介護事業における高齢者介護と障害者の関わりに着目した事例
- 事業所名
- 株式会社アイ・ディー・エム
- 所在地
- 香川県高松市
- 事業内容
- 高齢者介護
- 従業員数
- 205名
- うち障害者数
- 8名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 1 高齢者介護 内部障害 知的障害 4 高齢者介護 精神障害 3 高齢者介護 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 事業所外観
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1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
株式会社アイ・ディー・エムは、平成8(1996)年に設立された高齢者介護サービス施設の運営を行っている企業である。当社は高齢化社会の到来に伴い、介護を必要とする高齢者の増加を見据え、地域社会に密着した介護環境作りに積極的に取り組んでいる。東かがわ市でグループホーム・介護付有料老人ホーム・住宅型有料老人ホーム2棟・居宅介護支援・訪問介護・通所介護等の事業を運営、高松市内で介護付有料老人ホームを2棟運営している。
また、協力医療機関として、昭和42(1967)年の開院以来、医療内容を充実させ、香川県東讃地区の地域社会に貢献を続ける「医療法人社団聖心会阪本病院」とともに、高齢者や、その家族が安心して生活を営むことができる生活環境作りの手伝い、また、地域社会に愛され、信頼される介護サービスの提供に努めている。グループ企業の阪本病院との連携や高松地区の開業医との連携を密にして、介護と医療の連携に力を注いでいる。
介護事業は社会福祉法人が多い中、なぜ株式会社として行っているのか。それは、意思決定までのプロセスが短く、利用者の要望にできるだけ早く応えるためであるという。利用者にとって必要と思われるものであれば、社内で検討しすばやく実行に移すことが介護事業の充実であり、利用者への最高のサービスと考えるからである。
従業員は205名、うち障害のある人は8名である。特別支援学校からの実習の受入れや、従業員が障害者職業生活相談員の資格を取るなど、障害者雇用に向けての受け入れ態勢が作られている。また、従業員の働きたいという気持ちを尊重し、本人に合った仕事に従事させるといった、社内全体での障害のある人が働きやすい環境作りが行われている。
(2)障害者雇用の経緯
障害者雇用のきっかけとして最初に挙げられるのは、障害者雇用促進法に定められる法定雇用率によるものである。雇用率の設定により障害者雇用をしなければならなくなったものの、介護サービスという仕事のため最初は障害のある人は人と関わる機会の少ない仕事しかできないのではないかという先入観があったという。
最初の雇用は身体障害者であったが、知的障害者、精神障害者への雇用の幅を広げるため、指定障害者支援施設からの推薦や障害者就業・生活支援センターの指導・協力で職場実習を行うことを試みた。実習は知的障害者に対して行われたが実習の結果、食事の配膳、片付け、共有スペースの清掃という仕事ができるということを認識し、本格的な障害者雇用の第一歩を踏み出した。
2. 障害者雇用の理念、基本スタンス
当社は、高齢者介護施設を運営する立場として、障害者雇用を行うにあたり、それぞれの介護施設の従業員と連携し、雇用する障害者の仕事内容について検討している。取材をする中で、当社が行っている障害者雇用の方針について、二つの方向性が見えてきた。
(1)障害者本人の「働きたい」という意思を尊重する
当社が運営する施設で雇用されている障害者は8名であり、知的障害者と精神障害者がその多くを占めている。介護サービスというのは、直接人と関わる仕事であるため、障害者雇用を始めた当初は、生命に関わる仕事ということもありサービスを受ける高齢者と直接関わる仕事を行うのは難しいのではないかという事業主の考えがあった。
しかし、本人が一生懸命働いている姿や、時々高齢者から話しかけられるという経験の中で、介護サービスに対して興味を持ち始めている様子を見た事業主が、清掃業務や食事の配膳・片付けのみでは物足りないのではないかと感じ、本人のやりたい仕事を聞き、できるだけ希望に沿った仕事に就くことができるように、施設の従業員と連携をしながら、業務内容を検討していった。
この考えは障害者の採用時にもあらわれており、面接時に「こんな仕事がありますよ」ではなく「あなたは当社で何がしたいですか」と質問するそうである。
事業主の障害者雇用の考えとして、仕事ができることも重要な要素ではあるが、仕事を通じて本人が社会復帰をする機会を得ることができることや仕事の中で責任感や達成感を得ることができるということに重点を置くという考えがあり、これは職業リハビリテーションの理念にかなっていると思われる。
(2)障害者と高齢者が関わることのできる介護施設へ
当社が運営する施設は、高齢になるにつれて身体が不自由になった人、認知症の人など、一人で生活することが困難になっている高齢者が利用している。一人で生活することが困難であるという点では彼らもまた人の助けがいる者であると考えられる。介護サービス施設という現場で障害者雇用を行っている事業所というのは、まだあまり多くないのではないだろうか。介護サービスは、人と直接関わる仕事であるため、ただ仕事をこなすだけでなく、被介護者の体調や精神状態などを日々考えながら関わっていく仕事である。その中で当社は、介護現場での障害者雇用に意欲的であり、「障害者と高齢者でともに手助けが必要な者同士が関わることのできる介護施設」というものを理想としている。
当社からすれば高齢者の介護も障害者との関わり方も視点は変わらないということであり、それどころかとても良い環境にあり、この環境で働く彼らは重度知的障害とは思えないほどであるという。障害者であっても自分のことだけではなく、相手の状況も見ながら、自分の仕事を組み立てる。この取組は魅力的であり、新しい障害者雇用の形として注目できる。
3. 取組内容と効果、今後の展望と課題
(1)取組内容と効果
障害者雇用を始めるに当たり、障害者の業務内容については、事業主と施設の従業員で検討しながら決めていった。先にも述べたが、当初は人と直接関わる仕事というのは難しいのではないかという考えから、最初は食事の配膳、片づけ、共有スペースの清掃といった業務から従事できるようにしていった。これらの業務は、毎日決まった時間に決まった量の仕事をこなすことから、雇用する障害者の特性に合っていると考え、その後、様子を見ながら施設内にいる障害者職業生活相談員を中心に、障害者本人の支援を考えていくこととした。
また、従業員と事業主の間での情報交換を行い、本人の能力や精神状態などを考えながら、彼らが働きやすい職場環境を整えていった。当社の運営する施設で雇用されている障害者の中には、精神障害のある人がおり、その中には1週間続けて仕事をすることが困難な人もいる。彼らに対しては、短時間労働を取り入れ、彼らの精神状態に合わせた態勢がとられている。その結果、毎日丁寧に仕事をこなす姿や、週3日ではあるが徐々に社会復帰に向かいつつある姿が見られるようになった。その他に、自分の仕事に対して責任感を持ち始めた従業員や、介護サービスの仕事に対して興味を持ち始めた従業員もでてきたという。
障害者雇用を始めた当初は、介護サービスの現場で障害者が働くことに対して、不安を抱いていた施設の従業員もいたが、本人たちのひたむきに働く姿を見たり、事業主や障害者職業生活相談員からのアドバイスにより、他の従業員の間でも障害者を受け入れる態勢がつくられていった。
(2)取組の事例
当社での、実際に高齢者の方と直接関わる仕事を行っている従業員の事例を紹介したいと思う。
Aさんは知的障害のある20代の女性である。職業訓練校の出身で、当初は食事の配膳、片付け、共有スペースの清掃といった毎日決められた仕事を丁寧にこなしていた。ある日、施設を利用している高齢者から感謝の気持ちを述べられ、嬉しそうにしていたAさんの姿を見た施設の従業員が事業主と話し合い、実際に介護の仕事をしてもらってはどうかという話になった。
障害者職業生活相談員とも相談し、最初は話し相手といった簡単な関わり合いから入ったところ、お年寄りからの温かい声掛けや、感謝の声により、本人の中で介護サービスという仕事に対する意欲が高まってきたという。食事の補助、入浴の介護、行事での高齢者との関わり合いなどを通して、高齢者介護に対して、「楽しい」「やってみたい」という気持ちが生まれたAさんはその後、ヘルパー2級の資格を取ることを決意した。
本人が興味をもち、資格を取りたいという気持ちを事業主は嬉しく思い、積極的に応援した。知的障害のあるAさんにとって資格取得に向けての勉強は容易ではなかったが、事業主を始めとする従業員が、介護中に指導をするといった支援を行った。また、何より本人が資格を取りたいという気持ちを強く持ち、仕事の合間に講習を受け、見事3か月半で資格取得をすることができた。今では、高齢者介護という自分の仕事に誇りと責任を持ち取り組むことができているという。また、実習で訪れる障害者や、新しく雇用された障害者の指導役の仕事も行っており、介護サービスの現場で働く障害者のモデルにもなっている。
このような本人と本人の周りの環境の変化の中で、身体の不自由な高齢者と、知的に障害のあるAさんといった、「障害者と高齢者の関わり」といった当社の理想とするホームに近づきつつあるのではないだろうか。
![]() 施設内の利用者からの問合せに対応中
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(3)今後の展望と課題
今後の課題として挙げられるのは、障害者本人の資格取得である。介護サービスでは、介護の内容によっては、資格がなければできない介護サービスもある。雇用されている障害者が介護に必要な資格を取得することができれば、仕事の幅もさらに広がってくる。
また、介護の資格を取得することで、本人の仕事に対する意欲も高めることができる。知的障害のある人にとって資格取得は容易なことではない。しかし、他の従業員と同じように介護サービスの仕事に従事していく中で、自分も介護の仕事をしてみたいという人も増えてきている。資格取得は、彼らの仕事の幅を広げるためにも重要な要素であり、そこには障害のある人でも資格が取れるための特別な配慮が必要になるであろう。彼らの働きたいという気持ちを尊重し、資格を取得できる環境を整え、本人が目標に向かっていけるようになることを期待する。
もう一つの課題が、周囲の理解である。当社での障害者雇用が積極的に行われつつあるといっても、やはり高齢者介護という命に関わる仕事のため、その介護サービスの現場で障害者が働くことに対する周囲の理解は必要である。共に働く従業員の障害理解は徐々に良い方向に進みつつある。利用者やその家族についてもまた同様に、障害者本人と周囲の人との関わり合いと理解のための配慮を行い、施設全体で障害者を受け入れられる環境を作ることが求められる。
私たちがいずれ年を取り、身体が不自由になり、誰かの介護が必要になった場合、私たちも障害者になり得るのである。その介護の現場で、知的障害、精神障害といった障害のある人が働き、直接関わり合うということは、何か新しい障害者雇用の形を示してくれているのではないだろうか。障害者が高齢者を支援し、高齢者もまた障害者を支援する。ひとつのコミュニティにおいて、職員と利用者が相互に支え合うことにより生じるシナジー効果はすばらしいものであり、また今後の障害者雇用形態のモデルとも言えると考える。今後も、障害者本人の意思を尊重した働きやすい職場で、素晴らしい介護サービスを提供してくれることを期待している。
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