同社は、日本の重工業をリードし、世界有数の総合機械メーカーとして、最新の技術で人々の生活を支える製品を提供している。製品は、人や物の輸送を支える船舶・飛行機・交通システム、発電プラント、各種産業機械、風力発電や環境装置、宇宙への可能性を広げるロケットなど多岐にわたり、国内はもとより世界各地の産業や生活を広く支えている。
　同社長崎造船所（以下「長崎造船所」という。）は、安政4(1857)年に設立された日本最初の艦船修理工場「徳川幕府長崎鎔鉄所」が前身であり、日本を代表する数多くの船舶を建造してきた長い歴史をもち、現在は、発電プラント、護衛艦、巡視船、脱炭素燃料燃焼技術開発など、国内はもとより世界各地の産業や生活を広く支える事業活動を行っている。また、平成27年には長崎造船所内の「第三船渠」や「ジャイアント・カンチレバークレーン」などが、世界遺産に登録されている。
　平成16年4月に障害者雇用率算定における除外率が引き下げられたことを受けて障害者実雇用率が法定雇用率を下回ったことから、長崎造船所では障害者雇用の推進が課題となり、平成17年7月に障害者を集中的に雇用していく部署として業務処理センターを立ち上げ、長崎造船所内各部署の事務作業を支援する役割を担うこととした。
　その後、令和3年に同社の組織改編により、業務処理センターは長崎造船所内の組織から、コーポレート部門内の「長崎ＨＲビジネスパートナーグループ業務チーム」（以下「業務チーム」という。※再掲）という本社直属の組織へと変更され、業務内容も長崎造船所内の業務支援から全社的な業務支援へと拡大している。

　業務チームは、名刺作成や支払い手続などを行う「庶務班」、人事労務データの作成やアンケート集計などを行う「資料作成班」、社員への通知発送や採用・教育関係の備品準備などを行う「発送班」、紙資料やマイクロフィルムのスキャニング作業などを行う「スキャニング班」の4班で構成され、採用後、個々の障害特性などを踏まえて配置を決定している。
　業務チームは、4班を統括する社員1名（以下「統括社員」という。）を配置し、各班にはリーダーとサブリーダーを1名ずつ配置している。なお、統括社員以外はリーダー、サブリーダーも含め全員がなんらかの障害を有している。

（1）入社時の対応

ア　柔軟な労働時間

労働時間は一日7.5時間を原則とするが、個々の体調を踏まえて、6時間から7.5時間の間で増減（契約変更）可能としている。

イ　指導員や企業在籍型ジョブコーチによる指導

各班のリーダー、サブリーダーが指導員として業務指導に当たることに加えて、業務チームには3名の企業在籍型ジョブコーチ資格保持者がおり、きめ細やかな指導をしている。

ウ　自己紹介シートの作成

コミュニケーションが苦手な社員に配慮して、研修期間中に自己紹介のパワーポイント資料を各自作成し、業務チームの周辺部署へ配信することにより、周囲からの理解を深め、社員同士の会話のきっかけとなっている。

（2）業務チーム内での相互理解

各個人の了解のもと、個々の障害特性と配慮して欲しいことを記載した一覧を作成し、業務チーム内で共有している。どこまで知ってもらいたいかは個人の要望に委ねられており、記載内容は随時変更可能。知ってもらっていることが安心につながり、チーム内の相互理解や仕事上でお互いに助け合う風土の醸成に役立っている。

（3）個別面談の実施

令和3年頃に、安定出社できていない社員が多くいたことで始めた取組で、統括社員と障害のある社員が定期的な個別面接と、随時の個別面談を実施している。個別面談は障害のある社員が働く上で各人が抱えている不安要因などを統括社員が把握する機会であり、定期の面談だけでは上司に伝えたいことがあってもうまく表現できない社員や、自分からは伝えるタイミングをとりにくい社員には、安心できるコミュニケーションの場となっている。そして、随時の面談は相談事があった際にはいつでも相談が可能であり、それを周知することにより、社員の安心感を生んでいる。

（4）セルフケアシート（日報）の活用

障害種別を問わず業務チーム全員と統括社員の間でセルフケアシートのやり取りを毎日行っており、これにより疲労度など各人の調子の波を統括社員が把握しやすくなり、さらには個別面談の要望把握も可能なツールになっており、統括社員との信頼関係構築にも役立っている。また、例えば、ＡＤＨＤ（注意欠如・多動症）の特性により前日の業務の進捗状況を誤認してしまうことのある社員には、前日までの仕事の進捗状況を確認することができるなど、振り返りにも役立つツールとなっている。

　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　セルフケアシート（抜粋）


（5）業務マニュアルの作成

令和4年度に、業務マニュアル作成のために障害種別や経験年数の異なる社員でメンバーを構成した分科会を立ち上げて、知的障害や発達障害のある社員にも分かりやすいよう写真や図などを多く取り入れ、実際に作業している人の目線で業務ごとに業務マニュアルを作成した。業務マニュアルの作成により、その業務に初めて取り組む人にも分かりやすく学べるようにしている。

（6）物理的な配慮

視覚過敏を意識した座席配置や、小休憩スペースの設置などの物理的な配慮の取組もされている。

 （1）Ａさん（入社2年目　精神障害（双極性障害））

「ハローワークのミニ面接会をきっかけに、採用前の職場実習を経て入社試験に応募しました。入社後も調子の波はありますが、大きく崩れることはなくなってきています。労働時間は当初は7時間でしたが、その後7.5時間に増やしました。

困ったことがあれば班のリーダーに相談でき、また統括社員との１対１の面談も可能で、業務以外のことも話しやすいことが安心につながり、入社当時に比べ、自分からまわりに対して発信できるようになってきたと感じています。また、チーム内でお互いの障害のことを共有しているので、自分のことを知ってくれていて隠さずにいられ、気を遣わずにいられることが、安心して働けることにつながっています。今後は、キャリアコンサルタントの資格を取りたいと思います。

（2）Ｂさん（入社2年目　発達障害（ＡＤＨＤ））

長崎障害者職業センターを利用しているときに紹介され、採用前の職場実習を経て入社試験に応募しました。労働時間は当初7.5時間でしたが、頑張りすぎたので現在は6時間に減らしています。

分かりやすく細かく書かれた業務マニュアルがあることと、1つの仕事を1人でしないようになっていて相談しながら仕事に取り組めることは安心につながっています。また、セルフケアシートがあることで、リーダーや統括社員に声をかける元気や勇気がないときでも、シートに書くことでため込まなくてよいというのも安心につながっています。

今後は、新しく入社される方を迎え入れる立場になってきたので、話しやすいと感じてもらえるようになりたいと思います。

同社が障害者雇用を進めるに際しては、長崎障害者職業センターの事業主支援を利用している。本稿の最後に同社の取組について同センターのコメントを紹介する。

「「３．取組の内容と効果」に列挙した取組は、主にこの2年ほどの間に同社が整備を進めたものであるが、丁寧かつきめ細やかにこれらを地道に続けてこられたことで、安定出社できる人を増やし、また業務チーム内でお互いに助け合う風土を醸成し、社員の心理的安全性を作り出すことにつながったと考えられる。

精神障害をはじめとする様々な特性を持ち、個別の対応が必要な社員に対しては、定期面談などの機会をとおし、個々の状況や状態を把握して適切な対処を行えることが有効であるが、そうした社員の数が多くなればなるほど、状況把握や適切な対処の難しさが伴うものである。しかし、同社においては上記による体制の整備を土台に、一元化した個々の社員の状態の把握と課題点などに対するＰＤＣＡサイクルによる対処が有機的に機能している。雇用管理の対象者が多くなれば、個々の状況に応じたきめ細やかな対応は難しくなっていくものと捉えられがちであるが、同社の取組は、体制の整備とその実践を両立させることで、その困難を乗り越えた好事例といえる。」