聴覚障害のある技能社員の長期継続就労の秘訣
-毎日の実践によって培われてきた4つの障壁の除去-
- 事業所名
- 仙山テクノクラフト株式会社
- 所在地
- 宮城県名取市
- 事業内容
- 自動車の板金塗装、新車の点検・架装・輸送、損害保険代理店
- 従業員数
- 99名
- うち障害者数
- 6名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 6 塗装(3名)、洗車(2名)ルームクリーニング(1名) 肢体不自由 内部障害 知的障害 精神障害 - 目次

1. はじめに、事業所の概要
(1)はじめに
障害のある人が社会生活を送る上で除去すべき4つの障壁は文化・情報面での障壁、意識上の障壁、制度的な障壁、物理的な障壁といわれている。障害者が当たり前の社会生活、職業生活を送ることにつながるには受入側の企業がこれらの障壁を除去することが必要と考えられる。今般、聴覚に障害のある社員が継続就労している仙山テクノクラフト株式会社を取材するに当たって、これらの障壁を会社側がどのように除去しているのかという視点で整理していきたい。
(2)事業所の概要
仙山テクノクラフト株式会社仙台本社を訪ね取材した。前半は木村代表取締役社長と三浦総務課次長(職業コンサルタント)にお話をうかがった。後半は聴覚障害のある6名の社員をはじめ、ともに働く現場の技術職や事務職、管理職など13名の人々と和やかに懇談した。
社名の「仙山」は仙台本社と山形支社の頭文字からなり、それぞれ仙台トヨペットと山形トヨペット関連の業務を担い、宮城県内4ヶ所と山形県内3ヶ所に工場がある。
同社の業務内容は、自動車の板金塗装、新車の点検、架装、輸送などである。修理車両は板金作業の工程で形態を整えた後に、車体の塗装作業の工程になる。車体の塗装は紫外線などの影響を受け、新車当時の色に比べると微妙に変色している。そこで、板金した箇所の色を周囲の色と区別がつかないように調整するためには、微妙な色あわせを行う必要がある。自然に少しずつ変色した車体の色の調整は機械やコンピュータでは行うことができない。目で確かめて色を調整するという熟練した技能が必要になる。経験に裏打ちされた技能が求められるのである。こうした技術を要する職場で聴覚に障害のある人達がいきいきと働いている。
2. 障害者雇用の経緯、4つの障壁の除去
(1)障害者雇用の経緯
現社名である仙山テクノクラフト株式会社に変更したのは平成21年4月であるが、創業は昭和63年1月に溯り、仙台トヨペットの子会社として設立された。そして、平成3年に下請けの塗装会社を吸収合併したときに、下請け会社で働いていた聴覚に障害のある社員が他の社員とともに入社したことから障害者雇用が始まった。
現在の社員数は常用雇用労働者数99名、短時間労働者数3名であるが、そのうちの6名が重度の聴覚障害のある社員である。障害者は全員が仙台本社に配属されており、37歳から65歳まで継続就労年数10年以上42年まで幅広い年齢層、キャリア年数である。担当職務も塗装スタッフで3名、洗車スタッフで2名、ルームクリーニングで1名と現業系の部署で技能者として働いていることが同社の特徴である。
(2)4つの障壁の除去
① | 文化・情報面での障壁との関係について 一昨年、下請け会社当時から働いていた手話の技術が高い女性社員が退職した。下請け会社の吸収合併時(平成3年)から障害者雇用が始まったことについては既に述べたとおりだが、このようなことがあるとコミュニケーションにハンディのある聴覚障害の人達は不適応に陥ったり、仕事上でトラブルが発生する等が起こりやすい。しかし、当社では彼女の影響を受けた事務職女性社員が手話を身につけて、顧客の依頼内容や納期などを伝えたり、確認したりすることをサポートできるようになっていたので聴覚障害者にとっても不都合はほとんどなかった。彼女たちの手話の技術は、毎日繰り返す聴覚障害のある社員との情報のやり取りによって上達している。 塗装現場のAさんも聴覚障害のある同僚とともに仕事をしながら手話を身につけてきた一人である。毎日の作業の中で、手話を使って技術的な連携を図る役割を果たしている。塗装の専門用語に関する手話がないので苦労も多いが、一つひとつの苦労を重ねながら技術面での情報交換がはかられている。上達度には差はあるものの、毎日の積み重ねがあるのでほとんどの社員が手話をある程度わかるようになってきている。障害の有無に関わらず、社員間に支えあう関係性が築かれているのが仙山テクノクラフトの特徴である。この職場の雰囲気が継続就労を可能にしている大きな要因であると考えられる。 また、同社では社員は互いに交代して朝礼の進行役を担っている。障害のある社員も例外ではない。もちろん、進行役を担う。手話の習熟度の高い社員が通訳の役割を果たすので、障害があっても進行役を果たすことが可能なのである。障害の有無にかかわらず、社員の果たす役割に差が生じない。 塗装現場でも、Aさんのような手話のできる聴覚障害のない技術者がいるので情報を交換し合いながら仕事を進めることができる。 一般的に重度の聴覚障害のある人にとって情報面での障壁が継続就労を妨げると指摘されることが多い。しかし、同社では聴覚障害のない社員が積極的に手話を身につけ、情報面での障壁をなくし、ともに情報交換をして技能を高めあっている。 さらに、業務上の指示の中ではホワイトボード等を使ってコミュニケーションを図り正確な情報を入手できるようにするといった、何げない小さな配慮によって情報面の障壁を取り除いていることも付け加えておきたい。 |
② | 意識上の障壁との関係について 聴覚に障害のある6名の社員全員と木村社長を含め管理職の人々、現場の社員の人々など、13人の人々にお話をうかがった。下請けの塗装会社当時からBさんと一緒に働いていた聴覚障害のないCさんは、社内では聴覚障害があるからといって差別やいじめはまったくないという。 木村社長が就任した頃、社長は障害者への差別やいじめをしないように朝礼で何度も話していたが、社長だけが心配しすぎていたと語った。定期的に2ヶ月に一度の懇談会が開かれているがその会においては、テーマを決めて自分の業務上必要な工具類等の改善や要望を伝えられることも多い。そのようなことを社長の前でも自由に話せる会社だからこそ、障害があっても安心して働き続けられる。 Dさんからも同じような話があった。彼は前の会社では会話がなかったために、行き違いも多くあったがここでは社員とも気兼ねなく話したり聴いたりできる雰囲気があり安心して働くことができそうだ。 また、職場内の自然発生的な手話の勉強だけでなく聴覚障害のない社員による手話勉強を時間外、休憩時間に行われている。手話の先生は聴覚障害のある社員たちであるが、彼らは女性社員の手話の速度がまだまだ遅いと笑いながら話した。何でも言い合える関係性から職場の雰囲気が伝わる。 仕事以外での何か困ったことの相談やグループ会社主催のボーリング大会等に参加し、積極的に家族を含めた交流を図るなど社員の間の自然発生的にお互いを知ろうとする取り組みをみれば同社においては意識上の障壁は存在しないと断言できる。そして、意識上の障壁がないからこそ、長期にわたる継続的な就労が実現していると考えられる。 |


③ | 制度的な障壁との関係について 木村社長によれば、障害の有無は塗装などの熟練度の向上とは関係がない。聴覚障害のある社員は、聴覚障害のない社員と同様に高度な技能を身につけることができる。技術力の向上を図るためには、研修を受け、資格を取り、それを契機に日々の実践の中でさらに技能に磨きをかけ続けることが大切である。職場実践が熟練度の上達につながる。いわゆる、OJTである。 社員は皆、トヨタグループの一員としてトヨタの技術を身につける。エンジンの基礎などを習得するトヨタ検定は全員が受ける。そして、それぞれの職域に応じた研修を受け資格を取得して、毎日の仕事を通して熟練した技能にさらに磨きをかけていく。環境問題に対応するための塗料の改良や様々な技術の向上によって研修内容も複雑化、多様化している。そこで、研修会への参加はとても重要である。聴覚障害のある社員についても研修を受けトヨタBP(板金塗装)検定で、1級を2名、2級を2名、3級を1名が取得した。 資格取得が進めば、技術が向上し、給料にも影響するので、意欲もわく。 資格を取り技能を向上させることは仕事の仕上がりに直結するため、高度な技能を習得した社員は処遇が向上する。技能次第で処遇を決めており障害の有無に関わらず、給料、賞与、昇給には差が生じないと木村社長は語った。 障害があるために特定の資格の取得ができないことなどを制度的な障壁というが、トヨタグループの規定では資格を取得するうえでの特別な要件はなく、受験資格基準を満たしていればなんら問題はないのである。 |


④ | 物理的な障壁との関係について 障害のために何らかの不便があれば、職場環境の改善を図る必要がある。聴覚障害の人は大きな設備改善等は必要がないところだが、火災や災害・事故など緊急時に声や音で状況を知ることができないというハンディキャップがある。そこで、目で見て緊急時の情報が入手できるようにするために、「第1種作業施設設置等助成金」を利用してパトライト(赤色灯)などが設置されている。昨年の大震災では地震発生後、4つの赤色灯が回り社員全員が速やかに工場の前の広いスペースに避難ができた。安全面ではとても重要である。 |

3. 長期継続就労の秘訣
聴覚障害のある社員が長期にわたって継続的に働き続けているのが、仙山テクノクラフト株式会社の特徴である。今回の取材では、障害のある人が社会生活を送る上で除去すべき4つの障壁の有無との関係性から検討を進めた。その結果、障害の有無にかかわらず、社員一人ひとりがかかわりを大切にし、技術者としての互いの力を高めあう会社の気風が4つの障壁の除去につながり、継続就労の実現をもたらしていることがわかった。
4つの障壁の除去は独立したものではなく、相互に影響し合いながら実現してきた。一般的に聴覚に障害があるとコミュニケーション不足の問題で孤立しがちになり、職業生活に困難が生ずることが多い。
しかし、同社では聴覚障害のない同僚社員が意思の疎通を図るために少しずつ手話を覚えてきている。毎日の情報交換をとおして、しだいに手話などを活用したコミュニケーションが身についてきているといった方が正確かも知れない。このような情報の交換をとおして体験的に獲得した専門的技能を相互に教えあう雰囲気が社員間に見られる。そして、研修を受け、資格を取得し、毎日の業務の中で技能を向上させることができれば、障害の有無に関わらず評価される。このような4つの障壁を除去した職場環境が整備されているのが仙山テクノクラフト株式会社の特徴であり、長期継続就労の秘訣であると考えられる。
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