（2）障害者雇用の経緯
  資生堂グループは昭和50年代から障害者雇用に取り組んでおり、平成12（2000）年頃からは毎年5～10名ほどの障害者を採用してきた。そして令和元（2019）年に企業のミッションとして「BEAUTY INNOVATIONS FOR BETTER WORLD（美の力でよりよい世界を）」を掲げた。そのミッションを実現するためにはダイバーシティ&インクルージョンが必要であり、多様な価値観をもつ人材が集まり、お互いを尊重することで新たなイノベーションが生まれるとの考えからである。そして現在では、約400名の多様な障害のある社員が、様々な職場で自分らしい強みを活かして活躍している。また、社会の公器としての責任を果たしていくために、より一層積極的に障害者雇用に取り組んでいる。

（3）障害者雇用のポリシー
  障害者雇用に取り組むに際し、資生堂グループでは次の3点をポリシーとして掲げている。
   ・本気で期待する
   ・必要な配慮はするが特別扱いはしない
   ・一生懸命働きたい情熱のある社員を積極的に応援する

  同社でも、このポリシーのもと、新卒・キャリアともに毎年正社員採用を行っており、現在141名の障害のある社員が活躍している。賃金テーブルにおいても障害のない社員と障害のある社員の区別はしていない。

本稿ではそうした同社の新たな取組である『視覚障がい者職域拡大プロジェクト』（以下「プロジェクト」という。）について紹介する。

　令和元（2019）年に行われた資生堂グループ内のイノベーションコンテストで、自身も視覚障害者である同社人事部門の石川さゆりさんが、社内の障害者の中でも数が少ない視覚障害者について、言葉によるコミュニケーション力や優れた記憶力などの視覚障害者の強みを生かした職域拡大について提案し、世界で2位を獲得した。これをきっかけにプロジェクトが立ち上がり、視覚障害者の職域拡大に取り組むことになった。

　プロジェクトは5か年の計画で、視覚障害者がフロントラインである通信営業（電話による販売店へのセールス）を行うというものである。

石川さんは、視覚障害者には見えないことから生み出される強みがあると話す。具体的には、傾聴力が高く言葉によるコミュニケーションが得意なこと、記憶力や論理的思考力があり、考察や提案といったレベルの業務も可能なこと、通信営業をするうえで重要な「声」や「手触り」「香り」などにとても繊細なことは、視覚障害者の強みである。これに加えてテクノロジーの進歩で、パソコンやスマートフォンなどの操作も可能になっていることを考え合わせたとき、通信営業は挑戦する価値のある取組であると考えたという。

このプロジェクトのために人事部門やシステム部門、商品関連部門などの担当者からなるプロジェクトチームが作られた。チームには障害者の就労の実情を知らないメンバーもいたが、チームに参加することで障害者が就労するうえで直面する様々な課題についての認識を持つという効果も生まれた。

（2）視覚障害者受入れまでの取組

このプロジェクトで、「視覚障害者が通信営業を行う」ということは決まったが、採用する前にまずは視覚障害者を受入れる環境を整える必要があった。新卒で入社してから石川さんが直面した「就労上の困りごと」を解消する過程で、同社における視覚障害者の就労環境は徐々に整ってきていたが、プロジェクトの実施部署は視覚障害者を受入れたことのない通信営業チームであった。そのため令和2（2020）年8月から令和3（2021）年7月までの一年間で、通信営業チームでの視覚障害者の受入基盤の構築を目指して取り組むことになった。

プロジェクトチームは8名ほどで構成され、5つのチームに分かれて作業を進めた（社内テスト推進チーム、システム開発チーム、商品教育チーム、コミュニケーションチーム、採用・定着チーム）。

社内テスト推進チームでは業務プロセスの課題抽出と対応策の検討、就業環境の整備などを担当した。石川さんはプロジェクト全般に携わったが、社内テスト推進チームの一員としては自身が営業担当として活動し、自力でできること、サポートがあればできることをひとつひとつ業務プロセスに落とし込んで整理しながら、身をもって課題を特定した。そして、サポートがあればできることについてはサポート体制を構築した。

 　　　　
　　　　　　　　　　　　（就業環境の整備例）
　　　　　　　　　触れてわかるシールを貼付した複合機

システム開発チームではスクリーンリーダー（画面や操作を読み上げるソフト）が、売上管理システムや販促物発注システムなどの社内システムに実用レベルで対応するかどうかを検証し、問題点の改善・改修を進めた結果、通信営業が使用する20のシステムのうち18システムが対応可能であることを確認した。スクリーンリーダー未対応のシステムに関する業務については人的なサポート体制をつくった。

商品教育チームは商品知識などの習得プログラムを作成し、受入れ部署（通信営業チーム）との調整を重ねて実務に沿った修正を行った。

　コミュニケーションチームは社内啓発を担当した。受入れ部署からはどこまで自力でできるのか、どれくらいのサポートが必要なのかを「見える化」して欲しいとの声があったため、「視覚障害」についてのレクチャーを行うとともに、スクリーンリーダーのデモンストレーションを行い、どのような見え方をしているかなどの説明を行った。また、プロジェクトの取組を社内報で配信し、関連部門だけでなく全社的にこの活動を周知しながら啓発を行った。

　採用・定着チームは、秋から本格的にスタートした。キャリア転職組をターゲットとして、人材要件や採用ルートを検討した。令和3（2021）年1月から本格的に求人活動を開始した結果、説明会には20名程度の参加者が集まった。採用に際しては面接だけでなく、通信営業を疑似体験してもらうことを通じて、営業に対する理解促進と業務への適性を判断した。

（3）１期生の受入れ

　令和3（2021）年8月、受入れ準備が整い１期生2名（ＡさんとＢさん）が正社員として入社した。お二人とも、販売店へ電話をかけて商品の提案、季節美容の提案、販促物の発送及び活用の提案など、ほかの通信営業の社員と同様の業務である。サポートが必要な部分についてはサポートを受けながら行うが、ほとんどのことは自力で行っている。お二人が利用する商品情報のデータベースや社内システム対応のスクリーンリーダーは、視覚障害に配慮した就業環境を整えた一年間の取組の成果である。

Ａさんは中途で視覚障害となられた方で、視野が狭いなどの障害がある。店舗を訪問しない通信営業だからこそ、視覚障害があることもオープンにして自分のことをわかってもらう必要があると考え、毎月通信誌を発行し、顔を見せながら新製品の体感コメントを伝えている。得意先との距離も縮まり、「おすすめしてくれた商品が売れた、ありがとう」という得意先からの言葉に大変やりがいを感じると言う。

　Ｂさんは、手動弁（手掌を眼前で上下左右に動かして弁別できる程度の見え方）で色の判別も難しい状態にある方のため、全て「音声」で情報収集・営業管理をしている。音声読み上げソフトなどを使い、社内システムや商品情報も音声で確認する。「頭の中に地図を作ると作業が早くなります」と話し、今では頭の中に社内のマップができて、オフィス内の移動も慣れたとのこと。日常的に使う伝票や封筒の在処や、タッチ式の複合機操作も頭の中の地図にマッピングしてある。右耳にVoiceOver（スマートフォンで使用するスクリーンリーダー）、左耳にはJAWS（パソコンで使用するスクリーンリーダー）のためのイヤホンを装着し、両耳で別のことを聞きながら作業を行っている。イヤホンをダブル使いすることに慣れ、商品知識などが増えるにつれて回答もスムーズになっているとのことである。見えないからできないという状況が起こった時に、周囲のサポートを受けながら問題をひとつひとつ解消していき、「こうしたらできた」が日々増えている。

プロジェクトは受け入れ準備に関することだけではなく、配属後に教育やサポートが必要になった場面で、配属先部署での対応が難しい部分について、当事者と配属先部署をつなぐ相談窓口としての役割も担っている。

　プロジェクトは令和4（2022）年9月に2期生を迎えた。5年間のプロジェクトではいろいろな障害特性がある視覚障害者を採用し、その特性に応じた環境を整備したいと考えている。3年後に目指すのは、見え方も様々な視覚障害のある人たちが、通信営業という今までになかった領域で不自由なく働いていること、目標を持って生き生きと働き社会に貢献していること、社内のサポート体制と就業環境整備が仕組化されていることである。そして、その成功事例を広く世の中に発信し、視覚障害者が企業の戦力として働けることが理解され、日本中で新たなチャレンジが始まる状態を作ることがプロジェクトのゴールだと石川さんは話してくれた。