“まち”の中での役割を考える就労支援
- 事業所名
- 有限会社菊地市郎商店
- 所在地
- 栃木県那須塩原市
- 事業内容
- 麺製造、販売
- 従業員数
- 21名
- うち障害者数
- 1名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 精神障害 1 麺製造 - 目次


《四代目がんこラーメン》
1. 事業所の概要、事業所との出会いと障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
昭和7年、個人事業「初代菊地市郎」として製麺業を開始する。昭和37年より、有限会社菊地市郎商店となり、徐々に事業を拡大する。
初代から続く“良い原料・心を込めた製法”という伝統を守りつつ、そこに時代のニーズを加えている。添加物などを極力控え、誰でも安心して食べられる麺づくりを行っている。
現に、学校給食への提供から、地元スーパーでの販売、ラーメン屋への提供、首都圏百貨店での販売など幅広く手掛けている。また、菊地市郎商店を代表する商品「那須ラーメン《四代目がんこラーメン》」は、地元の小麦粉を使いながら地元の活性化に取り組んだ事が評価され、那須塩原市が推薦する商品「那須塩原ブランド」の第1号の商品として認定されている。
名実ともに、那須塩原市を代表する商品を作り出している企業である。
(2)事業所との出会いと障害者雇用の経緯
有限会社菊地市郎商店(以下、菊地市郎商店)および就労支援事業所喫茶店ホリデー(以下、ホリデー)は栃木県那須塩原市の黒磯地区に位置し、両社ともJR黒磯駅から徒歩10分圏内に位置する。
現在のJR黒磯駅前通りは人通りの少ない状況であり、多くのイベントを開催し活性化を図る取り組みが行われている。筆者の所属するホリデーもその取り組みに参加し、そこで知り合った地域の人々に障害者の就労支援についてご理解いただき、職場実習地として利用させていただいている事業所もいくつかある。
黒磯駅前のCaféセントロという喫茶店も、実習地としてご協力いただいている事業所である。きっかけは、偶然、菊地市郎商店の社長がコーヒーを飲みに来店し、その際セントロ店長からホリデーの取り組み、実習の取り組みを教えていただいた。
そのころの菊地市郎商店では栃木県産の小麦を使ったラーメンを売り出しており、数多くの地域イベントに出店していた。その人材確保の目的と障害者支援のご理解をいただき、実習の話をいただいた。障害者にとっての力試しの機会ともなり、双方のニーズを叶える取り組みとして、実習が開始された。
① 障害者にとって:実習の機会の獲得(自信の獲得、課題の抽出)
② 事業所にとって:繁忙期やイベント出店時の人材の確保
実習を行う中で、菊地市郎商店から、従業員として雇うことも検討していただけることとなり、ホリデーを利用していたAさんがチャレンジすることとなった。Aさんは菊地市郎商店での実習経験はなかったが、事業所とはこれまでの実習での関わりがあったため、Aさんの障害についての理解が進みやすく、対応も円滑に行えた。その後、Aさんは事業主委託訓練実習を利用した上で就職に至った。
2. 取組の内容
(1)対象者について
●Aさん(40歳、女性)統合失調症/障害者手帳なし
32歳までは職場を変えながら病気・障害を伝えずに働いていたが、なかなかうまくいかなかった。その後体調を崩し、入院・自宅療養をしていた。38歳時、体調が安定してきたこともあり、主治医の紹介でホリデーに通所し始める。当初、職場という環境に緊張しやすく、細かい作業が苦手であったり、仕事が手に付かないことも多く、それを自己認識することで意欲が低下し、休みがちな時期もあった。しかし、なんとか継続して通い、同じ作業を何度か繰り返すことで一定の作業精度で安定的に遂行できるようになった。そのような状況の中、菊地市郎商店の雇用の話があり、Aさん自身も好機と捉えてチャレンジすることとなった。
(2)雇用前実習(事業主委託訓練事業:3か月)
ホリデーの支援では、障害を伝えて就職をするにあたり、できる限り雇用前実習を提案している。今回のAさんの場合も、Aさんから「できるかどうか不安がある。」との訴えがあったこと、また事業所にも、現実的に一人の戦力として雇用できるかを考えていただく期間が必要と考え、事業主委託訓練事業を利用して3か月の実習を行った。
この実習期間の業務は、ライン作業による鍋焼きうどんの盛り付け及び清掃が主であった。また、就職時に1日6時間働くことを目標とし、実習時間を最初の1ケ月目を4時間、2ヶ月目を5時間、3ヶ月目を6時間と徐々に延長した。実習時のAさんの様子は、当初は緊張感強く、ボーっと立ち止まってしまったり、作業スピードも追いつくことがやっとであった。しかし、同じ作業を繰り返すことや、現場職員からの声掛けも積極的に行われたため、徐々に安定していった。
実習の結果、事業所も戦力として雇用する方針を決め、Aさんも就職を希望したため、実習後すぐに雇用となった。
(3)雇用後(ジョブコーチ支援)
就職にあたり、作業スピードも少しずつスピードアップすることを求められるようになり、徐々に作業内容も増えた。その変化に適応していくために、ジョブコーチ支援を利用することとなり、第一号職場適応援助者でもある筆者も職場に入り、支援を行った。
課題として挙がったのは、鍋焼きうどんの盛り付けのスピードアップ(スピードが追いつけず、ラインを止めてしまうことが多かった)と就職後からの新しい作業である製造された麺のライン回収作業の定着であった。
鍋焼きうどんの盛り付け作業では、ライン上で唐辛子と天ぷらを乗せるが、Aさんは当初片手で作業しており、作業効率が悪かった。そこで、作業場面をビデオにとり、他の職員の様子と比べて、両手作業が良いことを認識し練習した。すると、ラインを止めることなく作業遂行ができるようになった。
一方、麺のライン回収作業は、当初はいずれ1人で行えると良いとの事業所からの要望であったが、麺を回収しながら数を数えるなどの同時進行を要するやや複雑な作業であり、一人で行うには困難であった。そのためこの作業は、別の職員が行う際の補助要員として二人で行う形で定着させることとなった。
しかし、Aさんはこの業務に困難さを感じた頃より、「疲れて体が動かない。」との理由から月1回程度職場を欠勤するようになっていた。その状況を受け、Aさんと話をすると、「朝起きられない」「意欲が湧かない」など抑うつ状態の訴えがあった。そこで、抑うつ状態の特徴を知るためSDSシートを利用したところ、「自分は役に立つ、働ける人間だ」という項目に否定的な回答をしていた。
そこで、その後の対策として、Aさんの役割を職場の人と確認し、それを職場の人の協力を得ながらAさんに伝えていく作業を繰り返した。
さらに、Aさんの就職後も事業所では実習の受け入れを続けていて、Aさんから実習生に助言する役割や、これから就職を目指す障害者に向けて、体験談を話して貰う取り組みを行うこととした。
その結果、SDSシートの「自分は役に立つ、働ける人間だ」という項目の否定的な回答は緩和されていった。その過程において、Aさんの仕事に対する姿勢は、以前は欠勤に関して「私がいかなくても会社は大丈夫だと思う。」との発言をしていたが、今は「最近は忙しくて残業もあって、なかなか休みにくくなりました。」と答える状況となっている。
現在、まだ完全に安定的な勤務状況とは言い切れないが、Aさんなりに役割を感じ、菊地市郎商店の一従業員として貢献しようと頑張っている様子を事業所側も再認識している状況である。


3. 考察および今後の課題と展望
まず、Aさんの雇用が進んだ要因の大きなきっかけは、積極的に“まち”に働きかけていたことであり、それがいつの間にか想定しない中で連鎖をし、今回の雇用にまでつながった。
また、手帳を取得していないAさんは、障害者としての就職はできない状況にあったが、身近な“まち”とのつながりを作るうちに、積極的な障害者への理解が進んだことも就職の大きな要因であったと考えている。そして、Aさんの雇用の話が出る前までに実習の取り組みをしていたことも、障害をさらにイメージしやすいものとし、Aさんの就職が円滑に進む要因となった。
就職後に出た欠勤の課題については、Aさんの特徴でもある“自信のなさ”や“集団の中での立ち位置の認識の困難さ”などの影響があったため、会社内でのAさんの役割を明確にし、会社にとって必要な存在とされていること、また、実習に来るホリデー利用者の気持ちの支えとなっている事など「まちの中で役立っていること」を認識できるように支援することが効果的であるように思う。
今現在のAさんは、役割を認識し始めているが、同時に責任感を感じているようである。「私がいかなくても会社は大丈夫だと思う。」との発言が「休みにくくなりました。」との発言に変わってきたことがよく物語っており、その表情は徐々に引き締まってきているように感じる。それが過剰なストレスにならない程度にバランスをとることに注意しながらも、現実的な役割を伝えて続けていくことが就労を継続していくためには必要であると思われる。
そして、今ではAさんのみならず、菊地市郎商店が障害者の就労支援をすることをひとつの役割として積極的に取り組んでいただいており、現に、事業所から実習の依頼やAさんの支援に関わることなどの連絡をいただくことも多い。
今後も、Aさんや事業所と一緒に“まち”を支えるとの共通認識をもって継続的に関わりをもっていきたいと考えている。
作業療法士/第一号職場適応援助者 山口 理貴
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