セントラルキッチン事業における障害者就労
~職場の変革が創りだした障害者雇用の場~
- 事業所名
- 有限会社みやぎ保健企画 セントラルキッチン事業部
- 所在地
- 宮城県宮城郡
- 事業内容
- 給食事業(調理済みの料理を病院・老人施設へ配食)
- 従業員数
- 114名
- うち障害者数
- 13名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 2 食器洗浄・食材梱包・食材入れ段ボール作り・キャベツ千切り・軽量・調味料のパック詰・商品仕分け・仕分け指示 精神障害 11 食器洗浄・食材梱包・食材入れ段ボール作り・キャベツ千切り・軽量・調味料のパック詰・商品仕分け・仕分け指示 - 目次

1.有限会社みやぎ保健企画セントラルキッチン事業部の概要
有限会社みやぎ保健企画は、薬局事業部とセントラルキッチン事業部の2つの事業部からなる。薬局事業部は宮城県内11ヶ所の薬局店舗の運営などを行っているが、セントラルキッチン事業部は病院や高齢者施設などへの配食サービスを行っている。同社利府工場(宮城県利府町)の運営責任者、吉田雄次セントラルキッチン長(以下、CK長)に取材した。
セントラルキッチン(食品加工工場)では、食品製造の厳密な衛生管理(HACCP方式)の下に、材料を大量に仕入れて加工し、下処理や下味付けを行って加熱、製造後、急速冷却する。その後、冷却保存された食品は冷蔵車によって病院や福祉施設などにあるサテライトキッチンまで移送され、冷蔵庫に保存される。サテライトでは、食材の盛り付けを行って、配食直前に専用のカートやスチームコンベクションで再加熱して提供するので、安全で安心、そして美味しい給食が提供できる。
2003年、4病院で開始された配食サービスは現在、青森県から群馬県までの40施設に拡大して、1日約4000食供給している。セントラルキッチンでは優れた品質の材料を大量に仕入れることが可能なため、厳密な衛生管理と働きやすい労働環境の下、管理栄養士と調理師によって大量に調理・製造できる。また、調理作業以外は、食器洗浄やキャベツ千切りなど比較的単純作業が中心となり、障害者に取り組みやすい作業がある。根気強く作業に取り組む障害者には適した職場である。
一方、サテライトでの作業は大幅に軽減され、盛り付け作業と配膳、下膳、洗浄が主な作業となる。ここにも障害者にとって取り組みやすい作業が創出されている。


2.全職員で取り組んだセントラルキッチンシステムの導入
消費税の引き上げや、診療報酬引き下げなどで、関連病院グループ経営に大幅な赤字が生じたとき、病院給食部門も大きな赤字に直面した。給食部門では日々の仕事に追われ、設備投資や技術の改善などに取り組むゆとりもなく、その都度、人海戦術で対応してきた。その結果、人件費が大きな割合を占め、小規模病院ほど赤字幅が大きくなっていった。そのままの状況が続くと経営危機が予想され、給食部門にも待ったなしの選択が迫られた。そこで、給食部門の職員たちは、自分たちの職場は自分たちで守るしかないと覚悟を決め、新たな挑戦として食品加工工場を建設して、セントラルキッチンシステム導入を決定した。全職員の合意の下、現状分析に基づいた緻密な事業計画を作成して、理事会に提出し、承認を得た。全職員が自分たちの将来について真剣に考え、理想の厨房・衛生施設・システムづくりのために約1年間、徹底して研究した。セントラルキッチン事業は、複数施設への配食を行うことによって可能となるので、病院グループ組織があるからこそ取り組める事業であった。
そして2003年4月セントラルキッチン事業が開始された。確かに経営は厳しかったが、あくまでも運営の基本は、“食という字は、人を良くすると書く”を合言葉に、“安全で美味しい品質の良い食事提供”であり“職員の団結を基本にした楽しい職場づくり”とした。
現在、組織改革にとりくむ職員の様子を吉田CK長は『フィッシュ哲学』の実践として話してくれた。『フィッシュ哲学』はワシントン州シアトルの魚屋さんで成功をおさめている職場づくり事例として知られ、「意識を向ける」、「仕事を楽しむ」、「相手を喜ばせる」、「態度を選ぶ」という、従業員の能力発揮を促す4つの秘訣からなる。従業員は、顧客や他の従業員のいうことに「意識を向け」、魚をボールのように投げたり、キャッチしたりして顧客を「喜ばせる」ことで、互いに「仕事を楽しみ」ながら、従業員一人ひとりが自分の「態度を決定して」、他の魚屋の常識を超える仕事をすることによって、その結果、多くの顧客を集めて商売が繁盛している。
赤字経営という現状にしっかりと向き合い、主体的に自分たちの力を発揮できる業務を思い描き、互いの思いを尊重して検討し、配食サービス利用者に美味しい給食を提供するために、自分たちの将来について自分たちの態度を決定したのである。職員の合意に基づいて組織体制の変革を達成したセントラルキッチン事業部では、現在、効率的で働きがいのある職場環境のもとに、一人ひとりが輝いて働いている。後述するが、『フィッシュ哲学』の実践は障害者雇用の実現にもつながっていると考えられる。
3.障害者雇用の経緯
セントラルキッチン事業部では、事業開始2年後、Aさん(男性:精神障害)を採用した。Aさんは当初、野菜洗浄や食材のカット作業など、比較的難易度の低い作業から取り組んだ。
当初は周囲の人々も障害者雇用に不安を抱いたが、几帳面で着実に業務をこなしていく実績を知るにつれ、Aさんへの信頼は高まり、障害者雇用の有用性も認識された。現場ではAさんの仕事の習熟度を確かめ、徐々に難易度の高い仕事へとステップアップした。現在、Aさんは商品の仕分け指示、納品書の作成や調味料のパック詰めなどに取り組み、工場内の軽作業の大半は、Aさんなしでは円滑に進まない状況である。他の従業員から、さらに大きな信頼が寄せられ、障害者雇用の実践が行われるようになった。
その後、セントラル事業部では、毎年10%以上の生産増加が続いたため、第1種作業施設設置等助成金を活用して、カット野菜工場を建設した。そのとき、8人の障害者が雇用された。調理作業以外では、食器洗浄作業、食材梱包作業、食材入れダンボールづくり、キャベツ千切り作業、計量作業などの単純作業が多い。工場では、一人ひとりの障害の程度や習熟度に応じて作業に取り組めるので、障害のある従業員はさまざまな作業分野でそれぞれの能力を発揮して活躍している。



4.障害者の従事する業務と職場配置
現在、有限会社みやぎ保健企画では、全従業員114名のうち13名が障害のある従業員で、その内訳は精神障害者が11名、知的障害者が2名である。障害のある従業員はカット野菜工場で、野菜を切る・計量する・袋詰め用のダンボールをつくる・食器の洗浄等の作業に従事している。
働き始めた頃、障害を持つ従業員は、すぐに疲れてしまったり、慣れない作業のために戸惑ったりすることが多かった。また、休みの多い人もいたりと、トラブルもあった。しかし、担当者が、「何がいけないのか」について、時間をかけて分かりやすく伝えることを心がけた結果、次第に仕事にも慣れ、自分の役割を自覚し、力を発揮できるようになってきた。初めは難易度の低い仕事から取り組み、仕事ぶりが公平に評価され、一人ひとりに適した作業、そして徐々に難易度の高い仕事へとステップアップしていく。一つひとつの体験を積み重ねるに従い、できることが増えてくるのである。
すると、本人も自信がつき、さらに意欲をもって新たな実践に取り組むことになる。そのような過程を通して、働く力が引き出されてくるのだという。そして、職場に慣れるにしたがい、職場のルールを身につけ、規則正しい職業生活をおくれるようになってきている。




5.障害のある従業員の声
忙しい業務が一段落した時間を見計らってカット野菜工場を訪れ、働き始めてから1年2ヶ月になる障害のある従業員たちに話を聴いた。皆、初めは慣れないために疲れて大変だったが、今は疲れることもなく、楽しく仕事をしていると話してくれた。
Bさん(男性:知的障害)は、計量ができるようになり、また職場で使う漢字も読めるようになってきた。計量器はグラムで表示されるので、現場ではキログラム単位を用いず、グラムで伝える。仕事を覚えるまでは大変だったが、一度覚えると後は根気強く作業に専念できるようになった。Bさんは吉田CK長のアドバイスを受け、自分が働いて得た給料の中から家族にプレゼントを贈り、とても喜ばれたことを話してくれた。
Cさん(男性:知的障害)は休むことが多かったり、突然怒ったりすることもあった。しかし、担当職員が、「してはいけないこと」などについて、分かりやすく丁寧に伝え続けた結果、Cさん自身も大きく変わってきた。グループホームで生活しているCさんに、「なぜ、グループホームがいいのか」尋ねてみた。すると、「1人で生きていく力をつけたいから」と答えてくれた。目標をもって主体的に生活に取り組むと意欲もわき、生活する力も向上する。
Dさん(女性:精神障害)も働き始めた頃は疲れて大変であったが、現在は体力もつき、仕事に慣れてきた。初めの頃は仕事に関して心配も多かったが、何も特別なことを考える必要はなく、ありのままでよい、このままでよいのだと思えるようになって、安心して働けるようになった。職場は明るくて、働きやすいので、ここで働けることがとてもうれしいという。家ではキャベツの千切りが上手になったと言われた。そしてDさんは担当課長から本を借りて読んでいる読書家でもある。信頼できる人がいる職場は働きがいのある職場である。精神障害のある従業員にとって、体調に留意し適宜受診することはとても大切だ。定期的に1ヶ月1回は受診するが、受診後には職場に報告することになっている。
カット野菜工場には、最新の設備やさまざまな工夫がある。カットした野菜を入れる容器を囲んで作業するので、互いの作業の様子が観察できる。作業を覚え、作業内容を確認するのにも便利な構造だ。運搬・移動用の機器など、ほとんどの機器にはキャスターがついているので移動しやすい。また、工場内は、掃除しやすい構造と工夫を備えているため、障害のある従業員でも丁寧に掃除ができ、次の日に自分の掃除したところを更に点検する習慣が根付いてきた。
セントラルキッチン事業部では、ハード面での設備が充実しているのに加え、一人ひとりの障害者の特性を理解し、適切な声かけを行うことによって、一人ひとりの能力が十分に引き出されている。
6.おわりに
業務のパラダイムシフトともいうべき大きな職場の変革に際し、徹底的な分析・検討を行い、従業員の業務の軽減と働きがいのもてる職場環境が実現した。その結果、明瞭になった作業内容の中で障害者にとって働くことのできる作業工程が創造された事例である。科学的な思考方法に根ざして、実現可能な課題を明確にして、現状とのギャップに対して自ら考察を進める一方、適宜、専門領域からアドバイスを受けて取り組む真摯な姿勢がセントラル事業部を成功に導いた要因と考えられる。
そして、そのような姿勢こそが、障害者雇用の実践においても成功をおさめている大きな要因であろう。ハローワーク、就労支援センター、障害者施設との連携は重要である。
障害があって不便なこと、できないこともあるが、できることの方が多い。また、これまでの経験不足から自分自身もできないと思ったり、できないと思われていたりすることもある。同社では、障害者の個別性を十分に把握して、一人ひとりに応じた対応をしながら、力を引き出すことが当たり前に行われている。吉田CK長が話してくれた『フィッシュ哲学』の実践でもある。また、障害のある従業員が変化するとともに、社内の雰囲気も変化し、やがて人に優しい職場、明るい職場へと変化してきていると、障害者雇用の担当者である佐藤課長(管理栄養士)が話してくれた。
組織や集団は「人情」、「情熱」でつくられ、職場環境をつくるためには8割は人情であるというのが吉田CK長の信念である。さらに、30年後までも持続する仕組みをつくりたいと吉田さんは強調した。今後の事業の発展と障害者雇用の実践に大きな期待が寄せられる。吉田CK長、佐藤課長、大友調理長を核として働きやすい環境がつくられていると強く感じた。
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。