障がいがある方の働きたいを実現し、
「感謝と受容」で支える社会福祉事業所
—周防大島町 さつき会の取組—
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事業所外観
1. 事業所の概要
社会福祉法人さつき会(以下「さつき会」という。)は、障害者と高齢者およびその家族を地域のニーズに応じて支える複合福祉サービス事業所である。
昭和55(1980)年4月に瀬戸内海に浮かぶ周防大島に「福祉作業所さつき園」を開設した。その後事業は主に障害者を対象とする施設と高齢者を対象とする施設のふたつの組織で運営されている。
まず障害者を対象とする施設として、障害者の自立と社会生活を作業活動で支援する障害福祉サービス事業所「さつき園」と重度障害者の入所施設「柳井ひまわり園」がある。
「さつき園」では障害のある利用者が手芸品の製作や農作物栽培、果物の加工作業を行っている。出来上がった製品は地元のレストランや道の駅で販売されており好評である。特に周防大島町は「大島ミカン」の産地として有名で、利用者がミカンの皮むきを行うなど、地域観光産業の領域においても障害者の活躍の場を広げている。さらに、就労継続支援B型事業所として周防大島町からの委託を受け公共施設の清掃業務も請け負っている。平成2(1990)年にはグループホームを開設、現在2か所のグループホームを運営し、障害者の地域での生活を支えている。
「柳井ひまわり園」は令和3(2021)年4月に開設20周年を迎えた。男女合わせて50名が入所している。同園は親亡き後を見据え生涯にわたり安心して住める生活の場を提供する数少ない施設のひとつである。
一方高齢者を対象とする施設は、入居型介護老人福祉施設「ほのぼの苑」と介護予防を目的とした地域密着型通所施設「いこい苑」である。少子高齢化が急速に進む地域において、高齢者が生きがいを持って生活できるようきめ細やかな支援体制で地元に貢献している。
このようにさつき会は開設以来40年、山口県東部における福祉サービスの拠点として発展してきた。障害を抱えて生きる方々とその家族および高齢者の自立と生活全般を支える施設を運営する、なくてはならない存在である。「さつき園」利用者のミカン皮むき作業の様子2. 障害者雇用の経緯
今回の取材で訪問させていただいたさつき園の広間には、理事長直筆の書「感謝、受容」の額縁が掲げられており印象深い。さつき会の基本理念は「利用者およびその家族・施設職員・法人役員等が一体となり、『感謝』と『受容』を実践することにより、『安心と喜び』が感じられる運営を目指す」であり、障害者の雇用についても基本理念に基づいて取り組まれてきたとのことである。そうしたさつき会の障害者雇用について、さつき園施設長の奈良元正昭氏と事務長の前田俊弘氏(以下「担当者」という。)からお話を伺った。
さつき会が初めて雇用した障害者は、平成25(2013)年10月、知的障害のある方であった。その後、内部障害のある方1名、知的障害のある方3名、精神障害がある方1名を採用した。雇用する前には職場実習(以下「実習」という。)を実施することとしている。また、関係機関と連携しながら雇用しており、連携先は障害者就業・生活支援センタ—やハローワーク、県立東部高等産業技術学校、特別支援学校、地元の県立周防大島高等学校と幅広く、実習の希望があれば積極的に受け入れている。実習は現場の雰囲気や作業工程に馴染んでもらうことを目的とし、現場の職員の意見も参考に様々な可能性を模索する。「障害者も健常者も高齢者も皆同じ、働く場は平等に与えられるべき」という方針のもと、最終的に雇用するかどうかの判断はここで働きたいという本人の強い気持ちがあること、この一点に尽きるという。言い換えれば働いて自立するという意思をしっかり持って就労を開始してほしいという雇用する側の願望ともいえよう。
さつき会の令和3(2021)年度の障害者の実雇用率は5.4%である。就業時間は基本的に1日5.5時間で、週4日勤務となっているが、障害のある職員の要望に対応した柔軟な設定を可能としている。平均勤続年数は6.2年、最も長い人は今年で10年を迎える。これまで雇用した6名は退職することなく全員今も元気に働いている。就労が継続できている背景には一体どのようなことがあるのだろうか。理事長直筆の書3. 障害者の雇用事例(業務内容)
さつき会では、知的障害、内部障害、精神障害のある方々を雇用している。次に障害種別に3名の方の事例を紹介する。
(1)Aさん(女性)、知的障害、50歳代前半
さつき会が障害のある職員として最初に雇用したのがこの方である。長年両親と同居し家事手伝いをしていたが、外で働きたいと本人が希望し、県立東部高等産業技術学校からの委託訓練生として2か月間の職業訓練を経て採用となった。町内の自宅からバスで通勤している。ほのぼの苑の厨房で食材を刻んだり料理の盛り付けをしたり、食器の洗浄を担当している。就労開始当初は頭痛など体調不良を訴えることが多かったが、与えられた仕事に一生懸命取り組み、少しずつ仕事を覚えていった。Aさんは素直な性格で、厨房で共に働く年配の女性職員たちは自分の娘のように接して指導を続けたという。担当者が顔を会わせるたびに「元気にしている?」と声をかけると決まって「はい、大丈夫です」と明るくこたえる。
(2)Bさん(男性)、内部障害、50歳代前半
幼少期より心臓機能に障害を抱えており、ペースメーカーを装着している。勤めていた事業所が閉鎖となったことがきっかけで参加した障害者向けの就職相談会においてさつき会の面接を受け、トライアル雇用を経て採用となった。独り暮らしで町内の自宅から自動車で通勤している。仕事は上記Aさんと同じくほのぼの苑での調理補助である。はじめは単純な業務ですらおぼつかない状態だったが、同じことを繰り返し教えていくうちに一つずつ作業手順を覚えていった。今では早朝早出の時は、調理道具の準備から食材の下処理までひとりでこなす。
厨房内は年配の女性が多く男性はBさんをいれて2名である。当初男性だとやりにくいと言って抵抗感を示していた現場の女性たちは、Bさんの物静かで真面目な仕事ぶりに一目置くようになり、今では全く違和感なく業務が遂行されるようになった。障害が有る無しに関わらず、仕事を覚える過程には個人差がある。Bさんは仕事を覚えるのに時間がかかり、同じ指導を何回か受けることがあった。何度も同じことを指摘されると自信をなくして辞めてしまいそうだがそうしたことはなく、Bさんについて担当者は「周囲からの助言を素直に受け入れ、自分を振り返り改善していく能力があった」と述べている。
(3)Cさん(男性)、精神障害、40代前半
介護福祉士として働いていたが、交通事故の後遺症で片腕に麻痺が残り失職、ほどなく精神疾患を発症した。その後町外にある就労継続支援B型事業所(以下「B型事業所」という。)に入所、施設外就労としてほのぼの苑にシーツ交換に来ていた。ある日、本人からここで働きたいと相談があり採用となった。独り暮らしで通勤はバスを利用する。とても真面目な性格で一度バスの到着が遅れた時は急遽山道を自転車でやってきた。業務は、食事や水分補給の介助、施設内の清掃と消毒、利用者に危険が及ばないよう見守るなど介護福祉士の経験を生かした内容である。担当者によると、Cさんは決して「コミュニケーションをとるのが上手いタイプではない」が、誰とでも分け隔てなく接して必要なことを必要な時に手際よく提供することができるため利用者の評判は良い。
実はここに本人ならではの工夫があるという。例えば入所者に提供する飲み物一つにしても、ある人はお茶、ある人はジュース、あるいはミネラルウォーターというように好みはそれぞれ違う。そこでCさんは、個々の要望に確実に対応できるようパソコンで入居者名に必要事項を色分けした居室割当表を作り、業務をわかりやすく整理した。さらに作成した表は定期的に上司に見てもらい変更がないか確認、何度も見返しては仕事を覚えていったのである。
以上の3名のほかに施設内の清掃業務を担当する知的障害のある職員が3名就労している。中には電車とバスを乗り継いで通ってくる人もいる。6名の職員全員は新型コロナ感染拡大防止の観点から利用者と会話する機会を最小限にするなど、これまでとは違った状況にも対応している。それぞれ抱える障害の程度に違いはあるが基本的にこれまでどおりの業務を継続、全員が4年以上就労を続けている。担当者に職場定着に向けどのような取組をしたのか尋ねると、「現場にキーパーソンがいるわけでもなく、一般職員を対象に障害理解を深める研修をしたこともない。障害が有るからといって特別なことは何もしていない。」という答えが返ってきた。しかし、筆者は取材を通じ、さつき会の障害者雇用の取組にはいくつか特徴があると感じられた。次にその主な取組を紹介する。
4. 取組の内容と効果
(1)職場実習(職業訓練)の実施
前述にもあるようにさつき会は雇用する前に職場実習あるいはそれに相当する就労体験の場を必ず設けており、次の制度を活用している。
ア.委託訓練制度
Aさん採用の際に活用したのは、県の行う実践型障害者委託訓練事業である。これは、障害者(訓練生)が就職に必要とする知識とスキルの修得を目指し、障害者の住む身近な地域(事業所現場)で職業訓練を受けるという制度である。訓練支援員が訓練計画に沿って事業所の求める就労レベルに達するよう訓練生の支援を行うため、受け入れ側、訓練生ともに安心して訓練を実施することができる。Aさんのように「働きたい」という思いはあっても一般就労の経験がないため、戸惑いや不安を感じている人には体験を通じて具体的な目標を思い描くことができ、効果的である。実際Aさんもこの制度により「働きたい」という思いを実現し、採用後10年目を迎えている。
イ.トライアル雇用制度
Bさんの際にはハローワークからの紹介で行うトライアル雇用制度を活用した。これは原則として3か月の有期雇用契約(トライアル雇用)を締結して、その後、常用雇用に移行することを目指す制度である。ただ、トライアル雇用は就職が困難な人が対象の制度であるため、仕事に慣れるまでのトレーニングに時間がかかることがある。その場合は丁寧に教える体制が必要である。単純作業であってもなかなか仕事が覚えられなかったBさんに対しては、現場の職員による粘り強く丁寧な指導が続けられ、Bさんもそれに応え、就労8年目である。その根底に教えられる側の何としてでも働こうという意思と、教える側の育てようという意思がなければ継続できなかったであろう。
ウ.施設外就労
Cさんの際にはB型事業所の施設外就労を利用した。これはB型事業所利用者が実際の企業で就労するなかで就職に向けた力を伸ばそうというもので、各々の障害特性を知る支援員が同行し、就労現場での急な体調の変化や作業内容に関する疑問などにも対応することで、就労意欲、作業能力、職場適応力などの向上を目指す。障害者、受け入れ側双方にメリットがある。Cさんも6、7名の利用者とともにシーツ交換をしながら、施設で働く職員の様子や雇用環境を目にすることで、ここで「働きたい」気持ちが芽生えたのだろう。かつて介護福祉士として働いたころの自信を取り戻すきっかけになったのではなかろうか。
このように、さつき会は雇用を開始する前に、障害者を雇用する際に利用できる既存の制度をその人物の抱える課題にマッチした形で活用し、障害特性や適性を把握してきた。そして適材適所に活躍の場を割り当て、採用するのである。
採用後はその人のここで働くという志を法人一体となって支援している。
(2)就労継続に向けてのアフターフォロー
いかに適性に合った職種であっても、就労が継続するためには周りの人に障害があることで生じる行動や症状を理解してもらうことが重要である。特に精神障害者の平均勤続年数は3年2か月で身体障害や知的障害のある人と比較して職場定着率が低いといわれる(厚生労働省「平成30年度障害者雇用実態調査」(2018))。その原因の一つが体調管理の難しさにある。事例で紹介した精神障害のあるCさんは就労当初、与えられた仕事をどのようにこなしていけばよいのかわからず不安になるとパニックに陥ることが多かった。そこで担当者はCさんの主治医に相談し、Cさんにとって体調を管理し、不安を解消するためには、こまめに水分補給することや薬をきちんと飲むことが必要、との助言を受けた。見ようによっては業務中に頻繁に水分をとる姿は休憩が多いと受け取られがちだが周囲の職員や利用者にもCさんの事情を伝え理解を促した。また、休日が3日以上続くと生活リズムが狂ってしまい、業務内容を忘れてしまうのではないかと焦りの気持ちが強くなるなど不安が増すことも分かってきた。そこで勤務のシフトを組むときは連続した休みは2日までとした。こうしてCさんは徐々に自分の体調をコントロールすることができるようになった。就労4年目の現在、遅刻や早退もなく元気に働いている。
5. 今後の展望
令和2(2020)年に始まった新型コロナ感染症の拡大は、さつき会の経営にも影響を及ぼしている。これまで連携をとってきた関係機関との交流も縮小せざるを得なくなった。インタビューでは感染予防のため職員の行動や出勤が制限されたことで必要な人員を確保することが困難となったことなど、厳しい施設運営に関しても率直に語っていただいた。しかしながら、そのような状況下にあっても障害者の雇用は確実に成果を上げてきた。担当者は「職員が楽をできたなら、その分利用者さんに目を向けてほしい。そのためにはいろいろな人の力を借りなければならない。雇用の機会があれば障害のある方の力も借りていくのが福祉法人としての役割」と話す。
障害者雇用のこれまでの実績を踏まえ、未来を見据えた同法人の今後の展望は以下の2点である。
(1)障害者の負担にならない範囲でスキルアップできるよう長く働ける職場環境を整える。
(2)地元周防大島町内における障害者の働きやすい職場環境を整備する。
6. 終わりに
インタビューに応じていただいた担当者の方が最後に、さつき会の運営の原点が、我が国で最初の複合児童施設、近江学園を建設し、「知的障害者福祉の父」と呼ばれた糸賀一雄の思想にあることをお話しされた。糸賀一雄は障害者に対する偏見を色濃く残した戦後の日本社会において、本来人間は一人ひとりが光り輝く存在であり、障害を抱えた人もそうでない人も分けへだてなく共に生きることのできる社会こそ豊かな社会であると主張した。さらに「福祉の思想は行動的な実践のなかで、常に吟味され、育つ」とも述べている(京極高宣(著):「この子らを世の光に-糸賀一雄の思想と生涯」 NHK出版(2001))。
取材を終え、改めて人間の新しい価値観の創造を目指した先人の精神がさつき会の障害者雇用の取組の礎となっていると感じた。さつき会において日々個々と向き合う福祉が実践されていることに心より敬意を表し、今後の更なる発展を祈りたい。執筆者:周南さわやか家族会
相談員 板村 七重
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