人事考課に際して雇用形態による区別を取り止める等、できる限り特別扱いをせず雇用を継続している事例
- 事業所名
- 日光精器株式会社
- 所在地
- 滋賀県近江八幡市
- 事業内容
- プラスチック成形、家庭用電気製品製造
- 従業員数
- 196 名
- うち障害者数
- 3 名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 1 仕上げ検査 肢体不自由 0 内部障害 0 知的障害 2 二次加工、倉庫・物流管理 精神障害 0 - 目次

(駐車場から工場を眺める)
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)概要
日光精器株式会社は1965(昭和40)年7月に大阪府豊中市にて設立され、松下電子部品株式会社の共栄会社として電子部品の生産を開始した。その後、1981(昭和56)年には滋賀県近江八幡市に滋賀工場を設立し、松下電工株式会社(現:パナソニック電工株式会社)の協力工場として、プラスチック精密射出成形とその加工を始めた。同工場は三期にわたる拡張工事を経て現在の本社工場となり、他に岐阜県羽島市に岐阜工場がある。それぞれの工場における従業員数は180名、16名であり、企画・開発・設計・量産~出荷までを独自の一貫生産システムで行なっている。主な開発商品としては医療機器、健康機器商品、理美容商品、車載商品、住宅関連商品、流量計、チェッカー等がある。
(2)障害者雇用の経緯
あるエピソードを紹介する。それは会社の歴史を伝えてもいる。
当社は先代の社長(現・会長)が一代で起こした会社であり、それだけに社会貢献という思いが強かった。そこで、一つの契機となる出来事が起こる。1995(平成7)年の阪神・淡路大震災。当社も大阪の豊中にあった関連工場が被害を受け、そのため同工場の機能を滋賀工場に集約。旧・豊中工場の跡地は空いたままとなっていた。当初は特別養護老人ホームの建設を計画し、行政当局からの認可も受けて工事を進める時期だったが、会長自身が体調を崩し、3か月間入院を余儀なくされ、九死に一生を得た。体力的、肉体的にも退院したばかりで体力に自信がなく、なおかつ、行政当局にご迷惑をおかけしてはいけないとの思いもあり、行政に取り下げをお願いした。その後、体調も回復して入院中に医療介護の大切さを身をもって体験したこともあり、より一層社会に恩返しをしたいとの思いが強くなった。再度、社会貢献のために介護老人保健施設の申請を行ない、社会福祉法人「日光会」を設立することとなった。
介護老人保健施設「二葉園」は鉄筋5階立て、入所者用として60床の個室(12部屋の特別室)、通所リハビリテーション、訪問介護、居宅介護支援事業所、重度訪問介護等を行なっている。また、積極的な障害者雇用として館内の清掃作業のため、知的障害者8名が働いている。
上記のエピソードにもあるように、もともと障害者や高齢者、言い換えれば、福祉の世界に非常に興味を持っていたこともあり、滋賀工場でも積極的に障害者を受け入れていこう(働いてもらおう)、との思いがあった。現在は3名の障害者が働いているが、それ以前から障害者を受け入れていた。そもそものきっかけは、近隣の養護学校から授業の一環としての実習を受け入れたことに始まり、その後は学校や施設等からの依頼に応えるかたちで雇用を続けている。
2. 障害者の職場配置
3名の障害者それぞれの現況である。
1人目は2003年(平成15年)10月採用のAさん。Aさんは軽度の知的障害があり、仕事は倉庫の物流管理業務である。Aさんは資材の受け入れ、検収を担当している。またフォークリフトの免許を所持しており、仕事でもフォークリフトを使用している。
2人目は2006年(平成18年)6月採用のBさん。Bさんも軽度の知的障害がある。仕事は2次加工の印刷工程(パット印刷)であり、現在では新商品のテストも含めて中心になって仕事をしている。
3人目は2007年(平成19年)8月採用のCさん。Cさんは聴覚障害がある。仕事は組み立、また、その他にもいくつかの仕事をしてもらったが、現在は成型品の仕上げ検査を担当している。障害特性を踏まえて一番向いていると判断した仕事であった。その職場には偶然にも学生時代に手話を学んだ同僚がいて指導がスムーズであった。
次に採用の経路についてである。
Aさんは施設、Bさんは学校、Cさんは公共職業安定所(ハローワーク)を通じて採用に至っている。求人を出して応募があり、その後に選考するというかたちではなく、上述のように依頼に応えるかたちで採用を行なってきた。
また、採用後の職場配置に関しては、障害の種別・程度により、仕事(作業)が限定される場合もあるが(たとえば聴覚障害があるCさんは音による判定ができないため、異物等の混入を音で知らせる作業には不向き)、何よりも、できる仕事で周囲の人達に認められることが、長い目で見た、より良い職場配置と考えている。
障害者の採用から職場配置、そして職場定着。継続的で安定した職業生活を実現する支援の体系を「雇用管理」という言葉で表現するが、当社はどの段階においても際立つ無理は見られない。次節では具体的な取り組み、あるいは出来事について見ていく。

フォークリフトで作業をするAさん

慣れた手つきで仕事をするBさん

同僚と一緒に仕事中のCさん
3. いくつかの取り組み
(1)朝礼という場
各部署では毎朝、朝礼を行なっている。朝礼では、たとえば、不良品が出た場合のこととか、注意事項とか、予定(何が遅れている、何を優先する)とか、全員で情報を共有し、作業者への指示を確認・徹底する。また、朝礼のなかでは職場の教養という時間を設けている。得意先を通じて届けられる月刊誌を毎日順番に読んでいくのだが、その月刊誌には一日一日、日めくりの言葉が書かれている。よくある「今日の言葉」というものだが、こんな風である。たとえば、運送会社での事例。「事務員の人が毎朝ドライバーの人に「ご苦労さま!」を伝える。それは時に言葉であり、時に一つの飴玉であったりする。そんなこんなこと。小さなことでも、そこにある気配りが運転手の人の疲れを和らげることにつながる」コミュニケーションのあり方としての一つの事例。
朝礼では誰彼の区別なく、その部署で働く者が順番に、交替で掲載されている事例について本を読む。先に紹介したBさん。当初はぎこちなさが目立った。それ以上に、本人にとっては苦手なことだったのかもしれない。けれど、順番なのだから、ということで敢えて外すことはせず、続けてみた。結果、1か月、2か月経つと、人前で話をすることにも慣れ、本を読むことも上手になった。当初は、止めさせようか? Bさんだけ外そうか? とも考えたという。人前に立つことがプレッシャーになって、朝、会社に来なくなったらどうしよう? そのことがきっかけになって会社を辞めるようなことになったら、それこそ大変だ! 迷いがなかったと言えば、それは嘘になる。Bさんの部署は人が6名ほどで、朝礼の順番は1週間に1回はないにしても、それに近いペースでまわってくる。明日はBさんの番やで! そう言うと、最初の内は嫌そうにしたり、不安げな表情を見せたりもした。けれど、敢えて読ませた。そして続けた。いつしかBさんは周囲の人ともよく話をするようになり、明らかにより積極的になった。Bさんが本を読む時、読めない漢字がある。横について教える。Bさんが話している内容が分かりにくい。正直、分からない。それはそれとして聞き手は皆きちんと話を聞く。誰も分からないとは言わないし、つまらなそうな顔もしない。
Bさんが慣れるまでにおよそ2か月。その間、順番をとばしたことは一度もない。こうした朝礼、あるいは形を変えた朝のミーティングは目下、継続中であり、話すことが得意な人も、あるいはそうでない人も、特別扱いはせず一緒であること。そのこと自体が一つの考え方であり、評価でもある。
(2)補足的なエピソード
引き続きBさんにまつわるエピソードである。Bさんは2006年6月に当社に採用されたわけだが、Bさんが当社で働くことになったのは二度目のことであり、退職してから再度の雇用まで2~3年程の時間が経過している。そもそも退職のきっかけとなった出来事は交通事故であった。それまでBさんはおよそ13年間働いていたが退職し、その後、当社の協力会社へ就職。しかし協力会社自体の仕事が減少し雇用継続が難しくなり、協力会社の社長からあらためての雇用をお願いできないかとの話しがあり、再度の雇用となる。
再度の雇用が可能となったのは本人の能力とまじめな性格があってこそだが、会社とBさんが良好な関係を築いてきたこと、あるいは築いていたこと。そのことの意味は決して小さくはないだろうと思う。
(3)より公平な評価へ
社員、準社員、パート。今期から同じ基準で評価を行なっている。逆に言えば、評価に際しては雇用形態の違いによる差異は設けていないということでもある。ここでは評価方法について詳細を述べることは避けるが、障害者の雇用を考える上で参考になると思われる点について整理したい。ちなみに在籍の知的障害者2名は準社員としての雇用である(聴覚障害者は社員)。
まず、評価の基準となるのは等級(現在は1級~4級がある)であり、等級が同じであれば社員、準社員、パートは同じ考課(表)に基づき評価する。
また、評価については評価者の個人的な意思によって左右されることもあり得るので、そのことを是正する目的もあり、いくつかのステップを設けている。まず32項目からなる自己評価があり、それぞれを5段階で評価する。がんばっていることとか、できるようになった仕事とか、これからやってみたい仕事とか、いろいろと好きに書いてもらう。次は課長による評価になる。課長は課長で同じ項目について評価をし、それをもって本人と面接をする。たとえば、本人がDと自己評価している項目がある。課長の評価はBである。同じように本人がAと評価している項目がある。課長の評価はCである。いずれも2段階の評価の差がある。この段階では評価に差がある項目について調整をし、課長は所見をまとめる。次は部長による評価となるが、部長は個々の項目についての評価というよりは、より大きな項目としてまとめの評価を行なう。その後は人事(部)としての評価となるわけだが、ここでは等級ごとの人数割合、項目の5段階評価の人数割合を定めて、その割合にしたがって被評価者を選別していく。そして総合評価となる。
社員に限ることなく、そこにあるのは準社員としての評価、あるいはパートとしての評価であり、決して準社員だからとしての評価でも、パートだからとしての評価ではない。もちろん意識的に差をつけるようなことはないし、評価は課長、部長、総合と評価の網の目は細かい。社員と準社員・パートによる差異は賃金形態(月給or時間給)、ならびに賞与であるが、もちろん、準社員から社員への道もある。きちんとした評価をすること。簡単なことではないが、得られるものは信頼というとても力強い気持ちでもある。
4. 今後への展望
風通しのいい会社。それは当社の企業風土となっている。「悩みがあったら、一人で悩むなよ」担当の総務部長は言う。顔を合わせれば、声をかける。いつもと違って、どことなく不満気な表情をしている。「どないしたんや? なんか嫌なことでもあるんか?」
返事はない。嫌なことがあるのかどうか、よくは分からない。けれど、「いいえ、ありません」とは言わない。言わなかった。ずっと黙ったままでいる。だから無理に聞き出すことはしない。でも、たぶん、悩んでいる? 「悩みがあったら、一人で悩むなよ」。その一言が言える。そんなことが会社としての風通しのよさなのかもしれない。いい風土を守っていくこと。それは今後も変わることはない。そしてさらには、障害があっても、ぜひリーダーになって欲しい、社員にしてやりたいと言う。特別なこととしてではなく、当たり前のこととして。
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