初めての実習受け入れから雇用へ
~全従業員で見守り、活き活きと活躍できる職場環境を目指した取り組み~
- 事業所名
- 株式会社天童ホテル
- 所在地
- 山形県天童市
- 事業内容
- 旅館業
- 従業員数
- 180名
- うち障害者数
- 4名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 2 調理、施設管理(電気、ボイラー等) 内部障害 1 洗い場(食器等) 知的障害 1 管理課(客室の布団上げ)・洗い場(食器等) 精神障害 - 目次

1.事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)概要
将棋の駒などで有名な天童温泉は、山形を代表する温泉街である。その中でも、株式会社天童ホテルは収容人数650人、客室数114室と、天童温泉でも最大規模を誇る施設である。天童温泉は2011年に開湯100年を迎えるが、天童ホテルの創業も温泉の開湯と同じであり、歴史も長い。観光以外にも、企画イベントや婚礼、各種披露パーティ、ビジネスシーンなど幅広いニーズに対応しており、先進的な施設運営を展開している事業所である。大変大きな施設ではあるが、歴史、寛ぎ、和み、癒しが、全ての訪問者を温かく迎えてくれる。事業所名の前に付く『美味求真の宿』という枕詞からは、山形の四季や地の恵みを最大限に生かした日本・西洋・中国の各料理によるもて成しこそ、天童ホテルが最も力を注ぐところであり、ホテル最大の魅力であることが見て取れる。
(2)経緯
天童ホテルとしての障害者雇用の実績は、今回レポートするHさんの雇用以前から既に3名の方が就労していた経緯があり、全従業員数180名の事業所規模であることから見ても、Hさんの雇用は雇用率達成を目的としたものではなかったと言える。雇用の経緯を良く知るフロント部の小川部長は、「Hさんが初めての取り組みでした」と話す。
この3名は障害者雇用としてではなく、結果として障害者手帳を所持していただけであり、雇用に際し特別な配慮や調整を図った経緯は全くなかった。つまり障害者雇用というもの自体を意識的に考えた事はなかったという。この理由については、国内外の老若男女を迎えてサービスを提供する仕事である旅館業の職業柄なのかは定かではないが、これまで障害者として分けた捉え方をしていなかった。つまり、分け隔てのない人間観を持った事業所なればこその発想なのだろうと考察できる。
しかし、Hさんの雇用を機に、事業所として『障害者雇用』の視点をもつ必要性をあらためて感じたという。
2.障害者雇用までのプロセス(初めての実習受け入れ)
障害者雇用に至るきっかけは、山形県立上山高等養護学校から職場体験実習の依頼を受けたことであった。それまでは特別支援学校等からの実習を受け入れた経験がなかったが、家族や先生の熱心な働きかけに応じ、受け入れる方向で調整を図った。実習の受け入れにあたり、学校側からは『卒業後の進路を視野に入れた取り組み』という明確な意向を受けていたようだ。「受け入れ時は、どのくらいの作業が出来るのか、見当もつかなかった」と小川部長は振り返る。しかし、抵抗感もなく受け入れに至った理由として、①『案ずるより、まず受け入れて活動の様子を見てみよう』というポジティブな発想を持つ事業所だったこと、②障害のあるなしにとらわれない人間観を持つ事業所だったため、受け入れに伴うスタッフ間の調整がスムーズにできたこと、③本人の特性の把握や、実作業の切り出し等、学校の先生との連携を密にした受け入れ調整ができたこと等が挙げられるであろう。結果、2名の生徒の実習を受け入れている。その中の1名だったHさんは、前期と後期実習を各2週間ずつ洗い場で食器洗浄の仕事を体験した。小川部長や担当スタッフは、「真面目で一生懸命。話せばきちんと理解できる人」という印象を持ったと当時を振り返る。実習では、与えられた食器洗浄の仕事を集中して取り組み、しっかりとした作業をする様子から、事業所の担当者間では『この人なら大丈夫なのではないか』という期待感を持っていたという。天童ホテルの外にもスーパーなどの職場体験実習を実施してきたHさんだったが、卒業後の進路として選択したのは天童ホテルだった。一番がんばれる事業所と思えたようだ。それを受けて、天童ホテルはHさんの採用を決め、初めての障害者雇用として取り組むこととなった。
3.取り組み内容 ~就業条件の検討、および作業の自立に向けた取り組み~
事業所内では、雇用に際し、今後Hさんが事業所の戦力として活躍できるよう、また、本人も就労に生きがいを感じられるようにするため、就業環境や条件を慎重に検討している。その取り組み事例を紹介する。
(1)就業条件と通勤手段
Hさんは、平成22年4月、天童ホテルに雇用された。就業時間は9時から18時まで。内お昼休憩が1時間と、15時から15分の小休憩がある。この小休憩時間は、年配の同僚たちに囲まれ、お茶を飲みながら色々なことを話し合うという。こういった日常の関わりが、結果として本人の不安や課題、喜び等を見守り、安心して働ける事に繋がっているようだ。
休日は、火曜と水曜の固定で、週休2日という条件になっている。業務上、週末が繁忙となるため、比較的落ち着く週の中頃の平日が休みになっている。疲れた体を癒すためにも、自己実現のためにも、固定の週休2日は生活サイクルを整えやすくした条件である。
通勤は、自転車の利用が基本となっており、自宅から事業所までは約40分かかる。もともと体力には自信があるため、疲れも見せず、出勤状況も良好である。雨天時等の日は、母親が車で送迎している。
(2)作業内容と作業的自立に向けて
実習の時と比べ採用後は就業時間が長くなったため、洗い場の仕事だけでは1日の作業量を確保できなかった。洗い場は午後からの作業となるため、午前の作業をどう切り出すのか、関係スタッフの間で検討が行われた。結果、①日常的に担当以外のスタッフもヘルプするケースが多く、人手が欲しい業務であったこと、②作業のパターン化がしやすく、自立して作業ができると考えられたこと、③若さと体力を併せ持っており、この作業を遂行できると考えられたこと等といった理由から、午前の作業は『客室のリネン回収と布団たたみ作業』に決まったという。
天童ホテルの客室数は114室を有する。これだけの客室数を午前中で行うには、体力とチームワークが欠かせない。具体的な作業工程は、客室内に敷いてある布団から使用したリネンを外し、新しいリネンをセットする。その後、ひとつひとつ布団をたたみ、押し入れに上げる作業である。訪問時、Hさんは額に汗しながら手際よく作業していた。日によって作業する室数も大きく前後するが、現在では『テレター』と言う部屋割表を広げ、自分で確認しながら作業遂行できるまでに習得しており、チーム内での評価も高い。作業の自立に至る具体的な支援プロセスを聞くと、①高齢・障害者雇用支援機構(当時)の障害者介助等助成金を活用して業務遂行援助者を配置、②初期は一緒に作業をしながらも、言葉だけでの指示ではなくモデルを示しながらの指導を実施、③作業の理解度が進むに連れ、本人に作業を委ね、業務遂行援助者は見守りに徹し、適宜評価を実施するといった流れである。初めての障害者雇用ながら、ジョブコーチによる人的な支援制度は利用せず、全て事業所スタッフによるサポートだけで行っていた。理由としては、『しっかり伝えればしっかり理解できる人』というHさんのスキルを実習中に把握していたからであろう。Hさんに作業に関する話を聞くと、特にこれまで困ったことはなかったと言い、「わからない時はいつでも仲間に聞き、教えてもらいます」ときっぱり言い切る。私自身、ジョブコーチとして日常的に一般就労した障害者の職場定着支援を実施しているが、今回天童ホテルが実施した支援プロセス等は、まさにジョブコーチが事業所内に働きかける調整手法と一致している。Hさんの特性をスタッフ間でしっかり把握し、社内全体で見守る環境体制を築く。その上で、援助者となるスタッフを確立し、メンタル面の安定と作業面の自立支援をしっかり図る、といったことがなされており、働く者にとっても理想的な職場環境ができていったと考えられる。「今では、高価な備品で構成されたホテルの最高級室の作業も、1人で実施してもらっています」と小川部長は話す。この事からも、事業所内でのHさんの信頼度や活躍度の高さが伝わってくる。

(布団たたみ作業)
午後の作業は、実習同様の食器洗浄である。実習で概ね習得した作業とは言え、ハードな午前の作業の後に行う立ち作業である。食器は何百種類もあり、高価なものも多く、忙しい日には山のように食器が集まってくるというこの食器洗浄作業は、体力的にも精神的にも容易な仕事ではない。しかし、これまで大きなトラブルもなく、作業は安定している。実習段階からHさんに関わってきた援助者のひとり、鎌田さんは、「本当にまじめで頑張り屋。助かっていますよ」と笑顔で答えてくれた。一緒に働く仲間は年配者ばかりだが、みんな面倒見が良い。そんな職場環境にしっかり溶け込んでいるHさんがいた。

4.今後の課題と展望
上記のとおり、Hさんのケースは環境面、作業面の調整が順調に推移しており、安定した状況となっている。現状において、本人、事業主ともに就労に関する不安等について特筆すべき点は見当たらず、今後も継続した就労が期待できる事例といえるだろう。ここでは、課題というより、むしろ今後より安定的、且つ継続的な就労に繋げるための取り組みとして考えられる点を挙げてみたい。
(1)通勤の自立
特に冬期は積雪がある土地柄、自転車での通勤は困難になる。家族の協力は得やすい状況とはいえども、電車やバス等を乗り継いでの通勤が可能かどうか等、今後の就労継続性、安定性を考える上で通勤の自立を目指した取り組みの検討が必要と考える。特に長期的な視点で捉えた場合の通勤の自立は、就労の継続を担保する上で欠かせないものとなるだろう。
(2)余暇活動の充実
火・水曜の休日には、家業である農業を手伝っていることが多いという。現状において、強く悩んでいるようではないが、なかなか友達と休みが合わないことを本人も話しており、今後、より生活の質を高めていくために、本人のニーズに耳を傾けながら、必要に応じて余暇の充実を図ることも必要だと考える。余暇活動から得るものは多く、自分らしい生活を送る上で欠かせないものである。特に、就労のモチベーション向上にも直結すると考えられるため、非常に重要であるといえる。プライベートな部分ではあるが、Hさん本人に委ねたままでは今後もなかなか生活の幅は広がらないと思われるため、ここにも情報の提供等を含めた一定の支援が必要ではないかと考える。
(3)同世代の仲間
Hさんは「職場のみんなはやさしいし、何も困っていない」と言うが、できれば同世代の仲間がほしいとも話す。この点を小川部長に聞くと、「Hさんが将来、今の自分と同じ障害のある方を指導する係として活躍することは十分に考えられる。そのためにも、継続して職場実習等を受け入れながら、今後も障害者雇用を進めていきたい」という前向きな発言を聞くことができた。今後実現するならば、Hさんにとっても大きな意味を持つことになる。また、障害者の一般就労という視点で捉えても、この上ないことである。いずれにせよ、本人の視点に立ち、労働環境等の調整を積極的に実施した天童ホテルから、障害者雇用について学ぶべき点は多く、他の事業所にとっても大変参考になる事例だと言える。
5.働きがいのある就労を支えていくために
これらを総括してみると、事業所内に本人を見守り支える環境が構築されており、大きな不安はないといえる。しかし、現状では本人と事業主の関係性は強いが、第三者の関わりが極めて薄い状況にあるといえる。年に1~2回程度、卒業校の先生との関わりがあるとはいえ、単発で適宜性が弱く、機能としても継続した関わりとしては限界がある。今後、時の流れとともに変化する本人のニーズや課題に対応していくためにも、本人や家族、事業主等の相談・調整役として機能する支援者の存在が必要ではないだろうか。特に、今後更なる障害者雇用を進めていくのであれば、障害のある従業員の就業と生活の両面を支える障害者就業・生活支援センター等の支援機関と連携を取ることで、本人、事業主ともに、より安心し取り組めるのではないかと考える。いずれにせよ、Hさんのみならず障害者の就労定着を図るためには、本人や事業主、家族だけのがんばりだけでは支えきれない場合がある。ニーズや課題も多様化する中、支援機関や学校、地域社会等との連携を図り、1人をみんなで支えるチーム支援の展開が必要であり、そのためにも支援のネットワークを繋いでおくことが重要になるだろう。
Hさんと天童ホテルの関係をみると、互いに信頼を置き、安心して活動できる環境が整った事業所で活き活きと働くHさんがいる。まさに就労の理想形といえるのではないだろうか。このような環境があってこそ『ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)』の実現へと繋がっていくのだろう。
就労支援員・ジョブコーチ 鈴木 宏
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