障害者雇用がスタッフを変え、本人を変え、経営者を変える
- 事業所名
- 有限会社 溝見石油
- 所在地
- 熊本県宇城市
- 事業内容
- ガソリンスタンド、LPガス販売、レンタカー
- 従業員数
- 15名(代表者、アルバイト、パート含む)
- うち障害者数
- 2名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 2 接客・販売業務 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次

1. 事業所の概要、障害者雇用の現状と経緯
(1)事業所の概要
- 事業の概要
熊本県宇城市は、熊本市から水俣市方面へと南下する幹線道路(国道3号)から、宇土半島・天草方面へと分かれる分岐点にあたり、古くから交通の要衝とされている。有限会社溝見石油は県道14号線(旧国道3号線)に面しているが、バイパス道路(新国道3号線)の開通の環境変化を経た今でも交通量は多い。通勤時間帯あるいは休日には遠隔地からのレジャー客による交通渋滞を起こすことも珍しくない。
溝見石油は、数十年来営業を続ける数軒のガソリンスタンドが並列している当地にあり、当社もガソリンスタンドを開業してから約50年程になる。
現在はガソリンスタンド、プロパンガスの販売、レンタカー等を営業。また、障害者雇用を契機に3年前、同市内に障害者向けのグループホームを建設した。運営は地域の社会福祉法人が行なっている。 - 事業の現状と今後
スタンド事業は比較的好調である。3年程前(2010(平成22)年頃)に会員制度を導入し、顧客が増加した。業界としては厳しい状況の中、過去最高の売上を達成した。レンタカーはメーカーの依頼により、2年前(2011(平成23)年)に空地を利用して始めた。2013(平成25)年現在、4台の車両で運営。当初はさほど利用はないだろうと見込んでいたが、今では、採算には乗るようになった。
今後は会員システムの充実などによってガソリンスタンドを堅調に維持しつつ、レンタカーも含めたサービスの多様化に取り組んでいきたいとしている。
(2)障害者雇用の現状と経緯
- 障害者の配置と従事業務
従業員数は、正社員が11名(代表者含む)、パート・アルバイトが4名。従業員数としては妥当かやや多いというところである。
うち、障害のある従業員が2名。1名は正社員Tさん(35歳)で、2008(平成20)年採用で勤務歴は5年になる。もう1名はトライアル雇用中のMさん(45歳)で、今後正社員雇用となる予定である。2名とも知的障害者である。
2名が従事する業務は、ガソリンスタンドにおける洗車、窓ふき、灯油の給油作業である。

- 障害者雇用の経緯
障害者を雇用したきっかけは、実質的な責任者である溝見専務が見た「夢」だったという。5年前(2008(平成20)年)、業績悪化に伴い、ベテラン社員が立て続けに3名退社した。どうしていいのか答えを出せずにいた。
「社員教育というか、一緒に働く仲間づくりをどうしたらいいのか。会社経営よりも、人を使うことの難しさに直面していた。丁度そんな時のある夜、『働きたい子達はまだ多数いるんだ』という夢を見た。多分、ギリギリの精神状態だったと思う」と専務は振り返る。そして、「その1週間後、熊本県南部障害者就業・生活支援センター『結』の職員が『障害者雇用を考えてみませんか?』と訪ねて来られた。不思議なこともあるものだなと思いました」と続けられた。専務はその場で、働ける子がいるならぜひと即答したという。
その後、再び『結』の職員が宇城市役所の担当者を伴って訪れた。その市職員が専務の小学校・中学校の同級生だった。「これは縁だな」と不思議な縁の重なりを感じた専務は、「結」に登録をしていたTさんをトライアル雇用を経て採用することにした。
宇城市は、平成17(2005)年1月15日、旧宇土郡三角町、不知火町、下益城郡松橋町、小川町、豊野町の5町が合併して誕生した市だが、もともと合併前の松橋町は、障害者のための学校や施設が多い地域であり、障害者雇用に関しても意識が高かった。障害者雇用率が全国平均1.5%であった時に「宇城市は3%をめざす」と市長が宣言したのも、このような地域性があったからである。「私達も子どもの頃から『障害者の町・松橋』というイメージがありました。通学時に障害児と会って、話をしたりもした。だから抵抗感はありませんでした」と専務は語る。
2人目の障害者雇用となるMさんは45歳。普通免許を持ち、車通勤をしている。更に、危険物取扱免許も持っている。10年程勤務したスタンドが閉店し、求職中だった。
現在(平成25(2013)年5月)はトライアル雇用期間中である。働く姿は全く障害のない人と変わらなかった。「今のスタッフの中では一番声が出ている。働きたいという意欲は非常に高い。仕事をしなくちゃいけないという気持ちが強い」と専務は高く評価している。
2. 取り組みの概要と効果
(1)ガソリンスタンドと知的障害者の雇用
ガソリンスタンドでの知的障害者の雇用は極めて稀である。「ガソリンは危険」「お客様の車に傷をつけてはいけない」という意識が非常に強い。もし事故が起きたらとの思いから「障害者雇用は怖い」と考える経営者がいるのも当然のことである。
当社でも、このような意識はあった。それ故に、障害者の業務は「洗車専任としたい」と考えていた。というのも、経営が厳しく、「洗車専任」社員は雇用できない。かといって、兼任では給油や営業が主体となり、洗車は疎かになる。そこで「洗車専任社員がほしい」とかねがね考えていた。
しかし、Tさんは「洗車」から「窓ふき」、そして「灯油の給油」と、仕事の領域を広げて今日に至っている。その経緯については以下をお読みいただきたい。
(2)スタッフの意識変化
トライアル雇用の間に、スタッフに変化が見えたと専務は次のように言う。
「障害を持っている後輩が働いているわけです。お客様とも接するわけです。周りのスタッフは自然に、それとなく注意を払うようになる。もしも何かあったら、直ぐに駆けつけて対処しなければならない、そう思うからです。では、これまではどうだったかというと、そんな意識はなかった。障害のない人ばかりの時には他のスタッフが何をしているか考えもしなかった。それが、周りに神経を配るようになる。業務の動きも速くなる。これは大きい変化で、一石を投じるように、従来のスタッフ同士の関係にも影響を与えていった。この変化に気づいて、今回の雇用に手応えを感じました。」
やがて半年、1年経過する内に、今度は周りのスタッフの意識や態度が障害者本人の行動に影響を与えていると、専務は確信した。
「周りのスタッフがきびきび動いていれば、障害者の動きもいきいきとしている。周りがダラダラしていれば彼の動きも鈍くなる。自分達の鏡として考えろと言うことで、スタッフも意識してきびきびするようになる。お互いに影響を与え合うんですね。」
やがて、スタッフの中から「T君には次にこういう仕事をしてもらいましょう」という積極的な意見が出てくるようになる。これまでの月に1回のスタッフミーティングは、専務からのトップダウンでしか意見がでなかったが、今では「T君には何をしてもらおう」あるいは「自分達は何をしていこう」といった意見が出るようになった。障害者雇用がきっかけとなってスタッフの自主性が呼び起こされてきたのだ。
ある時、スタッフの1人が「T君に灯油の給油までしてもらいましょうか」と言った。ガソリンの給油はノズルを車の給油口に突っ込んでおけばよい。満タンになれば自動停止するからである。しかし、灯油の場合はポリタンクに給油するので、ポリタンクが倒れないように支えながら給油をしなければならない。ガソリン給油や洗車等多忙なスタッフにとって灯油の給油は作業の手を止めてしまう煩わしい作業で、Tさんがやってくれたら大いに助かるわけである。そして今、前述したようにTさんは灯油の給油も自分の業務として行なっている。
(3)雇用にあたっての基本的な姿勢
「障害のある人もない人も、上から「ああしろ、こうしろ」と言って変わるものではない。自分達で考えていくべきこと、自分達で乗り越えるべきことで、他人が言ってわかることではないですよ」と専務は言う。
障害者を受け入れるスタッフに、特別に何か準備をさせることはしなかった。そういう指示をすることで、腫れ物にさわるような態度を生むことだけは避けたいと思っていた。
ただ、スタッフには「初めての職場で戸惑うのは誰でも同じで、戸惑っている新人に対して過敏な反応をする必要はない。ただし、職場に慣れるのに時間はかかるかもしれないよ。そのことは理解しておいてくれよ。また、指示だけはできるようになっておいてくれ。指示することが面倒だから自分でやってしまうのではなくて、窓はしっかり拭いてくれと、ちゃんと言えるように」とは伝えたという。
仲間や後輩にちゃんと言葉をかける。具体的に指示を出す。これは障害のない人同士でも当たり前にすべきことであるが、忘れがちなことでもある。
(4)経営者自身の意識変化
「私自身も変わった」と前置きして専務は次のように言う。
「以前はスタッフに対して『これくらいできて当然だろう。何をしてるんだよ!』と思ってました。でも、慌てなくなりましたね。誰でも慣れるまでには時間がかかる。そのことを障害者雇用をすることで学んだような気がします。様々な人達を雇用し、様々な人達と一緒に働いていくためには、愛情をもった言葉、愛情をもった接し方が必要で、時間も必要なんですね。それは勉強させてもらいました。」
専務は近年、障害者雇用についての講演をよく依頼されるという。取り上げる主なテーマは「変わらないということ、そして変わっていくということ」で、「障害者もそうでない人も、周りも親も『(障害の「ある」ことと「ない」ことは)違うと思い過ぎている』ことがいかに多いか。みんな変わらないのだということ。そして、お互いに影響しあって、お互いに変わっていくということ」だそうだ。
「ある日、私が講演した時に、これは後で知ったのですが、たまたま私の知り合いのガス屋さんが聴いておられたらしい。後で『いい話を聴いたと、直ぐに障害者雇用について調べ、次の年には1人雇用しました』ということを聞いて、皆さんの前で話をしてよかったと思いました。」
専務は続けて「今でこそ言えますが、最初、障害者雇用を考えた時には『地域に貢献する企業としてアピールしたい』という、いやらしい考えもあったんです。しかし、今は、素直に、働きたい子を働かせたい。働きたいという人が働ける環境を作りたいし、一緒に働きたいと思う」と語った。
当社の障害者雇用は、周りのスタッフの意識を変え、本人の意識を変え、経営者の意識も変えていった。
3. 展望と課題
障害者雇用は多くの気づきをもたらしたが、悩ましい問題もある。それは顧客の意識についてである。
悩ましい問題とは「障害者雇用を行い、一緒に働くことでいろんな学びがある。しかし、それは私達の問題で、お客さんには関係がない。では、お客さんにはどう伝えるべきなのか。あるいは、伝えない方がよいのか。」ということだと言う。
ある時、たまたまTさんがガソリンの給油(給油口にノズルを挿して給油を開始するまで)を行なっていて、そのために給油は終了したがまだノズルを給油口に挿したままだった。それを、お客さんがもう給油が終了したと思い、車をスタートした。Tさんに「もう終わった?」と尋ねたらしいのだが、Tさんは答えられなかった。お客さんからは、厳しい言葉が浴びせられた。Tさんのことを説明したが、「障害者を雇ったりするからだろうが」という言葉が帰ってきたという。
「非常に悩むケースです。事前にお客さんの理解が得られていたらもっと寛容になってもらえたかもしれない。しかし、うまく伝えられなければ、お客さんはうちのスタンドを避けるかもしれない。」
この地域で障害者雇用を行なっている同業者と「うちは障害者雇用を行なっています」という情報発信をどうするかについて検討したことがあった。いろいろな意見が出ていたが結局、どれも違うように思えて、何もしなかった。
考えて行き着いたのは「(障害のある従業員の)立つ位置」ということだった。例えば給油口のあたり等事故が発生しやすい場所、お客さんから見て当然にその職務の担当だろうと誤解させるような場所には立たないなど、事故や誤解が起きないような配慮をすることである。それを励行して3~4年になるが、これまでトラブルは発生していない。
事故や誤解が起きないようにする一方で、腫れ物にさわるようなストレスを本人にもスタッフにも感じさせない。そういう「バランスのとれた配慮」ということも重要である。このような問題意識は障害者雇用をやらなければ考えもしなかっただろう。
経営者の「気づき」は、深く、長く継続してゆくものである。最後に、経営者でもある専務の心の一端を次のように吐露してくれた。
「障害者雇用の助成金には限度があるでしょ。やはり、助成金の受給が終了した後の雇用には、悩みますよ。障害がない人の雇用に切り替えようかなと。でも踏みとどまれるのは、『働きたい人達と一緒に働きたい』という思いがあるからですかね。」
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