(1)事業所の概要
　社会福祉法人永平寺町社会福祉協議会「松岡デイサービスセンター」(以下「同センター」という。)は、高齢者に対する通所介護事業所として、高齢者に入浴、食事、ゲームや体操などのレクリエーションをはじめとする様々なサービスを提供している。
　同センターは、社会福祉法人永平寺町社会福祉協議会（以下「同法人」という。）に属しており、同法人では、地域の人々が住み慣れたまちで安心して生活することのできる「福祉のまちづくり」の実現をめざし、地域の高齢者や障害者などの支援事業をはじめとする様々な福祉サービス活動を実施し、高齢者に対する通所介護事業所を3施設、老人福祉センターを1施設、小規模多機能型居宅介護施設を1施設、及び障害者に対する障害者計画相談支援などの事業を運営している。
　　
　(2)障害者雇用の経緯
　同法人では、長年にわたり老人福祉センターにおいて県立盲学校（以下「盲学校」という。）から生徒の職場実習を受け入れていた。同法人内においてこれまで視覚障害者の雇用はなかったが、同法人の担当課長（以下「担当課長」という。）は、職場実習を行う生徒を同法人内の障害者雇用に結びつけられないかとの思いがあり、令和2（2020）年に盲学校の教員に生徒の進路について、状況を教えてほしいと話をしたことが雇用のきっかけである。
　本稿ではそのきっかけから始まった視覚障害者の雇用事例について、同センター所長と担当課長への取材をもとに紹介する。

　担当課長は、視覚障害のある生徒を受け入れるための作業環境の整備をどう進めるかなどに対する不安もあったが、盲学校の教員との相談の中で、視覚障害者用のパソコン画面の拡大ソフトや拡大読書器などの就労支援機器があり、それらの機器の貸出し制度や購入した際の助成金制度があるとの情報を得たことにより、視覚障害者の雇用に踏み切れた、と話された。

　令和3（2021）年3月、同センターでは業務に必要な機器などを独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構（以下「機構」という。）の中央障害者雇用情報センター（以下「情報センター」という。）からの貸与により設置し、盲学校の教員の支援を受けながら、Aさんの職場実習を3日間実施した。職場実習終了後は、同年4月から6月までの3か月間のトライアル雇用期間を経て、同年7月、正式な雇用契約に至り、就労を継続している。
　また、同センターでは知的障害のあるBさんを利用者の介護補助として雇用している。Bさんは勤続13年5か月で、入浴した利用者の整髪、タオル類の洗濯、掃除、及び食後食器類の後片付けなどの業務に従事している。

　
　　　　　　　　　  　洗濯物を取り込むBさん


 

Aさんの主な従事業務は次の業務である。

　　　ア　同センター利用者へのあん摩マッサージサービス

　　　イ　あん摩マッサージサービス業務記録のパソコンへの入力

　　　ウ　利用者カルテなどの書類確認

具体的には、同センター内にある休養室内ベッド上にて利用者へのあん摩マッサージを施す。その際の利用者との会話、コミュニケーションも重要な業務の一つである。

マッサージ終了後は、休養室近くに配置されたパソコン業務用机に移動し、あん摩マッサージサービスの業務記録をパソコンへ入力する。

また、新規利用者にあん摩マッサージを行う際には事前に当該利用者のカルテを見るなど、関係資料の確認も行っている。

勤務時間は8時30分から16時まで、週5日の勤務である。

　Aさんの視覚障害は網膜色素変性症（難病）によるもので、両眼の視野狭窄、視力低下があり、正面は特に見えにくく、周辺視野を利用し物を見ているため、歩行や文書の読み書きなどに支障を来している。そのため、通勤における支援と業務に必要な支援機器などの環境整備が不可欠であった。

(1)通勤に関する取組と効果
　Aさんが出勤するときは、電車で自宅の最寄駅から同センターの最寄駅まで移動後、徒歩で約400m離れた永平寺町役場まで移動し、そこから約700m離れた同センターまでは同センターの車で送迎している。帰宅するときは、同センターの最寄駅までバスを利用し、そこから自宅の最寄駅まで電車での移動となる。
　Aさんは当初は単独での通勤ができなかったため、雇用前に県の視覚障がい者支援ネットワークのスタッフによるサポートを得て、最寄りの駅から同センターまでの付添い、歩行訓練を行った。現在は通勤経路にも慣れ、スタッフの付添なく単独で通勤できるようになっている。
　また、同センターの施設内においても、当初は昼食場所やトイレへの移動などには職員の手引き誘導を必要としていたが、しばらくすると施設内の配置などを覚え、単独で行動できるようになっている。

（2）パソコン入力、書類などの確認業務に関する取組と効果
　同センターでは、視覚障害のあるAさんの職場実習及びトライアル雇用を行うために、パソコン関係機器に関する作業環境を整える必要があった。
　そこで、情報センターの就労支援機器貸出し制度を利用し、以下の3機器を6か月間職場に配置した。
　　・パソコンディスプレイ上の文字拡大用ソフト(ZoomText2021）※（）内は製品名
　　・パソコン画面読み上げ用ソフト(Pc-Talker Neo Plus)
　　・拡大読書器(トパーズHDアドバンス)

　また、パソコンの配置場所は、障害のない者には通常の明るさだったが、Aさんにとってはまぶしい環境だったため、少し暗い場所に機器を配置するとともに、パソコン画面の設定をAさんに合わせて調整した。

　情報センターの就労支援機器貸出し期間終了後は、同センターにて同様の機能を持った3機器を購入し、再度、購入機器の設定を調整した。また機器の購入については、機構の福井支部を通じて障害者作業施設設置等助成金制度を利用し、全購入費用の3分の2が支給された。

　　　
　　　　　ディスプレイ上の文字拡大用ソフトを活用　　　　　　　　　　　　　　書類の閲覧に拡大読書器を活用している

　取材時にはAさんにも話をお聞きした。Aさんは、「盲学校在学中は、就職するにあたり学校にあるパソコン機器などと同じような機器が就職先で使えるのかどうか不安であったが、同センターで用意してもらえたので大変ありがたかった。また、今ではパソコン業務にも慣れてきてスピードが上がってきた。マッサージを楽しみにして来てくれる利用者様がいるのでうれしい。もっとマッサージに来ていただきたい」と笑顔で話された。

　　同センター所長と担当課長は、「Aさんによるあん摩マッサージは利用者から大変好評であり、毎週マッサージを受けにくる利用者もある。しかしAさんはまだ若く、コミュニケーション力はあるが、利用者が高齢者なので会話が年代的に合わないなどの課題があり、今後の成長に期待する点である。また、Aさんを雇用したことは、当センターにとっても大変良い経験であった。この経験を活かして、盲学校と協力しながら当法人内の他の施設にもあん摩マッサージ業務を担う視覚障害者を雇用していきたい」と話された。
　また、Aさんに関しては、冬季の積雪時や、電車が不通となった場合など、通常と違う状況となった場合の通勤について、特別な配慮が必要と同センターでは考えている。同センター及び同法人には、引き続き更なる障害者雇用の展開を期待したい。