知的障害者の雇用による新たな農業の確立と居場所作り

1.事業所の概要
(1)事業の概要
株式会社阿蘇たいちゃん農場は、生産と流通を担う新しいタイプの農業法人である。自社で無農薬の農作物の生産・出荷を行うだけでなく、別会社の三久保ファーム(集落営農モデル事業所)が近隣農家に委託・生産をしている農産物も合せて全国の商社、生協、企業及び小売店等に販売している他、ネットで個人向け通販も行っている。
本格的に農業に取組むきっかけとなったのは、10年前に田中泰次郎社長自身が新規就農したことによる。それまでは、外食産業を経営していたが、「安心安全な食」を自分で実現したいという夢を抱いて阿蘇へ。しかし、実際に農作業を経験してみると、1年で心身共に疲労してしまった。そこで、経営者としての経験を活かす農業の有り方として、若者達を雇用する形態を選択した。すると、引きこもりなどで心の病を抱えた若者を預かって欲しいといった依頼が舞い込むようになった。実際、1年程の農作業体験によって心が癒されたり、アルコール中毒から立ち直ったりするといったケースがでてきた。
若者達が当社で仕事を始めるとなると、売上を上げなければならない。その時、取り組んだのが「直販」事業で、それが現在の事業展開の原点になっている。農協を通さずに生協や商社に販売、或いはインターネットで個人に販売する際に求められるのは「安心安全」である。例えば、無農薬野菜には虫がつく。虫食いの穴があるキャベツは無農薬ということで売れるが、本当に虫がいたのでは売れない。そのためには虫を取る作業等によりコストが高くなる。しかし、本当に生産者自らが自信をもって安心安全な農産物を提供するには、直販でなければ実現できない。
安心安全を補完するものとして重要視されるのが「トレーサビリティ」である。この10月から「米トレーサビリティ」が始まった。誰が何処で生産した何という品種の米なのかを明らかにすることだ。この問題について、当農場の取組みは積極的で、すでに農水省等からの評価が高い。
販売実績は着実に伸びている。大型物産店内のレストランで当社生産の米が採用される等、安心安全の農作物は高い評価を得、米に関してはすでに生産量を上回る受注を獲得している。また、大手商社との取引きも順調に推移している。大手商社の納品先は系列スーパーチェーンであるが、そこに求められるのは「九州内での生産(輸送コストの軽減)」と「生産者の顔が見える(トレーサビリティ)」、「阿蘇の魅力(大自然のイメージ)」等である。当社のような小さな事業所が重宝されるのは、これらの条件に丁度適合しているからなのだろう。
また、冬場、農業収入が少なくなるのをカバーするために、間伐作業等を行う森林事業部を併せ持っている。
(2)計画と課題
当農場がめざし、取組んでいるのは、新しい農業のスタイルづくりである。それは、単によい農産物を生産するだけでなく、自分達で「売る力」を創っていこうということである。平成23年度には農産物加工所を開設し、事業領域をさらに拡張していく計画である。
阿蘇の大自然を背景とした循環型農業に取組んでいきたい、と田中社長は考えている。阿蘇の牛の糞を肥料として田畑に戻す。輸入肥料や化学肥料は使わない、安心な農業の形である。牛の糞と豚の糞では堆肥としての効能が異なる。このことを十分に理解した上で使用すれば畜糞の堆肥利用は有意義である。実際に、阿蘇では畜糞堆肥をたっぷり使うため、農作物は甘みが強く、美味しい。
ブランドづくりに力を入れているのも、当農場の特色の一つである。どれだけ質の高い農産物を生産しても、売れなければ意味がない。そのために、ネット通販の「セレブ米」、特定の百貨店で販売の「阿蘇 米塚の米」、給食会社に販売の「カルデラ(カルシウムデラックス)米」は田に化石サンゴを入れて栽培する等、また販売先に合った商品名やデザインを開発し、多様なニーズに対応できるようにしている。これからもブランド開発には積極的に取組む計画で、すでに新たなアイデアを暖めている。

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2.取り組みの概要
(1)障害者の現状と従事業務
現在、雇用している障害者は2名で、いずれも知的障害である。
また、この2名とは別に、社会福祉法人治誠会「阿蘇くんわの里」(以下阿蘇くんわの里という)から農作業ができない冬以外、年間を通して継続的な雇用を行っている。農業は年間を通して様々な作業がある。当農場ではそれらの農作業の中で可能な限り「阿蘇くんわの里」の障害者に作業を依頼している。雇用者数は少ない時で2~3名、繁忙期には5~6名となる。10月からはカライモ(サツマイモ)やサトイモの選果が始まるので、雇用数が5~6名になる。
2名が従事している業務は軽い農作業である。具体的には、農作物の種蒔から始まり、芽が出たら小さなポットへ、さらに大きなポットへ移植、最終的には路地への定植といった作業である。また、それらに関連する水撒きやハウスの管理といった業務がある。
(2)障害者雇用の経緯
田中社長がまだ外食産業を経営していた当時、知的障害者を5名程雇用していた。それが縁で平成元年から7年間、熊本県の心身障害者就職審議委員長を務めていたので、知的障害者の働く姿を見る機会があり、接客業も含め様々な仕事に従事できる可能性を感じていた。
このような背景があり、当農場を開設した平成21年に阿蘇くんわの里から従業員の就職の相談を受けた。というのも、折からの不況でこれまで有力な雇用の先であった自動車工場に求人がなく、阿蘇たいちゃん農場で農作業をさせてもらえないかとの相談であった。この依頼ですぐに従業員を受け入れたのは、以前に障害者雇用の経験と知識があったからである。
(3)業務指導と効果
雇用している2名の知的障害者のうち1名については、現在、一定の仕事をまかせられるようになった。雇用開始から1年間、担当部長がつきっきりでみっちり指導を行った成果である。最初の頃はミスが多かった。例えば、芽が出た作物をポッドに移植する際に、1つのポッドに1株の芽のはずがいくつもの芽が出ていたりした。しかし、今ではそのようなミスはほとんどなくなった。仕事に対する責任感が強く、最近では移植すべき苗がなくなった場合には「早く作業をできるようにしてください。」と、言えるまでになった。
彼らが携わっている業務は軽い農作業であるが、軽いといっても実は難しい部分がある。例えば、水遣り。朝夕の水遣りはもちろんきちんとやらなければならないが、炎天下、作物が水を欲しがっているのを見極めて水を遣る。だが、ただ水をやればよいというわけではない。人でも渇きの絶頂にある時に大量の水を飲んではいけないように、植物でも一定量の水を数回に分けて与えなければならない。そのためには、ポッドの底の乾き具合等を確認し、水遣りのタイミングや量を考えなければならない。このような判断も今では自分で出来るまでに成長した。
また、ハウスの開閉についても独自の判断が必要である。雨が降ってくればハウスを閉じて雨を防ぎ、雨が上がればハウスを開けて風を入れる。ハウス内で作業をしていれば、雨に濡れたり、雨上がりに蒸したりする。このように自分で体感することにより、自然にハウスの開閉を判断できるようになった。
ここに農業に従事することで、当農場に勤務する知的障害者の成長と可能性を見ることができる。


(4)障害者雇用の課題
障害者雇用を継続していく上で、最も配慮を必要とするのが、障害者同士の相性やコミュニケーションである。障害を持たない者同士でも、人によって合う合わないという問題があるが、障害者同士ではそれがより顕著に出る場合がある。先輩後輩という意識はあるが、先輩であっても仕事の力量などによって下の者が敬わないといった場合にトラブルが発生することがある。そのため、一緒に仕事をさせるか、一定の距離を置くかの見極めが重要である。農作業の指導もそうだが、じっくり時間をかけて取組んでいかなければならない課題である。
こちらが重い荷物を運んでいる時、彼らに「おい、ちょっと手伝ってくれ。」と声を掛けても、「ぼく、忙しいですから。」と断られることがある。これは、彼らは自分のやるべき仕事にプライドを持っているが故の発言であると気づいたのはごく最近のことである、と田中社長は語る。
次に、家庭と会社の連携という問題がある。特別支援学校等に在席中は、学校が家庭と職場との潤滑剤になるが、卒業してしまえば、家庭と会社とがしっかりと連携していかなければならない。保育園と親とが連絡帳を交わすように、家庭と会社が連絡を密に取る必要がある。
現在雇用している子達の親とは良いことも、悪いことも頻繁に連絡を取り合っている。母親は「ここまで出来るようになったのか。」と感動するが、父親は将来の不安もあって素直にほめる言葉は出てこない。こんな時、「褒めてあげて。」とアドバイスするようにしている。
「会社にいるのは1日8時間、また仕事が出来なければ解雇できるが、家庭ではそういうわけにはいかない。また、親も何時までも生きているわけではない。自分で稼いで自立してゆかなければならない。」
よって、家庭と会社が一緒になって、本人の自立を支援していく。このことが大切と考えている。
(5)最後に:知的障害者と農業
田中社長は、農業には知的障害者に雇用の場を提供する可能性がある、と強く感じる。
例えば、無農薬農業にあっては「草取り」という作業が非常に大事である。しかし、このような地味で根気の要る作業を誰もがやるかというとそうはいかない。彼らは真面目に根気強く、1日でも除草作業をやってくれる。これはまさに彼らの能力なのである。知的障害者の雇用とは、このような彼らの能力を認めてあげるところから始まるのではないだろうか。
阿蘇たいちゃん農場には、若者がいる、女性がいる、高齢者がいる、障害者がいる。大切なのは、それぞれの個性や能力を認めた上で、それぞれの居場所を作ることなのではないか。また、農業という仕事にはそんな様々な人々が居場所を見つけることのできる懐の広さ、深さがあるのではないか。
現代の社会では、多くの人々が、社会に、家庭に、職場に自分の居場所を見つけられずに苦悩している。それが、農業という産業にはある。
そんな中、今、当農場で働いている障害者の若者達は、自分の居場所を見つけた。「居場所を見つけたどころじゃない。彼が今やっている仕事は、もう彼しかできない。」と田中社長は言う。
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