長年の金属プレス加工会社での障害者雇用の取り組みから
~障害者の雇用と生活を支える事業所~
- 事業所名
- 株式会社シンシアリー
- 所在地
- 大分県日田市
- 事業内容
- 就労継続支援A型事業所「えくぼ」の運営
- 従業員数
- 法人全体 17名
- うち障害者数
- 法人全体 12名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 7 スポット溶接・プレス加工等 内部障害 知的障害 3 スポット溶接・プレス加工等 精神障害 2 スポット溶接・プレス加工等 - 目次

1.事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
平成24(2012)年1月に設立された株式会社シンシアリー(以下、当社という。)は、大分県日田市と中津市との境の谷あいにある、株式会社財津製作所の敷地内に設立され、親会社である株式会社財津製作所(以下、「親会社」という。)から金属プレス加工事業を受注し、障害者の雇用と福祉の支援を兼ね備えている就労継続支援A型事業所「えくぼ」を運営している。
親会社は、昭和48(1973)年に数人の主婦の内職で自動車部品の検査及び手加工を行うところから始まった。その後徐々に事業展開を見据えて機械化を進め、プレス加工やスポット溶接・切削加工など様々な業務を行っている。親会社は地域に根ざした経営を行うとともに女性の働きやすい職場環境を目指し、地域貢献、子育て支援、また障害者の就労支援活動も行っているが、当社においても、これらの社風等を親会社から引き継いでいる。また「えくぼ」の開所前から障害者を雇用してほしいとの要望が多く、現在では身体障害者、知的障害者、精神障害者と障害種別を問わないで雇用している。
(2)障害者雇用の経緯
親会社の障害者雇用は、約20年前、親会社社屋前のバス停に降りた女性が「障害のある息子を雇ってほしい」と相談にみえた。創業者(当時の社長)である財津信氏は、その女性の話をよく聞いて考え、障害者であっても障害に合った仕事内容を工夫すれば、雇用することができるのではないかと、その息子さんを雇用するようになった。このことが親会社の障害者雇用を始めたきっかけである。この時に雇用された男性は、現在も社員として働いている。
財津信氏は農業や林業が中心であるこの地域に、「この地域が好きで、近所の奥さんたちに働く場を提供したいから」と女性が働ける仕事を考え、多くの工夫を重ねてきた。障害者にも働く場を提供し、様々な障害があっても工夫をすれば雇用できるはずだとの考えを貫き、多い時には5人の障害者を雇用する時もあった。
一方、当社代表の平川加奈江氏は、当時から親会社で役員をしており、親会社で働く障害者と生活を共にするにつれて、雇用した障害者の生活や家庭環境の支援の必要性も感じる様になり、働く場を提供するだけでは障害者の生活は充分ではないことを実感した。
平川氏は、障害者の保護者に障害についての理解を求めた上で、保護者や本人の代わりに障害者手帳や障害者年金の取得など、行政と保護者との架け橋を行った。時には、裁判所に判決を委ねることもあったと言う。当時のことを考えると、現在では考えられないぐらいに周囲の障害者福祉への関心が乏しく、障害があるというだけで生活者としての当たり前の権利が認められておらず、その度に世の中の矛盾を感じることが多かったと言う。しかし、障害者本人の真面目さ、強さや弱さ、優しさ、謙虚さ、そして何よりも産んでくれた親に対する情の深さを感じる度に、ほっとけない、前に進むしかない、何とかするのだと強い気持ちで障害者の雇用と生活の充実を訴えて行動していった。
そしてこれらの経験から学んだことは、障害者雇用は雇用して給与を支給するだけでは続かず、障害を抱えた本人の状況に応じて、仕事内容と仕事を支える生活の基盤を充実させる必要があり、そうすることによって継続的な障害者雇用が実現するものであると話す。平川氏はその信念に基づいた障害者雇用を実現しようと、当社を設立したと言う。
2.取り組みの内容
当社での障害者の雇用は、様々な障害者の個性や強みを生かして工夫を重ねているのが特徴である。基本的な考えは親会社から引き継いでいる社風「社員同士がお互いに助け合う」に一致している。
その社風は、職場のあらゆる場面で見受けられる。重い物を持つのが苦手な身体障害者の代わりに、体力のある知的障害者がその仕事を担い、また確認作業の苦手な知的障害者の代わりに身体障害者が確認を行うなどである。それらの行為がとても自然であり、それぞれの障害に応じて協力し合うことが特徴的である。また、とても温かいコミュニケーションを大切にしている。
当社が障害者雇用でコミュニケーションを大切にする理由の一つに、作業に集中し過ぎるあまりに視野が狭くなり、確認する工程を忘れて作業ミスが頻繁に出ることがある。そのため、作業に集中し過ぎないよう、お互いに声をかけ合って作業を行うことを基本としている。
また、作業の中には熟練を必要とする作業もあり、それらについてもミスを防止するために多くの工夫がなされている。そして分かりやすく説明することを何よりも大切にしている。
(1)円滑に作業を進めるために、お互いに心がけていること
① 体調は万全であるか、表情がいつもと違わないか。栄養を考えた食事をきちんととれているかを、昼食の内容などで確認している。
② コミュニケーションを大切にし、声の調子や表情にも気を配っている。
③ どこか孤立していないか、独自の考えになっていないかに気をつける。
(2)作業場環境での考慮していること
① 障害者にとって扱いにくい機械ではないか。
② コミュニケーションをとりにくい場所、雰囲気ではないか。
③ 孤立しやすい場所(作業場)になっていないか。
(3)障害者雇用を支える仕組みとして
① 障害者と支援者が一緒に気軽に話し合えるミーティングの時間をもつようにする。
夕方には、障害者も指導員も一緒に参加するミーティングを開催している。ミーティングの内容によっては冗談を言い合って終わることもあるが、そのように自然で話しやすい場の方が正直な意見が出やすく、良いコミュニケーションも培われ、皆が生活面での意外なことを話すことができる。各人の休日の過ごし方や心身のバランスを崩しやすい時、誤った思い込みが続いているなどの時も、明るく話し合うことができる。このミーティングでは、障害者も職員も仕事面だけでなく生活上の問題を抱え込まずに相談できる体制が作れている。
② 各々の強みを知り、表面化できるように支援する。
障害特性や性格、各人の強みをお互いに知り、その強みを発揮できる職場を考える様に取り組んでいる。強みを活かした適材適所によって、自分で責任を持ちやりがいを持って働くことができる。強みを生かして、周囲の人に認められる環境を整えることがとても大切な支援である。
③ 教育訓練について
溶接作業には熟練の技が必要となる。一人前になるには長年の教育期間が必要となるため、覚えたいという気持ちがないとモチベーションを維持できない。そのためには、いつかはこの仕事をしたいという夢を語りあい、そしてその夢について周囲の人が評価をする様にしている。そうすることにより、自分が夢に向かってどの位置にいるのかを客観的に知ることができる。実際の教育訓練(技術的指導)には、親会社との連携を大切にしている。
④ 職員(指導員・支援員)の人選について
職員(指導員・支援員)の人選については、他者に対して思いやりのある人を必須条件としている。ある職員は親の介護と仕事を両立している。障害を持つ本人とその家族の気持ちを理解でき、その想いで障害者と一緒になって働いている。その職員の指導、支援は、障害者に対して特にお世話をするという意識ではなく、共に夢に向かって働く同士のような印象である。
また別の職員は、自分自身もひきこもっていた時期があった。人と一緒に働ける有り難みを感じると話す。ここで働く職員は、様々な苦労を乗り越えて当社で働きたいと思っている職員である。平川氏は次のように話す。
「苦労されているだけに、みんな優しいし、お互いに助け合うことが自然に生まれるのです。ですので、特に福祉の勉強をしている人が必要ということではないのです。」
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作業風景 |
3.取り組みの効果、今後の展望と課題
(1)取り組みの効果
① 障害者の丁寧で正確な仕事によって、取り引先から信頼を得た。
障害者が安全で扱いやすいようにと導入した最新の機械を活用したことにより、「今まで以上に検品の正確さが増していますね」と取り引先から感謝されることが多くなった。最新の機械を揃えて、その機械を丁寧に扱う障害者によって得ることができた信頼である。
② 作業工程を透明化したことによる効果
作業場が分かれておらず、各人の作業内容をお互いに分かりやすくしている。視覚からの情報と聴覚からの情報を自らの仕事に取り入れ、お互いに理解し合うことができる。そうすることにより、自らの仕事の工程と役割の大切さを自覚してきている。
③ ミーティングを充実させることによる効果
障害者にとって、仕事中の時間だけでなく休み時間の過ごし方も負担に思う人も多い。ミーティングを充実させたことによって、孤独を防ぐだけでなく、仲間意識を共有することができた。その結果、愛社精神が培われている。
④ 気軽に話し合える環境がもたらした効果
仕事中におけるミスは、いくら気をつけていても起きることではあるが、ミスを防止するために厳しく管理するということではなく、ミスが起きた時にすぐに指摘し合うなり、ミスを防げる環境を話しあうようにしている。その結果、お互いにミスが起こらないように助け合い、工夫をするようになった。
⑤ 安定した収入を得ることの効果
毎月の賃金が安定することで、将来への不安がなくなった。また、金銭的に他者に依存しなくて済むことにより、大きな喜びと満足感が生じ、自分に対しての自信が生まれている。そして、賃金が仕事の成果であるととらえ、明日への仕事につながっている。
(2)今後の展望と課題
現在は自動車関係の部品等を中心に取り扱っているが、時代と共に求められる内容が変化してきている。今後もこの分野の事業を発展させていくのに加えて、高齢化する地域の実情に応じた事業や、障害者の個々の能力に応じた「働きたい」という新たなニーズに対応するための新しい事業が必要と感じている。
この地域は高齢化が進み、高齢者に対しての生活上の柔軟な支援が求められている。また、障害者の雇用についても、多くの障害者の「働きたい」というニーズを実現させるためには、機械を扱う仕事だけでなく、地域の人と触れ合う仕事も必要ではないかと考えている。その結果、検討して具体化されつつある事業が食品加工事業である。
今はお弁当を作り、社内の従業員に提供している段階ではあるが、高齢者や女性が多いこの地域の特性を考慮した食のサービスを提供していきたいと検討を重ねている。
障害福祉サービス事業として「働きたい」という障害者の相談に応じて、当社以外にも働く適性のある障害者を他社に支援する就労移行支援事業も考えている。
平川氏自身はジョブコーチの資格を持っており、継続的に県外まで研修に行っている。平川氏は起業家としてのネットワークも豊富であり、起業家精神で福祉の充実を実現させていきたいと意欲的に活動しており、今後も明るく楽しい職場作りを障害者、従業員と一緒に模索し、さらに事業を展開していくものと期待している。
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