(1)事業所の概要
　アジア技研株式会社（以下「アジア技研」という。）は平成6（1994）年に創業し、スタッド溶接システムの製造販売を目的として設立し活動をスタートした。
　業務の拡張に伴い、北九州市小倉で生産拠点の移動を繰り返し、平成20（2008）年に新社屋完成に伴い、本社工場を北九州市小倉北区西港町に移転した。
　その間に、「中小企業ものづくり基盤技術高度化支援法に基づく研究開発認定企業」となり、平成19（2007）年に「経済産業省主催第2回ものづくり日本大賞優秀賞」を受賞した。
　さらに、平成23（2011）年に「北九州市オンリーワン企業」の認定も受け、会社の業績も順調に推移した。会社の発展と共に地域社会の課題解決も会社として、取り組むことが必要であると社長の溝口純一氏（以下「溝口社長」という。）の思いもあった。アジア技研で障害者雇用を検討している最中に、東日本大震災が発生。会社として、何かできることはないのかと、溝口社長と総務部長の柴崎智典氏（以下「柴崎氏」という。）は色々と検討をする中で、長期的展望に立ち、九州の地で支援できることをと考え、柴崎氏は東北宮城県の工業高校を訪れた。これまでの東北の工業高校生の就職先は関東圏が多く、遠く離れた九州への就職など考えられない。学校の先生へ、震災で大変な時に、就職準備などできない生徒さんも多数おられるのではないでしょうか、わが社であれば、生活するために何も準備する必要はありません。会社で全て準備をしています。関東より距離的には遠いですが、移動時間は仙台から北九州まで飛行機であれば、2時間半で移動可能で、東京への新幹線での移動と大差はないと伝えた。そのような経緯もあり、2名の卒業生がアジア技研へ入社した。東北から九州への就職として、小倉でも話題となり、東北からの2名の社員のために、自社のアパートを無償で使っていただきたいと地元不動産会社からの申し出もあり、地域をあげて迎え入れることができた。現在もその2名は、元気に会社の中堅社員に成長し現場を牽引している。

(2)障害者雇用の概要
　冒頭の表にあるように、アジア技研では現在4名の障害のある社員を雇用している。本稿ではアジア技研における障害者雇用について、柴崎氏と九州工場への取材をもとに紹介する。
　障害者雇用の始まりは、障害者を雇用することを特に意識していたわけではない。たまたま、採用した中に障害者がいた。アジア技研では、障害の有無を意識した採用活動を行っていない。機械の切削油にまみれ、作業環境に恵まれているとは決していえない作業を、真面目に行っていただくことができる人材であれば、障害など何も問題ないという。
　業績も順調に推移する中で、突如として会社の危機が生じた、取引先の手形決済ができずに資金ショートが生じた。会社は倒産したが、溝口社長の人望や会社の持つ技術力を信用する多くの関係者の支援もあり、社名も変更することなく、雇用を維持し、再建にこぎつけ事業継続を果たすことができた。
　このことが、さらに溝口社長や柴崎氏の地域社会を意識した経営となり、会社運営が図られている。直近の令和3年度も国立県営福岡障害者職業能力開発校（以下「能力開発校」という。）より聴覚障害者1名と精神障害者1名を採用した。社内で手話ができる人はいないため、身振り手振りや筆談で対応しているが支障はない。
　アジア技研では職場の雰囲気作りが一番大切だと考えている。現在の和やかで風通しよい職場の雰囲気維持に貢献しているのが、ベトナムからの技能実習生（以下「ベトナム実習生」という。）である。ベトナムから日本に来られ、日本語でのコミュニケーションには制限があることから、身振り手振りや表情、メモなどで補うようにしていることが、障害者とのコミュニケーションで生かされているようだ。言葉を発することなく考えや思いは伝わるようだ。
　アジア技研では、障害者、外国人労働者、社会的弱者など、幅広い雇用を通じて、社会貢献ができることを目指している。会社のホームページには、「世界へ、社会へ　価値や企業姿勢をお約束します」とある。ものづくりと多様な人材の活用で社会へ貢献する企業姿勢を強く感じる。

 

(1)障害者へのサポート体制
　先日、筆者が所属する公益社団法人全国障害者雇用事業所協会福岡相談コーナー主催のオンラインセミナーでは柴崎氏にご講演いただいたが、参加企業から柴崎氏に次の質問があった。
　「サポート役が、自分の業務もサポート業務も両立させ負担なく取り組むための工夫は何かされていますか」
　筆者も障害者を職場に配置することで、多くの場合にサポート役の人の負担が大きいと聞くことがある。
　質問に対し、柴崎氏は次のように答えた。
　「個々の障害の具体的な特性を理解し、どのようなサポートが必要なのか、担当医師や専門員と検討したうえで、複数の担当者を置けば、特別な工夫は必要なく両立できると思います。
　当社では、工場のほぼ全ての社員が障害のある社員を理解し、全員でサポートをしているともいえ、サポートをしていること自体も忘れている日常が常態化しています。
　例えば、以前に働いていたアスペルガー症候群の方の場合は、『パニック状態になると壁におでこを軽くぶつける』といったことを事前に共有することで、それが始まると、ああ！今、パニくっているのだなと気付くことができ、『少し休もうか！』と、声をかけることができました。また、自閉症の方の場合は、『一生懸命になると小声でぶつぶつと独り言を始める』といったことを共有し、それが始まると、『少し休もうか！』と、声かけをしました。
　このようにちょっとした工夫でサポートは可能で、特別な工夫はしていません。」

(2)職場でのコミュニケーションについて
　聴覚障害者の採用にあたっては、音声によるコミュニケーションが難しいことからいえば、ベトナム実習生の経験があったため、何とかなるだろうという思いがあった。実際に入社後もそんなに大変ではない。つい先日も、帰国するベトナム実習生の部屋を片付けるためBさんにも若手数名と一緒に手伝ってもらったが、身振り手振りで意思疎通ができるので、何も問題なく行えた。その時Bさんが、仕事が楽しい、ここにきて本当に良かったと言っていたことを伝え聞き、柴崎氏はうれしかった。Bさんは仕事中もキラキラした笑顔で作業している。現場での作業の割り振りは、工場担当者に任せているが、配置図を見た柴崎氏がBさんの配置はこれで大丈夫かと確認したら、工場担当者からは大丈夫と判断していますという答えが返ってくるほど信頼されている。休むこともなく、頼りになる存在になっている。
　また、採用時にホワイトボードをたくさん購入し、現場に置いた。すると、ベトナム実習生がホワイトボードにひらがなを書いて伝えていたことに驚いた。日々のコミュニケーションは皆マスクを外し、口元を読んでもらい、伝達などを行っている。工場内作業のため、後ろからクレーンが近づく時など危険を伴う場面では、皆が注意を払ってくれている。今まで危なかった事例などは起きていない。特にAさんがBさんのカバーをよくしてくれている。

(3)国立県営福岡障害者職業能力開発校及び福岡障害者職業センターとの連携
　障害者雇用では、採用ルートが大切なのかもしれない。そのような中、能力開発校からの採用は良かったと柴崎氏は話す。
　柴崎氏は能力開発校を訪問しCADができる生徒を採用したいとお願いをした。学校側からは、「御社で職場実習を行っていただきたい」との依頼があり、4名の生徒の職場実習（以下「実習」という。）を受入れた。希望のCADができる生徒の採用には至らなかったが実習状況を確認し、インターンシップを介して2名を採用した。お互いに助け合いながら働いている様子を見て会社としても、両名を同時に採用したことは間違いではなかったと話す。
　採用後半年間は、能力開発校側からフォローとして職場訪問、事業主ヒヤリング、両名との個別相談などを行っていただき、就労当初の課題解決をしていただいた。
　就労当初の本人たちの本音は会社側としても、非常に気になる点である。能力開発校から先生が来訪し、困りごとなどを直接、本人にヒヤリングしていただき、会社側と協力しながらフォローしていただき助かったとのことである。
　就労半年後からは、能力開発校から福岡障害者職業センター（以下「職業センター」という。）へ連絡をし、障害者本人に対する専門的な職業リハビリテーションサービス、事業主に対する障害者の雇用管理に関する相談・援助のサポートを受けている。能力開発校、職業センターとの連携により、大きな課題に直面することなく順調のようだ。
　このような取組の成果もあり、長期の欠勤者など現時点ではない。障害のある社員が不調に陥った時の対応準備は、これまで以上に備わったようだ。