この知的障害者は「何が」「どこまで」できるのか。
なにはともあれ、まずは試験的にやらせてみるべし。
- 事業所名
- 社会福祉法人 正和会
- 所在地
- 鹿児島県鹿児島市
- 事業内容
- 社会福祉事業
- 従業員数
- 84名
- うち障害者数
- 14名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 14 レストラン他 精神障害 - 目次

1.事業所の概要、事例紹介の前に
(1)事業所の概要
平成元(1989)年に法人設立、翌年4月1日に知的障害者のための施設を開園。ショートステイ事業の開始、グループホーム開設など順次事業を展開し、現在下記の事業を行っている。
◆障害者支援施設 サポートなごみ
- 施設入所支援事業(39名)、生活介護事業(46名)、就労移行支援事業(11名)、就労継続支援A型事業(12名)、就労継続支援B型事業(34名)
◆在宅福祉支援センターなごみ
- ヘルパーステーションなごみ
- 相談支援センターなごみ
(障害者本人だけでなく、そのご家族、介護者などからの相談窓口) - 短期入所事業サポートなごみ(6名)
◆グループホーム・ケアホームなごみ(23名)
◆生産活動
就労に必要な知識・技術の習得、労働能力の向上を目的とし、園芸作業、工芸作業、菓子製造、軽食調理などを行っている。
こうした活動によってもたらされた生産物は、施設内の喫茶・売店はもちろんのこと、施設外でも一般向けに提供されており、今回の取材対象先であるレストラン「ピースフルガーデン」(鹿児島県社会福祉センター1階)もその一つで、平成19(2007)年に就労継続支援A型事業として開設した。多くの利用者が調理補助やホール要員として当法人に雇用されて生き生きと働いている。
(2)事例紹介の前に
今回の事例は、広く捉えると障害者福祉施設「内」の話であるかもしれない。常日頃から障害者と接している施設の事例が、一般の事業所に役立つのかと心配される向きもあるやもしれぬ。取材を通じて、確かにそういう面が多々あることはわかった。しかしながら同時に、一般事業所でも参考にしていただける情報や実行・実現可能な事柄があることもわかった。知的障害者の雇用を進める上での参考になれば幸いである。
「企業は人なり」と言っても、それを具体的な形で実践しているところが多くはない中、当法人では人材育成に非常に力を入れている。
いくつか例を挙げると、①法人内に人材育成のための専門部署を設置、②新入職員教育にまるまる1か月の期間をかける、③数年前よりクレド(信条)を使用した職員教育を行っている等である。
今回、取材に応じてくださった有村副理事長は、ホテルマンとしての経歴を持ち、その豊富なご経験から人材の良し悪しが企業の命運を握っていることを熟知されている。だからこそ人材育成、教育、訓練に力を注ぐ。
また、施設入所支援事業に使用する入所室については、従来4人部屋だったものを2人部屋へ変更し、さらには個室(1人部屋)にすることを目指している。2人部屋では息もつまるし、何よりプライバシーの問題があるとの考えからである(赤の他人が長年、同室で暮らすのは当たり前ではない)。
職員の育成・教育にしろ、入所者の問題にしろ、底辺に流れているのは人を大切にする、人間尊重の考えである。
こうした姿勢が、障害者自立支援法による改革のねらいにある「障害者がもっと「働ける社会」へ」(一般就労へ移行することを目的とした事業を創設するなど、働く意欲と能力のある障害者が企業等で働けるよう、福祉側から支援)に呼応し、当法人が障害者雇用を成功させている秘密ではないかと筆者は考えている。
2.知的障害者雇用のコツ・成功への道筋
(1)知的障害者雇用のコツ
① 一人ひとりの個性を把握する
障害者の雇用にあたり、よく耳にすることの一つに「障害者の特性を理解することが肝要」というものがある。
特性を理解することは大切だが、ではそれをどう雇用につなげ、どう活かしていくのかが、実際の現場では結構難しい問題となるのではなかろうか。
今回の取材で、この問題を一挙に解決する方法(の一つ)が見つかった。それが本稿のタイトルにもなっている「とりあえずやらせてみる」ことである。
有村副理事長は言う。「この方(障害者)がどんな業務に向いているのか、どんなことができるのか、どこまでできるのかは、つまるところ、私たちにも完全にはわかりません。だから、とりあえずやらせてみて、それらを見極め、判断するのです。」
知的障害者に関する専門家(我々一般人から見ればそうであろう)のこの発言に一瞬我が耳を疑い、あらためて問い直してみた。「プロでもわからないものなのですか」と。
我が疑問に対する有村副理事長の回答はこうだ。
知的障害者の一般的特性として、自閉症であれ、ダウン症であれ、複雑なことの理解・判断が苦手で、学習に多くの時間を必要とし、何かに固執する癖があり、頭脳を使う仕事には向かない反面、単純反復作業に強くミスも少ない、また、いったん仕事を覚えると、障害のない者よりも質の高い仕事をこなすことが可能になってくるということ等がある。しかしながら、これらはあくまでも一般論であり、障害者ひとり一人の個性ではない。
とかく私たちは、知的障害者とはこういうものだとひとくくりにして捉え、この仕事は知的障害者には無理だろうとか、こうした仕事は知的障害者でもできるだろうというように「勝手にきめつけ」がちであるが、特に知的障害者の雇用においては、一人ひとりの個性をしっかりとつかんでおくことが必要不可欠である。
常日頃から接していて、個性を含めた大概のことは理解している場合であっても、ある仕事ができるかどうか、どこまで任せられるか、正確な予測は困難であり、つまりは実際にやらせてみる以外に向き不向きを判断できないという。
日頃の様子その他から、この知的障害者には、この業務が向いているだろうと実際にやらせてみたところ、残念な結果に終わったこともしばしばあり、逆に、この業務はこれくらいのレベルまでしかこなすことができないだろうと思っていたのに、予想を覆すうれしい誤算だったケースも少なくないとのことである。
こうした豊富な経験から導き出された答えが、次の点であると言う。
- 知的障害者一人ひとりの個性を十二分に考慮したうえで、向いていると思われる仕事を予測しておき、
- その仕事に向いていると予測した知的障害者に、これを実際にとことん(もちろん、必要最小限の安全面の配慮は行うが)やらせてみて就労可能かどうかを判断すれば失敗もない。
② 一般事業所は具体的にどうすればよいのか(手順編)
一般の事業所が知的障害者を雇い入れる場合の手順は、どのようなことがあるかをお聞きした。回答いただいた主な点を箇条書きにする。
- 知的障害に関し、一般的特性を含めた知識を習得する
雇う側は、知的障害者に関する相応の知識を持つ必要がある。書物や講演会等で勉強する、ハローワークに相談する、知的障害者施設や雇用している事業所を見学させてもらう等で、知識を習得すべきである。 - 知的障害者に担当してもらう業務を決める
「どこまでできるか」がわからないので、例えば「清掃業務」といった大きな括りだけでなく、具体的な作業ごとにその内容を書き出しておくとよい。例えば、室内の掃き掃除はできるが、机の上を拭く作業はできないといった具合に一つひとつについて判断できるようなところまでブレイクダウンするとよい。 - 担当してもらう業務が定まったら、それに向いていると思われる知的障害者を探す。
これには、ハローワークや近隣の知的障害者施設等々の協力が必要。 - こうして見つかった障害者に、その業務をやってもらい、向き不向き等を判断する。
- 場合によっては、担当してもらう業務の内容をせばめたり、広くしたりすることが必要になるかもしれないので、決定した業務の内容にこだわらず、柔軟に対応することも大切。
- もしも不向きであった場合は、別の障害者にトライしていただく。
- 障害者の方々に組織の中でのマナー、一般社会での常識、マナーの訓練、勉強会を開くことも大切。
③ 一般事業所は具体的にどうすればよいのか(マインド編)
同様に心得をお聞きした。抽象的な表現もあるがお許しいただきたい。
- 必要な労働力、戦力として働いてもらう
「面倒をみてやっている」などは言語道断 - 障害者自身に、自分はこの職場で必要とされているのだという気持ちを持ってもらえるようにする
- 障害者に背を向けない
一人の人間として向き合うことが不可欠ということである
(2)「やらせてみる」場合の留意点
これまで述べてきたように、当法人では雇用のミスマッチを防ぐためにも、とりあえずやらせてみて判断することを基本としているが、その時に注意しなければならない点もあるという。それは次のようなことであった。
① 最初から限度をもうけない。中途半端ではなく、とことんやらせてみる。
例えば、危険だから包丁は使わせないとか、コンロ等火気は扱わせないといったことはしてはいけない。雇う側で事前に勝手な判断をしていたのでは、できるかどうか、どこまでできるかを試す意味がない。のみならず、障害者の可能性にフタをすることにもつながりかねない。
極端に言えば、ケガや火傷を負うリスクも覚悟したうえで、それでもやらせてみるべきということだ。もちろん、安全確保のために十二分な配慮を怠らないことは言うまでもない。
この点、同法人では、利用者の家族にもあらかじめこうしたリスクが生じるケースもありうることを伝え、了解してもらっているという。これはそのまま、一般事業所でも同じような方法が取れるとよいのではなかろうか。
② じっと見守ること
失敗しないように手出し・口出ししたくなる場面にも遭遇するであろうが、ぐっと我慢することも必要。誤解を恐れずに言えば、結果、負傷するようなことになろうとも、場合によっては見守りに徹するべき。障害のない人が「転ばぬ先の杖」になっていては、見極めができない。
3.レストラン「ピースフルガーデン」での取り組み
レストラン「ピースフルガーデン」は、市内の社会福祉センター1階にある。正和会のホームページではこのピースフルガーデンの名の由来を次のように解説する。
「平和で穏やかな場所の意味を持つピースフルガーデン。障害を持つ方々がここでの仕事と生き甲斐を得て、自立していかれる喜び、また他の障害を持つ方々の希望や光となる様にと願う。更には、ひとつの小さな愛と平和が世界に向けて広がり、この場所から始まって行く様にと願いをこめてこのピースフルガーデンの名に至る。」
広々とした明るい店内に約50席を設け、豊富なランチメニューや思わず微笑むスウィーツなど思いをカタチにした自慢のメニューの数々を取り揃えている。
このレストランでの障害者の就労のためには特段の配慮や工夫はなされていないという。たとえばバック部門で自動食洗機や調理補助、喫茶カウンター内でのコーヒーの豆挽き、ドリップの仕方、喫茶のレモンのスライス等一切補助具等は無い。
これも、実際にやらせてみて、できる人にできることをやらせている結果であろうと筆者は思う。



先日、レストランの利用者を対象としたアンケートが行われており、集計前の生の回収用紙を見せていただいた。
食事の味のこと、盛り付けのこと、価格のこと等々、街中のレストランとなんら違ったところはない結果である。いや、正確には明らかに違うところが一つあった。それは、店内でスタッフとして働いている障害者たちの勤務態度についてであった。
利用客への応対の仕方、接客態度等に関するクレームは一切ない。それどころか、手待ちの時間でもテーブルを拭く等、常に一生懸命働いていて気持ちがよいといった意見が多くあった。
利用客は、知的障害者が働いているレストランであることを承知しているから、多少は割り引いて見なければならないのかもしれないが、それでも非常に立派な結果であった。一般のレストランにも見習って欲しいと思うこと大である。
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