「障害の無い部分を最大限に生かす」ことで「障害者を区別しない職場」を実現
1. 事業所の概要
代表取締役である社長（63歳）は、社会福祉系大学を卒業し、国立の言語聴覚士の養成校に進学。その後、千葉県職員として、聴覚障害者や、言語障害者の検査・訓練に取組んできた。現在この業務は「言語聴覚士」という国家資格になっている。また、取締役の夫人も、同じく地方公務員として障害児童の福祉に携わってきた経歴の持ち主である。
リハビリテーションセンター等で用いられる言語訓練用教材の多くは手作りであり、教材作りがかなりの負担になっていたことから、これを業として立ち上げたのが当社である。先ず平成2年に夫人が障害児と親を支援する場としての「はぐくみ塾」を事業として開始し、翌年社長が代表取締役を引継ぎ言語訓練用教材の開発・製造・販売を主な事業とするようになった。
販売品には、「言語訓練用各種絵カード」や「OA作業・事務作業等のためのワークサンプル」「障害者用操作スイッチ等の電子機器」およびそれらの「操作マニュアル」・障害児者関連書籍があり、社長のかつての研究仲間からの依頼に応じて開発したものが含まれており、全国の病院、特別支援学校、福祉施設等に販売している。部品製作や印刷は外注に出し、当社としては設計・編集・製品組立て業務が主体である。人の手を要する細かで根気の要る作業である。
2. 障害者雇用の経緯
社長は、当社を立ち上げるにあたって「障害のある人と共に会社を運営していく」という方針を明言し、正社員は障害者を積極的に雇用してきた。パートは健常者が殆どであるが、それも障害児を抱えた母親等を優先的に採用してきた。ただし、闇雲に障害者を雇用するというのではなく、当社の業務に必要な「パソコンを使いこなせること」等は、採用の条件である。それに、「責任を持って業務に取組む」「個人としてベストを尽くす」ことを求めており、この点通常の雇用管理と何ら変るところはない。「業務に求められる力量を発揮できれば、その他の条件は問わない」という考え方である。ハローワーク（公共職業安定所）主催の「障害者雇用促進合同面接会」で過去採用した正社員の中で、病気で死亡した2名以外、会社を辞めた社員は少ない。定着率は一般に比べても良い方である。平成4年に採用した第一号社員は重度の体幹機能障害を持っていたが、社長の片腕として働いてくれた。残念ながら4年前に亡くなった。障害の種類・程度は多岐に及んでおり、その度に問題を解決してきた経緯がある。ただし、設備面での対応を必要とするケースは極めて限られており、「極力お金を掛けない」方針で対処しているところに当社の特徴が見られる。
3. 取り組みの内容
身体障害のある社員は「重いものが持てない」という問題があった。そのため機材の搬入など重量物を扱う場面は限られているが、都度同室の仲間が声を掛け合って運び込むことで本人の気兼ねをなくしている。また聴覚障害のある社員は、「宅配業者が搬入しに来て声を掛けられても気が付かない」という問題があった。そこで、作業場の出入口に人感センサーを取り付け、目の前に赤色回転灯を置いて来客を知らせることで対処した。
搬入口の人感センサー
作業室のパトライト（人感センサーが人を感知すると赤色灯が回転します）
また「口頭での作業指示が聴覚障害者に徹底しない」という問題に対しては、「作業指示や各種情報を毎朝社員全員のパソコンに社内回覧板の形で流す」ことによって情報の平等化を図った。同じく「社内会議に手話通訳者を入れる事で会議に積極的に参加できる」ことで対応している。平衡機能障害のある社員の場合には、「毎日の通勤が困難」なため、パソコン業務の在宅勤務でホームページの作成などを担当させている。また、電子部品のハンダ付け作業等を行っている重度の精神障害（てんかん）者は、「発作が起っても周囲の人が気付かずに見逃してしまう」という問題があった。そこで、「他の社員と向き合って、同じテーブルで仕事をするような配置にしたことで、発作時に同室の仲間の目に留まり易くする」ことで解決した。
電子部品のハンダ付け作業
4. 取り組みの効果
前項に述べたような取組みは、「共同作業が少なく、『個々人が責任を持って完結できる仕事』という当社の事業特性により可能になっている」という一面があるものの、そのことはまた、当社が大企業でなく典型的な中小企業であって、「経営者の裁量でフレキシブルな対応が出来る」ことと無縁ではない。このことは企業側にとってのみならず、従業員の側にとっても大きなメリットになっているようである。
それは、例えば編集業務に従事する社員の声によっても容易に推測される。「自分は大手企業に勤めたことがあるが、『障害者だからこの仕事をやってください』と言われ、やりたくても与えられた以外の仕事はやらせて貰えなかった。それに対し、当社は健常者と同じ成果を求める厳しさはあるが、自主性を重んじてくれるので『自分のやる仕事は自分で考え、様々な工夫を加えることが出来る。』その結果、自分の仕事に誇りを持つことが出来、自信をもって自分の名刺を出せるようになった。また、健康面では最大限の配慮をしてくれるなど、『働きやすい環境』に満足している。」
先ほどの在宅勤務者は、当社の客先にあたる各種障害関係団体のホームページを一手に引き受けている。作成にあたっては彼からの提案が重要なものとなっており、客先からの信頼を得ることに繋がっている。重度聴覚障害を持つ社員は、会社業務と並行して障害者職業総合センター企画・開発の「ワークサンプル幕張版（MWS）」の商品セット業務には欠かせない存在である。
5. 今後の展望と課題
当社は経営理念として、「社員の採用条件として、障害を理由にしない。」ことを今後とも続けていく所存である。またその過程で生じる問題に対しては、「個々の場面に応じて極力お金を掛けずに対応していく」方針である。
また「そのことがビジネスと両立する」と信じている。ただし、各種助成金は必要だと考えている。例えば、始めからパソコンに堪能な者はいないわけで、「入社後の1年間に社内教育により自分の賃金を稼げるようになってくれればよい。そのための助成金である」と考えている。
また、障害者によって健常者より多くの休憩をとる必要があるならば、そのための時間を十分に与える代わりにその分は賃金をカットし、結果として健常者と同じ賃率を支給する。あくまでも「障害者を健常者と区別しない」理念を極めようとしているわけで、そうした目で現状を見ると新たな課題も出てきている。
例えば当社は、従業員が筆談や手話表現に慣れてくるならば、通常業務でのコミュニケーションをとりやすくなり、会議にはパソコンとプロジュクターを使って行うようにすれば、現在の手話通訳を少なくすることも可能になると考えている。ただしその為には、従業員全員が、「障害者は決して特別な存在でない」ということを共通認識し、お互いにもっと「付き合い慣れる」ことが必要であると考えている。また、そうした「現場の理解」がなければ職場の人間関係も長続きはしないのである。またこのことは、「障害」以上に、誰もが持つ「持病」への配慮にも繋がると考えている。
当社では従業員個々人が持つ障害や持病を社員に隠さずに公表する。「そのことによってお互いが助け合い、気兼ねなく各自の業務に精励することが出来る」と考えており、社員間の信頼関係も構築されることを期待するからである。
当社は、今後も障害者を積極的に雇用し、「人と環境にやさしい」企業作りを進めていきたいと考えている。
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