事業所名

有限会社井上技建

所在地

宮城県石巻市

事業内容

介護保険サービス事業（通所介護、訪問介護）・建築リフォーム工事業
飲食業

従業員数

57名

うち障害者数

7名

 

障害	人数	従事業務
視覚障害	1	機能訓練指導員（マッサージ）
聴覚障害	0
肢体不自由	2	ホームヘルパー（1人）・清掃、調理（1人）
内部障害	1	管理者
知的障害	1	清掃、調理補助
精神障害	2	介護員

目次

1. 事業所の概要と障害者雇用の経緯
2. 精神障害のあるAさんへの支援
3. 一人ひとりの力を発揮できる職場配置
4. 今回の事例から学ぶこと

事業所外観

1. 事業所の概要と障害者雇用の経緯

井上技建は昭和61年4月に建設業として創業したが、バブル崩壊の頃、井上光代表取締役は不況の訪れに建設業だけでは経営が困難になると考えた。そこで、建設業も生かせる新たな事業として福祉関連領域に着目し、当時、新聞で紹介されたばかりの福祉住環境コーディネーターの資格取得に挑戦した。

一方、代表取締役の奥さんの利枝さんは心臓疾患により内部障害者と認定されたことをきっかけに、地元の身体障害者協会に入会し、障害者相談員として活動したり、自宅の居間を身体障害のある人々の交流の場として提供したりしていた。やがて、その活動は行政の知るところとなり、折からの介護保険の導入に当たって、福祉領域の事業への参入を勧められた。

これらのことから、有限会社井上技建では介護保険に関する事業に取り組み始めた。現在、めだかの楽園（小規模多機能型居宅介護）、めだかの楽校（通所介護事業）、めだか訪問介護センター（訪問介護事業）、めだか住環境センター（福祉用具貸与事業）、めだかケアセンター（居宅介護支援事業）、福祉住環境建設部（一般建設業）、めだかの食卓（フードサービス業）と地域のニーズに応じて事業展開中である。

障害者が集える公共施設は少しずつ整備されてきたが、就労の場は思うようには増えないのが現状である。そんな中、有限会社井上技建では介護保険事業の中で障害者雇用の実践に取り組んでいる。

2. 精神障害のあるAさんへの支援

統合失調症による精神障害のあるAさんは、これまで短いサイクルで何度も離職を繰り返してきた。ハローワーク（公共職業安定所）の紹介で、井上技建はAさんをトライアル雇用で受け入れ、その後、継続雇用している。3ヶ月間のトライアル雇用の活用により、事業所はAさんの障害特性、統合失調症の理解をすすめ、Aさん自身も就労のための不安を少なくすることができたのである。Aさんの事例は、平成21年度の精神障害者のための職場改善好事例集～障害者の働きやすい環境づくり～（独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構）に収録されている。

トライアル雇用期間中、Aさんは業務を完璧に行おうとするあまり、疲労をためてしまうことがあった。そこで、業務の基本方針をわかりやすく伝え、大事なポイントを明確に示して、肩の力を抜いて取り組むように支援した。また、「実習記録用紙」を活用して、作業内容の理解、気になったこと、わかりにくいこと、感想などをAさんに記録してもらい、それらについて上司がコメントを記したり、話し合いをしたりして、不安を和らげることに配慮した。

さらに正規雇用に踏み切るときには、Aさんの希望もあり、管理者の井上利枝さんから職員に対して精神障害のあるAさんを雇用する方針を伝えるとともに、その後統合失調症の特性などについての勉強会を実施した。また、Aさんの了解を得たうえ、施設長の渥美さんがAさん自身の病気の症状について説明して、職員の理解を促している。

現在、上司の山口さんが業務遂行援助者（障害者介助等助成金の活用）として選任され、介護業務の指導、業務上の不安に関する相談、服薬管理や通院などに関して支援している。さらに管理者や施設長もAさんへの声かけを欠かさないのみならず、周囲の職員もAさんの表情の変化などを読み取り、過度に疲労が蓄積しないように業務上の配慮が行えるようになってきている。今、Aさんはホームヘルパー2級の資格を生かして介護の仕事に前向きに取り組んでおり、将来は介護福祉士の資格取得を目指している。

Aさんの作業の様子

3. 一人ひとりの力を発揮できる職場配置

身体に障害のあるBさんは、管理者の利枝さんがボランティア活動をしていたときからの知り合いである。家族の面倒をよく見ているBさんだったが、仕事を始めてからしばらくの間はどの部署でもうまくいかなかった。そのBさんも、現在は、利用者に関わることの多い部署に移動してやりがいと責任感をもち、細やかな対応を行い、役割をしっかりと果たすようになってきている。Bさんとしっかり向き合い、適切な仕事をともに見つけ出す努力が功を奏したのである。ホームヘルパー1級の資格を持っているBさんは他の職員にも指導できるようになり、現在は訪問介護スタッフの取りまとめ責任者となっている。管理者をはじめ、職場の上司などがBさんの希望と資質に基づいて、その力を引き出してきているのである。Bさんも今、介護福祉士の資格取得を目指している。

通所介護事業では、視覚障害のある専門のマッサージ師Cさんが介護計画に基づいて定期的にリハビリテーションのマッサージを担当している。Cさんはかつて大きな病院に勤務していたが、通勤途中に坂などがあって、歩行による通勤が困難になって職を辞した。

現在、視覚障害のあるマッサージ師の方々の就労が困難になってきているということが問題として認識されるようになってきているが、通勤の問題が解決されれば本事例のように介護事業における就労の場が開けるのではないだろうか。

井上技建では他の障害のある従業員に対しても、一人ひとりの異なる障害特性や疾病の状況、そして個性や個人を取り巻く家庭の環境などに細やかに配慮して、事業内における一人ひとりの役割を就労という形で実現している。Dさんは働く時間を短くすることによって無理なく働くことを可能にしたり、Eさんには障害の認識と手帳の取得申請をすすめている。また、介護事業の中で適切な役割を見つけ出すのが難しいFさんは家事の仕事を中心に、という具合である。事業所内における一人ひとりの適性に着目して、役割を見つけ出し見守る姿勢は、多くの障害のある人との交流の経験を通して培ってきた、管理者井上利枝さんの体験と考え方が大きく影響していると考えられる。

職場のミーティングの様子

4. 今回の事例から学ぶこと

高齢者人口が大きな勢いで増加している現在、互いに支えあい、心の豊かさに価値をおく成熟時代が訪れている。一人ひとりの生活の充実を図る福祉の領域では、様々な専門領域の連携が行われている。そのようなことから、この領域は、社会構造の変化に伴い新たな事業展開を模索するときに、従来の業種と関連性を持ちながら新規に参入することが可能な領域であると考えられる。井上技建では建設業を基盤としているので、バリアフリーに基づいた改築や住環境の整備はお手のものである。

本事例では、福祉の「心の目」から見る発想こそが事業を成功に導く近道であるという井上光社長の信念と井上利枝管理者が培ってきた思いやり、支えあいの心と姿勢が融合して、地域のニーズに応じた介護保険事業が展開されている。井上技建では、一人ひとりの障害による課題を一つひとつ丁寧に解決して、生きがい、働きがいのもてる継続的就労を実現している。障害理解と潜在的な能力の発掘、適切な課題目標をもとに達成感、やる気、自信を引き出す支援が当たり前に行われているのである。一人ひとりを大事にするかかわりは介護保険事業の基本であるが、障害者就労の促進と継続を実現する基本ともなる。

本事例により、介護や福祉の現場は業種転換として大きな可能性を有している領域であるとともに、障害者雇用においても大きな期待が寄せられる領域であることが明確に示されている。