職場での社風を活かしナチュラルサポートを実践している事例
- 事業所名
- 医療法人社団脳健会 仙台リハビリテーション病院
- 所在地
- 宮城県黒川郡
- 事業内容
- リハビリテーション科・神経内科・内科「(除外率設定業種)」
- 従業員数
- 130名(仙台リハビリテーション病院)
- うち障害者数
- 1名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 精神障害 1 病室環境整備等、看護助手 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 仙台リハビリテーション病院外観 |
1. 事業所の概要、取組の内容
(1)事業所の概要
仙台リハビリテーション病院(以下「病院」という。)は、平成20(2008)年に宮城県で初めてのリハビリテーション専門病院として開院した。様々なリハビリテーションの専門職が配置され、患者のアメニティを重視したアットホームな雰囲気の中で集中的にリハビリテーションを行っている病院である。さらにリハビリテーション後の家庭復帰に向けた療法や在宅リハビリテーションも取り入れ、地域に密着した専門的な治療を提供している。
(2)取組の内容
- 障害者雇用の契機
当病院では、障害者雇用率の達成を目的として、設立後6年目になる平成25(2013)年に初めての障害者雇用に取り組んだ。これまでは、業務に様々な動きを伴うリハビリテーション病院であることから、患者の安全面への影響や従事可能な業務の選定が障害者雇用を進める上で大きな課題となっていた。
検討の結果、障害者の従事業務は、単なる事務作業ではなく病室の整備等を主たる業務とすることとなった。そのため、一定の体力を有することを条件として、障害のある職員の募集を行っていくこととなった。
今回取材したAさんはこの求人の最初の応募者であり、その真面目な性格や強いやる気が見られたため採用することに至った。
- 事例の概要
Aさんは病棟のスタッフステーションへ勤務することとなった。当初の業務内容は、病室の整備も行うが、繁忙時間帯となる早朝に看護助手として看護師をサポートすることが主であった。現在Aさんは、看護助手としての業務も行うが、患者と関わることが少ない病室整備の業務が主になっている。
これらの業務の対象患者となるのはリハビリテーションを必要としている方々が中心であり、Aさんはこれまで関連業務に従事した経験はなかった。そのような患者に対する看護業務を理解し、臨機応変の対応が求められる職場環境から、精神障害のあるAさんにとってこの職場は非常に過酷のように思われた。以下Aさんが周囲のサポートを得ながらどのように職場に適応し、業務を遂行していったのかを、様々な視点から紹介していく。
- ジョブコーチ支援
Aさんの採用を決定したものの、当病院ではこれまでに障害者雇用の経験がなかった。その打開策として選択したのが障害者職業センターから派遣されるジョブコーチ支援である。
この支援は近年広く知られるようになってきたが、一般的に知られている支援と併せて専門的で重要な支援も多い。この支援では本人が業務内容をより良く理解するためのサポートを行うことはもとより、他従業員との関係調整や業務スケジュール及びワークシステムの整備という点でも支援を行う。これにより障害者が継続して就業するための土台が作られ、特に勤務開始の初期に集中して支援することが、長い目で見て非常に重要である。
Aさんの場合、担当する業務をジョブコーチが噛み砕いて教えるのと併せて、Aさんは以前の職場における人間関係によって職場の人間関係や単独での業務遂行に不安を覚えていたことを踏まえ、周囲とのコミュニケーションが円滑に進むよう、その関係調整が重点的に行われた。
始めに職務内容に関する質問、挨拶や世間話などを自ら発信できることを増やせるよう支援した。次に周囲に頼らず自立して作業ができるための条件を本人と一緒に考えた。Aさんは非常に真面目な性格で与えられた作業を黙々とこなす場面が多く、その結果緊張が高まる場面も多かったため、その特性からも適度な小休止及び明確な場面の切り替えを取り入れる必要があった。その対応を行った結果、周囲の協力もあり一定の作業を無理のないペースで遂行することができたのである。これらの初期の支援がAさんの安定した就業の基礎になったと思われる。
- 定期的な個別面談
Aさんは、与えられた業務は常に最後まで全うしようとする大変真面目な性格と強い責任感を有している。そのため時にはAさんの責任感の強さから職員の指示を受けていない業務も、一部自己判断で遂行してしまうことがあった。またこの病院に応募した動機として「人の役に立ちたい」という思いも強く、患者にはもちろん、周囲や職場に対しても「自分は貢献できているのだろうか」と日常的に自問自答することも少なくなかったという。
その様子を受けて職場では、本人の思いの確認や今後の見通しを互いに確認するため、月に1度の個別定期面談を実施することとした。面談では困ったこと、本人の不安、業務の進め方などについて丁寧に話し合われている。本人は困ったことはあまりない、と言っているようであるが、これは精神障害者のストレスマネジメントにとって大変重要な視点である。自らの主張や思いを表現しにくい精神障害者にとって、面談の機会を得ることは職場との関係性を構築しかつ自らのストレスを減少させ、次からの業務への意欲回復に大きく影響を与えるものであることを病院側が理解し、この面談は現在も継続して行われている。
- 視覚的構造化(見える形でわかりやすく)
Aさんに代表される精神障害者は、一見表情などから安定しているように見えても、心理状態はひどく不安や混乱に晒されていることが少なくない。そのため心理的に不安定になると認知にも影響を及ぼし、すぐに分かるはずのものが分からない、できていた単純なことに相当の焦りを感じる、といった状況に陥りやすい。
Aさんが勤務するスタッフステーションでは、本人にとって単純に分かりやすい、という考えから、「Aさんが今現在行っている業務」をホワイトボードに全て張り出した。業務内容はその時々の状況によって変更されるため、随時ホワイトボードは更新され、本人が一工程を終了した段階で再度ボードを確認し次の業務に当たるといった具合である。
これを障害者支援では視覚的構造化と呼び、障害者が業務を理解し易くするための環境作りの基本となっている。掲示物は具体的かつ正確に作業内容を表すため、彼らは明確な指示を受けることができることと同時に、記憶保持の難しい場合でも言葉のように消失せず、その場に保存されいつでも見て確認することができるのである。
これを当病院では自然に行ったとのことであるが、障害者にとって理解し易ければ、誰もが理解し易い職場であり、当たり前の条件整備が障害者雇用にも重要であることを知らせてくれる取組である。どの職場でも誰もが分かりやすい環境であれば、業務効率は向上し生産性も高まることが知られているが、そのヒントが障害者雇用にある。
- 対応の統一
精神障害者は意図せず不安や混乱に遭遇することが多いため、何とか自分を律する方法を自分なりに探す場合がある。Aさんも同様に、自分のやり方が正しいのかどうか、周囲の評価はどうか、追加の情報を知りたいがどう聞いたら良いのか、などの不安を感じた際、自分の不安を解消するためひたすら確認し落ち着こうと、職員に対して何度も同じ質問を繰り返した。
この行動に対して病院は、回答を統一し丁寧に応えるという対応を関わる職員全員で行った。これによってAさんは不安や状況による変更に惑わされず、常に正しく自分のとるべき行動を把握することができた。立ち戻る答えが分かり、安定することができるようになったのである。
人や条件によって回答が変わることは、精神障害者の混乱をさらに増大させるため、彼らとの関わりの中で不適切であるとされることが多いが、当病院ではこれも自然な形で、意思対応の統一を図り指示を明確化した好事例である。一般的に社風や社員の関係性などから、障害者に対する対応の統一は容易ではないが、この事例のような環境下では、精神障害者が不安定になりにくいことは明らかである。
2. 障害者雇用の効果、考察
(1)障害者雇用の効果
雇用による効果を改めて検証する。一つ目は実際の雇用によって精神障害者の特性や対応方法を確認することができた点である。これまでは障害者への不安要素が先行し、どんな配慮でどんなことができるのかを病院では掴めずにいたことは事実である。しかしAさんの雇用によってその不安は払拭され一定の配慮があれば十分に力を発揮し、職員との意思疎通も可能であることがわかった。障害者雇用を進める見通しが立ったことで、法人として社会貢献の可能性がさらに高まったことが、単純であるが初めて障害者雇用を行う企業にとっては大きな効果である。
二つ目に職員の意識向上である。障害者雇用では本人が自然な形で周囲から配慮やサポートを受け適応していくことが重要であり共に働く同僚の役割が欠かせない。当病院では、Aさんへの自然な配慮が職員間に浸透した結果、障害者だけでなくこの職場で働く全ての職員への配慮につながり、職員の関係性や職場の雰囲気に少なからず良い影響が現れていると考えられる。またこの取組を特に意識せずに実現していることからも、社風や職員の資質によって、こういった自然な配慮を生み出す土壌が既にあったのかもしれない。
![]() ![]() Aさんの業務風景 |
(2)考察
- 変化への対応
初めて障害者雇用を行う際には、障害者職業センターのような就労支援機関へ協力要請を行い、職場環境の見直しや管理体制の整備についてアドバイスを受けることが重要である。
このことが意外に難しい。人材の養成や配置に関して社内に他者の価値観を取り入れることは、時に運営方針の変更も伴うことからも敬遠されがちである。しかし当病院にはこのようなことへのおそれがない。むしろ変化に対して柔軟に対応しようという姿勢を持っている。このような姿勢こそが新たな取組を可能にし、地域貢献や生産性を高めていくことにつながるのではないかと考える。「まずは相手に合わせてやってみる」である。初めて障害者雇用を検討する企業にとっては、導入時の心構えとして見習うべき姿勢である。
- 業務遂行に関する試行錯誤
Aさんの業務遂行について、Aさんの上司から聞き取る中で、多く聞かれた言葉が「まずやってみること」、「合うように変更すること」であった。Aさんに対する関わりの工夫や業務遂行のための改善のアイディアについて、「まず実行してみて、うまくいかなければ改善する」。
ここに障害者の雇用継続の大きなヒントが隠されている。特に初めて雇用を行う企業にとっては、まずは、ジョブコーチ支援等を活用し、課題解決に向け取り組んでいくことが必要である。そして、新たな課題に対する取組は、日々職場での試行錯誤が欠かせない。この事例では試行錯誤の取組がタイムリーに行われた結果、Aさんの職場定着につながっていると考えられる。
- 興味関心の活用
Aさんはインタビューの中でこの仕事についての志望動機について話してくれた。以前病気で入院した際、看護師に大変良くしてもらったことから、自分も人の役に立ちたいと強く思うようになったそうである。それは就職後も変わらず、一人でも多くの患者に貢献できたらと考えている。
そしてこの考えを同僚たちは理解し、実現に向け取り組んでいる。これが彼の興味関心を活かした関わりである。精神障害者は様々な障害特性ばかりが注目され、本人との関わりの大部分が特性への対応となってしまうことが多いが、彼らは人としての思いや願いも当然持っている。障害者支援では本人達の希望を尊重して支援していくことが基本であるが、今回はこのような関わりが実践され、本人も受容の実感があると話している。このことが障害者の可能性を引き出し、新たな職域開拓や自己成長のきっかけとなるのである。障害の特性ばかりに目を向けることなく、人としての思いや願いを受け止めて関わることの重要性を示す事例である。
3. 今後の課題と展望
Aさんは現在患者と関わることが少ない病室整備の業務を主に担当している。希望ではもう少し人と関わる業務を増やしたいとのことではあるが、業務遂行のスピード向上、正確な指示理解、ルーチン業務の習得などに課題があることも事実である。一定程度職場の理解が得られていることを考えると、今後は支援機関の力も借りながら、いかに自らの資質を向上させ職場貢献できるかが大きな課題となってくるであろう。それによって職域の拡大も進む可能性は十分にあると考えられる。インタビューの中でAさんは、まだまだ自分にできる仕事はあると思う、とにかく人の役に立てることをがむしゃらにやっていきたい、と今後の抱負を話してくれた。彼のこの思いを業務と関連づけていくことが雇用継続や職域開発における今後の手がかりになるだろう。
また病院における障害者雇用の展望について事務部長に伺った。今後は雇用拡大を検討しており職域の検討も進んでいること、また他機関との連携を強化しながら、病院の使命である地域貢献を推進していきたいとのお話をいただいた。
社風や法人としての理念に大変魅力のある医療機関だけに、障害者雇用についても今後地域のモデルとなるような好事例の報告を期待したい。
センター長 黒澤 哲
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