地域の支援機関との連携を機に、障害者雇用が円滑に進展し、職場定着に成功した事例
- 事業所名
- アートチャイルドケア株式会社 アートチャイルドケア山形東原保育園
- 所在地
- 山形県山形市
- 事業内容
- 認可保育所
- 従業員数
- 22名(平成26(2014)年8月1日現在)
- うち障害者数
- 1名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 1 清掃、施設管理業務 等 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 事業所外観 |
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業主の概要
アートチャイルドケア株式会社はアート引越センターを核とするアートコーポレーション株式会社のアートグループの1つで、認可保育所、企業・院内保育施設の運営等、多様な保育ニーズに対し良質なサービス提供を行っている。
アートコーポレーション株式会社の創業者である寺田夫妻が、同社の前身である運輸業を創業し、自らも子育てと仕事の両立に苦悩しながら事業拡大に奮励してきた話は有名である。女性の社会進出と労働力が期待される昨今、自らの経験に基づきワーキングマザーを支える地域環境の発展に貢献したいという思いが、保育事業参入の大きな動機となっているようだ。
当社の強みは全国各地に事業拠点を拡大し、多くのケースから学び、確立した独自の教育研修システムがあることである。確かな人材育成と専門性向上を図りながら安全・安心・安定を追求した保育を提供し、地域ニーズに応えている。
(2)障害者雇用の経緯
アートチャイルドケア山形東原保育園は、当社の中で東北初の認可保育所として平成25(2013)年4月1日に開所。当社の東北地区拠点の柱として、大きな期待を背負い発足した。
企業コンプライアンスの取組として、各拠点で障害者雇用を推進する当社の全体方針に合わせ、園長の山下真理子氏が、東京本社の管理部より「障害者雇用を始めよう」と言われたのは開所して間もない頃だった。
しかし、園長としても『何をどのようにすれば、この保育園で雇用できるのか』、『どこに、どのような人がいて、何ができるのか』など、分からないことだらけだったようだ。
2. 取組の内容
(1)ハローワークを中心とした支援機関との相談・連携
管理部のある東京本社からハローワーク山形に届いた障害者専用の求人票には“調理補助、清掃等”という職域が記載されていた。ハローワーク山形では当社の障害者求人を扱うのが初めてだったこともあり、具体的な希望条件等の確認のためアートチャイルドケア山形東原保育園(以下「事業所」という。)に連絡。後日、ハローワークと障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターが連携を取り、当事業所で具体的なニーズアセスメントを実施した。これが、当事業所と支援機関がつながった契機となった。
この際、当事業所は具体的な対象者像や雇用条件を持っておらず『明るく、みんなと協調して活動できる方を所望する』とだけ伝えられた。
支援機関は当事業所が示す条件に合致する対象者を見いだせなかったため、他の職域での受け入れは可能かと確認した。当事業所が了解したため、具体的な職域と作業スケジュール等の設定を行うために障害者職業センターで職務分析支援を実施することになった。
(2)職務分析
保育園という業種には障害者雇用の安定を図る為の配慮をお願いできない対象者がいる。それは、園を利用する子ども達である。
職務分析を担当したジョブコーチは保育園特有の環境課題を踏まえ、障害者と子ども達の活動が可能な限り重ならないよう配慮し、優先度の高い職域の中でも単独で安全に作業可能な清掃作業を中心に職務設計を実施した。
さらに『やってもらえたら助かる作業』という当事業所が抱える潜在的ニーズも逃さず確認している。
この支援は職域を拡大する上で有効なものであるが、それ以上に労働者としての事業所内評価を高め、社会的信頼感や自己有益感等の獲得に繋げる上でも重要な視点である。対象者に合わせた作業を考えていた事業所ニーズにも着眼したものであり、職務分析のエッセンスともいえる支援をきっちり実施している。
(3)障害者雇用に向けた取組み
- Aさんの特性の確認
職務分析結果をもとに、ハローワーク等が持つ情報から対象者を検討した。その結果、就労移行支援事業所に通うAさんを選出した。
穏やかで柔和な笑顔を見せるAさんは、療育手帳を所持する30代の女性である。
後日、事業所やAさん本人を含めた会議を開き、各支援機関からAさんの情報や課題点、職務分析の結果等について検討がなされ、Aさんについて以下のような確認を行った。
◆学習速度の緩慢さ。指導方法への配慮が必要。覚えた後でも作業手順や作業確認動作の順守がルーズになる。
◆スムーズなコミュニケーションが可能であり、他者との協調面がセールスポイント。反面、何でも理解できているような印象をもたれるリスクがある。
◆不安が直接的な感情の起伏や意欲低下に直結しやすい。
◆交友関係など仕事に関係のない話でも気になると公私の切り替えができず、職場内で同様の相談を繰り返す、等。
事業所はこの会議で、Aさんがこの職場環境下で安心して働き続けられるかを確認できるよう雇用前の実習を提案。本人を含む参加者全員が実習に同意し、就労移行支援事業所の訓練として2週間の実習を実施することになった。
その後、障害者職業センターから実習で実施する1週間の作業内容とタイムスケジュール案が提案された。支援者側の目標設定は、Aさんの作業状況を確認し、雇用に向けた具体的な調整点を把握して実施することとした。
- 実習の実施
実習支援は就労移行支援の支援員が担当し、通勤支援から始まった。何気ないことだが、今後の職業継続を果たす上でも重要な視点である。
選択肢は、自宅から『①バス、②自転車、③徒歩』の3つ。バス、自転車共に移動可能だったが、時間の管理に対する本人の不安感や積雪時の自転車移動の危険性等を踏まえて慎重に判断し、体力に自信があるAさんは徒歩移動を選択したようだ。
障害者の場合、季節等により生じる活動条件の変化が職業継続上の課題や不安に波及するケースも少なくないため、通年同条件でできる方法を選択する意義は大きい。
次に、支援員は全作業の手順を作成。手順の習得に一定の時間が必要なAさんの特性や適性に配慮し、正しい手順の確認を繰り返した。
特に、床掃除については掃き掃除の後に行う水拭の方法と使用用具の選定も実施。選択肢は『①簡単だが広範囲の作業を行うのに労力を要する手拭き、②取扱いに訓練が必要だが広範囲の作業がやりやすい水モップ』であった。
支援員は可能であれば作業効率の高い水モップを定着させたいと考えていたが、Aさんは水モップの取り扱いに苦戦。そこでジョブコーチでもある支援員は体の使い方や手順と動作のモデリングを示しながら、数日間に渡り支援を継続。その期待に応えるようにAさんも徐々に慣れ始め、水モップ作業を体得できたようだ。
水モップ訓練の様子
さらに『やってくれたら助かる作業』では、計算や書字等の事務補助や洗剤等の調合は困難だったが、園児が遊ぶ遊具の除菌作業等は問題なく実施できることを確認できた。
保育士との関係も概ね良好で、2週間の実習を完了。予定していた確認作業も完了できた。Aさんは実習で頑張れた自信からか、これからもこの職場で働いていきたいという思いが強くなっていた。
実習反省会には東京本社管理部からも参加した。管理部の担当者は「実習時の活動を評価し、Aさんを採用する」と、参加者全員に告げた。
3. 取組の効果
(1)雇用条件と新たな課題
雇用にあたり、支援者はトライアル雇用制度の活用を提案したが、管理部の担当者からは2週間の実習評価を踏まえ、常用雇用の方針を示した。その代わり、更なる職場定着を進めるため、ジョブコーチ支援を要請した。
これを受け、各支援機関は職場定着を進めるためのジョブコーチ支援の開始に向けた準備を早急に調整。ジョブコーチは職務分析を担った障害者職業センターと、実習支援を行った就労移行支援事業所の各ジョブコーチがペア支援を実施することとなった。
(2)ジョブコーチと事業所の連携による職務支援
Aさんは作業手順と時間の管理を同時に行うことが苦手であったため、作業手順を優先する配慮が必要だった。更には、作業手順が部分的に抜けてしまうことも時折見られた。
これにより、作業スケジュールよりも早く作業が進む傾向が強く、時間が余ってしまう課題が出た。これに対し、ジョブコーチは2つの対策を立てた。
【対策:1】 現状確立されている作業のクオリティを高めるための支援Aさんの労働感覚は『実習よりがんばる』というイメージだった。ジョブコーチは、労働は、自分が頑張るだけでは良い評価はもらえないこと。『事業所からお願いされたところを全部綺麗にする』ことが認めてもらえる秘訣であることを伝え、実習との差別化を図った。
具体的方法として、作業毎に分解された手順書を作成し、工程毎に完了のチェックをする方法を提案。更に、掃除したところがしっかりきれいになっているか、必ず確認する習慣をつける支援を徹底した。
事業所には作業の節目毎に、キーパーソンに作業状況や進捗を確認いただけるよう協力を要請した。これにより、手順抜けの防止と作業成果に対する意識向上を図っている。このような支援の結果、Aさんは一つひとつ確認しながらの作業になるため、スケジュールを大幅に先行することも減少した。
![]() 報告の様子 | ![]() 記録様式 |
【対策:2】 新たな作業の追加
ジョブコーチは作業的負担増や新たな課題が生じ易い固定業務の追加を避け、時間が余った際に実施できるオプション作業を提案した。
具体的にはウッドデッキの掃き掃除や廊下の小窓の拭き掃除、自動ドアの溝の掃除等、毎日実施する必要性のない職域である。
(3)ジョブコーチ支援の成果
一連の支援により、Aさんも決められた作業を予定に沿って、抜けなく丁寧に実施できるようになった。また、事業所もAさんから作業報告を受けることで、作業状況の管理や作業ミス等の適時指導が可能になり、効果的な業務管理体制を確立できた。
「現在では、Aさん自らが作業等を見つけ出し時間があるので○○作業をしていいですか?と自発的に提案して作業ができるまでに成長しました」と山下園長は嬉しそうに話してくれた。時間の経過に比例し、事業所内でのAさんの存在感と信頼感が増している。
また、当事業所の長でありキーパーソンでもある山下園長の考え方がもたらした功績も大きいといえる。山下園長には『障害種別による特性はあっても、人は一人ひとり違うものだから、種別で判断するのではなく、働く方に合わせて、業務や条件等を検討していく必要がある』との一貫した考えがあった。過去に障害児施設での就労経験もあり、障害への理解が高かったことや、これまで多くの児童に向き合い、一人ひとりの個性を育んできた保育士ならではの視点でもあろうが、障害者雇用を進める上で非常に重要な視点である。当事業所が重要視した『働きやすい環境』を具現化できたのは、この視点の成果だといえる。
4. 今後の展望
雇用は企業にとって難しく重要な作業である。ましてや、初めての障害者雇用ともなれば、担当者はそれに係る多くの情報を入手・確認し、作業を進めなくてはならない。多くの不安や課題を抱え込むことも必然といえる。
当社は全国的にみれば障害者雇用の事例を持っており、本件もその高い組織力を活かし、自力で進めることも可能だったかもしれない。しかし、実際に膠着状態を打開した契機は、地域の支援機関とのつながりにあった点に着目したい。
当事業所は、地域の支援機関との相談過程で、障害者雇用に関する法令やそれに基づく支援制度等を効果的に整理することができた。
また、身近な地域に就労支援を受けながら就職を目指し訓練活動等をする障害者がいることなど、これまで知らなかった地域資源の確認・把握が進んだことも障害者雇用への一歩を踏み出す原動力になった。
障害者雇用の取組を俯瞰的に見れば、地域の支援機関との連携が有効であることを実感できるはずである。なぜなら、法令や制度は全国共通でも資源は地域差が大きいからである。事業規模に関わらず障害者雇用の進展のためには、抱え込まずに地域のネットワークの活用を提案したい。
昨今、世界的潮流の中で、我が国も障害者権利条約に批准した。人権の享受を尊ぶ時代、今後さらに障害者の社会参加が拡大し、就労というテーマも、今以上に大きなニーズとなるだろう。
ワーキングマザーの社会進出を支える使命とともに誕生し、確かな実績を重ねている当社には、今後、障害者雇用でもその高い組織力と専門性を活かし、本件のような個別性を重視した障害者雇用を全国の拠点で創出できれば、障害者の就労と社会進出にも大きな力となるだろう。
当社は、認可保育所の中でも少数派といえる株式会社の保育所だが、『地域性を出しながら、地域に根差し、株式会社だからできる施設運営をしていきたい』という高い意志と方針を持っている。中でも、本件のように『人の違いを認め、受け入れていくために、自分たちは何をすべきか』という、障害者に向き合うスタンスには強い共感を覚える。
当社だからできることへの可能性に、期待が膨らむ。
地域就労支援部長、ジョブコーチ 鈴木 宏
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