精神障害者の雇用支援
職場と支援事業所の連携によって働きつづける事例
- 事業所名
- 公益財団法人宮城県対がん協会
- 所在地
- 宮城県仙台市
- 事業内容
- がん予防対策の調査研究、宮城県地域がん登録、各種がん検診及び一般健康診断、人間ドック、健康相談、がん予防及び検診の普及啓発、医師・医療従事者の養成など
- 従業員数
- 250名(正職、臨時、嘱託職員含む全体)
- うち障害者数
- 3名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 1 事務職 内部障害 知的障害 精神障害 2 大腸がんなどの検査キットの封入封緘、機関紙等の発送、医療検査廃棄物の分別・整理、事務補助(シュレッダーなど) 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 事業所外観
|
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
公益財団法人宮城県対がん協会は、故黒川利雄東北大学長のがん征圧の想いから、昭和33(1958)年に全国に先駆け民間のがん征圧推進母体として行政、経済界、医師会の支援で創設され、以降「がん予防対策の調査研究、宮城県地域がん登録、医療従事者等及び県民一般を対象としたがん予防と生活習慣に関する普及啓発活動、がん患者・家族の相談対応、若手医師等の研究助成」を事業としており、こうした啓発から事後管理までの一貫した『宮城方式』と言われる質の高い検診体系をもって、県内の各市町村や農協、一般事業所などのがん検診や一般健康診断などを行っている。
(2)障害者雇用の経緯
公益財団法人宮城県対がん協会(以下、「対がん協会」という。)が障害者雇用を行ったのは平成21(2009)年10月からである。雇用した理由は、平成22(2010)年4月からの障害者雇用促進法の改正に沿ったもの、というのが総務課主幹の及川氏の答えであった。法令遵守や社会的責任を果たし、地域社会への貢献などの公益性を求められる事業を推進している対がん協会としては障害者雇用を進めることは必要なことであった。
また、職場のメンタルヘルス対策が社会的に大きく取り上げられる中で対がん協会は、精神障害者の福祉サービス事業所の紹介で仙台市精神保健福祉総合センター(はーとぽーと仙台)に依頼し、他に先んじて『職場のメンタルヘルス講座』を行うなどの取り組みを行った。このような過程の中で対がん協会の障害者の雇用は、関連機関との人的つながりを活用して進めることができた。対がん協会における障害者雇用推進の方針と障害福祉サービス事業所(就労移行支援事業所)の精神障害者就労支援がマッチングすることで雇用に結びついた事例である。
2. 取組の内容と効果
対がん協会と就労移行支援事業所は宮城障害者職業センター(以下「職業センター」という。)に、障害者雇用にあたりどのように進めていけば良いかの相談を持ちかけた。その結果、職業センターにはジョブコーチによる支援体制の構築をお願いし、三者での取組で進めることを確認した。三者の役割として、対がん協会では障害特性に見合った業務の切り出しを行い、就労移行支援事業所では障害者のニーズを把握し、就労意欲と継続性及び要支援度を測りながら、就職希望対象者を絞り込んでいった。並行して職業センターでは配置型ジョブコーチと就労移行支援事業所に所属している第1号ジョブコーチの2人の支援体制を組み、当初のアセスメントから支援を必要としなくなるまでの当事者支援を行った。
また、対がん協会は障害者の雇用支援制度及び助成金などの活用によりスムーズな就労継続に努めることとした。
(1)対象者の状況
平成21(2009)年10月19日にО氏とK氏の2名を雇用した。2名とも統合失調症であり、О氏は、平成26(2014)年1月現在50歳である。高校卒業後、派遣での仕事を行ってきたが30歳代に発症し9か月の入院歴がある。その後約5年間在宅で引きこもり気味に過ごし訪問看護も受けてきた。区役所の精神保健相談員からの紹介で就労移行支援事業所に通所するようになって2年後に対がん協会に就職した。その後、少しずつ状態がよくなってきて、症状も落ち着いて静かに毎日を送っており作業面においては何の問題もない(指示に従って十分に仕事をこなすことができる)人である。O氏は、職場との調和もよく、安定して現在(平成26(2014)年1月)も働きつづけている。支援はほとんど必要のない状態である。また、本人からも「安定して働きつづけたい、親が高齢になったので面倒も見なければと思っている」と話してくれた。
次に、平成24(2012)年4月から今日(平成26(2014)年1月)まで勤務しているA氏は、平成26(2014)年1月現在43歳である。県外の農業機械メーカーの工場で働いていたが、30歳頃に発症し、入院から在宅になり区役所の紹介で就労移行支援事業所に通所するようになった。約1年半の通所を経て対がん協会に就職した。本人からは、「今後は働きながら病気を治したい」と話してくれた。A氏の場合は、もっぱら総務課の及川氏と就労移行支援事業所のやり取りで支えられており、本人の不調が続くなどして勤務状態に変化があった時などは、及川氏から就労移行支援事業所に連絡をして双方でサポートする形にしている。
(2)活用した雇用支援制度
対がん協会では、『精神障害者等ステップアップ雇用奨励金』と先に述べたジョブコーチ支援を利用した。
『ステップアップ雇用奨励金』は、精神障害者や発達障害者の雇用にあたって、試行的に雇用し、一定の期間をかけて、職場への適応状況をみながら、徐々に就業時間を延ばしていく「ステップアップ雇用」に取組む事業主に奨励金を支給し、事業主と精神障害及び発達障害のある人の相互理解を深め、その後の常用雇用(週20時間以上を目指す)への移行や雇用のきっかけ作りを図っていくもので概略は以下のようになっている(ハローワーク案内より)。
ステップアップ雇用期間 | 3か月以上12か月以内 |
---|---|
ステップアップ雇用開始時に必要な週所定労働時間 | 10時間以上 |
奨励金の額(月額) | 2万5千円 |
対がん協会では、当初午前中のみの勤務形態であったが、2~3か月を経て、午後2時まで延長、現在は午前8時半から午後3時半までの一日6時間、週30時間勤務となっており、言うまでもなく社会保険に加入している。
(3)支援体制
2人が通所していた就労移行支援事業所においては、より実社会で適応することができる力を身につけることと意識の後退や社会生活上の後退が起きないように就職するための職場実習など、施設内外での作業訓練を行ってきた。その内容は企業内でのグループ請負作業(商品のピッキングや清掃、配送請負など)と運送会社のダイレクトメールの封入封緘などである。
対がん協会での就労にあたってはこうした本人の就労移行支援事業所での作業経験と支援体制が大きな動機づけとなった。また、対がん協会での業務切り出しにおいても参考になったようである。
![]() 大腸がん検診キットの封入封緘作業中。内容物や数量を間違えないように丁寧かつ迅速を心掛けている。
|
(4)職場における支援—支える体制とナチュラルサポートの形成
障害者雇用を進めるにあたっては総務課が窓口になり進めた。ステップアップ雇用を通して、業務や環境に慣れることと、本人の課題と会社が雇用にあたってなすべきことを整理することや、ジョブコーチを入れて本人と会社のつなぎ役になってもらうことを基本にして、職業センターや就労移行支援事業所の提案と支援の枠組みを確認した。
支援開始当初は対がん協会の多数ある業務から「大腸がん検査キットの封入封緘作業(年間約6万キット)」にしぼり、少しずつ職場環境に慣れるよう継続して働ける条件作りをしていった。これは現在でも引き続き行っているとのことだが、本人の日々の様子や特性・個性を把握し、職場で孤立することなく溶け込むための雰囲気作りや業務指示の一本化(いろいろな人から指示命令があると混乱する)を図っている。
現在では、大腸がんキットの作業以外にも複数の業務を行うようになっており、筆者がうかがった時も他課から業務依頼のあった「検査終了後の使用物の廃棄にかかる整理作業」を行っていた。及川氏によると、こうした他課からの依頼は2人の業務遂行に対して評価を受けている現れであるとのことである。
及川氏は、出勤簿に印鑑を押すときには必ず声掛けをしている。現在の2人の業務は定期の仕事+α(他課の業務)だが作業に取り掛かる際には必ず見本提示と手順の確認をしっかり丁寧に行っているとのことである。毎日の丁寧なサポートが本当に大切なことであると改めて教えてもらった。また本人の不調がみられるときには就労移行支援事業所に様子を伝え、必要なサポートを受けて連携している。
精神障害者の雇用から5年を経て、対がん協会においては職場全体で働く障害のある人を仲間として評価し、支える関係作りがしっかり根付いてるようである。
「障害者を雇用して、よかったことはなんでしょうか?」という質問に対して、及川氏は「つながりの大切さ」を挙げた。特に専門性が高い仕事が中心の職場であることや業務が11部門に分かれていることから、総務課の果たす役割として、よい職場環境と人間関係を作ることは大切なことである。とりわけ仲間内の狭いコミュニケーションで自己完結してしまいがちな新人職員の研修を大切にしているということであった。思うに障害のある人の雇用を継続することによって、他の職員を含めた人間関係の向上、誰にも安心して働ける充実した職業生活を実現するための職場環境作りができており、『障害のある人が安心して働く職場は誰にとっても良い職場』になっているのであろう。
「がん検診機関」という不特定多数の、ある種の「不安感」を抱えている人たちを迎え入れる事業所にとって、職場でのつながりの大切さといきいきと働き助け合う職場環境作りは大いに納得できることである。
3. 働く精神障害のある人の支援と課題、おわりに
(1)働く精神障害のある人の支援と課題
ここ数年、ハローワーク仙台管内での精神障害者や発達障害者の就職数は、大きく伸びていて、身体障害者や知的障害者を超えている。これは障害者雇用納付金や雇用助成金などの雇用促進策が浸透していることによる。同時に就労にあたっての支援体制が整ってきた成果でもあると考える。
障害者のマイナス面にのみ着目するのではなく、その人の良い面を評価し引き出す考えに基づきSST(社会適応トレーニング)と認知行動療法などの援助技法が一般化しつつある。医療と支援体制の進歩によって、現実感をもって就職活動に取り組む機会が増えてきたことやジョブコーチ支援や障害者就労支援の福祉サービス事業所が充実することにより働き続けるための支えが作られてきたことが大きい。
また、このことは障害者雇用を進める企業からも評価されつつあり、多くの企業は支援機関と本人が結びついていることを採用の判断基準にしている。対がん協会の事例はその典型であろう。ぜひ、多くの企業がこの事例を踏まえて、障害者雇用に取組まれることを願うものである。
精神障害者の就労は、何より本人の心の準備ができているかが重要である。この場合の準備とは、働くことがどういうことかを理解し、よい人間関係を築くことなどのストレス対処策であり、自己管理=セルフマネジメントである。こうした準備性は、無前提にあるわけではなく経験的に蓄積される要素が強いといえる。キャリア教育の大切さが謳われているが、最も具体的な適応がなされ実践化されているのが障害者雇用の場ではなかろうか。
さらに加えれば、障害があってもできること、可能なことは多い。企業においては様々な業務を有しているがそれをシェアすることで働く意欲と力を持っている障害のある人を有効に生かすことができるし、そのことが良い企業風土を作り、企業活力を生み出すことは多くの先進事例が教示するところである。
(2)おわりに
2人の仕事を拝見したがスピードもあり、かつ丁寧である。
通常業務の検査キットの封入封緘の仕事は、間違ってはならないことと大変気を使っているそうである。内容と数を正確にすることも大事だが、Aさんは苦手意識をもっている作業については特に注意をしているということで仕事に緊張感を持って取組むのは大事なことである。Oさんはとても控えめな性格だが、熱意をもって正確に丁寧に取り組むことをモットーしている。二人の仕事への向き合い方と2人のキーパーソン(導き手)となっている及川氏のさりげない日常的サポートが伝わってくる取材であった。
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。