地域に根ざした産業に貢献する
- 事業所名
- 篠崎苺園
- 所在地
- 栃木県宇都宮市
- 事業内容
- 苺栽培
- 従業員数
- 5名
- うち障害者数
- 2名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 1 苺栽培 内部障害 知的障害 精神障害 1 苺栽培 - 目次


1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
昭和44年まで、米を中心に野菜作り農業に取り組んできた。徐々に規模を拡大し昭和45年より地域で取り組んだ苺栽培に参加し、ダナー・女峰などを手がけ、現在は品種改良されたとちおとめ栽培に力を注いでいる。平成元年より青空市を立ち上げ、地域の人たちと協力しながら近隣の小・中学校へ野菜を提供し地産池消を提唱、また顔の見える信頼ある作物づくりをモットーに苺の直売も始める。小学校の会食会や研究授業での野菜作りの指導、苺園を開放し保育園・幼稚園・小学校の学童親子を招待してのイチゴ狩りなどにも力を入れ、地域に根付いた農業を常に心がけている。
(2)障害者雇用の経緯
篠崎苺園はこれまで主要な業務の殆どは夫婦ふたりでこなし、繁忙期や特殊作業時(ハウスのビニール全面張替えなど)のみパートさんの力を借りて頑張ってきたが、年齢的なこともあり日常的に男手があれば助かるのだが・・と考えるようになった。一般求人にて何度か男性を常用雇用するも農業という厳しさからなかなか定着に至らなかった。
篠崎苺園では数年前、ハローワークの紹介で障害者(精神)の人を何度かに渡り、受け入れた経緯があった。当初は戸惑うことも多かったものの障害者であっても作業的には対応可能であると感じていたため、今回のハローワークへの求人では障害者も応募できますとしたところ精神障害者Aさんの応募を打診された。前回、精神障害者を受け入れた際には、体調管理や生活面、コミュニケーションに関して若干の不安があったのだが、今回、各種の助成制度を有効に活用することで見極めの時間が充分にとれそうなことと、実習時からジョブサポーターや障害者就業・生活支援センターの支援を受けられることから不安も軽減できるのではないかと思い、まずは雇用を前提とした障害者就業体験実習を受け入れた。
結果は良好でその後、事業主委託訓練、トライアル雇用を経て正規採用に至った。
2. 取組の内容
(1)当事者について
●Aさん(32歳、男性)精神障害2級
平成16年から現在の県東ライフサポートセンター真岡(多機能型就労移行支援事業所)の前身である真岡ひまわり共同作業所に通う。平成21年より市内の自動車部品製造工場で内職を行っていたが、雇用関係とはなっていなかったため正規の雇用で働けるところを探していた。工場での1日5~6時間の勤務は体力的にも問題なくこなせており、勤務の継続も安定、手先が器用で細かい作業は得意なところから今回の苺園の収穫作業の募集を見て応募を決めた。
(2)採用に向けて
- 障害者就業体験実習
障害者雇用の経験があるとはいえ、事業所側としては不安は拭いきれず、また当事者であるAさんとしても初めての就職であることと全くの未経験である農業という職種への不安は大きかった。そこでまずはお互いをよく理解するところから始めようと1日3時間の実習を2週間行った。時期的に苺の収穫期だったことから実習内容は主に苺の収穫と出荷用の箱折などだった。元々手先が器用なAさんは箱折作業などでは本領を発揮し高評価、生まれて初めての苺摘みも無難にこなすことが出来、真面目な人柄や忍耐強さなども認められ繁忙期の苺収穫の戦力になり得るとの評価を受けた。 - 事業主委託訓練
採用の見込みありとの評価は得られたものの一方では体力面や作業スピードに不安も見られたため、実習終了後、栃木県立県央産業技術専門校が行う3ヶ月間の事業主委託訓練にて徐々に体力アップを図ることにした。この時期は苺の収穫も終わり季節は夏。暑さによるハンディに加えハウス内の片付け作業や野菜作り、次のシーズンの苺苗の管理など作業内容が多岐に渡るため、日々変化する作業に追いつくのは障害のない社員であっても困難であるが、Aさんは持ち前の粘り強さでコツコツと作業をこなしていった。猛暑の中のハウス内での作業は相当な厳しさだが、Aさんは「野球少年だったので暑い中での作業には慣れています。あの頃は水も飲ませてもらえず脱水になるのはたるんでいるからだと言われました。今は水も飲めるのですから楽です。」と黙々と取り組んでいた。
実習から始まり、この訓練中の支援はジョブサポーターと障害者就業・生活支援センターとで連携して行った。Aさんへの支援としては、具体的な作業の仕方についての助言のほかに、表情からは読み取りが難しい感情の把握や体調面の聞き取りなどを頻繁に行い、慣れない作業や環境への負担をひとりで抱え込まないよう配慮した。事業所側へは精神障害に関する障害特性の説明や効果的な指示の出し方・やらないでもらいたい指示の出し方などの助言を重ね、精神障害への理解を求めた。
普段、障害者と密に接する機会の少ない事業主にとって精神障害は概念として捉えることが難しいものであると思うが、篠崎夫妻は何気ないAさんの普段の言動などにもよく気を配り、さまざまなエピソードの意味するところを支援者と共有していくなかで障害者をごく自然に受け入れようとしてくださっていた。
ひとつひとつの指示をきちんと受け止め素直に取り組むAさんの姿勢に、篠崎夫妻からは「一度の指示で理解してくれて、ゆっくりではあっても間違いは少ない。安心して任せていられる。暑い中でも音をあげず頑張ってくれて根性があることもわかった。」と評価して頂きトライアル雇用へと漕ぎ着けた。 - トライアル雇用
トライアル雇用とともに、栃木障害者職業センターとの連携によりジョブコーチ支援も開始した。2名のジョブコーチが交互に週2日程度の頻度で訪問し、Aさんの作業支援やコミュニケーション能力の向上に向けた支援を行った。
実習~訓練を通して、作業の指示理解等には問題はないものの作業スピードがなかなかあがらないことや、他者とのコミュニケーションが苦手であることなど課題は徐々にはっきりしてきていた。
Aさんは穏やかな性格で感情を表に出すことがあまりないため、ジョブコーチの提案により日誌などを使って体調面や内面の感情などを出来るだけ拾っていくこととした。篠崎夫妻もちょっとした作業の合間や休憩時間などにAさんの興味のある話題などを話しかけるようにしていったところ、Aさんの方からも少しずつ話をするようになり表情などもだいぶ豊かになっていった。
この間の主な作業はハウスの補修・本格的なビニールの張替え、堆肥や肥料撒き、次のシーズンのための苗の管理など。定期的な苗の管理以外は体力を要する作業が多く、時期は盛夏であり作業は過酷を極めた。ハウスに入って30分もするとTシャツは絞れるのではないかと思うほどに汗でびっしょりになり、摂っても摂っても体は水分を欲する。真夏の陽射しは厳しくてもハウスの外に出て風を感じるとそれだけで涼しくてホッとするような日々。「この暑さを乗り切れれば一人前。」との篠崎夫妻の言葉通り、Aさんはひとつの作業をやりきるごとに逞しさを増していったようだった。
(3)正規採用
トライアルとは言え雇用となった3ヶ月間は訓練時に比べ事業所からの指導なども徐々に厳しさは増していったが、Aさんはどんな指示に対しても素直に受け入れ努力する意思を見せることから篠崎夫妻からの評価は高く「大事に育てていきたい。」と正規雇用を受け入れて頂けた。
現在、11月~5月の半年間は苺の最盛期であるため主にハウス内での苺の収穫作業や出荷用の箱折作業を行っている。収穫は10棟あるハウスを2~3名のパートの人たちとともに順次回りながら苺を手摘みしていく。イチゴ狩りをやったことのある人ならわかると思うが苺の表面は大変デリケートであるため、摘み取りの際、指先に少し力を入れただけでも手ずれによる傷が出来てしまい商品価値がなくなってしまう。傷をつけず蔓を残さずきれいに摘んでいくのは職人技と言える。出荷は毎日で時間も決まっているため収穫量は常に一定以上でなければならず、スピードもかなりのものが求められる。Aさんは得意の手先の器用さを生かし摘み取り自体は問題なく行っているが、慎重すぎる性格のためか摘み残しの確認に時間をとられスピードが覚束なくなりがちであり、本人も意識してスピードをあげる努力をしているところである。
苺の収穫が終わる6月頃からはハウス内の片付け(収穫の終わった苗の処分、畝均しなど)に始まりハウスのビニール補修、次シーズンに備えての苺苗の管理(葉欠き、芽欠きなど)やハウス内の堆肥・肥料撒き、ベッド作り(苺植え付け用の畝作り、マルチかけ)、合間を見て米つくりや秋冬の野菜作り(種まき~肥料やり~収穫~出荷準備)、そして苺の植え付けなどの作業がある。
目まぐるしく変わる作業内容だが、Aさんはどんな作業にも前向きに取り組んでいく。勤務時間は夏季は朝6時から、冬季は8時からそれぞれ4~5時間。夏は太陽が上がりきる前に作業を終わらせたいため早朝からの勤務となるが、実習~訓練を通じ遅刻や欠勤もなく実直な勤務態度は評価されている。


3. 今後の課題と展望
Aさんは実習を始めた頃に比べれば感情表現が豊かになってはきたものの、まだまだコミュニケーションに不足感があるのは否めない。例えば、体調が思わしくないような時でも自分から言い出すことは難しく、周囲の人が気付いて声をかけるまでは作業を続けてしまうため体調不良が悪化する可能性もあり、日誌での体調面の確認がまだ必要な状況である。苺最盛期は篠崎夫妻は選別作業に追われるため摘み取り作業中のAさんの様子確認はパートの人たちが行っている。自身も神経を張りつめて作業に没頭しつつAさんの僅かな表情や動作などからいつもと違う様子がないか注意して見守る。ベテランだからこそできるサポートに「助かっています。」と篠崎夫妻。
挨拶や報告などもAさんが苦手とするものであり、篠崎夫妻やパートの人たちへの朝や帰りの挨拶が抜けがちだったり、作業が終わった際の報告が上手くできずスムーズに次の作業へ入れなかったりすることもある。また、初対面の人への緊張が強いため直売所にいらしたお客様への対応が思うようにいかない。世間話などをふられても受け答えが出来ず立ちすくんでしまうこともたびたびである。直売に力を入れている篠崎苺園としては小さくない問題であり対応に苦慮している。しかしAさん自身はそういった状況を少しずつではあるが自覚できるようになってきており自助努力も怠ってはいない。そこに希望をつなげ篠崎夫妻は「繰り返し指導していく。直截の仕事以外にも、教えていかなければいけないことは実はたくさんあると思っている。」と根気強く接して下さっている。
本来、パートの人たちは短時間労働であることから事業所としては休憩などはとらないことになっているのだが、Aさんに関しては疲れやすい障害特性を考慮し、途中休憩を入れるなどの配慮も受けており、この時間がコミュニケーションを育む貴重な役割を担っている。こうした何気ない一コマこそが障害者にとっては真に必要な場面なのかもしれない。
個人経営の農園事業として人一人雇うことの重みはとても大きい。雇用=即戦力でなければ死活問題となりかねない。相手が障害者であっても意味するところは変わらない。限られた人力の中で障害と向き合い指導を重ねることは時として多大なエネルギーを要することもある。経営者としての力量以上に人間としての大きさがなければとても叶うものではない。
Aさんの「今の仕事にはやり甲斐を感じている。早く仕事を覚えたいし、ずっとここで働いていきたいと思っている。」という言葉に篠崎夫妻の努力が結実しているように思えた。
「チャレンジセンター」ジョブサポーター 新井 みゆき
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