能力に合わせた仕事づくりと細やかな見守りにより
安全・安心に働ける取組を促進した事例
- 事業所名
- 社会福祉法人 愛誠会
(法人番号: 1260005006172) - 業種
- 医療・福祉業
- 所在地
- 岡山県新見市
- 事業内容
- 高齢者福祉事業
- 従業員数
- 137名(2024年9月時点)
- うち障害者数
- 5名( 同上 )
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障害 人数 従事業務 肢体不自由 1名 看護事務 知的障害 3名 介護 精神障害 1名 介護 - 本事例の対象となる障害
- 肢体不自由、知的障害、精神障害
- 目次
-
事業所外観
1. 事業所の概要と特徴、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
社会福祉法人愛誠会(以下「同法人」という。)は、昭和53(1978)年創業し、現在3箇所の福祉施設を運営している。岡山県新見市唐松にある特別養護老人ホーム唐松荘は、通所介護事業、訪問介護事業、居宅介護支援事業の拠点を兼ねた複合施設となっており、施設内に託児施設ひだまり園も備えている。そのほかには、認知症対応型共同生活介護グループホーム心、小規模多機能型居宅介護事業所福の木を、新見市内で運営している。同法人の行動理念は「ご利用者が喜ぶことを一生懸命に」であり、各施設の事務所に掲げられている(下の画像参照)。
掲げられている行動理念
(2)事業所の特徴~ダイバーシティの取組と受賞状況等~
ア 積極的に取り組むダイバーシティ
同法人は、ダイバーシティ、つまり多様性を尊重し生かしながら、誰もが働きやすい職場づくりに積極的に取り組んでいる。子育て世代や高齢者、障害者など様々な事情を抱えた人が、それぞれの能力を仕事やチーム運営に生かせるよう、体制を整えている。そのことが各方面から評価されており、様々な賞を受賞している。以下に、これまでの受賞状況等を紹介する。
イ 「将来世代応援企業賞」を受賞
平成29(2017)年には、「日本創生のための将来世代応援知事同盟」による「将来世代応援企業賞」を受賞。男性の子育てのための有給休暇活用、家族と過ごす時間を確保するための3日間以上連続した有給休暇の取得制度、15歳未満の子どもの誕生日は特別休暇とする「バースデイ休暇」、条件に合った就学児童が休校日に職場で過ごすことができる「ちびっこ出勤」などの取組が、女性の育児休業取得100%、法人全体の離職率7%の成果につながり、評価された。
ウ 「高年齢者活躍企業コンテスト」で受賞
令和4(2022)年には、「高年齢者活躍企業コンテスト」で「厚生労働大臣表彰特別賞」を受賞。無資格・無経験でも介護に従事できる職務をつくることで、地域の高齢者の雇用を創出しながら介護専門職の負担を軽減する仕組みや、職員の体調と仕事を調整する「マッチングアドバイザー」の配置、新規採用者に対して1年間専属の「プリセプター」をつけ、人材確保と人材育成に注力している点などが評価された。
エ 「雇用優良事業所等表彰」で受賞
令和5(2023)年に開催された「障害者ワークフェア・インおかやま」において、「独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長努力賞」を受賞。チームの一員として本人の能力に合わせ、軽度の介護の仕事に従事できる体制や、能力のレベルアップによって仕事の見直しを行う点などが評価された。
(3)障害者雇用の経緯
同法人にとって最初の障害者雇用は、平成20(2008)年入職の知的障害のあるAさんである。新見市内の岡山県健康の森学園支援学校から、在校生の職場実習(以下「実習」という。)の受入要望があり、Aさんが実習に参加した。Aさんは仕事内容や職場環境を気に入り、就職を希望した。同法人では、実習の様子から採用は可能と判断し、Aさんの担当業務として、高齢者の身の回りのお世話を中心にできる仕事をつくり、卒業後の採用が実現した。
その後も、支援学校や公共職業安定所の紹介による障害者の採用を行い、現在5名の障害のある職員が働いている。
現在は支援学校在校生の実習は受け入れてはいないが、支援学校からの個別の相談や、公共職業安定所経由で障害者の雇用が決まったこともある。
次章では5名の従事業務等について紹介する。
2. 障害者の従事業務と職場配置
(1)知的障害のあるAさん(介護)※( )内は従事業務(以下同じ)
平成20年入職のAさんは、在学中に下級生の面倒を見ていたようで、担当業務である高齢者の身の回りのお世話、例えばトイレに行きたい人のお手伝い、食事配膳、レクリエーションのサポートなどに対し、入職後スムーズになじんだ。まわりの職員も、難しい言葉を避けるなど、分かりやすい指導を心がけたことも功を奏した。
同法人では、当時から障害の有無にかかわらず新規採用職員には、担当指導者「プリセプター」をつけるようにしており、Aさんには経験豊富で信頼の厚いプリセプターが担当となった。
Aさんは16年と長期にわたって勤務している。認知症の方の言葉にできない思いに気づく直感力があり、高齢者からも頼られる存在になった。また、先輩職員のサポートを受けながら、高齢者の支援についての研究発表を担当するほど、真剣に仕事に向き合っている。
(2)知的障害のあるBさん(介護)
Aさんの雇用から8年後、平成28(2016)年に入職したのがBさんである。自宅と事業所との距離が近いため、支援学校から採用について提案があった。同法人でも、近場であれば無理なく仕事を続けてもらえるであろうと考え、見合った仕事を準備し、介護の仕事をしてもらうことで採用した。
Bさんは高齢者と接することに抵抗が少なく、現在は認知症対応型共同生活介護グループホーム心で、高齢者の身の回りのお世話や、レクリエーションの進行などに従事している。
Bさん
(3)知的障害のあるCさん(介護)
平成31(2019)年に入職のCさんも、介護の仕事(高齢者の身の回りのお世話)を担当している。当初は仕事がなかなか覚えられなかった。知的障害のある職員にはできるだけ同じ仕事を決まったローテーションで毎日回していくが、休日が明けた月曜日には、Cさんは一週間かけて覚えたことを忘れてしまい、覚え直しとなる日々が続いた。ベテランのプリセプターが何度も根気強く支援したが、休みが長いほど忘れてしまっていた。
入職して2年ほど経ち、Cさんは骨折で1か月の休暇をとることになった。「仕事をまた忘れてしまう」とまわりの職員は不安に思ったが、その頃にはCさんも、「仕事に出たい、早く復帰したい」と言うほど仕事を好きになっており、1か月休んでも、仕事を忘れておらず、以前のとおりにできた。その後、プリセプターやまわりの職員の根気強い声掛けにより、時間を気にする習慣や、手が空いたときに「何をしましょうか」と聞く習慣が身につき、今では複雑な施設内の各部屋へ高齢者を送迎できるようになった。
Cさん
(4)肢体不自由のあるDさん(看護事務)
もともと同法人で看護師として働いていたDさんは、平成30(2018)年、脳出血のため半身不随になった。一人暮らしで生活費を稼ぐ必要があり、杖をつきながら引き続き同法人で医務室内にて資料作成など事務作業を行っている。身体的に疲労しやすい面があるため、本人からの希望で、現在は一日6時間の時短勤務中であるが、慣れてきたら勤務時間を増やしたいという希望も本人にはある。同法人としても希望に沿って勤務時間を増やしていこうという話を本人としている。
(5)精神障害のあるEさん(介護)
令和3(2021)年に公共職業安定所経由で採用が決まったEさんは、介護福祉士の資格を持っている。採用前の面接で精神障害者であること、通院していることを同法人では聞いていたが、入職後のEさんは能力が高く、症状が安定している際の勤務に問題はなかった。しかし、調子がいいという自己判断で、薬を飲まなくなってしまい、独身で家に誰もいないこともあって食事が粗末になり、次第に体調が悪くなった。社内の支援担当者が主治医の受診に同行し、協議もしたが、入院が必要な状態となり、本人の希望もあり退職となった。治療に1年間専念した結果、令和6(2024)年の6月には就労が可能な状態まで回復した。そして、本人から同法人に「復帰させてほしい」と連絡があり、再雇用されている。
3. 就労への取組の内容と効果
(1)能力に合わせた仕事づくり
同法人では、本人の能力に合わせ、軽度の介護の仕事に従事できる体制をつくっている。障害のある職員の中には、ほかの職員と同じペースでの仕事ができないこともありうる。そのため、障害のある職員の担当業務については、業務量に余裕を持った設定とし、仕事のペースが遅れるようなことがあっても、周囲への影響が少ないように配慮している。それにより、ほかの職員も安心して障害のある職員に仕事を任せられている。
(2)プリセプターの選出方法
障害のある職員を担当するプリセプターは、障害に理解があって根気強く、相手の立場で考えられるベテラン職員を選出している。特に、知的障害のある職員は仕事を覚えるのに時間がかかるため、音を上げる職員もあるが、根気強く指導を続け、「ここは課題だけど、この部分はすごくいいですよ」という視点で、障害を個性として見ることのできるプリセプターもいる。客観的にそれぞれの障害や個性を見ながら、仕事のペースを作って行けるプリセプターが適任だと同法人では考えている。
(3)職員の健康に配慮した安全・安心に働くための取組
今回お話を伺った特別養護老人ホーム唐松荘の池田和泉施設長は、次のように話された。
「障害の有無に関わらず、職員をただの働き手だと思っていません。働くということは、職員の人生が関わっています。安定した人生を送ってもらうには、安定した仕事が必要です。」
その言葉のとおり、同法人では、職員に対して職場内での見守りだけではなく、場合によってはプライベートについても関与していく、まるで家族のような関わり方であるように感じた。
精神障害のあるEさんは再雇用後はチームメンバーの見守りにより働いているが、きちんと食事を食べているか、薬を飲んでいるかに池田施設長は不安を感じている。Eさんが「食べた」、「飲んだ」と言っても、事実でない可能性もある。そのためほかの職員には「できるだけ自分の目で見てEさんの状況を確認してほしい」と依頼し、情報を共有している。そして、もし調子が悪いような状況があれば本人や支援機関と相談し、必要があれば、付き添っていると池田施設長は話す。
(4)取組の効果
ア やりがいと職場定着
今回の取材で、筆者はBさんとCさん、そしてお二人の担当プリセプターの方にお話を伺い、働く様子を拝見することができた。そこからは、お二人が職場で成長し、必要とされるからこそ、仕事にやりがいを持ちながら取り組んでいることが伝わってきた。
(ア) Bさん(介護)
職場を訪ねると、高齢者と机を囲んで、レクリエーションの最中だった。Bさんは人気者で、あちこちから声がかかる。個別で話を聞くと、「あまり考えると頭が痛くなるので、なんとなくですが、こう言ったら喜ぶかな、という感じで皆さんと交流しています」とBさん。プリセプターにも話を聞くと、「最初はイレギュラーなことがあると混乱していましたが、アンテナをはって情報収集してくれていることもあり、今はだいぶ対応できます。記憶力があるので、私たちが忘れそうなことは『Bくん、覚えとってね』とお願いすることもあります」とのことだった。
(イ) Cさん(介護)
職場を訪ねると、ちょうど健康器具で身体を動かす高齢者たちと談笑していた。個別で話を聞くと、「最初は緊張でわからないことがいっぱいでした。でも今はだいぶ、自分でできることが増えたと思います。特にリハビリの仕事が好きです、利用者さんたちとお話ができるので」と話された。プリセプターにも話を聞くと、「入職してしばらくは、泣いたり、テレビに集中して仕事が進まなかったり、子どもっぽいところがありましたが、今はしっかりとした社会人です。本人は『ずっと働きたい』と言ってくれていますが、もし外に飛び出したとしても、別の職場でやっていけるようにという親心で指導してきました」とのことだった。
利用者の運動の支援をするCさん
イ ダイバーシティ
同法人は子育てや介護、持病などさまざまな事情を抱える職員が、それぞれの立場や状況を理解して、できることを協力しあってチームで仕事を進めていくことを大切にしている。そういったダイバーシティの意識が当たり前のように根付いていることも、障害者雇用がスムーズにいった要因だろう。
そして、障害のある職員も「さまざまな事情を抱える職員」の一人である。職員・施設利用者それぞれが学び合い、勇気を与えあう。「利用者の残された貴重な時間を無駄にしてはいけない」という思いを実践し、丁寧なケアが評判である同法人。ダイバーシティは、ケアサービスの質の向上にもつながっていると筆者は感じた。
利用者の運動後の機器を清掃するCさん
4. 今後の展望と課題
池田和泉施設長に、今後の展望と課題を伺った。
「法定雇用率に基づき、『何人、障害者がいないといけないから雇う』というのは無責任だと考えています。入職後は、私たちに責任があります。長く安定して勤められるか、シェアできる仕事が用意できるかなど、職場としても検討した上で、能力に合った仕事が組み立てられれば受け入れできます。
課題としては、継続的にサポートが必要な職員への取組があります。例えば精神障害のあるEさんを、私たちがどこまでサポートできるかがあります。職場の仲間がしないといけないことが多いと感じています。目が行き届く範囲には限界がありますし、病院、行政との連携も難しさを感じています。
障害者だからと甘やかすのではなくて、能力に合わせた仕事のシェアを、これからも大切にしていきます。与えられた仕事があるから、責任を持ちながら自信もってできるようになり、社会人になっていきます。障害特性等で苦手な部分はやらなくて済むように配慮し、得意な部分でがんばれる体制を作っていきます。」
執筆者:フリーライター 小林美希
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