人間の幸せの実現を目指した障害者雇用
- 事業所名
- THK株式会社山口工場
- 所在地
- 山口県山陽小野田市
- 事業内容
- 製造業
- 従業員数
- 746名
- うち障害者数
- 13名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 2 製品の組立、測定機器の校正及び管理 肢体不自由 4 一般事務、製品の組立・成型、管理業務、製品の組立 内部障害 1 製品の最終検査業務及び品質記録の保管管理 知的障害 6 包装梱包資材の発注・入荷検品・在庫管理・製品の出荷承認作業 梱包副資材の組立(ダンボール箱) 精神障害 - 目次

1.THK株式会社山口工場
THK株式会社は、機械要素部品のメーカーである。ここで製造される製品のなかでも、世界に先駆けて開発した「LMガイド」(直線運動用ベアリング)は、メカトロニクス産業に不可欠な部品として、世界中の様々な産業に使用されている。
THKの名前の由来は、タフネス「Toughness」、ハイクオリティ「High Quality」、ノウハウ「Know-how」の頭文字を取ったものである。この理念のもと、国内12、海外11の製造工場で部品の製造が続けられている。中でも山口工場は最も広大な敷地面積を有し、この「LMガイド」の主力工場である。そして、当工場には13名の障害者が就労している(平成23年4月現在)。

2.当工場の障害者雇用と支援方針
(1)雇用のきっかけ~障害者への認識の変化~
当工場で障害者雇用と支援の陣頭指揮をとっておられる製造推進部 受注管理課 専任課長(兼 障害者雇用推進担当)吉永俊介氏(以下、吉永課長)に話を伺った。
「当工場が障害者雇用に前向きに取り組み始めたのは、平成18年春に特別支援学校の高等部3年の生徒2名(Aさん、Bさん)を職場実習生として受け入れたことがきっかけです。正直を申しますと、その時はあくまで企業としての社会貢献という意味合いが強く、何とかこの実習期間を乗り越えられればよいが・・・という気持ちばかりがありました。会話は通じるのだろうか、などといった不安が募る一方でした。知的障害についての知識や接し方のノウハウを、私たちは持っていなかったのです。」
しかし、こうした不安を伴う知的障害者のイメージを、2名の実習生が大きく変えることになる。
「初めて会った2名の実習生は、しっかり挨拶し、こちらからの説明をしっかり聞いてくれました。働くことへの意欲も強く、指示にも真面目に従い、時間をきちんと守ろうとしました。その一生懸命な態度とかわいい笑顔によって、それまで私がもっていた知的障害者のイメージは大きく変わりました。」
2名の実習生(Aさん、Bさん)が持つ力は、他の従業員をも驚かせた。例えば、ダンボール箱の組立作業では予想をはるかに超える作業量(当初の予想の10倍)を示し、入荷伝票のチェック作業でもミスが全く生じなかったのである。
その後、「この会社で働いてみたい」という実習生の希望と、「もう少し試してみたい」という当工場の思いが一致し、本格的な就労に向け、平成18年度に計5回の職場実習が実施された。実習生は実習を重ねるごとに成長し、次第に当工場の「戦力」にまで育っていった。そして次年度(平成19年度)の4月より、当工場に晴れて入社の運びとなった。
(2)職場実習のもつ意義の認識
前述したように、当工場での障害者雇用は、職場実習がその契機となった。この職場実習には、企業側にも実習生側にも大きな意義がある。
まず、当工場のように、障害者を一定期間受け入れてみることで、企業がそれまで有していた障害者への認識が大きく変わることが期待できる。正しい障害者理解に向けた啓発としても、この職場実習の意義は極めて大きいといえよう。続いて企業側にとっては、実習生の能力・性格・適応性・障害特性・勤務態度(欠勤)等を十分確認した上で、採用可否の判断ができる。また、実習生が仕事に慣れれば、実習期間中でも大きな「戦力」になり得る。実習生側にとっては、自分の能力がどこまで生かせるかの確認ができ、また、企業の経営方針や職場内の人間関係に自分が適応できるか否かの見極めもできる。また、職場実習を通して仕事に慣れることができていれば、入社当日から即戦力として活躍でき、これは本人にとっても大きな自信となろう。
当工場では、この職場実習の意義に着目し、山口県内の特別支援学校の実習生を毎年積極的に受け入れ始めた。
(3)資格取得への挑戦
2名の実習生(Aさん、Bさん)が予想を超える力を発揮したという事実に、吉永課長の障害者に対する認識は大きく変わった。彼らが入社した後、吉永課長は彼らに資格取得への挑戦を勧める。資格を取得することで、彼らが有する能力を他の従業員にも知らしめることができ、正しい評価につながるのではないか。吉永課長のねらいはここにあった。
当工場には、独自に設けた資格がある。そのうちの二つを、以下に紹介する。障害の有無を問わず、これまで数多くの従業員が資格取得への挑戦を続けてきた。
①「認定作業者」の資格
この資格は、当工場の製品の出荷に関し、その承認の業務を正確に遂行できる従業員に付与される栄誉ある資格である。この資格取得のためには、職務経験とともに認定試験が課せられる。現時点で(平成23年2月現在)、当工場には7名の出荷承認の「認定作業者」がいるが、そのうちの2名がAさんとBさんである。
②「社内技能検定」合格による資格
「社内技能検定」とは、ノギスやマイクロメーター等を用いて、当工場の製品を極めて高い精度で測定するなどの検定である。合格率は40%以下と難関であるが、現時点で(平成23年2月現在)、AさんとBさんを含め9名の障害者がこの検定に合格した。
吉永課長は、障害のある従業員のうちに秘められた可能性に、大きな期待を抱いている。


3.職場(包装梱包作業を中心とした部署)での支援の実際
当工場には現時点で(平成23年4月現在)13名の障害者が就労しており、その中の6名が知的障害者である。このうちの3名に対する職場での支援の実際を以下に紹介する。
(1)Aさん(知的障害・療育手帳「B」判定)
Aさんは、山口県内の特別支援学校の高等部を卒業し、平成19年に当工場に入社した。近隣にある自宅からJRと自転車を使って通勤している。現在、受注管理課の正社員として、①包装梱包資材の入荷検品、②棚卸、③包装梱包資材の発注、④請求書の照合、⑤ダンボール箱組立、⑥出荷承認、⑦製品組立(休日出勤時)などの作業に従事している。
①の入荷検品や、④の照合作業ではミスがほとんど無い。また③の発注では、在庫と日々の使用量を把握し、一人で発注量を決め、直接業者へ発注している。簡単な納期調整も単独で行うことができている。⑤のダンボール箱の組立作業では、平成19年度にはBさんと協力して1日1,500箱のペースで作業を持続し、年間に38万箱を組み立てるという実績を打ち立てた。
「Aさんは、入社以来、無遅刻無欠勤です。挨拶もよくでき、電話の対応も優れています。几帳面で慎重な仕事ぶりにも定評があります。」と吉永課長は目を細める。
また、当工場内では改善事例を皆に発表する会(名称「QCサークル発表会」)がある。Aさんはチーム(4名)の代表発表者として、品質向上に向けた取り組みについて多くの従業員の前で発表し、見事大賞を受賞することができた。

このように活躍するAさんであるが、入社当時にはその実力を正しく知る上司がまだ少なく、高度な技能を必要とする製品の組立作業などをAさんに任せることは困難とみなす声も一部にあった。そこで吉永課長は、Aさんが「社内技能検定」に合格した事実を示し、製品組立の業務に取り組ませる道を拓くことができた。
Aさんの将来の夢の一つは、当工場に就労している障害者を指導し育成する役を担うリーダーになることである。几帳面な仕事のできるAさんは、教え上手との定評もあり、これからの研鑽によって将来のリーダーとなる日も遠くないと思われる。
(2)Bさん(知的障害・療育手帳「B」判定)
Bさんは、山口県内の特別支援学校の高等部を卒業して、Aさんと同じく平成19年に当工場に入社した。近隣にある自宅からJRと自転車を使って通勤している。現在、受注管理課の正社員として、①包装梱包資材の入荷検品、②棚卸、③ダンボール箱・緩衝材の発注、④ダンボール箱組立、⑤出荷処理などの作業に従事している。



④のダンボール箱の組立作業では、そのスピードと完成品質に関し、当工場内でBさんに勝る者はいない。また、平成19年度には前述のAさんと協力して年間に38万箱を組み立てるという記録を打ち立てた。
Bさんは元気な挨拶もできるため、工場内でその姿は際立っている。今、Bさんはフォークリフト運転技能講習(1トン未満)を修了し、1トン以上の運転技能を訓練しつつある。
このように活躍するBさんであるが、入社直後のエピソードを吉永課長から伺った。「Bさんは、就労生活が全て順調に進んだわけではありません。Bさんが最初に配属されたのは、私の所属する受注管理課でしたが、実は入社1年目には欠勤が多く、有給休暇も全て使っているような状態でした。そこで特別支援学校の進路指導担当であった先生にも相談し、何度も協議しましたが、なかなか改善されませんでした。」
必ずしも順風満帆の船出ではなかったことが伺われる。吉永課長は、悩む日々が続いた。
「そのようなBさんに変化がみられたのは、入社した年(平成19年)の秋に起こった、いわゆるリーマン・ショック(米国の投資銀行の破綻に端を発した世界的金融危機)でした。この影響によって、それまでBさんをサポートしていた派遣社員の雇用を縮小せざるを得なくなったのです。そのため、とりあえずサポート役無しで、Bさん1人に在庫管理や発注を任せることになりました。最初、私たちには不安がありましたが、Bさんは見事にそれらの仕事を1人でこなしてくれました。そして、このことを契機に仕事を休まなくなったのです。『自分が会社を休んだら、この仕事をやる人がいなくなり、みんなに迷惑がかかる』『自分はこの会社の役に立っている』という自覚が、Bさんの心に芽生えたのだと思います。」
世界経済を揺るがす金融危機が、Bさんの心にプラスの転機をもたらす結果を招いた。「私は人の役に立っている」「私は人から必要とされている」という自覚がBさんの心に火を付け、責任感と共に就労意欲が引き出されたのである。

その後のBさんの成長は著しく、前述したように「認定作業者」の資格を取得し、「社内技能検定」にも合格した。平成20年度からは無遅刻無欠勤が続く。また、平成22年開催の全国障害者技能競技大会(アビリンピック全国大会)では製品パッキング種目に山口県代表として出場して見事金賞を受賞し、日本一の栄誉に輝いた。今、Bさんの働く姿からは、さらなる自立を目指した積極的な姿勢が伝わってくる。
「『1人ではできない』というレッテルを、障害のある従業員に貼ることで、彼らの限界を私自身が作っていたことに気づかされました。」と吉永課長は語る。
Bさんの将来の夢の一つは、結婚して幸せな家庭を築くことである。Bさんのなかに培われた責任感と積極性は、Bさん自身のこれからの人生をさらに豊かにしていくことであろう。
(3)Cさん(知的障害・療育手帳「B」判定、アスペルガー症候群)
Cさんは、山口県内の特別支援学校の高等部を卒業し、平成21年に当工場に入社した。近隣にある自宅からJR、原付、自転車を使って通勤している。現在、品質保証課の正社員として、文書のスキャニングの作業に従事している。
Cさんはこの作業に長時間集中でき、しかもミスはほとんど無い。また、勤務中は無駄話や仕事以外のことは一切しない。ある時、たまたまCさんに話しかけた管理職に「今、作業中です。」と注意したというエピソードもある。このような生真面目な一面もあるが、これを「妥協を許さぬという長所」と評価することで、Cさんの活躍の場を職場の作業工程の中に見出すことができる。
「個々の障害の特性(才能)を知り、その力を活かせる仕事を見つけ出すことができれば、障害のある従業員は当工場の大きな戦力になります。才能は絶対にあります。それを見つけ出すことです。」と吉永課長は熱く語る。
なお、Cさんは入社以来、無遅刻無欠勤であり、挨拶の良さにも定評がある。難関の「社内技能検定」にも合格した。
Cさんは精神的に不調(パニック)になる時があり、医師の指示により定期的に服薬を続けている。不調に陥る前には、必ずCさんに何らかの前触れ(独特な仕草や態度)があるので、吉永課長や周囲の従業員はそれを見逃さずに受け止め、対策を講じている。
「例えば、Cさんが職場でイライラし始めたように感じられた時には、Cさんを別室に移し、椅子に座らせます。イライラする場面から遠ざけ、Cさんの心が落ち着くのを待つのです。」と吉永課長は語る。
Cさんの将来の夢の一つは、自分で稼いだお金で旅行(九州の温泉巡り)をすることである。自分の給料で余暇の時間を楽しむことは、Cさんの人生をさらに豊かにしていくことであろう。


4.障害者雇用と就労支援に積極性を
(1)雇用に向けて企業の側から働きかける
これまで多くの企業では、労働機関や特別支援学校等から障害者を紹介された後、その障害の種別や実態(等級等)に適合した業務内容を企業内に探す、という順で検討を進める傾向があった。
「当工場では、職場内に可能な仕事を見出した後に、労働機関や学校に障害者の紹介を依頼する、という積極的な取り組みを開始しています。この方法で働きかけてみたところ、平成23年度より、山口県内の特別支援学校から3名の新しい従業員が入社する運びとなりました。」と吉永課長は語る。
この積極的な取り組みへの転換により、当工場内での障害者雇用への理解啓発がさらに進むことが期待される。
(2)今信じられないことが後に当たり前に~「出来る」ことを信じて挑戦させてみる~
障害のある従業員の潜在力が開花したのは、本人の努力もさることながら、当工場からのきめ細かな支援があったからこそである。ただし、この支援の背後には、ある方針があった。
「当工場では、障害のある従業員に対して不自由な部分の支援はします。しかし、特別扱いはしません。他の従業員と給与やボーナスで差をつけない代わりに、従業員としてのノルマも同じように課しています。休日出勤や残業、時差出勤などもあります。当工場ではこうした方針を一貫させてきました。」
また、従業員の能力を信じ、挑戦させていくことの重要性を吉永課長は次のように語る。
「出来ることを信じて挑戦させれば、今信じられないことが後に当たり前になります。何事にも前向きに、人の教えを素直に受け止め、常に努力し、新しい事に挑戦することが、成長につながります。彼らは、まだまだ伸びると思います。」
今、吉永課長は彼らを「我が社の若きエース」と呼ぶ。
障害のある従業員の能力を偏見で判断することなく、「出来る」ことを信じて挑戦させてみることが、障害者雇用と企業経営の要であることが伺われる。
(3)特性を見極めてから配属先を決める
「障害のある従業員に才能は絶対ある」と語る吉永課長は、従業員の特性を見極めてから配属先を決めている。その例を以下に示す。この見極めは職場実習の段階から可能である。
①手先が器用な従業員・・・・・(例)箱や緩衝材の組立等に向いている
②長時間集中できる従業員・・・(例)品質記録の選別保管等に向いている
③正確妥協無しの従業員・・・・(例)伝票のチェック等に向いている
才能を見つけ出し、その力を活かせる仕事を作業工程の中に設けることができれば、その従業員は職場の大きな戦力になり得る。同時に、従業員はその部署で誇りをもって働き続けることができる。
5.人間の幸せの実現を目指す企業経営
吉永課長は次のように語る。
「会社は学校と違い、オールマイティを目指す必要はありません。全ての仕事に向かなくても、得意な仕事があるなら、それでTHKに貢献すればよいと考えます。」 この捉えは、当工場における障害者雇用の理念となっている。
「当工場では、ボランティア的な雇用はしません。なぜなら、会社の役に立ち、必要とされなければ、本当の働く喜びは得られません。負い目を感じたままでは継続して働くことはできないと思います。」
障害の有無にかかわらず、人は皆、その持てる力をこの社会で発揮し、社会参加したいと願っている。人に愛され、人から褒められ、人の役に立ち、人から必要とされる幸せを、人は皆追い求めている。それは、働くという活動によって達成される。
THK株式会社は、障害者雇用という企業としての社会的責任を果たす取り組みのなかで、人間の幸せの実現を目指した経営を今日も続けている。
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