当たり前のこととして合理的配慮を提供することで、
障害者の雇用を進めている事例
- 事業所名
- 社会福祉法人ぶどうの里
(法人番号: 6090005003802) - 業種
- 医療・福祉業
- 所在地
- 山梨県甲州市
- 事業内容
- 第二種社会福祉事業(障害者を対象とする通所施設、グループホーム、障害児通所支援事業、
就業・生活支援事業など) - 従業員数
- 86名
- うち障害者数
- 10名
-
障害 人数 従事業務 肢体不自由 2名 グループホーム世話人、調理補助 知的障害 2名 調理補助 精神障害 6名 事務補助、事務員、配送 - その他
- 就労継続支援A型
- 本事例の対象となる障害
- 肢体不自由、知的障害、精神障害
- 目次
-
事業所外観
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業内容
社会福祉法人ぶどうの里(以下「同法人」という。)は、平成4(1992)年10月5日に法人を設立、平成5(1993)年4月1日に最初の施設として障害者が地域で生活するための心身障害者通所授産施設勝沼授産園(以下「勝沼授産園」という。)を開設した。その後も同法人は地域のニーズに応えるため事業を拡大し現在、通所施設、グループホーム、放課後等デイサービス、障害者就業・生活支援センター事業などを運営している。平成20(2008)年4月1日、勝沼授産園は多機能事業所となり、平成22(2010)年6月1日に就労継続支援A型(以下「A型」という。)を併設した。
(2)理念・方針
同法人の理念は、「他の者との平等を基礎とした」諸権利の実現としている。
障害を理由とした不利益な扱いをせず、どのような配慮が必要か個別に具体的に考えていく。障害の有無は関係なく、平等に権利が認められていることを意識し行動する。これは、障害者権利条約(注1)に基づく考えであり、その実現に他ならない。
注1)「障害者権利条約」
国連が定め、日本も批准している条約で、労働・雇用については事業主に対し障害を理由とする差別の禁止、職場における
合理的配慮の提供を規定している。(3)組織概要
同法人が運営する主な施設は、勝沼授産園を含む授産施設4か所(勝沼、塩山、石和、山梨)、放課後等デイサービス2か所、グループホーム2か所、障害者就業・生活支援センター(以下「支援センター」という。)1か所で、就労継続支援A型・B型、就労移行支援(以下「移行支援」という。)、居住支援、児童支援など、様々な事業を実施している。
A型を併設しているのは勝沼授産園のみであり、同法人に雇用されている障害のある職員は、勝沼授産園(A型)の利用者と、A型の利用者ではない職員である(詳しくは後述)。
法人内には、就労支援事業(A型・B型、移行支援、支援センターなど)をはじめとする様々な施設・事業があり、障害者雇用を進める際には法人内での連携を大切にしている。また、外部の支援機関(ハローワーク、山梨障害者職業センター、市町村の福祉課、相談支援機関)とも連携しながら進めている。
(4)障害者雇用の理念
上記「理念・方針」とも重なるが、同法人における障害者雇用の理念(目的)は、障害があっても働く場を作り、充実した生活、次のステップへの自信や自立につなげることである。したがって、法人の就労支援事業の利用者が一般就労へ移行することも重視している。実際に、A型利用者から同法人の職員になった方が2名いる。
(5)取組のきっかけ
勝沼授産園の初代園長である田ヶ谷雅夫氏は、山梨市にある障害者入所支援施設そだち園を運営していた時、入所施設の限界を感じていた。それは、障害者は学校を卒業したあとは、入所施設に入るか、一般就労するか、家にいるしかないという状況だったことであり、そうではなく、地域で生活しながら社会参加する道はないかと考えた結果、県内で2番目となる通所授産施設勝沼授産園の開設に至ったものである。
当初は前例も少なく、試行錯誤の連続だったが、施設内で調理して昼食を提供していたのをきっかけに、A型事業所制度を活用した。現在では、厨房以外の仕事を考え、事務の仕事にも広げている。次に同法人における障害者雇用の取組の詳細について、総合施設長の岡本さんと管理者の小林さんから伺った内容をもとに紹介する。
お話を伺った総合施設長の岡本さん(向かって右)、管理者の小林さん(左)2. 障害者の雇用概況(従事業務など)
現在、同法人には障害のある職員が10名働いている。うち、8名はA型利用者でもある職員(以下「A型職員」という。)、2名がA型利用者ではない職員(以下「常勤職員」という。)である。すでに触れたように、後者のうち2名はA型職員から常勤職員に雇用された方である。
次に、労働条件や従事業務などについて紹介する。
なお、A型職員は同法人との雇用関係はあるが、福祉施設利用者でもあるため、勝沼授産園からの支援(障害福祉サービス)を受けながら働いている方である。
(1)労働条件
ア 雇用期間
・A型職員:1年の有期契約の更新制(年度更新)。なお、A型の利用については市町村の「障害福祉サービス受給者証」により継続。
・常勤職員:同法人の定年は65歳。
イ 勤務場所
・A型職員:勝沼授産園の厨房と事務所、石和授産園の厨房
・常勤職員:勝沼授産園、グループホーム
ウ 勤務時間・勤務日
個々の職員の障害特性や事情に合わせて設定している(この点ではA型職員と常勤職員の扱いは同じ)。具体的には、一日4時間から6.5時間の範囲で個別に定める。勤務時間帯や勤務日も同様。常勤職員は週5日勤務が原則だが、A型職員は週3日程度の勤務の者もある。そうしたことから、勤務は各人ごとに異なる10パターンとなっている。
エ 賃金
・A型職員:最低賃金を支給。なお、法人として減額特例は利用しない方針である。
・常勤職員:通常の給与体系を適用している。
(2)従事業務
ア 調理補助:授産園の厨房部門で、昼食の盛り付け、食材のカット、食器洗浄、昼食の配送と回収、厨房内清掃などに従事
イ 事務補助:勝沼授産園の事務所でデータ入力、印刷業務、法人内の紙媒体の配送と回収、ファイリングなどに従事
※アとイについてはA型職員が担当する。
ウ 事務、世話人:勝沼授産園事務所での事務とグループホームの世話人。常勤職員が担当。
(3)作業の様子
厨房における洗浄作業の様子厨病における盛り付け作業の様子事務作業の様子3. 取組の内容と効果
(1)労務管理上の工夫ア 柔軟な採用(職場実習の活用)
就職希望者には職場実習(以下「実習」という。)を体験してもらうこととしている。実習により、各人の適性などと仕事との関係性(相性など)を相互に確認した上で、採用や配置を決めている。その際には、本人と仕事の状況を見極めながら、いろいろな可能性を検討して決定している。
イ 労働条件の柔軟性
障害に応じた合理的配慮を提供することを大切にしており、特に、労働時間、始業終業時刻、仕事量、仕事内容について、障害のある職員と話し合い、できる限り本人の意向に沿うようにしてきている。採用時はもちろん、採用後においても、特に課題や困りごとがなくても半年に1回は本人と上司との面談の機会を設けている。それ以外でも相談事などがある場合には随時の面談を実施している。必要な場合には、家族とも相談し、支援機関と連携した対応も行っている。その結果、先に紹介したように現時点での障害のある職員の勤務パターンは人数分の10通りとなっている。
担当業務についても柔軟に対応しており、本人の希望により、調理補助から事務補助に転換した者もいる。さらに、調理補助の職場は、勝沼授産園、石和授産園があるが、仕事や環境、人間関係などが合わなかったり、精神面で落ち込み、休みがちになった時に、仕事は変えずに職場を変えたところ、元気に出勤できるようになったケースがあった。
ウ 多様な指導・教育
同法人があらかじめ意図したものではないが、自然発生的に障害のある職員同士の連携が生まれ、結果として、ピアカウンセリングやピアサポート(注2)が実現している。常勤職員がA型職員との相談や指導などの支援を行うことで仕事がうまくいったり、悩みの解決につながることがある。もちろん、職場内の支援者や外部の支援者(ジョブコーチなど)による支援が必要で効果をあげる場合もあるが、障害のある者同士の支援(指導・教育)で、成長や課題の解決につながる効果も少なくない。例えば上記「イ」で紹介した調理補助から事務補助への配置転換は、常勤職員があるA型職員を支援したことが奏功した結果である。支援の前は、何回か上手くいかなかったが、本人の意欲と努力、そしてピアサポートが実を結んだものといえる。
注2)ピアカウンセリングとピアサポート
ピアカウンセリングの「ピア」とは「仲間」や「対等な立場の人」という意味であり、ピアカウンセリングとは、同じような
立場や悩みを抱えた人たちが集まって、同じ仲間として相談し合い、仲間同士で支え合うことを目的としたカウンセリングの
こと。ピアサポートに関しては、「障害のある人生に直面し、同じ立場や課題を経験してきたことを活かして仲間として支え
ること(岩崎,2017)」という定義がされている。(加古川市ピアカウンセリング事業、「ピアサポートの活用を促進するため
の事業者向けガイドライン」より)エ 助成金活用
雇用に関しては、特定求職者雇用開発助成金、施設・備品・車両の整備に関しては24時間テレビ、日本財団、赤い羽根福祉基金などの助成金を活用している(ただし、24時間テレビなどの助成金の対象は、福祉・公益関係の法人などに限定している場合があります)。
(2)取組の効果
労働条件などについて、障害のある職員と話し合って決めていくことにより、出勤の安定、さらには自信につながっている。A型職員の中には、一般就労(常勤職員、あるいは同法人以外での就労)に移行したケースもある。同法人のB型の利用者にとって、A型での就労は目標となりえている。さらに、A型から一般就労への移行が目の前で見られることで、意識の活性化につながっている。
また、職場に多様な労働条件(働き方)が存在することで、すべての職員が、介護や育児、高齢化、病気などと両立しながら働くことや、法人や同僚が支援することが当たり前のこととして対応できる環境が法人全体に醸成されている。障害者雇用が、いろいろな人たちがともに働く多様性のある職場づくりの実現を可能としている。
4. 今後の展望と課題
(1)課題
一つには、A型就労から一般就労への移行が思うように進まないことが挙げられる。勝沼授産園設立当初は、3年以内に移行することを目標としていたが、困難な面が多く、A型利用が長期に及んでいるケースが少なくない。また、最低賃金の上昇に伴い、一般就労への移行が厳しい状況が続くことも予想される。
(2)対策・展望
あらためてにはなるが、勝沼授産園は一人でも多くのA型職員の一般就労への移行を実現できるように務めている。そのためには、A型職員が仕事に自信を持てるようになり、仕事やプライベートで目標設定ができるように関わりを持つことを進めていく。
一方で、各人に応じた着実な成長を目指すことも重要と考えている。以前には移行数を重視し、多くのA型職員を常勤職員として受け入れ、対応に苦慮したこともあった。各人の現状に則した着実な成長のための支援と、職員として受け入れる法人側の条件整備を一つ一つ確実に、かつ丁寧に進めたいと考えている。
(3)障害者雇用に取り組む企業へのアドバイス
各人の成長に期待し、支援することが大切である。
実例だが、調味料の計量の時に、最初は慎重に計量していたため、時間の経過に伴い計量器のデジタル表示が消えてしまったことがあった。しかし、その後も計量作業に従事してもらい、励ましながら習熟を待った。慣れてきたらスムーズに計量することで消えることもなく、「今日は消えなかった」と明るく報告できるようになった。これは、一歩ずつではあるが、間違いなく本人の自信につながっている。
障害者といっても、いろいろな障害や性格の人がいて、得意、不得意もそれぞれ異なるが、教え方や仕事内容がその人にマッチしていれば職場においてマンパワーになる。例えば、教え方については、できないことや不得意なこと、急な休みに対して、本人を責めるような対応は避けるべきである。あくまでも、温かく見守りながら、安心して仕事に取り組める職場を確保することが重要である。
具体的には、「育てる意識を持つこと」、「時間をかけること」、「本人の話をよく聞くこと」、「外部の支援機関を上手く活用すること」を実践することがポイントである。
(4)最後に
岡本さんと小林さんのお話からは、約30年前の初代園長の思いが、同法人における障害者の原動力として、今も脈々と息づいていることが筆者には強く感じられた。さらに、「障害者権利条約」もしっかりと根付いていることも感じられた。
今回のお話の中では、「あらためて障害者雇用における工夫は何かと問われると、答えるのが難しい。当法人は、障害者への支援や、合理的配慮の提供が本業ですので」という言葉が強く印象に残っている。
同法人の取組は、ごく普通に、当たり前のように合理的配慮を実践することで、生産性を低下させることなく、自然と多様な働き方が実現できる可能性を裏付ける好事例である。
ちなみに、お二人によると、同法人の人事を担当する本部事務局長の安達さんは日系人ということで、差別的な扱いを受けた経験があり、それを何とかしたいという気持ちが強い。それが、同法人における障害者の差別的取扱いはしない(合理的配慮を提供する)ことにつながっていると思われるとのことである。
今後、企業規模にかかわらず、職場の多様化は不可避であり、多様化への対応のきっかけとしても、障害者雇用に取り組むことは極めて効果的であると筆者は考える。
取材後、同法人を後にするとき、障害のある職員の方から握手を求められた。私は、何ともいえない温かい気持ちになったが、これが、障害のある職員に合理的配慮を当たり前のこととして提供し、働きやすい職場を実現している同法人の雰囲気であると実感できた。
執筆者:雨宮労務管理事務所 所長 雨宮隆浩
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。