高次脳機能障害者の雇用から見えてきたこと、それは信頼関係ということ
- 事業所名
- 株式会社北陸オート
- 所在地
- 滋賀県長浜市
- 事業内容
- 新車販売、中古車販売、リース、レンタカー、車検・点検・整備・修理等
- 従業員数
- 14名
- うち障害者数
- 1名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 1 下取り車の仕上げ 精神障害 - 目次


1. 事業所の概要
株式会社北陸オートは1948(昭和23)年の創業であり、以来、1964(昭和39)年にはホンダ二輪専門店A店、その後、1966(昭和41) 年には本田技研工業株式会社の四輪販売にともないホンダ特約店となった。近況としては2006(平成18)年にHonda Cars長浜中央・長浜中店としてリニューアルを行った。
また、経営理念は近江商人の三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)にもとづき、社訓として「元気な挨拶」を日々心がけ、そして毎日実践している。
2. 障害者雇用の経緯
(1)当事者たちのために何かできないか?
まず、個別な事情が大きく関係していることから、きわめて個人的な事柄から話を始めるが、そこには一般化できる事柄もきっと含まれているはずで、その意味で参考にしていただきたいと思う。株式会社北陸オート社長の母である岡本さんに話を聞いた。
今から6年前、事故で息子さんが高次脳機能障害者となった。岡本さんは付き合いの中で、脳外傷友の会「しが」(以下、友の会と略す)の活動にも顔を出すようになる。そのなかで、高次脳機能障害は中途障害であることが、際立つ特徴であることを知る。たとえば、事故までの記憶は残っているが、それ以降のことが覚えられない。見た目では分かりにくいことだが、法律を学んでいた学生であるとすると法律の話は「普通」にできるにもかかわらず、次の「あれして」「これして」ができない。けれど、家族交流会を通じて、高次脳機能障害者には若者が多いことを知り、また、本人たちが意外としっかりしていると感じ、それならば能力を伸ばさなければいけないと切実に思うところがあった。
友の会の取り組みと高次脳機能障害者を雇用するにあたっては、高次脳機能障害者の雇用(障害者雇用)の難しさ、厳しさをどうにかしたいとの思いが強くあった。就職活動をしていても支援機関によっては、障害者雇用枠での一般就労についての話をすると、「高次脳機能障害は……」と言葉を濁し、断られるとは言わないまでも困ってしまうのが実態でもあり、「何で?」の疑問。それ以上に当事者たちの今後のために「高次脳機能障害は戻るんだ」との証しになればとの思いで取り組んできた。
(2)友の会の取り組みのなかで
家族交流会の活動を通じて、高次脳機能障害の症状が経験的に理解できてくる。新しいことが覚えにくい、一度に複数の指示をされると混乱する、自分の考えが上手く説明できない、相手が曖昧な指示をするとどうしたらいいのかわからない、など。けれど、一方では、家族交流会において、積極的に自分の役割を果たすことができる。「たとえば料理。料理を作るためには野菜がいる、次は野菜をきざまなあかん、その後は野菜を炒めなあかん。それができる。また、話をする場を持つと、しっかりと話をするし、話が伝わる。話が理解できる。それは驚きであり、同時に自分の障害を理解してくれているという安心感から脳が活発に働いているのではないか?」岡本さんはそう確信した。
(3)トライアル雇用の3か月をどう考えるか?
雇用にあたってはトライアル雇用の制度を活用し、その後3か月経った時点で正式雇用に移行した。しかしながら、トライアル雇用の3か月間(2008年12 月5~2009年3月5日)は体力面、精神面ともに状態が非常に悪く、岡本さんから見ても限界かな? 正式雇用は無理かな? との感があった。けれど、3か月間、一所懸命絶対やり通したら本人には充実感があるだろうと思い、「乗り越えなあかんということ」を懇懇で本人に説明し、これを乗り越えたら働くことの喜びを経験できるのではないかと、受け入れ側も一所懸命に取り組んだ。
また、岡本さんの実の息子さんでもある社長は、本人の周囲の環境が当事者同士と家族会という限られたなかでの友人・知人関係から広がりをもたないことを気に掛け、一緒に食事をしたり、自分の仲間たちに紹介したりと、職場以外の場でも一緒の時間を過ごした。取りあえず仕事は二の次でも構わない。他人と多く話をすることを通じて世間を知ること。そのことが高次脳機能障害者にとっては社会性(社会常識)を取り戻す上で、より大切なことであるとの思いがあった。
3. 取り組み内容と効果
(1)禍転じて福となす?——正式に採用を決定
正式雇用に向けて、ポイントとなった出来事がある。一人暮らしをして自立したいという本人の希望を受け入れ、助成金(障害者雇用納付金制度に基づく助成金「重度障害者等通勤対策助成金の住宅の賃借助成金」)を活用しながら、ワンルームでの一人暮らしを始めた。しかし、洗濯、掃除、食事などすべて自分でやらなくてはならないし、また一人暮らしの寂しさなどもあって何回かトラブルを起こした。けれど、雇用者側として、それがよかったと岡本さんは言う。本人にとっては解雇されるかもしれないという不安が生まれ、これまで行くところがなかった(就労もせず、作業所にも行かず)なかで見放されたらどうしようという不安もあり、どうしても働きたいという強い思いで仕事を続けることができた。問題を起こした時(会社で感情的な発言をして物を壊した)、謹慎(処分)として 3週間の自宅待機を命じた。それがかえって働きたい意欲に火をつけたのかもしれない。社長宛に今後の約束事の誓約書を自筆で書き、無事、職場復帰となった。
もちろん、本人の意欲だけで事が解決したわけではない。たとえば環境の強みということがあって、社長は高次脳機能障害となった弟がいることもあり理解があった。けれど、本人の一所懸命に仕事を覚えて少しでも役に立ちたいという頑張りとひたむきな思いが採用の決め手だった。「自分は役に立っているのかな~」と本人は今でもよく言葉を口にする。
(2)信頼関係をつくるということ
トライアル雇用中から現在に至るまでずっと気に掛けてきたことがある。それは信頼関係をつくるということ。岡本さんは言う。「信頼関係をつくることによって、自分(=障害がある本人)が訊きたいことが訊ける。そのための信頼関係です。信頼関係がなかったら、自分が訊いてもいいんかな? 自分がこんなことを訊いたらバカにされるんじゃないかな? そんな風に思うみたいです。これは高次脳機能障害がある人の多くが思うことみたいですね。なかには職場を辞めてしまう人もいます。けれど、自分を信頼してくれる、自分は信頼されている。本人がそう思えるようになれば、仕事もできてくるようになるんです」
(3)順を追って確実に出来るようになる仕事



ここからは実際の仕事について考えてみる。当初、岡本さんは「どうしようか?」との思いもあったが、(本人の回復にとって)他人と会話をすることが大切だろうとの考えから、お客さんが来たらお茶を出してもらうことにした。そして次は洗車(水洗い)、以後、タイヤの脱着、洗車(スチーム洗車=機械洗車)、車内掃除と順を追って進んでいく。車内掃除の仕事は埃に気がつくか、つまり細かなところまできちんとできなければだめで、ざっとした(大雑把な)掃除でいいということでは意味がない。そして次はワックス掛け(手掛け)、磨き(バフ等の機械使用)、タイヤの剥き替え(機械使用)となる。剥き替えでは機械を使うが、順番に機械を使う訓練をして、結果、習得することができた。本人が機械の操作を覚えるにあたって、彼自身から「図に描いて欲しい」ということもあり、言葉で理解が難しいところは図解で補った。現在は下取りした車を商品として出せるまで仕上げる仕事が出来ている。そのことが本人にとっての充実感につながっているようである
また、高次脳機能障害がある人は考え方に固さがあるため、周囲の人たちは仕事の場面で約束事として決めたことは約束事として、きちとんと守ることを心掛けるようにしなければいけない。言われた通りにしかできないけれど、手を抜くようないいかげんなことはしない。たとえば、お客さんが帰ったら洗い物をするとの決め事があれば、「まとめて洗えばいい」とか「後でやればいい」とか言うことはダメ。確実に一つの仕事をこなすことができる(できるようになる)。
(4)仕事での経験を本人に聞いた
【質問】
今後、高次脳機能障害の人が一般就労を希望するにあたって、職場ではどのようなことに気をつけて欲しいか。
まずは仕事を覚える場面で大変だった(苦労した)こと(以下、本人が書いてくれた原文のまま)。
■指示されたことがきちんと理解できているか常に不安だった。
■そのため作業中も「これでいいのか」不安だった。
■自分の気持ちやわからないことをうまく言葉にできずコミュニケーションがとれていないと感じることがあった。
■具体的でないこと、「軽くふきとる」「ぼちぼちやったらいいよ」「そのうちにできる」「もうちょっとしたら教える」「これはざっと洗ってくれたらいい」などは、誤解がうまれてトラブルの原因となった。車の洗車、ワックス掛けなどが主な仕事だったが、マスキングテープを貼ってからと指示があり、何のためにどう貼るのかがなかなか理解できず、うまくできなかった。「軽くふきとる」の加減がわからず何もしなかった。「どの位の力加減ですか?」の問い掛けができなかった。
次に仕事をする上で職場の人にわかって欲しいこと。
■指示はできるだけ具体的に、一度にたくさんの指示をしない。
・たとえば、新しい仕事に挑戦したいが、自信につながるまで見守って欲しい。
・仕事の手順を覚えるのには、なぜ、その手順で行うのか理解が出来にくいので、丁寧にわかりやすく説明して欲しい。
・出来ない人と思われていないか? すごく気になるので、その度にOKサインを出してもらえると自信につなげることができる。
ここからは執筆者の補足になるが、間違った指示はダメ。そして何のためにするのか? その理由をきちんと伝えること。仕事を覚える上でのキー(鍵)である。
(5)助成金を活用して自立を後押し
助成金(「重度障害者等通勤対策助成金の住宅の賃借助成金」)を活用することで住宅費の心配が小さなものになり、一人暮らしをしながら仕事をすることが可能となった。一人暮らしの最大の効果は受傷前の状態に近づくということ。一人暮らしをしたことで社会性が回復し、甘えがなくなり、しっかりとし、つまりは自立した暮らしができるように成長できた。それは当事者や家族から見れば、とてもすごいことなのである。
4. これまでの経験から見えてきた今後の展望
(1)人間関係で躓かないために——何ができる、何をすべき、どうすればいい?
緊張をやわらげる。そのために大切なことは職場の仲間(=上司・同僚)からの声掛けであり、そのことに尽きると言っても過言ではない。特に同僚からの声掛けはより嬉しさを喚起するようであり、それは自分を仲間として見て欲しいという欲求の表れでもある。
ただし、声掛けと言うと単純なことに思いがちだが、思いのほか大変なことも多かった。「声の大きい小さいがある。だから人によっては聞こえていないこともある。それは無視しているのとは違う」。岡本さんは本人に懇懇と話をして、漸く誤解や行き違いが少なくなっていった。また本人にしてみれば、自分から話し掛けるというよりは、もっと向こう(相手)から話し掛けて欲しいとの気持ちがずっと強くあった。周囲の人たちは自分から話し掛ければいいのにと思うだろう。「けれど、高次脳機能障害の人は自信がない。約束事として自分から話し掛けること、あるいは挨拶が返ってこなくても悩まないこと。そんな風にきちんと話をしておけば、本人の悩みは少なかったかもしれない。だいぶ悩んだからな」と岡本さんは言う。不安になって、そのことが頭から離れなくて、不安定になってしまう。本人が「役に立っていない」と一人勝手に思い込んでしまわないようにフォローが必要な時もある。
(2)「高次脳機能障害の人にとって就労はゴールではない」
岡本さんは「高次脳機能障害は戻る」という。そのためには本人の回復段階に応じた就労が理想であり、もっと言えば、障害者雇用において「どこでも、どんな仕事でもあれば、その仕事をしてもらえばいい」ということではなくて、「本人のレベルにあった仕事を」ということになる。高次脳機能障害の人にとって就労は一つのリハビリであり、社会に適した暮らしができれば、職場定着は自然とできる。「普通の職場で働くことは厳しいことも多いが、やはり普通の生活を実感できる」(本人談)ということである。
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