抜群に高い定着率とそれを可能ならしめる充実したソフト面
- 事業所名
- 株式会社 中礼義肢製作所
- 所在地
- 本社 鹿児島県鹿児島市
工場 鹿児島県姶良市(今回の取材先) - 事業内容
- 福祉用具専門会社(義肢・装具の製作、各種福祉用具のレンタル・販売・メンテナンス、住宅改修、在宅ケア事業)
- 従業員数
- 36名(うち、パート従業員5名、嘱託3名)
- うち障害者数
- 8名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 6 義肢装具製4名、事務職1名
在宅ケア事業担当1名内部障害 1 義肢装具製作 知的障害 1 義肢装具製作 精神障害 - この事例の対象となる障害
- 肢体不自由
- 目次

1.事業所の概要、障害者雇用の経緯等
(1)事業所の概要
昭和25(1950)年、個人商店として鹿児島市で創業、義肢・補装具を扱う専門業者として当地初の開業であった。
以来、順調に業績を伸ばし、平成2(1990)年には姶良郡姶良町(現姶良市)に姶良工場を建設、平成14(2002)年には奄美大島に大島出張所を開設し現在に至っている。
障害者・高齢者の「不便さ」や「困った」を共に解決していくことをモットーに、義手・義足、各種補装具のオーダーメイド(製造)、福祉用具のレンタル・販売、介護用品全般の販売など以外に、介護保険に関する相談事業、住宅改修などを業務内容にしている。
(2)高度な技術を持つ障害者が在籍
同社には、平成23(2011)年に韓国ソウルで開催された国際アビリンピック(国際障害者技能競技大会)の義肢製作部門で見事金賞に輝いた障害者や、平成24(2012)年全国障害者技能競技大会の義肢製作部門で金賞を受賞した障害者など、高度な専門技術を持つ障害者が多数在籍している。
このように極めて優秀な技術者が次から次へと生まれてくる背景には、同社独自の教育・研修システムの存在とその前提である長期雇用がある。
(3)障害者雇用の経緯
障害者雇用の直接のきっかけ・経緯であるが、なにぶん60年以上前の創業時から障害者雇用を行っていることもあり、残念ながら今回はその詳細までは取材が叶わなかった。
障害者を採用するにあたっては、原則としてハローワークと連携しながらこれを進めているが、応募者の経歴は様々である。最も多いのは、国立・県営鹿児島障害者職業能力開発校の義肢製作課程を修了した人である。その他義肢装具士養成校や養護学校の在学中に職場実習を同社で経験した人もいる。
(4)社内組織の整備
今回、取材全般に応じてくれたのは、同社の坂部猛章専務取締役である。
鹿児島県福祉用具協会で副会長の要職にも就いているが、元教員という異色の経歴を持っている。担任教諭としてのクラス経営(「経営」という言葉を使用された)及び部活動顧問としてのチーム作りに長きにわたって携わってきて、集団をまとめ上げることや組織作りは得意分野の一つであったが、会社という組織、集団はまた別物だったと転職した20数年前を振り返る。
それでも、長く教育現場に在籍していたからこその視点を巧みに織り交ぜながら、同社の組織作り、社内風土作りに辣腕をふるい、現在に至っている。
組織作りにあっては、なんといっても平成22(2010)年ごろの「人材育成・研修課」の設置である。同社ほどの規模で人材育成専門の部署を持つ事業所には、そうそうお目にかかれるものではない。その必要性に気づいていてもコストその他の問題から、実際には設置を断念するところがほとんどであるはずだからだ。
それでもあえてこうした部署を設けたのは、社員(障害者も障害のない人も)の成長の可能性を信じ、どこまでも成長して欲しいと切に願っているからであろう。そして「一人ひとりの成長=質の高まり」こそが組織を強くすることを知り尽くしているからではないだろうか。
その他、ここに坂部専務からいただいたお話の一端を紹介する。障害者雇用を成功させるヒントが見えるかもしれない。
① | 組織作りには時間がかかる。形はできても、それだけでは組織たりえない。 |
② | 人の可能性を信じる(ダメの烙印を押さず、誰ひとりとして打ち捨てないことが大切)。 |
③ | ある程度、短期間で成果を求めようと思ったら、長所を伸ばすより短所を直していくことである。 |
④ | 叱るときは本気で叱る。計算づくで叱っても意味がない。 |
⑤ | 「褒める」という行為は、相手に対して上の位置から、上からの視線で行っていることであり、個人的に好まないし、頻繁に行わない。 |
⑥ | 障害者は、自立したい、一人前の人間として生きていきたいと考えていることも多い。 |
⑦ | 障害者は(自らを含めた全員に)仕事で負けたくないと思っている。 |
2.群を抜いている職場定着率について
社員が定着しないことほど生産性向上を阻害し、無駄な出費を招くものはないし、その逆に、社員の定着率が高いということは、働きやすい職場、働き甲斐のある職場、安心して働くことができる職場であることになるのではないかと筆者は思う。
同社に勤務している障害者8名の勤続年数は、31年6か月を筆頭に、20年を超した人が1名、15年を超した人が1名、10年から15年になる人が2名と続く。
坂部専務は「わが社に就職する者はほとんど、もうここしかない、ここは最後の職場で、ここを出ていったら他に行くところがないと思い、背水の陣で臨んでいるのでしょう」と言われるが、嫌な職場であれば転職していくのが労働者の常であるから、定着率が高い理由はやはり、前述の働きやすい職場、働き甲斐のある職場、安心して働くことができる職場であると思われる。
一方、直近数年間における同社の退職者(障害者限定)は7名である。退職理由別の内訳は定年退職者3名、自己都合による者4名である。もちろん、解雇など存在しない。
注目すべき点は次の2つである。
① | 一つは定年まで勤め上げた社員が3名もいる点である。いずれも永年勤続者であることも見逃せない。なお、いずれの人も晴耕雨読の自適生活や余生を生まれ育った故郷で暮らすことを選択したため、定年後の継続雇用を希望しなかったそうである。 |
② | もう一つの注目点は、自己都合退職者4名の具体的な退職理由である。 ここにその理由を挙げる。 |
- 勤続5年8か月で退職
その卓越した技術と能力を見込んだ職業能力開発校からの要請で、同校の講師として後進の指導にあたっている。 - 同勤続15年10か月
故郷に戻って独立、義肢装具製作所を開業した。 - 同勤続17年
実家の家業を継承するための退職である。 - 同勤続2年8か月
同社で磨いた技術を手に、出身地(県外)に戻って義肢装具製作所で活躍中である。
どの事例も自己都合と言えば自己都合だが、どれも「とにかく現在の職場を辞めたい」というような逃げの理由、後ろ向きの理由ではないのである。このことだけでも、同社で障害者雇用がうまくいっていることがわかる。


3.充実したソフト面(障害者雇用がうまくいっている秘訣)
(1)障害者雇用がうまくいっている秘訣その1
同社には社員の雇用方針や育成方針はあるが、障害者向け(障害者だけに限った)の雇用方針、育成方針は存在しない。障害者も障害のない者も社員であることに変わりはないのだから、ことさらに区分けする必要はないというわけだ。
こうした考え方の根底には、創業者の「人材採用に障害の有無は影響しない」という理念と、その理念がしっかりと受け継がれ、社内にきちんと根付いている現状がある。
(2)障害者雇用がうまくいっている秘訣その2
① 機会均等主義
まず取り上げたいのは、機会均等主義である。具体的な内容は次のとおりである。
- 接遇やマナー等、部門に関係なく社員として必要な事項については、全社員を対象として研修を行う。
- 義肢装具製作など専門技術を必要とする部門では、所属社員全員に対し平等にスキルアップの機会を与えるべく、外部での各種研修会受講や技能検定受験などを積極的に推進している(障害者技能競技大会への参加もこの一環である。)。
② 社内の雰囲気、空気、風土
社内の雰囲気、空気、風土とでもいうべきもので、特に社内コミュニケーションと「風通し」がよいことであろう。だから障害者(だけに限らないが)は孤立することがなくなり、人間関係を原因とする退職防止にもつながっていると思われる。
もちろん、社内風土は決して一朝一夕にできるものではないし、これで終わりという完成形があるわけでもなかろう。しかしながら、いついかなるときも理念を意識し、理念に沿った行動とは何かを常に考え続けていくこと、これを社員全員が行うようになることで、風土は醸成されていくのではないか。
③ 障害のない社員のちょっとしたサポート体制
同社に勤務する障害者の中で最も社歴の浅いP君(1年6か月勤務)を例にとって説明させていただく。P君は脳性まひが原因で手足が不自由であり、車いすを利用している。
例えば雨天時の出勤。彼の運転する自家用車が会社に到着する。あいにく、同社の駐車場には屋根がない。社屋に一番近い駐車スペースを利用しているとはいえ、マイカーを降り、車いすに乗り換えて屋内に入るまでの間に彼はずぶ濡れになってしまう。こうした場合、障害のない社員が駆け寄り、ある者は傘をさしかけ、またある者は車いすへ乗り移る作業を手助けがある。P君はずぶ濡れになることなく出勤できるのである。
また、工場社屋は2階建てで、各フロアごとではバリアフリー構造になっているが、エレベーターがない。日頃は1階にある事務室で業務に従事しているP君が、研修受講や会議出席のために2階の会議室へ行かなければならない時も、障害のない社員数人で車いすごと2階へ運んでいくのである。
駐車場の屋根やエレベーターなど、費用をかけてハード面を整備しなくても、ソフト面=障害のない社員のちょっとしたサポートでカバーできるものもあるという好事例であろう。
そしてこれには、もっと大切なこと、障害者雇用も含めた社会全体のあるべき姿、ノーマライゼイションの本質につながるポイントが隠されている。
坂部専務に語っていただこう。
「大切なことは、障害のない者が、強制されているという感じ、やらないといけないというへんな義務感、やらされ感などからではなく、自発的にごく当たり前のこととして気持ちよく自然に障害者をサポートすること。そしてサポートを受ける障害者も、必要ならば何の躊躇もなく、へんな遠慮もせずに助けを請い、サポートを受ける立場であることや受けたことに萎縮したり負担を感じたりせず、素直に感謝するだけとなったときが、本当の意味で垣根が取り払われたときであり、これがあるべき姿でしょう。」
まさに同感である。
4. 障害者を雇い入れるかどうか迷っている経営者の皆様へ、最後に
(1)障害者を雇い入れるかどうか迷っている経営者の皆様へ
取材を締めくくりとして坂部専務にお願いしたところ、数分間の沈黙の後、次のように語ってくれた。
「まずは一人でいいから障害者を雇ってみてください。あれこれお考えになるお気持ちも理解できますが、いくら考えても考えるだけでは解決しませんし、どれだけ悩んでも不安は消えるものでもありません。自社の戦力として、障害がマイナスになることはありませんし、障害者だから技術や能力が伸びないということも絶対にありません。もちろんいろんな問題が生じるかもしれませんが、社員も含めた全員で解決をはかれば、意外となんとかなるものです。障害者を雇用することによって、間違いなく会社の雰囲気はいい方に変わります。そして社員は、周囲に対して細やかな心遣いができるようになっていきます。」
(2)最後に
平成25(2013)年4月、同社は新入社員を迎える。そのうちの一人は、難病による肢体不自由者で車いすを利用する障害者である。これで同社の車いす利用勤務者はP君と合わせ計2人になる。
P君の雇用で培った様々なノウハウが、この新入社員の雇用に活かされることは間違いない。
障害者全員が、自身のスキルアップや、より上級の資格取得を目指すことができる社内風土と仕組みの存在。仕事を通じて自己の持つ能力や可能性に挑戦することができる同社のこうしたソフト面の充実こそが、障害者を会社にとって必要不可欠な戦力たらしめ、障害者自身にも誇りと充実感を持たせ、結果、障害者雇用を成功させているのではなかろうか。
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。