個々人の強みを活かし、障害特性をITで乗り越える先駆的特例子会社

1.事業所の概要
親会社の株式会社アイエスエフネットグループは2000年に設立、総従業員2,000人のネットワークエンジニア派遣を主体としたベンチャー企業である。設立当時の2000年に社会問題となっていたニート、フリーター、ワーキングプアなどを積極的に採用、就労訓練を通じ、本人の希望・適正等により、各グループ会社へ配属するシステムが特徴的である。社会的責任(CSR)の一環として、2008年1月に特例子会社、株式会社アイエスエフネットハーモニーを設立。「ハーモニー宣言」として以下3つの目標を掲げ、積極的に障害者雇用に取り組んでいる。
①2020年までに1,000名の障害者雇用および長期雇用可能な環境の創造
②個々人の強みを活かす職業訓練を通じ会社生産性を向上させること
③2020年までに障害者に対し月額25万円の給与支払いを目指す
主な業務内容は事務業務、エンジニアサポート業務、喫茶業務、インターネットによる授産品の販売等。三障害混合型の雇用形態が特徴であり、身体・知的・精神の各障害者がお互いの特性を補完し合いながら業務を遂行することで効率を上げている。また、上述したハーモニー宣言のとおり、障害を越えた個々人の強みを生かし、それらを付加価値として業務の生産性を向上させる取り組みには注目したい。これらの取り組みは当社の利益貢献を実現させることはもちろん、従業員のスキルアップへもつながり、さらには業務に対するモチベーション向上へも貢献している。
当社は親会社である株式会社アイエスエフネットが直接管理・運営しているため、従業員は100%障害者である。親会社からの出向者9名が指導にあたっている。障害者の内訳は、身体障害者3名(うち重度3名)、知的障害者8名(うち重度3名)、精神障害者7名(うち発達障害3名)。なお、精神障害者には親会社の復職者も含む。
2.障害者雇用の経緯・背景
親会社設立当初の2000年より障害者雇用の取り組みを掲げていた。少しずつ調査を進めてはいたが、当社設立の直接的契機となったのは2005年にハローワークより障害者雇用3年計画の提出を求められたことである。その後2006年2月には実習生を受け入れ、初の採用に至る。同年12月には(財)しごと財団心身障害者職能開発センターの委託訓練の受け入れ先となる。2007年には新卒者を採用し、2008年特例子会社を設立。精神障害者の雇用にあたっては、親会社内の復職専門部署を引き継ぎ、現在では合計18名の障害者が働いている。
3.障害者の従事業務
(1)事務
営業・マーケティング事務業務
・セミナーDM封入、郵送業務
・セミナー顧客情報入力業務
・顧客管理とメールによるDM案内
・営業マンの名刺管理・入力業務
・営業スケジュール管理
人事・総務系管理事務業務
・名刺作成
・社員データ入力 ・源泉徴収・住民税通知発送代行
・健康診断業務代行(入力・発送)
・各種封入業務 ・社内文章管理(PDF化)
(2)エンジニアサポート業務
情報システム業務
・PCのキッティング作業
・帳票フォーム開発
・PCデータ消去業務
・中古PCクリーニング業務
製造部門業務
・通信カードとPDA設定
・PC用マイクの出荷前動作確認
・出荷前携帯電話の検証業務
・不良返品のUSBメモリーの確認作業
・資産管理業務代行
(3)喫茶事業
(4)インターネット授産品販売
4.取り組みの内容
(1)名刺作成
名刺作成では1枚単位から受注するという柔軟性により、現在ではグループ会社内すべての名刺作成を引き受けている。品質保持のため、文字列のズレがないかスケールをあてて1枚ずつ確認作業をしている。


(2)親会社との交流の場「ハーモニー交流会」
毎月当社での業務を親会社従業員と共同で行うハーモニー交流会を実施している。それらの準備はすべて当社従業員が行う。

(3)身体・知的・精神三障害混合のチームワーク作業
当社ではPCのキッティング作業を身体・知的・精神障害者の従業員が協力して行っている。キッティングとは新規に導入するPCへ必要となるOSのセットアップやアプリケーションソフトをインストールする作業である。具体的な作業方法としては、まず身体障害者は作業工程を従業員全員へ声に出して伝える「指示出し」を担当、その指示を聞き、知的障害者が実際のインストール作業を行う。作業中のミスを防止するために精神障害者が知的障害者の作業のサポートおよびチェックを行う。
このように障害特性をカバーし合う三障害混合体制を構築したことで、従来の方法よりも低コストで確実に仕上がるようになった。現在ではキッティング作業はすべて親会社から委託されている。
(4)ITを駆使した取り組み
・喫茶事業
ハーモニー宣言に掲げている障害者の1,000人雇用を実現させるため、日本全国にカフェの100カ所設置を目指している。すでに2010年12月仙台に第1号店をオープン、2011年2月福島に第2号店をオープンしている。これらの喫茶店ではiPadを活用したオーダーシステムを利用し、お客様に商品の写真を見せながら直接注文していただくことで事前にオーダーミスを防いでいる。このようなITで障害者の弱点をカバーするといった考え方は当社ならではの先駆的な取り組みといえる。従業員はお客様へiPadの使用方法を説明するなど、障害者が接客することで、彼らの持つ笑顔・真面目さ・仕事に対する直向さといった人間力をサービスとした喫茶としてアピールしていきたいと考えている。


・インターネットによる授産品販売
障害者施設で作られた製品を販売するインターネットサイト「真心絶品」の代理店統括を担当。「真心絶品」とは障害者施設で作られた製品のうち特に優れたものを厳選し、ブランド化することを目的に日本財団などによって作られたプロジェクト。
また、企業の依頼により、販売促進品の梱包の企画・作成等も行っている。


・従業員によるブログ「ハーモニー日記」の作成
従業員が1日2回ブログを更新、ハーモニー交流会や業務報告会など行事のお知らせから従業員の休暇の過ごし方まで、幅広い内容が書かれている。ブログを更新することで、従業員は自分でテーマを選び、情報を発信するという立場に立ち、楽しみながら自主性を養うことができる。また、ご家族からは職場の様子を自宅から見られるので、安心できると好評である。
5.取り組みの効果
・個々人の強みを活かし、生産性を向上
書道三段の従業員はその達筆さを強みとし、来訪者へ名刺サイズのカードに直筆で名前を記入し、お渡ししている。現在では、外部から宛名書き業務の依頼を受けるに至っている。発達障害をもつ従業員のうちひとりは数字に強く、親会社の決算書をすべて暗記し、別のひとりは文字に強く、社員名簿をすべて暗記している。また、業務を分析し、マニュアル化することが得意な従業員もいる。
現在では、彼らは当社にとって欠かすことの出来ない戦力であり、他の従業員が代わることはできない。このように自分が会社に貢献していると実感することで、障害者本人が自信をもち、更に意欲的に仕事に取り組むことで会社の生産性向上へとつながっている。
これらの取り組みから従業員の特殊能力を見極め、それらをいかに企業に貢献できる体制にもっていくかを経営者が試行錯誤していることが伺える。
・精神障害者の出勤率が大幅アップ
2005年に精神障害者12名の復職専門部署をスタート。当初親会社において残業の多い部門から事務業務を切り出し、本部署の業務としていた。従業員の出勤率は6割に満たないため、業務が滞っていたが、まず従業員がいつ出社してもすぐに作業に入ることができるよう業務工程を細分化し、業務の納期を徹底して守るよう努めた。その結果、「いつきてもいいよ」という職場の雰囲気が作られ、また従業員たちが企業に貢献しているという自信を少しずつ実感し始めたことで、出勤率は7割近くまで安定。その後、新卒の知的障害者を本部署へ配属、精神障害者が知的障害者へ社会人としての基本的なマナーを教育するという体制が作られたことで、最終的には出勤率が8割強まで上がった。復職者が仕事を教える立場を経験し、自分の存在価値を再認識できたことは大きい。現在本部署は当社に引き継がれている。
業務をだれもがすぐに取りかかれるように細分化すること、体調が優れないときに無理をせず休める環境を作ること、企業や他の従業員の役に立つ喜びを実感できる環境をつくることが復職を成功させる秘訣といえよう。
・従業員のコメント
2010年4月に入社した学習障害のあるMさんは、指導員からは、実習時あまり目立たずおとなしかったと聞いていたが、取材中は終始にこやかで落ち着いていて、とても丁寧な言葉遣いで取材に応じてくれた。好きな仕事はハーモニー交流会の準備と名刺作製、お客様が喜んでくれること、感謝してくださることがとてもうれしいと言う。休暇は先輩従業員と週末にカラオケに行くなどとても充実し、今後は先輩従業員のように業務説明をできるようになりたい、もっと仕事を覚えて多くの業務を任されるようになりたいと大変意欲的な様子であった。
・自宅でも習慣化
出勤時に毎日行っている湯飲み洗いなどは、週末をはさんだ月曜にはすっかりその仕事の習慣を忘れてしまう従業員が多かった。そこで週末も自宅で食器洗い等積極的に本人に頼むようご家族へ伝え、ご家族へはその作業を終えた後に「ありがとう。次もお願いします。」などという感謝の言葉をかけるようお願いしている。
こうしたご家族の声かけの影響は強く、本人がより達成感を感じ、意欲的に取り組むようになり、習慣化が進む。日常生活に織り交ぜ、反復繰り返しをすることは大変有効的だといえる。
6.今後の展望と課題
こちらの会社へ取材のため訪問し、まず驚いたことは、挨拶が徹底されていたことである。お客様に対する「いらっしゃいませ」という挨拶をはじめ、外線電話が鳴るとすぐに「電話です。私が出ます。」という従業員同士の声かけ、指導員へ向けて「教えてくださってありがとうございました。」という挨拶が大きな声で行われていたことが印象深い。このような従業員同士が自然と声かけをする環境が作られていることから、取材に応じてくれたMさんが一年足らずで意欲的に仕事に取り組むよう変化したことも納得できる。
また、雇用率の低い情報通信業界の中で、具体的な数値目標を掲げ、意欲的に障害者雇用に取り組む姿勢は他社に類を見ない。先端技術を導入し、障害特性をカバーすれば何でも出来るという発想もベンチャー企業ならではと言えよう。
ハーモニー宣言のように目標を明記し、どうしたらそれを実現できるかを経営者側が考え、着々と実行する推進力には驚かされる。障害者1,000人雇用という一見困難に思える数値目標であるが、精力的に全国に展開している様子から、間違いなく近い将来実現されることになるであろう。
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。