自然体の農業が障害者雇用を育む

1. 事業所の概要
(1)事業の概要
有限会社熊本有機農産は、熊本県産野菜を県内外市場に出荷(転送)する会社の業務用野菜部門が独立する形で、平成7年に設立された。スーパーやコンビニエンスストア、学校給食等に対する青果の販売、カット野菜の加工・販売を主たる事業としている。売上構成としては、青果販売が約8割、カット野菜の加工・販売が約2割となっている。
施設としては、加工作業場を併設した本社事務所のほか、大型の冷蔵倉庫、農地などを有している。
平成21年度には、野菜の鮮度を保ったまま保存し、年間を通した製品の安定供給を実現するために、約100坪の冷蔵庫を建設した。これによって、野菜の旬に仕入れて、必要な時に加工・出荷・販売することが可能になった。なお、この冷蔵庫は、温度の異なる複数の冷蔵室に分かれているので、野菜毎に適した保存環境を選べるようになった。

(2)現在の業況
カット野菜は、もともとコンビニエンスストアにおける若者ニーズ(調理に便利な加工済み野菜というニーズ)がはじまりだったが、やがて学校給食・病院給食におけるアウトソーシングの増加に伴って、給食会社との取り引きが増える傾向にある。すでに全国大手の給食会社複数と取り引きを行っているが、今後もこの傾向が続くと考えられるので、同社の事業が拡大する可能性は高いと見ている。但し、市場は拡大していくだろうが、コストダウンの要請も高まっている。いかに、よりよい品質の製品をより安価で提供できるかが問われるのである。そのためには、農作物の栽培自体を自社で行うか、契約農家からの仕入れコストを圧縮するか、大きな課題がある。会社設立以来、「農産物を自分で作り、加工し、流通させる」ことを目標にしているが、まだ農産物を自社生産でまかなうというところまではできておらず、現在、その実現に向けた取り組みが進められている。
(3)課題と計画
カット野菜の製品管理に関しては、異物混入をいかに防ぐか、いかに安全な殺菌処理をするか、この2点が重要である。カット野菜は購入したらそのまま調理できる製品であり、当然ながら、通常の青果販売とは異なる厳格な管理が求められる。
そのためには、殺菌など加工管理技術の向上が必須であり、その為、従業員の意識向上、管理技術の向上等の研修・学習が必要となる。
殺菌については、以前は厚労省が認可している薬品を使っている企業(工場)が多かったが、当社ではいち早く電解水を使って洗浄・殺菌している。第1段階で強アルカリ性電解水による洗浄、第2段階で強酸性電解水による殺菌処理、第3段階でアルカリイオン水とカルシウム水溶液による鮮度保持の処理を施している。このように電解水洗浄を行うことで、薬品による殺菌処理よりもより一層安全性を高めている。
上記のような工程の改善を進めていったとしても、現場の作業に携わる従業員の意識が高まっていかなければ、製品管理はできない。例えば、ニンジンのカット詰めの中に、その前に加工したキャベツの切り屑がわずかに混入しているだけで異物混入となる。それが髪の毛であれば大きなトラブルになる。そのため、従業員には、ここまでもといわれるような細かい指導を徹底している。村川九州男社長は、「つくづく、人材だと思いますね。今、従業員の中に部門毎のリーダー、部下に指導できる人材が育ってきている。これがありがたいです」と語る。
しかし、「食の安心安全」はすでに当たり前である。今後は「美味しさ」や「多様性」といった、より高いレベルが求められてくるはずであり、当社においてもさらなる努力が求められるところである。なお、当社では自社で農地を所有しており、そこでは完全無農薬の野菜の栽培が行われている。「これは農家に見せるため。無農薬でも農業ができるんだ、と農家の方達に知ってもらうことが大事なんです」と村川社長は語る。「無農薬栽培は大変です。だから敬遠する農家が多い。しかし、これからの農業は“新鮮で安全で、美味しい農作物を、消費者に提供する”産業とならなければなりません。それでこそ、“食える農業”となれる。その時、後継者が育つ農業となることができる。そのためには当社の契約農家の方々に無農薬栽培を広めていく必要がある」と。
当社では、来年度から“無農薬有機野菜を自給できる加工業”を目指して、自社農園の本格稼働を行う予定である。
2. 取り組みの概要
(1)障害者の現状と従事業務
現在、雇用している障害者は3名(知的障害)である。総従業員数30名のうち25名が加工作業場での業務に携わっており、障害者3名は野菜の加工前処理(泥等の水洗い、皮むき、酸性水による洗浄、冷蔵庫保管、保管のためのラベル作成・貼付等)を担当している。業務にあたっては、障害者3名に対してパートリーダーと呼ばれる1名の障害のない人が付き、業務の指示・確認等を行っている。
(2)障害者雇用の経緯
1人目の障害者雇用は4年前。求人広告を出したところ、熊本障害者雇用支援センターから「働きたいという希望者がいるがどうでしょうか」という相談があった。以後、次の年にはハローワーク(公共職業安定所)からの紹介で、その次の年には養護施設からの紹介と、各々1名ずつ採用してきた。村川社長は「特に何か考えて採用してきたわけではない」と語る。「特別に障害者を雇用したいと思っていたわけでもなく、うちで働きたいという人がいて働いてもらえる仕事があるのであれば来てもらおう。仕事が無ければできる仕事を作ればいいんだから。これも縁だ、と。そういう自然な流れですよ」と屈託が無い。
なお、本年11月から新たに実習生1名(肢体不自由)を受け入れる。3ヶ月の実習を行い、来年4月からの本採用を計画している。この実習生とは、今年の新規学卒障害者合同面接会で出会った。社長はかねてより農業の知識と経営感覚のある若者を雇用したいと考えていたが、農家出身のこの実習生は経営面の学習も積んでおり、大きな期待を寄せている。
(3)障害者に適した業務の確保
最初に雇用した1名の場合は、1日5時間程度の作業という要望があり、そのように業務計画を立てていたが、2人目、3人目となるにしたがって、障害のある従業員にどのような仕事を割り与えるかという点を考えていかなければならなくなった。収入のことを考えると、できるだけ長く働きたいと思うのが当たり前である。そこで、就業時間を5時間から7時間に延長する場合には、会社としてもそれに見合う適切な業務の内容と量を確保する必要がある。「雇用している障害者の自立を促すような仕事を確保すること。これは企業の責任です。
今後の計画として、廃棄物を利用した堆肥づくりを検討しており、これが実現すれば、障害者の担当業務として整備したい」と村川社長は語る。但し、生ゴミ等を堆肥化するためには堆肥舎や堆肥化システムが必要になるが、相当の量を処理する装置となるとかなりの高額になることが予測され思案中である。
(4)障害者と取り組む業務改善
障害者3名の担当業務は、カット野菜の加工前の下処理であり、その後の殺菌処理にはタッチしないが、異物混入の防止については常に留意されている。髪の毛や衣服のくずなど、異物混入の恐れはいたるところにあり、それは即ち取引に関して大きな課題であり、商取引を損ないかねない。そこで、3名の障害者とパートリーダー、その上司である社長夫人が話し合いを行い、髪の毛のまとめ方、ネットや帽子のかぶり方等を決めていく。あるいは、コンテナ容器の清掃の方法についてもその都度手順を改善していく。
異物混入の問題に限らず、何か問題が生じた時には、全員の話し合いにより決めて、決めた事については各自が責任を持つ。障害のある人・ない人で区別のない仕事の方法が、そのまま実施されている。なお、突発事故や病状の急変などに備えて、緊急連絡先はマニュアル化されている。
(5)個々に異なる障害とその対応
障害の程度や内容は3人それぞれに異なっている。
女性の内1名は突然倒れ、2度救急車を呼んだことがある。そのような症状があるため、頻繁ではないとしても日常的に注意をしておく必要がある。また、今後の事故防止策や事故が起きた際の会社の責任範囲等について、保護者やジョブコーチ等と話し合う機会を近々予定している。女性の内もう1人は、1人暮らしをしている。3ヵ月のトライアル雇用の段階でアパートを探し、1人暮らしを始めた。3名の中で最も自立心が強く、仕事についても前向きである。症状としては特に心配するようなことはないが、心が繊細で、対人関係をとても気にする。それがストレスとなり、咳き込むことがあるので、声かけを頻繁に行い、コミュニケーションをとることによってストレスを軽くしてあげることが大切であるという。また、ストレスが溜まっている時には数日間の休みを取らせることがある。
もう1人の男性は、常に指示・命令が必要である。仕事の内容についてもはっきりと決めておかなければならない。しかし、成長がないということではない。具体的なアドバイスなどがきっかけになり、保護者のサポートもあって、今では他の2人よりも早く出社し、仕事も順調にできるようになってきた。
3. 取り組みの効果
◎働くことによる成長
3名の障害者達にもこの3年、2年、1年の経験による成長の跡がみられる。ジョブコーチの指導や同僚達のサポートもあって、3人で相談し、物事を決め、対策を打っていく。彼らの仕事である加工前の下処理とは、言い換えれば、その後の工程の入り口で、そこが停滞すれば後の工程がストップしてしまう。そこで、まず朝の業務開始の時点で今日の作業量を確認し、他部署からの応援が必要かどうかを判断し、必要な場合には要請する。基本的には、その判断や対応まで彼らに任せている。
また、ゴボウの皮むきばかりを毎日やると飽きてしまう。そこで、3人で話し合って、業務内容をローテーションで回すといったことをも決めている。
直接障害者達の指導やサポートにあたっている社長の奥さんはこう語る。「同じ仕事だと飽きるということだけではなく、障害ある、ないに拘わらず、ある日、突然誰かが病気になることだってある。その時のために、誰もが多様な仕事をこなせるようにしておかなければいけない。障害のある従業員にもそのことを伝え、理解してもらっているんです。障害者だからと1つの仕事だけしかさせなければそこで止まってしまう。でも、適切に指導すればいろんなことができるんです。但し、できないことがあるのも確か。1人1人の違いを理解して、それぞれのできることを伸ばしていくことが大事だと思いますね」と。
4. まとめ
◎自然体の社会貢献
「これもひとつの社会貢献かなぁ」と村川社長は言う。「難しく考えたことはないんです。採用時も毎回、働きたいならおいで。できる仕事を作ればいい。そんな感じで取り組んできたし、障害のある従業員らが一生懸命仕事を取り組んでいる姿を見ると、雇用してよかったと思う」と。
熊本有機農産、とりわけ村川社長の新たな農業づくりへの意欲等を聞いていると、社長自身の企業経営における視点と同時に、社会に対する使命感・責任感が非常に強い人だとわかる。つまり、地域や社会、あるいは企業活動を見る視点が高い位置にあるので、細かな現象には捉われにくい。このような性格が、障害の有無といった偏った見方をしないで障害者雇用を円滑に行うということに結びついたと思われる。
化学肥料や農薬を使用しない安全で美味しい農産物づくりという、自然体の農業のあり方が、そのまま自然体の社会貢献へと繋がっているようである。これからの地域社会と産業の有り方を考える時、有限会社熊本有機農産のこの姿勢はひとつの重要な視点を提供しているようである。
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