会社に“気”を与える障害者雇用
—独り立ちにそなえた“自立と自律”のための教育・指導—

1. 障害者雇用の経緯
(1)障害者雇用は自然体
現在、当社に勤務する障害者は、知的4名、精神1名、聴覚1名、身体2名。勤続年数は、18年(1名)、9年(2名)、7年(1名)、6年(2名)、2年(1名)、1年未満(1名)。
知的障害者が比較的多いものの、障害の種類、勤続年数ともに偏りがない。自然体で障害者の雇用を続けている。
(2)地の利を活かして雇用促進
障害者雇用がスムーズに進んだ背景に地の利がある。雇用した聴覚・知的障害者は、ほぼ全員が養護学校や施設から推薦された人。しかも関係する4カ所の施設は車で5分という至近距離のところに点在している。さらに幸運なことに、担当の先生、職員がみなさん大変熱心で協力的。
従業員に何かトラブルが発生したときは、先生、職員が、救急隊員のようにすぐに駆けつけてくれる。
(3)厚生労働大臣賞を受賞

これまでの障害者雇用に対する積極的な貢献により、当社は最高の栄誉である「平成22年度障害者雇用優良事業所厚生労働大臣賞」を受賞した。しかし、代表取締役の栗田容和(ひろかず)さんは、「障害者雇用は、会社に“気”(詳細は後述)を与える源で大変ありがたい存在。これからも必要な限り、障害者の雇用は進めていきたい」と気張ることなく淡々と語る。
2. 取り組み内容
(1)障害者雇用のポイント
①「元“気”」、「やる“気”」、「根“気”」のある人を雇用
当社の企業理念は、「地球環境を守り、当社及び当社に携わる企業の繁栄と、そこに働く社員・家族の幸せを願い、魅力ある企業を目指す。その為に「元気」「やる気」「根気」を大切にする」である。
従業員のみなさんの作業服の右腕には、“気”文字のワッペンが付いている。この“気”文字をGENKI(元気)、YARUKI(やる気)、KONKI(根気)の文字が囲んでいる。障害者の雇用は、これらの“気”を持っているかどうかが採用のポイントである。もちろん、障害のない者の雇用も同じであるし、会社全体がこの“気”を大切にしている。

勝山 勲氏
人財育成チーフマネージャーで、障害者雇用の中心的役割を果たしている勝山勲さんは言う。
「障害者に限った話ではない。“気”の溢れている人は、朝の挨拶が明るくできて、元気であって、仕事に対して熱意がある。こういう人は、かならず会社に貢献する」と。当社の障害者は、本人の努力と周囲の協力により、この理想に近づきつつあるとのこと。私も現場を取材中に、障害者を含め、たくさんの方々から元気な挨拶と笑顔をいただいた。
社長自身が、「朝の明るい挨拶」を率先垂範している。毎朝7:00~8:00の間、本社の入り口に立って、笑顔と大きな声の挨拶で、出社してくる従業員を迎えている。
②3Sがしっかりしている人
勝山さんは続ける。「整理・整頓・清掃(3S)がしっかりできることも大切」。全員、自宅・施設からの通勤者であるが、両親・家族・学校や施設関係者の指導・教育・躾がしっかりしている障害者は、職場でも3Sがしっかりしており、生活態度は、すこぶる良好であるとのことである。
(2)障害者定着のポイント
①公的制度の積極的活用
総務部長の矢萩晋二さんは言う。
「受入れ時にトライアル雇用・職場実習・ジョブコーチの活用をはかり、指導を行う担当者の負担軽減を図っている。その間に適材適所の見極めをしており、受入れはスムーズである。これら公的制度の活用は、専門的な視点からアドバイスを受けることができて効果的である。特に最初のうちは戸惑いもあったので、定着の上で大変ありがたかった」。
②家族・学校・施設との連携
6ヵ月に1度は、職場で働いている姿を家族・学校・施設の先生、職員に見てもらう機会を設けている。熱心な保護者は、毎年欠かさず来てくれている。この日は、障害のある従業員も一段と張り切って働き、見学者のみなさんも家庭における姿とはまた違った頼もしい働きぶりに感動し、安心するとのことである。
③職場環境・機械・設備改善
特に障害のある従業員のためだけに、職場環境・機械・設備改善を行うことはない。基本は、ハンディキャップ部分には手を貸すが、それ以外は障害のない従業員と同じ扱いである。
60歳以降は、自らの判断で70歳まで働くことができる高年齢化時代にマッチした理想の会社である。現場を取材中に元気に働く69歳の人にお会いした。この年齢まで働くことができるのは、高年齢者自身の健康管理がしっかりしているだけでなく、職場環境・機械・設備改善が進んでいる証でもある。
これまで合理化を進めてきたかいがあり、重量物運搬等、大きな負荷のかかる仕事はあまりないし、作業も単純化されているので高年齢者も判断ミスをするようなことは少ない。このように高年齢者が無理なく働ける職場づくりができているということは、新たな改善をする必要もなく、障害者も受け入れることができる職場になっているということである。
④総務・現場が一体となっての受け入れ
矢萩総務部長は、「総務・現場が一体となってこそ障害者雇用は盤石になる」と言う。障害者を現場頼み、預けっ放しにはしない。特にトラブルが生じたときは、施設・学校の先生、職員の力を借りながら、総務・現場が一体になって、その問題解決に当たっている。これが総務・現場相互の信頼関係を生んでいる。
(3)労働災害対策は、周囲の目配り、気配り
①障害者が働くようになって20年近くが経つが、これまでの労働災害は、知的障害者の1件だけである。知的障害者を雇用している会社の担当者はよくわかっている話であるが、知的障害者のほとんどは、決められたこと以外、余計な作業はしないのでケガをすることはほとんどない。しかし、残念ながら当社でケガをした知的障害者は、気が利き過ぎて余計な作業をしたことがケガの原因である。幸い大きなケガではなかったが、仕事ができる障害者ほど注意が必要なことを再確認した。
②知的障害者に対しては、これまでも他の従業員と同じ安全教育を実施し、危険と思われる仕事はさせていないが、問題は興味本位から勝手な判断で自分の領域外の仕事をしたときにケガや事故が発生する。やはり周囲の目配り、気配りは大切である。
(4)賃金
賃金は、作業の状況から知的障害者を含め、障害を持たない従業員とまったく同じというわけにはいかないが、全員が最低賃金を上回っている。当社は、平成21年の1月から3月期は、受注量が大激減して大変なピンチに陥った。しかし、この危機は、障害のある者、ない者の区別なく、ワークシェアリング等、全員が痛みを分かち合って乗り切った。現在は業績も大変好調であり、安心領域にある。




3. 問題点とその対応
これまで雇用してきた全ての障害者が順風満帆に定着したわけではない。あえて発生してきた問題点について紹介させていただく。

(1)不安は、日ごろの話し合いで解消
仕事が減ってくると不安が募り、いらだちが出るAさん。これは、保護者の職場見学と担当者が徹底して話し合い、不安を取り除く努力をして乗り切った。日ごろの話し合いが大切で、欲求不満をためないようにすることがポイントである。
(2)作業日誌でその日を反省
独自の勝手な判断でトラブルになることが多いBさん。作業日誌により日常業務について、反省と確認を徹底して解決した。1日の最後に作業日誌を付けることで、その日を振り返り、冷静さを取り戻すようである。また、上司のコメントも力になっている。
(3)「技術開発記録ノート」で聴覚障害者の不満を解消
聴覚障害者のCさんは、耳が不自由で話ができないこともあり、入社当初は欲求不満が高じて、上司・同僚とのコミュニケーションがうまく取れなくなったことがある。しかし、情報交換日記的な「技術開発記録ノート」で、日々の仕事のマスター状況を報告し、上司からコメントをもらうようになってからは、意思疎通がスムーズになり不満は一挙に解決した。この技術のノートは、9年経った今でも続いており、Cさんの貴重な歴史、成長の証となっている。
現場で働くCさんは、テキパキとしており、まさに“気”が溢れている。上司の製造部第一課金型技術主事の保坂厚夫さんは、「技術的に難度の高い金型のメンテナンスも任せて安心。働くことが大好きであり、本当に頼りにしている」と、いかにもうれしそうに話してくれた。
(4)話をとことん聞くことで何が正しいかがわかってくる
「悪口を言われているのではないか」といった被害妄想が毎月のように出てトラブルになるDさん。本人は、とことん話をしていく過程で妄想に気がつく。しかし、素直に謝ることができない自分自身に嫌悪感が出て、余計落ち込んでしまうことがある。
「毎月では、周囲の理解を得ることは大変ではないか?」の問いに対して、現場責任者の製造部副部長の羽生宏綱さんは、「家庭の状況により情緒不安定になっていることも影響しているし、何より障害が原因であり、本人が悪いのではない。周囲もその点は理解しており、毎回同じパターンであるが、話をよく聞くことで解決している」と、笑顔を交えて話してくれた。
4. 今後の課題と展望
(1)自立と自律のための教育・指導
いずれは一人で生活するようにならざるを得ない。そのためには、自立(独り立ちできる)と自律(自らをコントロールできる)が大切である。会社生活のゴールを見据えて、自立と自律のための教育・指導を行っている。特にリタイア後の生活設計を描くことは重要で、何より先立つものはお金で、みなさんしっかり貯金をしている。
独り立ちへのための日ごろの生活指導は、施設・学校、家庭、会社が三位一体となり、対応することが重要である。また、お金の面は、幸い本人が元気で働く意欲のある人は、“自らの判断”で70歳まで勤務できることになっている。
健康に十分注意して、今後も仕事も家庭も、ますます“気”に溢れたものとなるよう期待したい。
(2)行政への一層の期待
障害者が会社の重荷になっては、周囲の理解は得られない。周囲の人が納得できる仕事をするために、教育するのは当然のことである。しかし、ハンディキャップを背負っている障害者を雇用する場合は、景気の変動の大きな時代にあって、会社だけでは重荷となる。学校・施設、家庭、会社に加えて、「行政の大きな支えも、今後ともに更に期待したい」と、みなさんが口をそろえた。
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