知的障害者と精神障害者がチームで働く
~お互いの苦手を補い合いながら働き続ける~
1. 事業所の概要
青森県八戸市に昭和21年に工藤清司氏が工藤外科医院(病床数18床)を開設、昭和38年「医療法人清照会 湊病院」(病床数47床)を設立(初代理事長 工藤清司)、昭和57年に国道沿いの現地に新築移転し、病床数290床(精神病床240床、一般病床50床)の病院となる。精神科、神経科及び一般科(7科)、歯科を診療科目とし、地域住民の「こころ」と「からだ」の健康を守るために、患者さんとともに和の医療を行うことを理念として、地域に根ざした医療を実践している。また、「からだ」と「こころ」の治療をするために疾病構造や状態像に応じた適切な治療と療養環境を整備している。
また、病院機能の他、患者及び地域の障害者の社会復帰や地域生活支援にも積極的に取り組んでおり、精神科デイケアセンター、宿泊型自立訓練施設、グループホーム、障害者地域活動支援センター、障害者就労移行支援事業所、障害者就業・生活支援センターなどを開設し、医療から地域生活までトータル的なサービスを提供している。
2. 障害者雇用の経緯
地域に根ざす医療の実践と和の医療を理念として掲げる病院として、地域の障害者の雇用に関しては前向きに取り組むことが重要であると考え、病院開設当初より身体障害者の事務職での採用は行っていた。しかし、事務職以外での障害者雇用に関しては「医療」という環境の中でどのような障害を持つ人が、どのような職種や業務で雇用できるかが分からず、採用が進まなかった。
一方、精神保健福祉が少しずつ充実し、精神障害者の地域生活が拡がりをみせる中、当院の患者からも就労希望が聞かれるようになってきた。このような声の高まりから、精神障害者がいきいきと地域生活を送るためには就業支援も大切であると感じ、平成11年精神障害者地域生活支援センター開設を機に、精神障害者の就業支援に取り組み始めた。就業支援を開始したことで精神障害者の就業の場が少ないことを実感し、当院で精神障害者の雇用の場の創出を考えることとなる。
精神障害者の就業支援を行う中で、障害者就業・生活支援センターの指定を目指すこととなった。これが身体障害者以外の障害者雇用の大きなきっかけとなる。近年、医療や介護分野でも知的障害者や精神障害者の雇用が拡がりをみせていること、障害の区別なく就業・生活支援を行うセンターの指定を目指すためには、当院でも知的障害者や精神障害者の雇用に取り組むべきと考えたこと、障害者がお互いに支え合いながら働ける環境の創出が大切であると考えたこと等から、知的障害者と精神障害者が共に支え合いながら働ける職場の創出を目指すこととした。
現在、知的障害者2名(うち重度1名)、精神障害者1名を雇用している。そのうち知的障害者A氏と精神障害者B氏の2名が院内の清掃作業を協力して行っている。
本事例では、この2名の職務の抽出、採用、職場定着等、経過について述べる。
3. 取り組みの内容
○職務の切り出し
医療の現場での職務の抽出については非常に悩ましい問題であった。精神科病棟は施錠されている病棟もあり、その出入りについてはマスターキーの使用が必須で、鍵の紛失は絶対にあってはならないことの1つとされている。また、病棟によっては病状が不安定な患者もいるため、病棟内での業務は外すこととした。外来ロビーの清掃についても外注業者が入っていたため、その他の場所での清掃を考える必要があった。
そこで、職員が当番制で行ってきた院内清掃を主業務とすることとした。各部署が毎朝行っていた清掃場所のうち、患者さんとの接触が多くない場所を組み合わせて清掃場所とした。玄関5ヶ所(玄関・すのこ・下駄箱・傘立て・車いす等)、トイレ7ヶ所(男女両方)、廊下、ホール、喫煙場所(吸い殻、灰皿)、窓ふき等を来院患者の流れに合わせ、患者が集中しない時間帯と場所を組み合わせて作業スケジュールを組んだ。基本的に箒での掃き掃除、モップや雑巾での水拭き掃除、モップでの空拭き掃除とし、その他トイレ等は別途の清掃方法で行っている。清掃場所を移動するときは2名が一緒に移動できるよう作業場所を近くし、作業終了時間が同じになるようにスケジュールを組んだ。これら職務の抽出と職務設計は障害者就業・生活支援センターと一緒に行った。
○採用のポイント
職務の切り出しが出来たため、その職務で働いてくれる人の採用へと至るが、その際に気をつけたことは一緒に働く2名の相性と本人の「働きたい」という気持ちがしっかりあるかどうかであった。
1名は知的障害の女性で20代前半のAさんを採用した。性格は明るく、非常に人懐っこい印象の方である。職業的重度の判定を受けており、口頭指示理解は十分とはいえない。粗大定型作業はできるが、細かい作業は苦手としている。経済的に苦しい家庭であるため働く必要があり、また、働くことには意欲的でもあった。
もう1名は精神障害の女性で40代のBさんを採用した。性格は温厚であるが対人面で敏感なところがあり、特に男性との接触には敏感である。指示理解は良好で、口頭指示で理解し作業を進めることができる。細かい所にも気を配ることができ、微細な作業工程でも高い精度で作業遂行する。働くための前段階の訓練として高齢者施設での有償ボランティアとして数年間洗濯作業を行っており、働くことに対しては意欲的であった。
このように年齢や障害が違う方を採用したことにより、Aさんの幼い部分をBさんが母親のように補い、Bさんの対人面での敏感さをAさんの人懐っこさが補うことで安定している。
○業務の振り分け
Aさんは粗大定型作業が得意であることから、清掃業務の中でも粗大な作業に分類される箒での掃き掃除、モップ掛け、すのこの上げ下げ等を主業務とした。そのため、得意作業が多く工程に組み込まれている玄関掃除はAさんが行っている。玄関は多少ほこりが残っていても目立たず、人の出入りによってはすぐに汚れてしまう場所であるためAさんに向いた作業場所である。また、泡が好きであったため流し台の清掃もAさんの業務とした。作業スケジュールに自身の好きな泡を使った作業が組み込まれていることで、積極的に楽しんで仕事に取り組んでいる。
Bさんは細かい所にも気を配って作業を進めることができるため、トイレ掃除を主業務として行っている。トイレ掃除は作業工程も多い上、患者さんが「きれい」と感じられるように清掃しなくてはならないため几帳面に掃除をしなくてはならない場所である。Bさんの性格は几帳面で真面目であり、手先も器用であることからトイレの隅々まで清掃が行き届いている。また、玄関近くに各トイレが設置されており、トイレ掃除をしながらAさんの仕事ぶりにも目を配り、掃除が行き届いていないところがあれば声かけをしてくれている。
以上のように、各々の性格や障害特性に合わせて主業務を分担したことで、作業精度や作業速度が上がり、少しずつ職域を拡大できるようになってきた。これらの業務分担等は各々の作業スケジュールを障害者就業・生活支援センターが作成、本人へ説明している。
○精神的サポートの実施
安定した就業生活を送って貰うためには、精神面のサポートが必要であると考え、両名と障害者職業生活相談員とで交換日記を付けている。1週間毎に日記を付けて渡すという。言葉で言えない心の内でも日記に綴ることはでき、精神症状の1つである被害妄想等も日記により把握することが出来るという。症状悪化の兆しや不安の芽を早期に把握し対応することができるため、精神面及び病状安定へのサポートがしやすくなった。また、日記を始めたことで障害者職業生活相談員との信頼関係も強くなり、今までなかなか相談できなかったことも直接相談することができるようになってきた。困ったら障害者職業生活相談員のところに行くという流れが構築された。
また、障害者職業生活相談員は毎日1回、自身の職務の合間に清掃場所に顔を出して声をかけ、顔を合わせるようにしている。この行動の積み重ねも精神的なサポートの一助になっているという。
更に、AさんとBさんはお互いに精神的なサポートをしあう事ができている。両名にはお互いの得意な部分と苦手な部分を説明しており、お互いの障害について理解し合えるようにした。業務中に一人で判断に迷うと2人で相談している。Bさんが悩んでいるとAさんがその状況を察知して、障害者職業生活相談員や近くの職員に助けを求めにいく、Aさんのうまく出来ない作業をBさんが教えてあげる等と、お互いに業務上支え合っていることが、お互いの精神面も同時にサポートしている。お互いが補い合いながら仕事をしているのである。
○就業支援機関との連携
症状の不安定さ、身だしなみの崩れ、日常生活上の課題、家族に関する問題、作業上の課題などが顕在化した時や職務内容の変更や職域の拡大などを行う時には、院内のみで対応するのではなく障害者就業・生活支援センターに相談することとしている。
実際に職場内で起こる問題は、家庭内や日常生活の過ごし方に起因している場合が多く、就業支援専門の機関である障害者就業・生活支援センターに、相談や協力を依頼することで迅速に家庭訪問や家族との調整、その他の関係機関との調整を行ってもらえるため、問題解決がスムーズである。雇用主から言いにくい内容のことでも、第3者機関を通すことにより家族へも意図がきちんと伝わり、家族からの協力を得ることができている。
職務内容の変更や職域の拡大などを行う場合には、病院側で考えた作業内容が本人にとって無理がないか、配慮しなければならない点がないか等を、専門的且つ第3者的視点に立って検討してもらうことが大切であると考えている。
○職場定着推進チームの設置
基本的な相談は障害者職業生活相談員が受けており、年1回、院内に設置された職場定着推進チームが集まり会議を行う。現在行っている業務内容が適切か、院内でのサポート体制は整備されているか、本人の働く意欲の維持・向上にむけたスキルアップの機会が与えられているか等、事務部長を始めとしたチームで検討、確認することとしている。その際に、本人の意見を十分に聞き取れるよう個人面談も行っている。
○活用した制度、助成金等
今回の障害者雇用にあたり高齢・障害者雇用支援機構(当時)の障害者介助等助成金の中の業務遂行援助者の配置助成金を活用した。また、青森県高齢・障害者雇用支援協会の障害者雇用アドバイザーとの相談により、障害者職業生活相談員の配置、障害者職場定着推進チームの設置を行った。
4. 取り組みの効果
年齢や性格、障害特性の違う2名で一緒に業務を行うことにより安定した業務遂行が保たれていると感じている。障害の違う両名が、お互いの得意な部分と苦手な部分を認め合い、お互いの障害を理解し合うことにより苦手な部分を補い合える関係ができた。この関係構築により、精神的に不安定な時期にもBさんは働き続けることができ、職場への慣れにより作業精度が低下してきた時期のAさんはBさんの声かけと助言により作業精度を元に戻すことができた。
また、両名を雇用したことによって、従来、職員が勤務中に行っていた清掃作業時間を患者さんのケアに充てることが出来るようになったことも、この障害者雇用の効果の一つである。職員各々が専門の業務に集中して取り組むことが可能になり、院内の医療ケアの充実が図られた。
5. 今後の課題と展望
今後も障害者雇用を推進していきたいが、それと同時に院内職員に対する障害者雇用への理解の促進に取り組んでいかなければならないと考えている。医療従事者として、地域に根ざした医療の実践者として地域の障害者の雇用促進への理解を深めること、一人の人間として障害の有無に関わらず、皆がいきいきと暮らしていく地域づくりに貢献することの必要性を職員に説いていくことが今後の課題であるという。
今後の展望として、Aさん、Bさんが働く意欲を持ち、いきいきと働き続けてくれるような働きやすい環境づくり、職員全員が働きやすい職場環境づくりを目指したいとのことであった。
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