障害者雇用から得る、子ども達の学び、私達の学び

1.事業所の概要
(1)事業の概要
当園が存する姫戸町は、平成16(2004)年3月末に周辺4町が合併し上天草市となり、姫戸町は上天草市姫戸町となった。
八代海の豊かな海資源を背に、ワタリガニ、チリメンジャコ、クルマエビ等を主産物とする漁業や柑橘類を代表とする農業等を主な産業とする温暖な町である。
当園を運営する社会福祉法人姫戸ひかり会は、上天草市内に当保育園、特別養護老人ホーム、デイサービス、グループホーム等を運営している。
もともと当町には、当園と公立(町立)の保育園が3園あったが、平成16(2004)年に上天草市が誕生した際に、公立(町立)保育園3園が統合し、その時に現在の園舎が建設された。その後、6年間は上天草市姫戸町では公立保育園と当園という2園体制であったが、平成22(2010)年4月、公立保育園の閉鎖に伴い、公立保育園に在園していた園児を引き受ける形で統合し、新たなスタートを切った。
(2)事業の現状と今後
園児の定員は70名だか、平成22(2010)年度の統合時には中途入園もあって園児数は90名を超えた。その後、自然減が10名程あり、現在(平成25(2013)年1月)83名である。
公立保育園との統合に際し、前年度を準備期間と位置づけて合同の行事等を行い、園児同士、保護者同士の意思疎通を図りながら円滑に統合できて現在に至っている。
ただし、今後については楽観できない。出生数の減少に伴い、年々園児数も減少傾向にあり、5年後10年後は確実に少なくなっていると考えられる。
2.障害者雇用の経緯
(1)障害者の配置と従事業務
職員数は現在、園長、副園長を含めて20名、うち職員Aさん(26歳)は、重度の知的障害者である。平成19(2007)年10月から勤務し5年が経過した。なお、当園での雇用前に、近接する龍ヶ岳町の公立保育園で1年間勤務した経験があった。自宅も地域内でバス通勤である。
業務内容は環境整備や清掃で、平均勤務日数は月間20日程度である。勤務時間は、原則8時から16時30分まで。お昼からの勤務シフト時は、12時30分から16時30分である。
日々の仕事としては、次のようなものである。
午前中は、主に外回りや玄関のアプローチ、或は窓等の清掃。これらは日により場所が変わる。
午後の業務はほぼ毎日同じ流れで、《園児の部屋の掃除→子ども達と一緒に食事→食事の後片付け→座ってできる簡易な作業→昼寝の時間にトイレ3ヶ所の清掃→着替えや布団の収納等お昼寝後の保育士の手伝い→おやつとその後片付け》といった内容である。
仕事の流れはほぼ決まっており、慌ただしいわけではないが、何をしてよいかと考える余分な時間はない。子ども達と触れ合うのは保育士の仕事で、Aさんの業務とは棲み分けがされている。但し、一緒に食事を摂ったり、シーツの交換等の作業を年長さんと一緒にしたりする等、Aさんの業務の中で子ども達と触れ合う機会も少なくない。

(2)障害者雇用の経緯
社会福祉法人姫戸ひかり会は、これが初めての障害者雇用であった。
Aさんとの出会いはハローワーク天草の紹介による。これまでもハローワークから障害者雇用の勧めはあったが、この人なら大丈夫という適材に巡り会えずにいた。そこに、若くて体力があり保育園での勤務経験もあるAさんと出会い、雇用に繋がった。また、住まいも近くバス通勤ができる等、条件も揃っていた。
「採用に際して、特別に不安はなかった」と、深谷千恵園長は語る。
事前に、1年間他の保育園での勤務経験があると聞いていたし、面接で、直接話をして、本人の仕事へのやる気も確かめられた。また、園長の以前の勤務先では障害者ではないが高齢の職員を雇用し、清掃や環境整備の業務を担っていた。そのような職員の雇用は、保育士の負担軽減になるので、いずれそのような職員を雇用したいと常々考えていたところに、適合する人材が現れたと言えるのかもしれない。
Aさんの作業は軽作業で日々繰り返す仕事である。「もし最初は上手くいかなくても、繰り返し作業なので覚えてもらえれば、また周りの職員がサポートすることでなんとかなるだろう。いずれにしても、やってみなければわからないと、あまり深くは考えなかった」と園長は言う。
また、健康面も問題がなく、5年間でほとんどこれといった病気や体調不良もなかった。Aさんが健康であったことも雇用継続において幸いした。
3.取り組みの概要
(1)雇用当初の取り組み
最初の1年半は、天草障害者就業・生活支援センターのコーディネーターや熊本障害者職業センターのジョブコーチ等、地域のサポーターの存在が「心強かった」と園長は語る。
例えば、Aさんは子どもが好きなので、自分の仕事中でも、つい子ども達に意識が向いてしまい、保育士がするように子ども達に声を掛けたりすることがあった。そのような時、ジョブコーチに相談し、本人と話し合ってもらった。対話や声掛けを繰り返しすることで少しずつ改善され、今ではそのようなことも少なくなっている。
また、Aさんが勤務当初、仕事中に体調を崩して早退した。その時は、天草障害者就業・生活支援センターのコーディネーターと共にお母さんや本人と、「毎朝自分の体調を確認し、具合が悪い時には連絡して休むことも大事」等、健康管理について話し合った。
雇用して最初の2年程度は、雇用主にとって地域に相談できるサポーターがいるということは非常に心強い。慣れてしまえばどうということはなくても、最初は「本人にどう話せばいいんだろう」と戸惑った。そのような時、サポーターが間に入って諭してくれたり、「それは私が自宅に伺って、ご家族と話してみます」と仲介を担ってもらうことで、雇用主は障害者との接し方を学んでいく。互いに会話ができさえすれば気軽に解決できることも、まだ遠慮がある初期には戸惑いが生じるものだ。雇用初期にこそ、周囲のサポート体制が大切になる。
(2)業務の指導と管理
Aさんの雇用後5年が過ぎ、前述したような戸惑いもなくなった。Aさんは自分で1日の仕事の流れを把握し、ほとんど一人で業務遂行できる状況になっている。但し、全く自由かといえばそうではなく、日々の業務を見守り、適切な指導・助言は必要とする。その役割を担っているのが、当園では主任保育士である。
当園ではクラスを受け持つ保育士の他に、クラスを持たない主任保育士が1名勤務している。主任はフリーな立場で全体を見て、園長を補佐する役目であるが、Aさんの業務についてもサポートしており、ジョブコーチとのやり取り等も担当している。Aさんへの清掃業務の具体的な指示についても、主任もしくは園長が行っている。
例えば、日々の慣れた業務では、作業が雑になってしまうこともある。そのような時は「ここはとても大事なところだから、注意して綺麗にしてね」と声をかけることが大切になる。
また、大掃除は日常業務とは異なる作業になるので、まず「今日はここを掃除するよ」と内容を伝え、「ここからここまでは私、ここから向こうまではAさんね」と役割分担して一緒に作業を行う。そして、問題がないことを確認し「じゃあ、ここから先をお願いね」とスムーズに業務の誘導を行う。
もっともこのような指導の有り方は知的障害者だからではない。事前に園長と主任と話し合い、保育士達とも役割分担していくのは、いわば一般の新人職員にも行われるやり方で、障害のあるなしにかかわらず、当園の運営や業務指導の有り方は何も変わらず、Aさんがその中に溶け込んでいるのである。
(3)雇用継続と互いの理解
雇用年数が経過していくうちに、一緒に働く保育士達の意識も変化する。最初はやはり遠慮していたが、慣れてくると、「ここ、手伝ってもらっていいですか」と気軽に声をかけるようになる。
そのような親しみのある信頼関係が醸成されてくると、例えば一緒に働く保育士達がAさんの行動の中で気になる点に気付くと、その場で適切な注意や助言を行うことができる。注意すべき時には、間髪を入れずにその場で解決することが大事である。受け入れ側の職員とAさんとの関係が深まることは何気ないことだが、実は障害者雇用を円滑にする上でとても大きな意味を持っている。
もっとも、上記のような信頼関係は自然に発生してくるものではない。初期の頃は、職員会議の中で「こういう事がありました」という報告に対して、「これから、それぞれ気になった時には声をかけていきましょう」との了解を皆で共有する場面もあったという。つまり、Aさんを取り巻く当園職員の「皆で見守りサポートする」という取り組みの積み重ねがあってこそ、ごく自然な関係が育ったと思われる。
(4)子ども達と保護者の理解
当園の障害者雇用は「子ども達にとってはどうなのだろうか」という心配が全くなかったわけではない。障害があるAさんを子ども達がスムーズに受け入れてくれるだろうか、である。しかし、直ぐに子ども達の問題ではなく、Aさんを受け入れる私達の問題なのだと気づかされたと深谷園長は次のように言う。
「子ども達は見ていないようで、実は、Aさんと私達との関係を見ています。私達の受け入れ方、Aさんへの話し方、それらを見て、同様な接し方をしていくのが子ども達です。」
当園の職員は最初から「Aさん」と呼んでいた。すると、子ども達も「Aさん」と呼びかけるようになったと言う。
Aさんと保育士の先生とは違う。でも、同じ場所で一緒に生活する人なんだ。皆が使う場所を綺麗にしてくれる人なんだ。そういうごく自然な捉え方を子ども達がしてくれているのは、園長以下の職員達とAさんとが自然な関係を作れたからだろう。
最初の頃、子ども達から「何をする人なの?」と聞かれた時には、「皆が使う場所を綺麗にするお仕事をしてくれる人なんだよ。だから、みんな気持ち良く過ごせるよね」と答えようと、職員達は会議でそんなふうに話し合ったというが、そんな「意識や態度の共有」がとても良い形に繋がったようにみえる。
また、子ども達と同様に、保護者の理解を得ることも重要である。平成22(2010)年度の保育園統合に際し、保護者への説明会等の機会にAさんの紹介を行い、その後も、入園式の時等には保育士と一緒にAさんも前に並び自己紹介する。入園後、毎朝保護者が子どもを預けに来た時に、玄関あたりの清掃をしているAさんと挨拶を交わし、次第に馴染んでゆく。「Aさんは子ども達にとっても保護者の皆さんにとっても、すでにもう『特別な存在』ではない」と、園長は考えている。
(5)最後に:子ども達と私達の学びとして
園長は次のように語る。
「子ども達は保育園という場所で共に過ごす大人の一人としてAさんを見ています。Aさんがここにいて、皆が使う場所や食事をする場所を綺麗にしてくれるから気持ち良く暮らせるんだとどこかで感じてくれているのだと思います。今後、小学校、中学校、高校と成長していく中で、子ども達もたくさんの人と出会い、付き合っていくことになります。その時に当園での経験が、人と人との関係の垣根を少しでも低くしてくれることを願っています。」
我が国では、障害がある子ども達が障害がない子ども達と同じ教室で学ぶ環境が増えていると思われるが、それでもなお、「障害」は「特別なこと」だという認識が依然として残っているのも現実である。
アメリカやヨーロッパと比べれば日本の障害者を取り巻く環境はまだまだ未熟な部分が多いのかもしれない。それが少しずつでも良い方向に変わることを願い、同じ社会の中で生きていることを共に喜べるようになればと思う。それが今、当園が障害者雇用に向き合いながら考えていることである。
深谷園長は次のように締めくくってくれた。
「職員にも学ぶべきことは多いと思います。保育園という職場で働くということは、意外に外部の人との出会いや交流が少ないのです。また、保育士自身が障害のない人と障害のある人を区別する環境で育ってきたというケースもあります。子ども達が学ぶのと同様に、私達も学んでいると考えてよいのかもしれませんね。」
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