コミュニケーションの大切さ
~聴覚障害、進行性難病の人への支援~
- 事業所名
- 株式会社 三光
- 所在地
- 佐賀県伊万里市
- 事業内容
- 商業・出版印刷全般、Web制作、アプリケーション開発
- 従業員数
- 74名
- うち障害者数
- 2名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 1 Webデザイン 画像処理 肢体不自由 1 文書校正 内部障害 知的障害 精神障害 - この事例の対象となる障害
- 聴覚障害
難病(多発性硬化症) - 目次

1.事業所の概要、障害者雇用の取り組みの経緯
(1)事業所の概要
昭和46(1971)年に佐賀県伊万里市松島町に三光印刷として創業、平成9(1997)年、伊万里市大坪町の現在地に本社工場が移転して、現在では本社以外に東京と福岡に営業所を展開し、「迅速対応」、「高品質印刷」をモットーに、最新機器を導入し、注文から納品まで自工場で行うことで、高品質、低価格、短納期を実現している。
電子書籍への比率が増加しているなか、現在は紙媒体だけでなく伊万里焼とのコラボレーション商品の開発や、Web制作やアプリケーション開発のIT分野にも力を入れている。また、環境への負荷が少ないインキを使用し、ユーザーにも再生紙の利用を薦めるなど、環境問題に対する取り組みも積極的に行っている。
(2)障害者雇用の取り組みの経緯
「企業として、地域への社会貢献は大切なことだ」と池田常務は語る。
10年前(平成14(2002)年)に公共職業安定所を通じて身体障害者の就職希望があった際に、社長から可能な限り受け入れるようとの指示があり、初めは、社会貢献の一環だからと障害の内容についてよく把握しないままに雇い入れを行った。
雇い入れた障害者は身体障害者手帳を持っており、進行性のパーキンソン病で体を動かす仕事は難しい人だったため、文書校正の仕事を担当してもらった。能力もやる気もあり仕事は順調にこなしていたが、本人から「体の疲れから仕事を続けることができない」との申し出があり、対応の仕方が分からないまま本人の意志に任せるしかなかった。
「当時は障害者への地域の支援体制が今のように整っていなかった。しかし今は支援体制も整ってきており、障害の特性と対応方法を把握し、本人とのコミュニケーションを密にすれば仕事を続けてもらうことができる」と、Web作成、文章校正の仕事を中心に、障害者の雇用を行っている。
現在は2名の障害者を雇い入れており、1名が聴覚障害者、もう1名の障害は身体障害者で多発性硬化症という進行性の難病である。

池田善則氏
2.取り組み内容・効果
(1)聴覚障害者(Hさん)への取り組み
Hさんは、以前は焼き物の絵付けの仕事をしていたが、Webデザインに興味を持ちパソコンの勉強を始めた。勉強を始めて3年、少し自信も出てきた頃に当社での仕事の話があり、障害者就業・生活支援センターの後押しもあってチャレンジすることにした。
「Webデザインの仕事で嬉しくはあったが、Macでの作業に不安もあり、何よりも他の社員とのコミュニケーションがうまくとれるか心配だった」とHさんは言う。しかし、このよう不安があったHさんと同様に、会社側も聴覚障害者の受け入れが初めてという大きな不安を抱えていたのである。そのようなことから、Hさんの雇用に当たっては、トライアル雇用制度と職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援制度を活用している。
〜聴覚障害者の人でも不安なく仕事が出来るように〜
① コミュニケーションツールの活用
Hさんにとって、仕事をするうえでコミュニケーションが最大の不安だった。そのため、ホワイトボードとiPadをツールとして利用し、コミュニケーションがうまくいくように工夫した。
聴覚障害者にとって、視覚での情報伝達は不可欠である。ホワイトボードを利用することで、分からないことがあればすぐに近くの人に確認することができる。ジョブコーチとのやり取りにもホワイトボードを使い、筆者が訪問した時のやり取りにも活用された。
しかし、ホワイトボードでは近くの人とのやりとりは十分だが、少し離れていると難しくなる。Webデザインの作業は、工程の中で他の人の意見を取り入れなければならないことも多く、ホワイトボードを持って一人ひとりに確認するのは難しい。そんなときに活用しているのがiPadだ。
「iPadだと、一度に数名の方とやりとりができるし、距離が離れていても伝達ができる」とHさんは言う。仕事でMacを使用することや他の社員とのコミュニケーションに不安があったHさんだったが、ツールをうまく活用することでその不安を解消している。
② ジョブコーチ支援の利用
Hさんにとっては初めての職種であり、会社側にとっては初めての聴覚障害者の受け入れであったためにどのように接したらいいのか分からないところがあった。そういう状況で、専門的に身近で相談できる役割として、ジョブコーチに入ってもらうことにした。
コミュニケーションツールの活用はジョブコーチからの提案であった。Hさんと会社がコミュニケーションをとりやすくするために、ジョブコーチが持っているノウハウを双方に提案してもらった。Hさんは、いろいろな要望を出すことが会社に迷惑をかけていると感じ、一方で社員は障害について触れることに気を遣う。そのようななか、ジョブコーチが間に入ることにより、お互いの要望を伝えることができたのである。
③ 現在のHさん
トライアル雇用の3か月の間に、Hさんは仕事以外でも忘年会やボウリング大会に参加して社員とのより良い関係を構築していき、社員の中には手話の勉強を始める人も出てきた。その結果、平成25(2013)年1月、トライアル雇用の終了と同時に正規雇用となった。
コミュニケーションの心配はあったが、まったく問題はなかった。「積極的で気さくな性格で、もう会社にとけこんでいますよ」と池田常務は言う。
「やりたい仕事ができてうれしい。でも毎日が覚えることばかりで大変。勉強の日々です」と笑顔でHさんは答えてくれた。

(2)難病の人への取り組み
Mさんが多発性硬化症を発症したのは3年前(平成22(2010)年)である。初めは体のだるさや、ちょっとした手先の痺れを感じるくらいだった。当時はサービス業に従事して立ち仕事だったため、体のことを考えてデスクワークの仕事への転職を希望した。
当社が求人を出していた文書校正の仕事はまったく経験が無かったが、平成23(2011)年6月に当社の面接を受けた。もちろん病気の進行も考え、会社には病気のことは伝えた。
「Mさんには仕事に対するやる気が見えた」と池田常務は言う。7月から文章校正の仕事でトライアル雇用での採用となった。もともと弱音を吐くことが嫌いで、がんばり屋のMさんは他の人と同じように仕事をこなしていったが、体の疲れが蓄積し、2か月後の9月、発熱で2日間休んでしまった。今後の自分の体のことや上司・同僚の病気に対する理解について考えると、会社をクビになるかもしれないという不安でいっぱいだったそうである。
〜進行性の難病の方でも仕事ができるように〜
① 病気に対する会社側の理解(専門家による病気の説明)
難病などによる障害においては、周りからは見えにくいこともあり障害について理解を得るのが難しいという。Mさんには「病気について会社にもっと知ってほしい」という願望があり、会社側には対応方法について知りたいという要望があった。
そこで、Mさんのことをよく知る難病センター(佐賀県難病相談・支援センター)の職員に当社まで出向いてもらい、Mさんの病気(障害)や症状に対する対応について、社員に説明をしてもらった。疲れを蓄積することが病気を悪化させる要因になるとわかり、3日に一度は休みになるようにシフトを組み直したり、勤務時間も6時間から4時間に短縮して疲れを残さないようにした。また、本人から訴えがあったときは休めるような体制も作った。
② コミュニケーションを密にとり症状を把握
「きついときは言って欲しい。自分の体を第一に考えて欲しい」池田常務のこの一言が、Mさんが抱いていた不安が取り除かれた瞬間だった。それ以来、痺れが出たときはすぐに同僚や上司に相談することにした。
弱音を吐かないことが会社のためだと思い、周りから病気についての理解を得るのが難しいと考えていたMさんだったが、会社(上司や同僚)はMさんの体調に合わせて時間や勤務の調整を行ってカバーし、Mさんが自分の症状を話すことで周りも対応することができるようになったのである。
③ 現在のMさん
病気が進行し、入退院を繰り返すようになった。また新薬を試し、副作用による体の疲れも出たため一時休職した。入院中や自宅静養中は不安でたまらなかったそうだ。そんなときに一番の支えになったのは家族だった。休職中のMさんの状況を、ご主人が会社に報告に来てくれていたと池田常務は教えてくれた
Mさんはこの仕事が大好きで続けたいとの希望があったが、当時の体の状態では、毎日の通勤も難しくなっていた。しかし、このまま休職期間を延ばすと会社に迷惑をかけるとの思いから、辞めざるを得ないことを承知で状況を説明に会社に行った。
Мさんは「今の体の状態では会社に来ることもきつい状況です。でも今の仕事が大好きで続けたいです」と訴えた。話し合いの結果、Mさんは大好きな文書校正の仕事を在宅で行うようになり、会社へ行くのは打ち合わせの時だけとなった。
なお、筆者が会社を訪問した日は、Mさんも会社へ出勤している日であった。その時、Mさんに「元気にしてたか」と手を振り、近づいてきた人がいた。Mさんの手を取り、「僕はね、この娘さんが大好きなんですよ」と社長はおっしゃられた。Mさんは恥ずかしそうに笑われていた。

3.今後の課題と展望
当社では、これまで身体障害者を中心に雇用を行ってきた。それはこれまでの障害者雇用の経験から業務分析をすると、当社のようなWebデザインや文書校正といった業務は、身体障害者に最適であると判断していたからである。しかし、地域の支援態勢も充実してきた現在、地域への貢献を考えると身体障害者以外の障害者の受け入れも考える時期に来ている。
「企業としてはボランティア精神で誰でも雇い入れをするのは不可能。しかし、やる気と熱意を真摯に受け止め、就業できる可能性を考えることも企業の役目」と池田常務は言う。そこで、新たに精神障害者の雇用が決まった。
難病の人の支援は、病気の進行によっては業務体制も変えていかなければならない。会社(職場)が病気について理解することはもちろんのこと、何よりも、障害者本人が自分の状態を言いやすい環境を構築することが大切である。
今年、難病センターで行われたシンポジウムで、企業代表として池田常務は次のように訴えられた。
「難病の人の就業支援制度は他の障害者の就業支援と比べるとまだ足りないところが多い。しかし会社がその人の病気について理解し、体調のことを気にせず話せる職場環境を作れば、仕事を続けてもらうことが可能です。企業としては話を聞く姿勢、働く人としては話をする姿勢が必要。難病で仕事について不安に思っている人が多いと思うが、不安なことは声に出してほしい。」
是非、地域の障害者雇用のモデル企業となってほしいものである。
主任就業支援員 浅井 孝秀
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