関係者全員で成功させた知的障害者の介護現場導入
— 「介護事業こそ障害者雇用を実現したい!」 —
1.事業所の概要
千葉県市川市鬼高のマンション群に囲まれた一角にある複合介護施設「癒しの市川おにだか館」、そこは株式会社リエイが自ら経営する、数多くの複合介護施設の一つである。鉄骨4階建で、3階が「住宅型有料老人ホーム」14室、2階と4階が「グループホーム」で各9室、1階が37人定員の「デイサービス」になっている。24時間の生活空間で、「人は人によって癒される」をモットーに、「笑顔と笑顔。真心の行き交う明るく家庭的な雰囲気のシニアハウス」を標榜している。
この建物全館の共有部分と一部居室の清掃とトイレットペーパー等消耗品のメンテナンスを一手に引受けているのが、知的障害者のAさん(自閉症、37歳、採用2年目)である。毎日各階を周り、その住人と顔を合わせ、挨拶を交わしながらモップで床を磨く作業は、障害を持たない者でも相当な体力を要し気疲れのする仕事である。しかしAさんはこれを難なくこなし、「悩み事は一切無い」と、手を休めることなく言ってのける。しかも“相手の目を見て名前を呼びかける”接客態度は、パートを含む74名全職員の模範になっている。というのも、Aさんには「一度会った人の顔と名前は二度と忘れない」特技があるからである。
株式会社リエイは昭和55年の創業で、作業宿舎の給食業務をスタートに、企業の単身寮、保養所等福利厚生施設の運営・管理を手掛けてきたが、平成11年より介護事業に進出、毎年のように新たな事業所を開設し、平成22年12月1日現在、24事業所となっている。「癒しの市川おにだか館」は平成13年の開設で、障害者雇用に関して、当社としては最初の介護事業への適用事業所となった。
2.障害者雇用の経緯
当社は、これまで急速に事業規模を拡大してきたため、雇用率の拡大が経営課題として顕在化した。平成19年1月から、全社的な取り組みを開始した。
これまでは「障害者雇用は本社・支社向けに身体障害者に限って採用していたため、必要な雇用者数を満たせなかった」ことを反省し、求職ニーズの高い知的障害者に採用の枠を拡げることを決めた。しかし、それには介護施設側から受入れの同意を取り付けることが不可欠であり、この壁を打ち破ってくれたのが冒頭に紹介したAさんであり、その陰には多くの関係者の努力があった。
本社側の雇用促進役として、同年(平成19年)日本社会事業大学を卒業したばかりのK氏を担当者に充て、翌年(平成20年)から本格的な受入れ施設の発掘と支援にあたらせた。K氏は先ず障害者職業センターと連携をとり、上司を誘って先進企業や施設の見学を行い、障害者雇用に対しての正確な知識の習得や不安の軽減に努めるとともに、受入部門の担当役員の理解を取り付けた。そして雇用開始に向けた事前準備として、施設長会議の場で障害者職業センターの職員を招いての勉強会を開催。同時に各支援機関とのネットワーク構築を図ると共に、施設側には「障害者雇用による現スタッフの課業配分の見直し」を要請した。この要請に主体的に応え、先駆的な役割を買って出たのが「市川おにだか館」の施設長T氏である。T氏は「千葉障害者就業支援キャリアセンター」から紹介されてきたAさんの配属後、Aさんに課す「分刻みの詳細な日課スケジュール」を作成した。Aさんは旧養護学校を卒業後、木工所で端材の焼却などの補助作業に就業していたが、その木工所の閉鎖に伴い失業中であった。T氏はAさんと面談し、彼の真面目な性格に惹かれ、採用を決意するとともに、「新しい可能性を開いて欲しい」との願いから、彼に「介護施設における環境面での生活サポート」という役割を与えた。そして、施設内部には、より馴染み易い「用務員」という名称を用い、週5日10:00~17:00の実働6時間労働での常勤パート就労をスタートさせた。
3.取り組み内容
T氏はAさんの職場への適応を図るため、同施設の職員に対しAさんを同じ職場の仲間として受け入れるよう指導した。例えば昼の休みを職員と一緒に取らせるようにし、Aさんのみが働いているようなことの無いよう配慮した。そしてAさんに関する情報を末端の職員まで提供し、職員同士がそれらを共有することにより“(Aさんと職員との)チームワーク・コミュニケーションの促進”を図った。また逆に、職員からAさんに関する情報を収集し、それを2週間に1度のジョブコーチを交えた「ケース会議(反省会)」に活用した。ケース会議では、「本人からのヒアリング→ジョブコーチからのアドバイス→施設長・各業務担当の情報分析等」を行うことにより、本人および施設側双方からの改善を図った。例えばAさんについては、当初「利用者に挨拶をしない」「作業中に独り言を漏らす」等の問題点が挙げられたが、在るべき姿を明確に示すことで改善された。幸いAさんは学習能力が高く、“一度教えられればそれを守る”ことが分ったので、実習後間もなく本採用となった。
T氏は、「決まったことを決まったとおりに行う」Aさんの知的障害者としての特性を理解し、「行動予定をはっきりと示す」ことにより(何をしたらよいか)本人が迷うことの無いよう特に留意した。またAさんの家族を施設に招いて面談し、家庭との連携を深めることでAさんの情緒の安定が図られるよう心掛けた。 なお、今までに障害者雇用に活用してきた公的支援制度や助成金は以下のとおりである。
①職務試行法:障害者職業センターが行う障害者の職務能力を評価するための手法を云い、採用前の段階で実施した。
②市川市障害者職場実習奨励金:障害者が市川市民であることから、職場実習の実施に伴い受給した。
③ジョブコーチ(職場適応援助者)による支援:採用後の職場適応にあたり障害者職業センターからジョブコーチの派遣を受けた。
④業務遂行援助者の配置助成金:採用後の職場適応にあたり障害者に対して当社が実施した教育訓練に対し受給した。
今回、Aさんの職場受入に関して利用した支援は(3)のジョブコーチによる支援である。今では、こうした施設側における改善のサイクルが自律的に回るようになり、更にAさんの成長には著しいものがあり、ジョブコーチの支援もほぼ必要無い状態になっている。
当社では、こうした「市川おにだか館」での経験を、施設長会議を通じて全ての介護事業所に伝えており、現在では他の5事業所においても各1名、ないしは2名ずつの知的障害者を雇用するに至っている。
4.取り組みの効果
当社にとって、「市川おにだか館」における知的障害者の介護職場への導入成功が当社全体の障害者雇用に対する不安を払拭し、今後の障害者雇用促進のための大きなステップとなった効果は何にも増して大きかった。K氏は、先陣を切って第1号であるAさんを採用してくれたT氏に感謝すると共に、その姿勢を高く評価している。しかし一方、T氏にとって、知的障害者の介護職場への導入については別の狙いがあった。「Aさんのような能力のある知的障害者が全館の清掃を一手に引き受けてくれれば、他の職員が介護の仕事に集中出来て、“介護業務の人手不足の解消”に役立つであろう」という計算もあったに違いない。しかしそれにも増して、T氏には「介護事業でこそ障害者雇用を実現したい」という強い思いがあった。「福祉とは人間同士の助け合いであり、障害者雇用に福祉に関わる事業所が協力できる可能性はある。」極言すれば「福祉の世界に障害の有無によって差別があってはならない。」という思想である。
翻って考えて見れば、障害のない者と言われる人も何らかの障害を抱えており、障害者と言われる人も僅かの障害を抱えているために障害者のレッテルを貼られているのであって、認知症の多い介護の現場では、障害のある人を介護する上で学ぶ機会ともなる。少なくとも「“障害の有無で人を区別しない”思想・考え方は、障害のない者の雇用管理にも有効であり、労務管理一般にとっても良い影響を与える」とT氏は考えている。そして「障害者の雇用を通じて、この理念を実践したい」との狙いがあったに違いない。
その結果、「市川おにだか館」において、Aさんの成長の陰には職場の仲間の温かい支援があったことは前に述べたが、同時にAさんが職場の仲間に与えた影響も大きなものがあったようである。「職員が周囲の人間関係に配慮するようになり、彼等の利用者に対する態度だけではなく職員の対応も優しくなった」とT氏は言う。
5.今後の展望と課題
「市川おにだか館」におけるAさんの将来について、施設長のT氏は更なる指導構想を抱いている。「『毎日決まったことを決まったとおりにやる!』しかし、今後10年先20年先もそれで良いのだろうか?」という疑問である。T氏は障害者雇用を決意した時点から“障害者の生涯を通じての指導責任”を意識しており、Aさんに対しても、これまで機会を通じては“出来る仕事の拡大”に努めてきた。採用に際し“施設利用者の生活サポート”という役割を与え、機会をみては、「入居者と一緒にラジオ体操をやる」「厨房でコップを洗う」「敢えて決まった仕事予定を前日までに変更、大事な書類を本社に届けさせる」といった(決まった仕事以外の)別の仕事を与えることをしてきた。Aさんに少しでも“臨機応変に対応する”ことを学ばせたかったからである。今後は「手紙を封筒に入れて封をする」といった単純作業から始めて、事務作業にまで業務の拡大を図る計画である。
或る日こんなことがあった。晴れていれば屋外で車の清掃をする予定であったが、あいにくその日は雨であったため、担当の職員が、予定を変更して室内で書類をシュレッダーにかける仕事をAさんに命じた。それからは車の清掃日に雨が降ると、Aさんの方から「雨だからシュレッダーにしましょう」とその担当職員に確認を求めるようになった。T氏は「障害者の仕事の成果は周囲の理解が大切」と言ってのける。そしてAさんの待遇についても、「現在は他の職員と時間給に差があるが、いずれはその差を無くしていきたい。」と考えている。
当初、「障害者雇用の採用枠を身体障害のみから知的障害にも拡げたい」と考えていた当社は、現在ほぼその目標を達成したと言ってよい。しかし今後も持続的な成長を目指している当社にとっては、「雇用人員の拡大に伴って障害者雇用数を更に増やしていく」ことが必要であり、(企業福利厚生サービス事業や介護事業の)管理業務が中心の本社部門を受入れ対象職場として「精神障害者への雇用枠拡大」を図ることを新たな目標に掲げている。そのことにより、“障害の種類に拘らず雇用できる体制にする”ことが狙いである。既に本社部門において1名の精神障害者を採用しており、「急に休んだ時の対応方法」などについて研究中である。当社のどの部門においても障害者を受け入れることになれば、当社が創業以来追求し続けてきたテーマである「人による人への生活サービス」そして「“もてなし(ホスピタリティ)”“癒し”そして“活性”」という企業理念がますます磨きの掛ったものになるに違いない。
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