圧倒されながら感じたことは、障害者雇用がもはや義務というレベルを超えて、会社の「人を活かす」という発想の中にしっかりと根付いているということである。
3. 今後の展望と課題
まとめとして、今後の展望と課題をお聞きしたところ、黒住部長は、会社におけるIoT(インターネットオブシングス)化への取組みについて説明してくれた。これは、熟練した従業員でしかできなかった作業(溶かしたアルミニウムの金型への圧入)について、最適のデータ(季節によって異なる温度や作業時間など)を取って、次回その最適のデータから始めて更に良いデータに近づけていくという発想である。「いわゆる職人さんの暗黙知の『見える化』でしょうか」と尋ねたところ、そのとおりと言われた。
最後の微調整など、人でしかできない部分はどうしても残るが、機械化できる部分はしていくことが重要であるという。そして、その話の背景には、実は現在の日本社会が置かれている高齢化社会の問題もあった。
黒住部長によると、10代で入った従業員も親を介護する世代になり、通院同行で休まなければならないことも出てくるという。またそうした中で、以前であれば8時半から17時までの勤務が当たり前であったが、半日勤務や週2日や3日等の短時間勤務のニーズも生まれてくるという。そうした声に応えていくためにも、性別や障害を問わず、様々な従業員が出社したら、ある程度の作業はできるというふうに単純化したいということを力説されていた。
IoTによる作業の単純化を行うことによって、一定の作業が困難となる障害者や高齢者ができる仕事を増やし、より積極的に雇用を拡大していきたいとも語っていた。続いて築地係長に、障害者雇用に悩んでいる他社へのメッセージをお聞きすると、「『人財』を欲しければ、事前に応募者を選ぶことなくまず面接に来ていただいて、作業体験からでもスタートしていってもらえればと思います」と明確に語られた。短い言葉だがこの言葉に深い意味を感じ取った。
面接だけでなく、作業体験・職場実習を行って、本人の適性を把握し、また本人自身にも会社になじめるかどうか実感をもって考えてもらうという発想の重要性である。障害者、特に知的障害者や精神障害者の場合、面接では緊張してしまって、働く上での力を低く評価されがちである。本当は、会社の戦力にもなり得る人を、みすみす逃してしまっては、双方にとって損失である。築地係長の言葉は、そうしたリスクを回避して、結果として障害者雇用の拡大を行う重要なメッセージであると感じた。
力説する黒住部長(左)と築地係長
最後に、黒住部長にも、他社へのメッセージを伺った。
「うちは来るものは拒まず。来ていただいて、活かせる場所があれば人を活かす。なおかつ、会社とは、出会いがあって、縁があって一緒に仕事をするようになったのだから、昔で言うと同じ空気を吸って、成長を一緒にしたいという、会社とは従業員がより一層人間的に磨く場所だと思えば、何も自分で限界を感じる必要はない。一緒に成長する機会が、この会社そのものであるという考え方を持ったら、何も否定的に考えることはないと思う。障害者の人の雇用の機会も拡げているし、近隣の人の雇用も同じように考えている。そういう会社でありたいし、定着率はその結果かもしれない」
「もう一つ言えることは、人間的に磨かないかんなぁと思っているが、そのためには、聴きだす力、聴いてあげる時間が大切。これが今、社会的にできなくなっている。聴くことは悩みのある、その人にとっても発散する機会になる。10あれば8聴く。自分の言いたいことは2にする。その中でやる気を起こす。聴く、聴き入る、聴き出す、そういうことに時間を費やすのはエネルギーがいるが、重要。『いまこんな問題が起きているんですけど』って相談受けたら、『そうか大変だな。自分としてはどうしたらいいと思うんだ?』と聴かないといけない。その時に、相手に言わせてあげないといけない。こちらの考えの押し付けでなく、聴く側に回る。その代わりサポートしてあげるということをやっていくのが大事ではないかと思う」
最後のこの話には、とても共感した。筆者は、平成9(1997)年から障害者職業生活相談員資格認定講習講師を担当しているが、傾聴の重要さはいつも強調している。先日は国家公務員で、障害のある職員などへの相談にのる職員への研修も担当したが、ここでは、バイステックの7原則を用いて、相談の重要性を説明した。黒住部長はバイステックの7原則という言葉は発していないが、筆者は、頭の中でオーバーラップさせた。バイステックの7原則とは、相談事業で来所された障害者などへの相談に際して踏まえておくべき原則をまとめたものである。その中には、「意図的な感情表出の原則」と「統制された情緒的関与の原則」というものがある。前者は、相談に来た人は緊張していて、悩みや思いをなかなか出せない場合が多いので、本音で感情を出せるよう、リラックスしたムードの中で、相談を受ける配慮が必要であるといった意味である。
後者は、逆に相談を受ける側は、自分の感情をコントロールして対応することが求められるという意味で、傾聴の方法(相手の方を向き、相槌・頷き・言い換えなどを行う)を用いることも有効である。
さらに、バイステックの7原則には、「自己決定の原則」というものもあり、相談を受ける側が何かを決めるのではなく、本人が考えることをフォローする立場にあることを指摘している。黒住部長の言葉は、この原則にも見事に当てはまる。古今東西の格言や、様々な支援スキルは、こうした第一線の現場にこそ息づいているのではないか。そうした感慨をもった取材であった。また、障害者雇用の原点ともいえる、人を活かすという発想、このことの大切さを改めて学ぶ貴重な機会となった。
(※機構注)「バイステックの7原則」について
企業関係者の方には初めて聞く考え方かと思われるので説明する。
バイステックは米国の社会福祉の実践者・研究者であり、7原則はケースワーク(個別支援)におけるケースワーカー(支援者)とクライエント(支援対象者)の関係の基本的要素を体系化したもので7項目は以下のとおり。これらは支援者がとるべき態度、倫理、技能ともいえる。
①個別化(一人ひとり違う人格を持つ個人として対応)
②意図的な感情表出(対象者が自分の気持ちや感情を自由に出せるように配慮)
③制御された情緒的関与(支援者が自分の感情を抑制し客観的態度で接する)
④受容(対象者の感情・価値観をあるがままに受け入れる)
⑤非審判的態度(支援者の価値観で対象者を評価・判断しない)
⑥自己決定(対象者が自身で選択・意思決定するために支援)
⑦秘密保持(知りえた秘密・個人情報を守る)
(参照文献:「現代社会福祉用語の基礎知識」学文社 2019、「福祉カタカナ語辞典」創元社2013年)。
執筆者:一般財団法人フィールド・サポートem.(えん) 代表理事
/日本福祉大学実務家教員 栗原 久
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