素直な性格が成長の要因
—障害者に合わせた職域開発と徹底した受け入れ教育—
![]() 本社の外観 |
1. 事業所の概要
当社は明治24(1891)年に「間々田元吉商店」として舶来織物、唐糸類の卸売業として下館の地に創業した。
明治、大正を経て昭和39(1964)年の東京オリンピック以降、特に学生衣料に力を入れ、茨城県・栃木県・千葉県・埼玉県・福島県・群馬県の小中高学校の生徒さん向け制服、体操着を卸販売している。
時代に合った事業の多角化をはかり、現在は4つの事業から成り立っている。
【1】物販事業(小・中・高校生徒さん向け体操着・制服及び寝具・タオル・ギフト)
【2】サービス事業(女性向け30分フィットネス「カーブス」)
【3】保険事業(損保・生保の訪問販売と来店型ショップ)
【4】太陽光発電事業
2. 障害者雇用の経緯
(1)雇用のきっかけと職域開発
以前は、障害者に対して関心が薄く、障害者を1人も雇用していなかった。しかし、これでよいとは考えておらず、平成25(2013)年から障害者の法定雇用率が2.0%に変わることも配慮し、平成23(2011)年から全社を挙げて、障害者の雇用を進めることにした。
ハローワーク主催の合同就職面接会、障害者雇用セミナー等に積極的に参加した。合同就職面接会では、当社の仕事に合わせて障害者を探そうとしたが、短時間での話だけでは、当社のどの仕事に向いているかを判断することは、極めて難しいことがわかった。そこで仕事に合わせて障害者を探すのではなく、障害者をよく知ることに努め、その障害者に合わせた仕事を探すことにした。
折しも合同就職面接会で当社に興味を示した知的障害を持つA君(20歳)について知ることに努め、またA君に合わせて仕事を探したが、ぴったりの仕事は見つからなかった。そこでA君のために雑巾縫いと、そのネーム付けの仕事を開発し、担当してもらうことにした。
(2)障害者をよく知るために
- 特別支援学校の授業を見る
知的障害者をよく知るために、特別支援学校の授業を見学することにした。「百聞は一見に如かず」であり、明るく元気で質問にはきはき答える生徒も多く、知的障害者に対するイメージは大きく変わった。また、先生の話は「牛歩の歩みであっても、努力の継続で人間はいくらでも成長できる」ということであったが、この話を実感させるものがあった。
この訪問で学校がミシンを使って縫製を学ばせていることを知った。その後採用したA君を縫製担当とし、学校と同じタイプのミシンを購入したのは、このときの経験を活かしている。同タイプのミシンなので、A君は少しのアドバイスだけですぐにミシン操作ができた。
- 特別支援学校の評価を活用
特別支援学校の評価は、本人の状況を粉飾しないで記載されているので、採用後の管理の参考になる。たとえば、A君は持病があり、「入院履歴や臨時実習のドクターストップ」等が記載されており、日常生活でかなり気を使わなければならないことがわかった。持病は心配であったが、不思議なことに入社以来、持病はまったく発症しないで無遅刻、無欠勤である。学校という温室から社会という大海に乗り出して、気持ちも体も強くなったのかもしれない。
- 職場見学と家庭訪問
人事担当者の説明や会社案内だけで当社を理解してもらうことは難しいと考え、A君とその両親を招いて職場見学を実施した。
合同就職面接会におけるA君の印象は、緊張もあったのだろうが、ほとんど話をすることはなかった。話し方もおっとりしていて、これで職場に溶け込むことができるのかと、心配した。しかし、職場見学によって、より理解が深まり、お互いの間にあった壁が取り払われた。
両親の穏やかで人を思いやる人柄に触れることができ、両親の話からは「A君は引っ込み思案ではあるが、信頼関係ができれば何でも話すこと」を知った。両親を前にして安心感が出てきたと思うが、A君は合同就職面接会の面談時とは打って変わって、いろいろと話をした。一方、A君も両親も会社の明るい雰囲気と親しみやすい従業員によって、不安を払拭することができて安心感を持ったようである。
適切な指導を行うためには、会社と家庭の連携は欠かせないものと考え、常務が家庭訪問したが、安定した家庭にじかに触れることができたため、A君と両親に対する信頼を、"期待"から"確信"に変えることができた。これらの段階を経て、A君は、平成23(2011)年4月に採用された。
- 成果はじっくり判定
- ①効率や生産性を求めない
初めから効率や生産性を求めてはいけないと考えている。特に知的障害者は一般的な話であるが、覚える速度が遅いので、成果、成長は、気長に見る必要がある。
前述したように最初は、仕事の雑巾縫いと、そのネーム付けから始まった。これができるならこれもできるのではないかと考えるようになり、ハンカチのネーム付け、ギフト用のタオルや体操服をたたむ仕事もこなせるようになっている。
雑巾は、小売店に置いてもらい販売促進をはかっているが、そう簡単に売り上げが伸びるものではない。しかし、ゆっくりじっくり伸ばしていければよいと考えており、機会をとらえていろいろなところにPRしている。
なお、ネーム付けは、ミシンを使うほか、アイロンも使用するが、当初は危険な作業ということで、させていなかったアイロンを使ったネームの圧着準備作業もできるようになった。
- ②職場の雰囲気が和む
昨今の若者は、会社の行事や飲み会にあまり参加しないようであるが、A君は積極的に参加し、話をする。穏やかなA君が入社してから職場の雰囲気がよい意味で和んだという声もよく聞く。これらは、金額換算できないが、大きな会社貢献といってよいだろう。
- ①効率や生産性を求めない
3. 取組の内容
(1)定着のポイント
- あらゆる機会をとらえて受け入れ教育
初めての知的障害者の採用であり、本当に継続できるのか、一部に不安の声も聞かれたが、準備をしっかり行えば大丈夫だろうと、「案ずるより産むが易し」の採用となった。
まず、会議や朝礼の場で、障害者雇用の必要性を訴えた。また、たった一人の心ない言葉が障害者を傷つけ、退職に追い込むケースもあると聞いていたので、受入れに当たっては、配属先ばかりでなく、全社を対象として、知的障害者の特性の紹介と受け入れ上の注意を徹底した。
- 社内と社外の適切な指導者
初めてということもあり失敗は許されないし、全社に会社の本気度を示す必要があり、入社当初の指導は、社内に影響力があり、かつ包容力のあるお母さん的な人がよいだろうということで、女性の主任を選任した。間違っていることや障害に関係のない部位での甘えは許さない厳しい指導を行ったが、素直なA君は、すべてを懸命に受け入れた。その後、「あの人がやるのであれば、私も」と、主任に続く指導者も張り合いを持ってA君を指導している。
また、社外の指導者として、茨城障害者職業センターへジョブコーチの派遣をお願いした。若い男性のジョブコーチは、最初のころは月に数回訪問し、心のケアという点で大きな助けとなった。
- 会社と家庭をつなぐ日報
入社当時から毎日欠かさずに会社と家庭を往復する日報を付けるようにしている。
時には、怠けたくなる気持ちが出ることもあるが、1日の生産目標を決めて、よくできたときには、「よくできましたシール」が張られるので、モチベーションアップにつながっている。日報は、会社と家庭をつなぐ交流ノート、A君の張り合いノートにもなっている。
入社以来、1日も欠かさないで継続しているので、成長の過程が一目瞭然である。ご参考までに、その内容を抜粋し紹介する。
ミシンで雑巾を縫うA君A君「 名札付けとタオルたたみをしました。ひさしぶりのタオルたたみだったので、おりかたをわすれていて、ぞうきんのおりかたをしてしまいました。」 指導者「 たたみ方の忘れは、うっかりですか?同じようなタオルを使っていますから、そんなこともあるね。作業の種類もふえていますから今から何をやるか、よく考えてからやって下さい。がんばって!」
A君「 名札を作りました。アイロンも使いやすいです。次は、100枚以上できるようにがんばります。」 指導者「 アイロンが使いやすくてよかったです。名札付けは、圧力と動きがポイントです。」
両親「 今年も半年が過ぎ、会社の今期も残すところ1か月となり、本人に何か新しいことに挑戦しなくてはと話しました。本人は、巾着袋作りに挑戦してみたいと言っていました。果たして巾着袋が会社にとって必要なのか、役立つものかはわかりませんが、本人はやってみたいそうです。会社の方でも何かあればご指導下さい。」 指導者「 巾着袋ですが、まず試作品を作ってみましょうか。新しいことにチャレンジすることが大切です。」
両親「 仕事で気が張っているのか、家に帰ってくると、しぼんだ風船のようです。今回も3連休でしたが、ぼうーっとしていたようです。会社でぼうーっとしていないといいですが・・・。」 指導者「 会社では気合を入れますから大丈夫です。」 - 素直で誰からも愛される人柄
Aさんは、器用ではないし、スピード感を持って、テキパキやるわけではない。しかし、両親の愛情を一身に受けて育ったことも影響していると思うが、みなさんの注意を大変素直に聞くので、誰からも愛されている。成長が著しいのは、注意しやすい性格の賜物かもしれない。
4. 今後の課題と展望
(1)仕事の領域の拡大にチャレンジ
本人いわく「入社3年目であり、まだ仕事をマスタ—するところまではいっていないが、みなさんよく指導してくれるので、仕事は楽しい。これまでもヒヤリとしたことはなく、安全な仕事と思う。人や環境に恵まれているのでうれしい。」
「ゆっくり、じっくり」がA君に対する職場の合言葉のようであるが、これまで同様に現状に甘えることなく、さらに仕事の領域を広げることにチャレンジしていってほしいものである。
(2)通勤手段
自宅が遠方(車で25分)ということもあり、両親、ときには姉が交代で送り迎えしている。交通安全にはかなり気を使わなければならないが、原付免許は取得しているので、いつの日か自分で通勤することを期待したい。
(3)将来の生活設計
当社の定年は60歳、継続雇用は「希望者全員65歳」である。A君は、まだ若いが、将来の生活設計を立て、健康に留意していけば、老後も安心であろう。
(4)雇用率
昨年、内部障害者(重度の心臓機能障害者)が仕事が合わないと、障害と関係のない理由で退職し、法定雇用率を下回ることになったが、準備のない数字合わせの雇用は、定着も難しく、職場の不信感を招くことにもなる。
しかし、障害者の雇用は、義務であると同時に社会貢献であり、障害者に合わせて仕事を開発し、できればあと2~3名は雇用したいと考えているという。
(5)常務の間々田 剛さんの話
![]() 「A君の性格は思慮深く素直」と、間々田常務
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今回の取材で対応いただいた常務の間々田剛氏は最後に「受け入れのための社内教育の徹底と指導者に恵まれたことが定着の理由に挙げられるが、何といってもA君の性格が素直で、アドバイスや注意をしっかりと吸収してきたことが、成長の最大の要因と思う。家族の深い愛情と家庭の暖かさが肥沃の土壌を作り、誰からも好かれる性格が育った。すばらしい家族の期待に応えるため、本人の真の自立をめざしたい。ゆっくり、じっくりを基本に職場全体でバックアップしていくことが、第2、第3のA君の誕生につながっていくと考える」とお話しされた。
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