地域の主要な企業として、地域住民からの期待度も高く、求人についても常に希望者が多い状況が続いていたが、金融業務の特異性（訪問・窓口営業、運用、融資審査など担当業務が多岐にわたること、顧客のニーズにより時間的制約が多いことなど）から、障害者向けの求人を別に設けているということではなかった。
　しかし、障害者の採用に関して問い合わせも確実に増えてゆき、社会的状況の変容を受け止めて、どう地域に対応していくべきかを考慮し決断したのが平成18（2006）年の本店店舗ビル新築移転である。老朽化に伴う本店店舗新築では効率化と簡素化が旨とされるが、障害などをお持ちの顧客が利用しやすいことはもちろん、従業員についても、障害のある従業員も含む多様な人材へ配慮された建物・設備となっている。具体的には、従業員用エレベーターが車いすでの乗降が可能になっていることや通路が車いすにも対応して広くとられていること、廊下には手すりが設置されていること、トイレが通常のトイレとは別に、オストメイト対応も含め多目的トイレが各階に設置されていることなどである。

　　　　　　　　　　
 　　　　　　　　　　　　廊下てすり　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　従業員用エレベーター


　　　　　
　　　　　　　　オストメイト対応多目的トイレ
　
　こうした配慮により、障害者にとって物理的な負担をかなりの度合いで軽減していることが、精神的な負担を軽減する小さな一歩となっているのだが、もともと採用において障害の有無を考慮しない（差別しない）企業風土がさらに良い方向に進み、障害があっても採用される「人」を中心に考えることにつなげる大きな一歩（ジャイアント・ステップ）になったようである。
　本事例に掲載している障害のある従業員は、本店の新築移転後の採用であり、障害があることでの物理的な支障はなく、自らの能力を業務の中で活かすことができていると考えている。また、人事部門でも障害の有無にかかわらず全ての従業員がそれぞれの能力を活かすための配慮に取り組んでいることが結果として、障害のある従業員が自らの能力を十分発揮するための支援につながっている。
 

　Tさんも含め、特別に障害のある従業員のための職域や部署という考えがあるわけではないので、採用時の研修や人事担当者との面談によって所属が決められている。異動の多い業種なので、障害の有無にかかわらず従業員への精神的なフォローが必要な場合があり、人事担当者は、毎年従業員全員に必ず面談を行い健康状態から仕事や生活面の課題や悩みを共有して解決策を見出せるように取り組んでいる。約1か月以上にわたっての面談が効果を発揮しているのは確実であり、さらに障害のある従業員全員が本部に勤務していることで、相談のしやすさや人事担当者との距離感も縮まり、信頼関係が上手く構築されている。また、その結果それぞれ配置されている部署での働きやすさも配慮されることになり、たとえば病院などへ通院しなければならない時でも有休などを取ることに難しさを感じない、職場では理解が進んでいるとTさんも含め全員が認識している。かつて金融業では特徴的であった、体力的にも精神的にもかなり厳しい就労環境の改善のための取組と、従業員を雇用し続けていくための努力が相まって、現在の企業風土へ転換するきっかけが生まれているように思われる。