多様性を受け入れる土壌づくり
~組織の制度を構築し、障害者採用と職場定着が進んだ事例~
- 事業所名
- 株式会社フジワラテクノアート
(法人番号: 9260001005897) - 業種
- 製造業
- 所在地
- 岡山県岡山市
- 事業内容
- 醸造機械・食品機械・バイオ関連機器の開発、設計、製造、据付、販売およびプラントエンジニアリング
- 従業員数
- 145名(2022年4月1日時点)
- うち障害者数
- 2名
-
障害 人数 従事業務 内部障害 1名 機械据付、試運転調整 知的障害 1名 原料処理の運転作業 - 本事例の対象となる障害
- 知的障害
- 目次
-
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
株式会社フジワラテクノアート(以下「同社」という。)は、昭和8(1933)年創業。醸造機械を製作する小さな町工場からスタートした。今では醸造分野において「唯一無二の技術力」を持つ企業となり、醤油や味噌、日本酒、焼酎などの醸造機械、食品機械、バイオ関連機器などの開発・設計・製造・販売・据付・プラントエンジニアリングが主な事業である。
昭和42(1967)年に日本食文化の普及を目指して海外への事業展開に着手し、令和4(2022)年8月現在、海外27ヶ国に自社の機械を輸出している。麹を作る製麹設備においては、国内シェア8割を占める。
社員の平均年齢は約40歳。若手社員の増加、女性の積極的な登用と抜擢、外国人採用など人材のダイバーシティ化に取り組んできた。平成30(2018)年度「岡山働き方改革パイオニア企業」選出、令和3(2021)年「将来世代応援企業賞」受賞、同年日本政策投資銀行健康経営格付け 岡山県初Aランク認定など、社員がやりがいを持ちながら働ける職場づくりへの取組も注目を集めている。
(2)障害者雇用の経緯
ア.方針
同社の人事ポリシーのひとつに「一人ひとりの多様性を認める」とある。多様性を受け入れるためにはそれまでの組織のルールや制度を整備し、仕事や教育の仕組みを可視化する必要が出てくる。その過程を経て、組織全体が多様な視点で物事を考えられるように成長する。障害者雇用については、同社入社後に内部障害者となった社員が1名おり、法定雇用率は満たしてはいたが、人材の多様性を生かした新しい組織のあり方を模索する中、ダイバーシティの観点から「障害のある方を採用したい」と検討を重ね、平成30年ごろから積極的に取組を始めた。
イ.障害者採用へのアプローチ
近隣の岡山県立岡山瀬戸高等支援学校(以下「同校」という。)へ、同社の人事総務部長である土井さんから「生徒の受入れをしたい」と相談。学校概要、指導方針などについて同校教員から説明を受け、平成30(2018)年度、同校生徒の職場実習の受入れが実現した。当時受入れた生徒は流通関係に就職したいという意向があったため、1回の職場実習で終了した。
翌年の令和元(2019)年度、後に同社初の障害者採用となるAさん(同校3年生で発達障害を伴う知的障害のある方)が就職を前提とした「雇用前提実習」に参加した。様々な部署を経験してもらう中、漢字の読み書きが苦手だが、パソコンの操作が得意であること、機械が非常に好きであることを確認できた。そこで、機械に携わることが多い製造部とプロセス開発部で実習を行うようになった。しかし製造部の仕事は、Aさんにとって図面を読むことが壁となった。一方、プロセス開発部の仕事(粉体殺菌装置「ソニックステラ」の分解、洗浄、組立て)の際には、これまでになくAさんの表情が輝いていた。また、プロセス開発部の部長も受入れに協力的(Aさんの特性など疑問点があれば担任教諭の話を聞きに同校へ出向くほど)であった。土井人事総務部長は当時を振り返り、「Aさんが入社後の支援体制について具体的にイメージができるようになった」と話す。
2. 障害者の従事業務と職場配置
令和2(2020)年度に入社したAさんはプロセス開発部にて約1年間の勤務を経て、現在はテックサポート室で粉体殺菌装置「ソニックステラ」の分解、洗浄、組立てや、顧客から依頼された機械テストの実施を主に担当している。機械の構造がしっかりと理解できていなければ務まらない仕事だが、ほかの社員から見ても操作時の動きに迷いがなく、段取りよく仕事を進めている。プロセス開発部在籍時には、8,000粒もの麹をピンセットで並べ、工程ごとに分けて写真を撮る作業を任せられた。時間と根気が必要で多くの人が音を上げる作業だが、Aさんは何時間も黙々と取り組み、ひとりでやり遂げた。
Aさんの周囲には、熱心に優しく指導を行う同じ部署の先輩社員や、メンター制度(後述)でペアとなった他部署の先輩社員がいる。どちらもタイプが違う社員ではあるが、Aさんの性格を考慮して優しくゆっくり、しっかりと指導に当たった点は変わりがない。複数の信頼できる先輩に恵まれたことも、Aさんが成長した大きな要因である。
現在、Aさんは機械装置の操作手順書を作成中である。新しい業務担当者や新入社員が読んで理解できる手順書は会社の財産になるだろうと、周囲の社員も期待を寄せている。
(2)Aさんへのインタビューから
仕事の適性についてAさんは「作ることに関しては昔から好きで、学校で余った木を持ち帰り、家で小さな鳥の巣を作ることもよくありました。装置を触るのも好きで、今の仕事が自分に合っていると感じます。色んな方から頼まれたことを今やっています。頼まれたときは、『自分しかできないことだ』と思いながら仕事をしています」と話す。
自身の得意なことを生かしながら働くことへのやりがいを感じている様子が伝わってきた。
3. 取組の内容と効果
(1)ダイバーシティアンケート
同社では障害者雇用について社員がどういった意識を持っているかを把握するため、Aさんを採用する前に全社員を対象にダイバーシティアンケート(以下「アンケート」という。)を実施した。「採用するなら長く勤めてほしい」という思いがあり、アンケートは会社としての受け入れ態勢を整える足掛かりとなった。
アンケートの回答には「採用しても能力に合わない仕事をするのは本人のためにもならない」、「自分の部署に来ることを想像すると、十分な責任を果たす自信がない」、「部署に丸投げにしないでほしい」など、本音であるがゆえに辛口の意見もあったが、「受け入れたくないです」という社員はいなかった。障害者の採用・活躍支援に必要なものについて問う項目では「しっかりと支援体制を整える」、「障害についての知識共有」、「差別がないような環境」、「個人の能力を見抜き、適材適所に人員を配置すること」などが挙がり、「社員の理解と協力」が必要だと答える人が32%と最多だった。
アンケート結果は全社員に公表した。また、アンケート結果をもとに岡山障害者職業センター(以下「職業センター」という。)へ相談し、役員を含めた全社員を対象に「企業を取り巻く障害者雇用の状況と障害特性に応じた配慮について」と題した講演会兼研修を職業センターの職員を講師に開催した。障害について全社を挙げて学ぶことで、障害者採用の土壌を整えていった。
(2)人事制度の改定
Aさんの採用にあたり、同社では人事制度の改定を行った。従来からの「プロフェッショナルコース」と「Aコース(アシスタントコース)」に加え、障害のある社員を想定した[Bコース]を新たに設けた。Bコースは、Aコースの職務をべースに担当職務などを調整したコースで、初任給などの給与水準はAコースに準じており、昇給などもある。また、Bコース在籍者がほかのコースへの移行を希望した場合には、会社として評価を行ったうえで、移行を認める制度とした。
(3)メンター制度
同社では若手社員がチャレンジできる職場環境づくりの一環として、メンター(先輩)とメンティー(後輩)がペアとなり、個人の成長をサポートする「メンター制度」を約7年前から導入している。部署が違っても性格の相性をみてペアを組むことで、相談しやすい環境が作られている。障害の有無に関わらずこの制度は適用しており、Aさんも対象である。
Aさんのメンターは他部署で技術設計の仕事をしているBさんだった。仕事のこともプライベートも話す間柄で、「Bさんは優しくたくさんのことをサポートしてくれました」とAさんは話す。同じ部署の先輩には相談しづらいことでも、例えば「仕事を進める中で失敗したときに部署の人にどう伝えればいいか」、「失敗してもこう伝えて次に直せばいい」など実践的なアドバイスがあり、心の支えとなっていた。
(4)取組の効果
先のアンケートでは辛口な意見や不安の声があったものの、実際に入社したAさんの働きぶりを見て応援している社員が多い。今では週末に部署でAさんがひとりで出勤する際にも、鍵の施錠管理を任されるなど、確実に信頼関係が築けている。Aさんが障害者であることを誰も意識しないくらい職場になじんでいる。アンケートや全社員研修、Aさんの採用を経て、多様性を受け入れる土壌が社内で作られているといえそうだ。
信頼関係の構築については、Aさんは仕事をする中で同じ部署の先輩社員から報告・連絡・相談の大切さを学んだと話す。
「自分が作業する上で報告・連絡・相談は絶対に必要です。作業する上での危険や、図面のミスなどはなくさなくてはいけません。お客さんへの納品時に間違ってしまったら、そこで関係が崩れてしまう可能性もあります」とAさんは話す。
このようにAさんが現場で一社会人として日々成長しているのは、本人のがんばりはもちろんのこと、「雇用前提実習」を経て実力が発揮できる部署へ配属されたこと、そして信頼できる先輩達から指導を受けられる環境も大きな要因だろう。業務成績次第で未来を切り開いていける人事制度もまた、仕事のやりがいにつながっているに違いない。
4. 今後の展望と課題
同社は今後も障害者採用に取り組んでいく。Aさんの入社後も、同校の職場実習生の受け入れを行っている。しかし仕事に興味を持ってもらえても、作業内容との適性が合わず、採用には至っていない。Aさんの場合は障害特性や能力にぴったりとマッチする仕事があったが、障害特性も能力も性格も人それぞれである。どのような点に配慮が必要かを把握しておく必要があり、本人との相互理解が必要不可欠だ。
「入社を考えてくれる方にとっても会社にとってもプラスになり、がんばってもらえることが重要なのだと思います。採用する側として各人の個性と向き合い適性をしっかりみて、一緒に将来のことを考えないといけないなと考えます。だからこそマッチングは慎重に、と思っています」と土井人事総務部長は話す。
雇用そのものがゴールではない。Aさんのように特性や長所を発揮し、職場の仲間とともにやりがいをもって働けることが大切だと筆者も考える。同社にとって、Aさんの採用に取り組んだことは、社内のルールや制度を見直すきっかけとなった。同社は今後も人材の多様性を生かすとともに、一人ひとりがやりがいを持ちながら働ける職場づくりに取り組んでいくことであろう。
執筆者:フリーライター 小林美希
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