共生型の地域社会づくりにおける企業の役割

1. 事業所の概要
(1)事業の概要
当社の主たる事業はトラック運送業であるが、近年はそれだけにとどまらず、小売業や外食産業の物流機能を丸ごと受託する物流センター事業を積極的に展開している。
これは集荷から在庫管理、仕分け、配送までの一連の商品・製品の流れを、物流センター機能を持つことによって、また、県外の他社物流センターとの連携システムを構築することによって、複合的な工程を丸ごと受託するものである。これまで大手小売業や外食産業は自前の物流センターを運営していたが、経済環境の変化等によって外部委託による社内コスト削減の動きが活発化。そこで外部の受け皿が求められるようになった。
しかし、業界のアウトソーシングの需要が高まったとはいえ、運送事業から物流センター事業への拡大は容易ではない。冷凍、チルド、ドライといった流通する製品に対応するノウハウ、倉庫、車輌、備品等のコストだけでも多大であるし、物流センターの施設設備と人員、さらには発注元企業のコンピューターシステムとの連動と、広範多岐に渡る事業投資や業務改善が必要となるからである。当社は九州においてこのような事業開拓に率先して取組み、地域の物流センターとして足場を固めつつある。
当社は、もともと海運業を営んでいた。その後、現山下敏文社長の親の代になって家畜運送業に乗り出し、現山下社長が事業拡大を推進。その際に大きな影響を受けたのが、ヤマト運輸の故小倉昌男氏の物流理論。その物流商品としての「宅急便」であった。そして、小倉氏が晩年力を注いだ「障害者の自立支援」もまた、山下社長に大きな影響を与えた。
(2)現在の業況
現在の経済環境悪化は運輸業界全般にも大きな影響を及ぼし、前年比10%ダウン、20%ダウンといった大きな影響を受けている企業も少なくない。小売業界に与えている影響が運輸業界に波及している構造である。そのような環境の下、当社は営業実績を伸ばしている数少ない企業のひとつである。従来通りの運送事業部門の売上が減少しているが、前述した物流センター事業部門が順調に受注額を伸ばしているからである。受注先は学校生協、菓子メーカー、さらに今年から食品スーパー・チェーンからも受託し、平成21年3月に新たな物流センターを開設した。その新規受注額が減少分を上回っているからである。産業構造の変化を独自の業態革新によって乗り切る実例がここに見られる。
(3)採用の状況
今回、開設した新しい物流センターの場合は、市と進出協定を結んでハローワーク(公共職業安定所)と連携しながら採用を進めていったことにより人材確保は順調にいった。
2. 取り組みの概要
(1)障害者の現状と従事業務
現在、雇用している障害者は16名(知的障害・精神障害及び身体障害)である。法定雇用率はすでに5%を超えている。さらに障害者雇用について積極的に取組む予定であり、2年後には10%超を目標にしている。なお障害者が従事している業務のほとんどは、各物流センターにおける商品の集約・仕分け業務である。
(2)障害者雇用の経緯
山下社長が障害者雇用に取組む大きなきっかけは2つあった。
まず、直接的なきっかけとなったのは、近隣の社会福祉法人や障害者を多く雇用している印刷会社と当社の3社合同で平成12年に開催した夏祭りである。きびきびと働く障害者を目の当たりにして、一緒に働くことができると感じると同時に、働く場が見つからない障害者が地域に数多くいるのだと知り、その現状に驚かされたことである。
もうひとつのきっかけは、前述したヤマト運輸の故小倉昌男氏との出会いである。小倉氏の運輸・物流に関する理念と理論に学び、自社の業務改革に取組んできた山下社長は、小倉氏が晩年に著した書籍等で「障害者の自立支援」という問題に気づかされた。働くことができる障害者の多くが、家庭や施設に閉じこもることで本来持っている能力を発揮する機会を得られずにいる。これを経済的な視点で考えると、職場さえあれば10万円の価値を生み出せる人が1万円の価値しか生まない環境に置かれているということである。
ごく近くに働ける障害者が数多くいることから、障害者の自立支援と職場の価値に気づくことで、山下社長の脳裏に“企業経営者として障害者の自立支援に取組みたい”という想いが明確になっていった。熊本障害者雇用支援センターで訓練を受けた自閉症の19歳男性を初めて障害者として採用したのは、あの夏祭りから3年後の平成15年のことであった。
(3)障害者雇用のための合同説明会
当社が本県内に本年新たに物流センターを開設するにあたって、最初から障害者を雇用すべきかどうかが課題として検討された。当初から雇用しておこうという意見もあったが、新しいセンターを稼働させるには大きなエネルギーが必要であるし、混乱も予想されるので、業務が落ち着いてから雇用しようと判断、10月に障害者雇用のための合同説明会を開催することにした。物流センター開設が決まって以来、ハローワークや近隣の障害者福祉施設から求職の依頼が相次いだため、合同説明会を開催した方が良いと考えた。当日は33名もの方が参加され、3名を採用する予定であったが、「働きたい」という強い熱意を持つ人が多く、結果として7名を採用した。採用担当者の障害者雇用に対する情熱の表れでもあった。
(4)障害者職場定着推進会議
当社では、平成18年11月より障害者職場定着推進会議を開催している。毎月1回、雇用している障害者一人一人の現状報告を行い、改善すべき点がないかを協議する。出席者は、社長、総務部長、産業医、職場の幹部職員及び社会福祉法人の指導員等である。
事前に就労現場を巡回し、本人の話を聞いた上で会議を開催するため、実効性の高い会議となっている。具体的な改善例として、聴覚障害者のためにパトライトを設置したり、単身者に食材配達業者を紹介したり、障害者の指摘に応じ手すりを取付けた等がある。
「但し、障害者雇用には取組むべき課題は少なくないが、果たして何を『解決すべき課題』と捉えるのかという点については考える必要がある」と、山下社長は言う。
「解決するとは、まず問題があって行われるものです。つまり、何を『問題』だと捉えるかによって、そもそも解決策を考えるべきかどうかに係ってくるわけです。例えば、ある従業員は、仕事の合間に社内を歩き回ったりする。それを『徘徊』だと捉えれば問題で、何らかの解決策が必要になるが、『会社のことをもっと知ろうとする行動』だと思えば、行動を制限する必要はない。また、仕事中にぶつぶつ言っている人がいるが、それも『別にいいじゃないか、気にしなくても』と思えばたいしたことではない。なにも四角四面に捉えるばかりが仕事のやり方ではないだろうと思うんですよね」
当社の場合、職場定着推進会議をはじめとする活動が非常にうまくいっている背景には、このような柔軟性がある判断ができるトップの存在があるように思われる。
(5)保護者会
前述した障害者職場定着推進会議から生まれた制度のひとつが、保護者会である。年2回、保護者と個別面談を行い、不足しがちなコミュニケーションを取り、本人の現状と問題の把握を行う。会社側の出席者は、社長、総務担当者、第2種職場適応援助者の資格を持つ物流センター長の3名。本人を紹介した施設の指導員が参加する場合もある。プライベートな問題を含むため、原則出席者は少なくしている。
面談の内容は、家庭でどんな話をしているのか、休日に何をしているかということから、年金、保険まで幅広い。会社側のスタッフと会うことで保護者側も安心できるし、会社としても次の計画につながり、会社と保護者の協力体制づくりにも役立っている。
職場定着推進会議と保護者会の2つによって、障害者本人を取巻く家族、職場、福祉施設等様々な人々の連携が深まり、よって障害者雇用の意識が高まっていると思われる。
3. 取り組みの効果
(1)働くことによる変化と成長
知的障害者や精神障害者と共に働くことによって様々な成長を遂げたり、変化していくことが多く見られる。
ある男性は、最初は歩いて通勤していた。家からの距離はあったが、路線バスがないためである。ところがその後、バイクの免許を取得し、今は自動車の運転免許を取得し、車で通うようになった。働くことによって行動半径が広がり、大げさに言えば人生のあり方が変わったのである。また、ある男性は、文字を読むのが苦手なため運転免許を取得できなかったが、フォークリフトの運転資格を得た。彼にとってその資格は宝物である。そして、現場ではフォークリフトの運転は一番上手いと評価をされるに至っている。本人も「俺が一番上手い」とプライドを持つようになったし、別の障害者が「自分も資格を取りたい」と申し出る等のよい波及効果を生んでいる。
また、記憶障害を持つ女性は、物流センターでの電算入力や梱包等の仕事をしているが、当初に比べるとかなり症状の改善が見られるという。
(2)将来の課題
今後の大きな課題として、保護者がいなくなってしまった後、本当の意味で自立していくには何が必要なのかということである。お金、環境、そして仕事。年齢を重ねて体力が低下した時にどんな仕事を準備すべきかも考えていかなければならない。「高付加価値で体力のいらない仕事や新しい能力を発揮させられる仕事の開拓が今後必要となる」と山下社長は語る。

商品の出し入れ作業

商品の包装作業
4. まとめ
(1)多様性を認める社会は障害者と共生する社会へつながる
山下社長の話は、障害者を取巻く社会のあり方へと及ぶ。
「障害のある人と障害のない人は地続きで繋がっているんです。ところが、人は線を引いて、こっちは障害のある人とやってしまう。結果的に、障害のない人だけが中心の組織や社会になってしまっているのが今の日本です。多様性を認めない画一的な組織はもろく不健全で危険ではないかと思います。互いに矛盾する関係を持ちながら相手を必要とする関係が「共生」と思います。この共生の思想こそが現代に求められているものだと思います。企業と言う組織もそんな不健全なものであってはならないと思っています。
私自身も現在のように障害のある人や福祉の関係者と知り合い、知識を得るまでは、狭い地域にこんなに多くの障害者の方がいらっしゃることを知らなかったんですよ。とても驚きました。しかも、家庭や施設にいなければならないほど重度の人ばかりでは決してありません。働くことができる人、外の世界でいろんな人と触れ合うことができる人が一杯いらっしゃいます。
事実、当社で働いている障害のある人で、後で入社した障害のない人よりも仕事ができる場合だってあります。但し、障害があるので、手を差し伸べるという場面も出てきます。
でも、それは、手を貸してやっているんだという横着な話ではない。障害のある人に手を差し伸べることで、私たちの側も彼らから何かをもらっているんです。
ここが大事なところです。
企業経営者として言えば、このようなことが社員に理解され、定着していけば、組織の文化や風土がよくなっていくのだと思います。当社でのことを振り返れば、障害者雇用を始めてから、そういうことに気づかされてきた、そんな5~6年でした。
障害のある人と障害のない人とが一緒に働くということが大事なんだと思うんです。人は誰でも、他人から必要とされていることを実感することが大事だし、それがなくなってしまうのは辛いことです。自分が誰かの役に立つ存在であることを感じ、かつ、暮らしていくための経済的価値を得る。仕事というものは重要ですよ」。
(2)企業文化と障害者雇用
「運送屋は星の数ほどあるんだ。もっと安くしろ。と言われて、ハイハイと応じていくような人生はさみしい」と山下社長は言う。
「なぜなら、評価もしてもらえないし、自らの生きている価値も見失ってしまうからです。だから、学ぶことによってきちんとした価値のある仕事ができるようになりたいと思うのです。
そのために当社がやらないといけないのは、ひとつは当社が運送業から物流センター業へと業務改革を行ったように革新と価値の創造、もうひとつは人づくりと文化づくりです。
企業の未来を築いていくには、しっかりとした企業文化を育てていく必要がありますが、一時期主流となっていたアメリカ型の経済合理主義的なものさしだけで考えていくのは大きな誤りだと思います。『合理』は大切だが、もうひとつ、『やさしさ』というものさしを持たなければ、商売はけっしてうまくいきません」
そのような考え方に立った時、障害者雇用が障害のない人の従業員を成長させるのに大きな力となる。障害のある人が仕事をすることによって成長していくのと同時に、障害のない人も障害のある人との触れ合いによって様々なことを学んでいく。
多様な局面で時代の大きな変化を迎えている今、共同運輸の取組みは、障害者雇用の好事例というだけでなく、共生型の地域社会づくりにおける企業の役割という意味でも様々な示唆を我々に与えてくれる。

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