在学中におけるアセスメントと特性を活かしたジョブマッチング


1.事業所概要
「木の年輪のように、人とのコミュニケーションを積み重ねて大きく育っていく」、株式会社エムアンドケイは、石川県内に6店舗、東京・神奈川・愛知に4店舗の寿司店、鮮魚料理店を経営している。その本社は寿司店経営という和風な企業イメージとかけ離れ、ログハウスである。これは上記のような木下孝治社長の理念の下に建てられている。
「人はコミュニケーションという繋がりを積み重ね、向学心をもって人間力を高めてほしい。その人がまた後進を育てていってほしい」という会社の理念を受け、エムアンドケイの従業員の人達は、知的障害のあるSさんを温かく受け入れた。
2.雇用までの経緯
社長夫人である木下真知子取締役は、障害者雇用を進める理由を以下の3つ挙げた。
(1)法定雇用率を遵守したい。
(2)障害のある人が職場にいることによって生まれる連帯感を作りたい。
(3)障害のある人は適切な環境であれば仕事ができるので、雇用することは当然である。
木下取締役は、以前から町の中で見かける障害のある人達から、彼らの素直さや一生懸命さを感じており、「障害のある人がいると、それぞれの人が持っている優しさが、素直に表れてみんながまとまるんです」と笑顔で話された。
平成18年6月に、石川県立明和養護学校(昭和47年創立、平成22年4月に石川県立明和特別支援学校(以下、本校)へ統廃合)のインターンシップ(現場実習)を行う。
平成21年6月、高等部3年生の男性Sさんのインターンシップを実施し、平成22年3月に雇用された。
3.取り組みの概要
障害のある人の就労支援では、特性や資質を見出し、どんな仕事が合うか探っていくことが重要である。今回の事例は、在学中のアセスメント・ジョブマッチングと会社の理念が、かみ合ったものである。
(1) Sさんのアセスメント —状況把握と進路指導の方向性—(高等部1~2年)
下記の<表1>は高等部2年次までの行動観察等から得られた状況の把握と所見である。
<表1>
項 目 | 状 況 | 所 見 |
---|---|---|
好きなこと 関心 | 食べ物関係(調理・販売等) | ・食品を扱う仕事はモチベーションが維持しやすい |
動作 | ・巧緻性を要す仕事は苦手 ・粗大運動が得意 ・力加減が難しい ・家での皿洗いが日課 | ・食品を加工する仕事は難しい ・身体の動きが大きな仕事が適切 ・壊れやすいものは扱えない |
健康・体力 | ・止まった姿勢の維持は難しい | ・動きがあれば、長時間の立ち仕事が可能 |
日常生活管理 | ・欠席はほとんどない | ・勤務日程がシフト制でもある程度は対応できる |
公共交通機関の利用 | ・練習をすれば、利用可能 ・乗換にも対応できる | ・自宅から遠い職場でも通える |
性格 | ・素直で明るく、真面目 ・好奇心旺盛 | ・職場から好かれる性格 ・どんな仕事でも意欲的に取り組む |
対人関係 | ・良好 ・他者への関心は高い | ・コミュニケーションが必要な職場でも対応できる |
行動面 | ・多動性・衝動性が高い ・周りにある様々な視覚・音刺激に気をとられやすい | ・集中できる環境が必要「狭い範囲でのルーチンワーク(同じパターンで行う業務)」 |
<表2>は学校での各種取り組みをもとに得意・不得意な面を分析したものである。
<表2>
強い面 得意なこと | ・聴覚的な処理、言葉の理解・操作 ・視覚刺激に素早く反応する力、視覚的長期記憶 ・結果を予測する力 |
---|---|
弱い面 苦手なこと | ・物事を空間的・総合的に処理すること ・物の整理や分類 |
4.取り組みの効果
上記アセスメントに基づいて、株式会社エムアンドケイが経営する、金沢まいもん寿司金沢駅西本店にて、平成21年6月と11月に、インターンシップによる受け入れを行った。
(1)結果
インターンシップの仕事内容は、店内清掃→開店準備→皿洗いといった流れで行われた。適切なアセスメントで、適切な仕事を与えられたSさんは、予想以上の力を発揮した。
常に動き回る必要性がある仕事内容は、じっとすることが苦手のSさんの多動性が活かされ、物事への反応の良さへと転化された。関心が色々なものに移りやすい傾向は、皿洗い中も皿や湯飲みの補充に気が付くということに活かすことができた。すでに色分けされている皿は、視覚刺激に素早く反応する力が強いSさんにとって、わかりやすかった。(図1)


(2)Sさんを「働く喜び」に導くスタッフの人達
本校のインターンシップは1日6時間の立ち仕事が4週間続くが、Sさんは疲れた様子を見せなかった。これはスタッフが、お手本を示しながら、短く簡潔な指示を出すなど、指導が的確であっただけではなく、働く喜びを感じさせてくれたためである。
Sさんの課題に、仕事の優劣の判断があった。例えば、床掃除中に見つけた床板の間のゴミをようじで掘り続け、作業効率を悪くしてしまうことがあった。しかし、スタッフは営業に大きな影響を与えない限り、頭ごなしに否定せず、その意欲をほめた。できなかったことができた時も、お尻をポンと叩いてほめてくれた。その時、Sさんは輝かんばかりの笑顔を見せた。インターンシップはSさんに「仕事の責任感」と「やりがい」を与えてくれた。
5.雇用後のSさんの様子
—10カ月後のSさん—
就労して10カ月後、Sさんは在学中に比べ、格段に仕事がスピードアップしていた。仕事中のスタッフとのやり取りからも、すっかり職場になじんでいる印象を受けた。スタッフからSさんについて話を聞いた。「4月から正式に働くことになると聞いて、正直『大丈夫かな』と思った。でも杞憂でしたね」「仕事に対しての意欲が高い。できることが日々増えている」最近は開店準備で、味噌汁を温める機械の組み立てを任されるようになったそうだ。1日も休まず、朝早く出勤している勤務態度も高く評価されていた。
—ナチュラルサポートのある職場—
障害のある人の雇用において「職場の従業員が、障害のある人の就労継続に必要なさまざまな支援を自然に提供すること」を「ナチュラルサポート」という。
特別な配慮はしていません。仕事はできることをしっかりしてくれています」と脇田店長は話す。しかし、話を伺うと、会社の研修会など慣れない場面では、店長がさりげなくSさんの横についていたそうだ。スタッフも、忙しい時の優先順位がつけられないSさんに対し、最も忙しい時は、さりげなく仕事を代わることもある。今回、教員やジョブコーチのサポートがフェードアウトしていく時、スタッフは漠然とした不安を感じたという。このような意識の高い職場でも不安を感じてしまうのは、障害者雇用の難しさを物語っている。しかし時間の経過とともに、ナチュラルサポートが定着し、現在Sさんは安心して仕事ができている。女性のスタッフが口をそろえて「Sさんは、重いものを持つ仕事は、率先して運んでくれるんです。その優しい気持ちがうれしい」と語った。在学中、クラスの友達がくしゃみをした時に、そっとティッシュを差し出す優しい心配りができるSさんの姿が浮かんだ。その優しさが周りに伝わっていることが、スタッフのSさんに対するさりげないサポートを、引き出しているのかもしれない。


6.まとめ
「どの仕事をしている時が楽しい?」とSさんに質問したところ、「全部!」という元気のいい答えが返ってきた。その人の資質と仕事が求めるものが一致すると、人はやりがいを持って働くことができると改めて感じた。
その人にとって「適切な仕事や環境とはなにか」を本人と共に探っていくことが、障害のある人がやりがいを持って働くことができる鍵である。「障害のある人は適切な環境であれば仕事ができるので、雇用することは当然である」という木下真知子取締役の言葉が、そのまま障害者雇用の鍵であると実感できた。「適切な環境」を見つけるための実態把握と「仕事ができる」職場(ジョブマッチング)の見極めが重要である。
最後に、Sさんは仕事に対する意欲が高く評価されているが、その意欲はどこから湧いてくるのか。知的障害者雇用のパイオニアである日本理化学工業株式会社の会長大山泰弘氏の言葉が浮かんだ。「『人間の究極の幸せは、人に愛されること、人にほめられること、人の役にたつこと、人から必要とされること』働くことによって愛以外の3つの幸せは得られる。しかし私は、その愛までも得られると思う」働くことでしか得られない喜びがSさんの頑張りを支えている。これからもこの職場で、木の年輪のように、人とのコミュニケーションを積み重ね、大きく育っていくSさんが楽しみである。
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