知的障害者に寄り添う「見える化」の広い効用
- 事業所名
- 株式会社ベジタブル・ウェル
- 所在地
- 熊本県熊本市
- 事業内容
- ベビーリーフの検品、ブレンド、計量、袋詰め
- 従業員数
- 13名(役員を除く)
- うち障害者数
- 11名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 11 ベビーリーフのブレンド・袋詰め 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 株式会社ベジタブル・ウェル 外観 |
1. 事業所の概要
(1)事業の概要
株式会社ベジタブル・ウェル(代表取締役 鶴上誠一郎)は、農業生産会社である有限会社ベジタブル・ユー(ベジタブル・ウェルと同住所、代表取締役 小原弘一)の子会社として平成24(2012)年に設立された。
有限会社ベジタブル・ユーは創業8年目(平成26(2014)年現在)になるが、地元の農業者としての経験は長く、トマトやベビーリーフのハウス栽培を行い、品質の高さ・安定した供給力は高い評価を得ている。収穫されたベビーリーフは、作業場内で検品、複数種のブレンド、計量、袋詰めといった工程を経て出荷される。それらの軽作業は知的障害を持つ人に適した業務形態であると考え、障害者雇用を前提として「独立」したのが株式会社ベジタブル・ウェルである。
(2)ベビーリーフ生産と今後の課題
ベビーリーフが日本で普及したのは15年ほど前(平11(1999)年頃)のことである。その時期からベジタブル・ユーは熊本県内で生産を開始している。以来、ベビーリーフの需要は右肩上がりで増え続けており、ベジタブル・ユーも出荷量を増やし続けている。
但し、ベビーリーフの生産は安易ではない。年間10回生産を行える施設園芸という特性から安易な参入も多いが、連作障害や気候の変化への対応も難しく、生産農家の数や価格の上下も激しい。
このような市場で経営を安定化させるには、商品を安定供給できる生産技術と広大な栽培面積を持ち、商品を無駄なく供給できる多くの販売先が必要である。ベジタブル・ユーは早期に営業開拓を成功させ、近畿や九州のコープ(生活協同組合)を主に100社以上の取引先を有し、栽培の総面積は5ヘクタールに及ぶ。種まきや水かけは人手、収穫も機械ではなく手摘みで行われ、品質においても高い評価を得ている。経営は安定しており、業務受託するベジタブル・ウェルも安定的な状況にあるという。
現在、再び全国的に生産量が過剰気味になりつつあるが、自社の経営に大きな問題は発生しないだろうとベジタブル・ウェルは予測している。
2. 障害者雇用の現状と経緯
(1)障害者の配置と従事業務
ベジタブル・ウェルで常時勤務している従業員は13名(役員を除く)。うち障害を有しているのは11名で、いずれも軽度の知的障害である。
全員、ベビーリーフの検品、ブレンド、計量、袋詰めという一連の軽作業に従事している。ベビーリーフは7~8種類の野菜をミックスして商品化される。別々の栽培施設で生産されたものを作業場のテーブルの上でブレンドしながら検品していくのである。
![]() ①検品 | ![]() ②袋詰め |
![]() ③袋詰めから計量へ | ![]() ④パッケージング |
(2)障害者雇用の経緯
ベジタブル・ウェルが設立されたのには、親会社であるベジタブル・ユーの小原代表の次男が知的障害を負っていたという背景がある。
養護学校(現在の特別支援学校)から企業に就職したものの、うまくいかない。小原代表は、同じく地元の農業者でもありベジタブル・ユーの経営スタッフでもあった鶴上氏に相談した。
「せっかくベジタブル・ユーという会社があるのだから、ここで雇用してみたらどうだろう」ということになり、入社する運びとなった。袋詰めやシール貼りを担当させてみると、スピードも障害のない社員と変わらない。「これならやれそうだ」と確信を得た。
「やるなら、障害福祉サービス事業の就労継続支援事業所ではなく、一般の事業所として立ち上げ、軽度に限られるが知的障害を持つ人を広く雇用できれば、地域への貢献にもつながるのではないか、と考えたわけです」と、鶴上社長は語る。そして「ベジタブル・ユーの就労環境は従来型の地域農業のスタイルでした。障害者雇用に合った雇用契約や就労環境を整えられるように、別会社を立ち上げた方がよいだろう。そう判断したのです」と。
(3)採用と指導
ベジタブル・ウェルでは、採用に当たってまず研修を行い、次に面接に進む。研修の内容は「袋詰め」作業で、その仕事ぶりで適性を判断する。研修の期間は高校などの規定に合わせ、通常2~3週間である。
入社後は、現場で指導を受けながら仕事に慣れていく。まず入社初期ではジョブコーチによる指導がある。「働く」ということを覚えるためにジョブコーチの果たしている役割は大きい。以後は、障害のない社員2名が作業について具体的な指導を行っていく。
もっとも、ベジタブル・ユーの作業施設内での受託業務なので、ベジタブル・ユーの従業員たちといっしょに働いているといってよい。事業としては別会社だが実際には協働しており、障害のある社員をみんなでサポートしているのだ。
(4)退職者と障害者雇用の問題
2年間で退職したのは1名のみである。仕事中のコミュニケーションが原因で、「やめたい」と言い始めた。ちょっと強く叱られたという程度のことで、家族からも考え直すように説得したのだが、退職の意志は覆らなかった。鶴上社長は語る。
「彼の性格としては、がまんできなかったのでしょう。できるだけ気持ちを汲んであげたかったが、共同作業ですからね。」
もう1人、現在やめたいという者がいるという。友人たちの影響を受けているようだ。グループホームで一緒に暮らす友人たちに就労継続支援A型事業所勤務者がおり、彼らと比べて「自分はがんばっているのに給料が彼らと変わらない。だったら楽なところに行きたい」と。学校の先生たちも「一般企業に勤めるチャンスなのだからがんばりなさい」と諭すのだが、親しい友人の影響力は強い。
鶴上社長は「一人ひとり性格も家庭環境などの条件も違う。企業がどこまで本人たちに寄り添っていくべきか、現実には問題は多々ある。但し、全員とうまくいくということはない。これは障害があってもなくても同じです。問題を克服していけるメンバーが残っていくのだろうし、いっしょに克服していける人を雇用していきたい」と語る。
3. 取組の概要と効果
(1)一人ひとりのケースに寄り添う生活サポート
知的障害の場合、仕事面の指導とは別に、生活面へのサポートが必要になるケースが少なくない。例えば、お金の管理ができない人には管理方法を指導したり、会社で貯金の管理を手伝うケースもある。
ある事例では、本人が入居しているグループホームから「帰宅時間が合わないために同居者と会えず、孤独になっている」という相談があった。そこで、1時間早く仕事を上がらせて帰すようにした。結果として、表情も明るくなったという。
別の事例では、「アルバイトをしたい」という社員がいた。「家族で働いているのは自分だけなので、もっと稼がなくてはいけない。仕事が終わってから夜間のアルバイトをしたい」という。
社長が本人と話してみた。「君の仕事は何だ?ここで8時間仕事をすることだろう。夜のバイトをすれば最初は稼げるかもしれないが、やがて疲れて本業がおろそかになっていくよ。だったら、ここの仕事を1~2時間増やしてみてはどうだ?」と。その言葉の背景には、夜間のアルバイトやその移動による事故への心配があった。
彼はベジタブル・ウェルで残業や休日出勤をするようになり、家族からも喜ばれているという。鶴上社長は次のように語る。「もちろん、日を決めてバランスを考えながらやっています。就労上の問題もありますが、彼らの家庭にも事情がある。それをなんとかみんなで考え、乗り越えていく。これもまた障害者雇用の現実だと思いますね。」
(2)本人や家族とのコミュニケーションと判断の所在
本人たちが悩んだり、話したいことがある時、障害のない社員2名がサポート役となる。何らかの異常を感じた時には、すぐに社長へ報告し、その都度社長が判断をする。その際、判断を行うのは社長だけである。
「障害者の場合、個人生活に踏み込むケースもある。それは社員が判断するには重い問題であり、判断を誤ると大きな禍根を残す。余計なストレスを背負わせないためにも、危険を防止する意味でも、判断は経営者である私がすべきだと考えています」と、鶴上社長は語る。
また、半年に1度、両親と話し合いをする。本人の現状について会社側から報告し、生活改善してほしいことを伝えたり、協力して取り組めることなどについて話し合う。
(3)業務上のサポート
仕事上「苦手」なことはそれぞれにある。例えば数量を数えること、製造ラインなどの変更に柔軟に対応すること、などである。「苦手」も一人ひとり異なり、それゆえ対応策も画一的にはできない難しさがある。ここではベジタブル・ウェルの取り組みの中から3つ紹介してみる。
- 配置転換による「適性」の発見
誰であっても「社会人としてやっていける」と判断して採用するが、思ったほど能力が発揮されない場合もある。
Aさんの場合、パック詰めの作業を担当していたが、パックが変わるとまったく対応できなかった。「もう無理か」と思われたが、試しに検品作業を担当させてみたところ、高い適性を示した。今や「これはぼくの仕事だ」と責任感を持ち、障害のない社員たちからも高く評価されている。
どの作業に適性があるのか、やってみなければわからない。障害の有無に関わらず、適性は重要な問題であるが、とりわけ知的障害のある場合ではいかに粘り強く適性を見つけていけるかが継続的な雇用の大きな要因となるといえる。
- 作業に関する基本情報の「見える化」
ベジタブル・ウェルでは作業手順を分かりやすく表記して壁に貼っている。売場によって異なるパックごとの適正グラム数も壁に貼る。障害者雇用を始める前にはしていなかったことだ。
知的障害者にとっての分かりやすさが目的だったのだが、結果的には障害のない社員たちにとっても分かりやすい環境づくりになった。いわゆる「見える化」を進め、覚えることが少なくなることでミスも減り、仕事に集中できるのである。
障害者雇用によって、当たり前だと思っていた環境を見直すきっかけが生まれたといえるだろう。
作業場の貼り紙。左は人間関係へのアドバイス。右はパックごとのグラム数が貼ってある。 - 生産計画の「見える化」
ベビーリーフの袋詰めは1日中同じパックを生産しているのではなく、最低4~5種類かそれ以上の商品に対応しなければならない。当然、商品ごとに袋が異なり、グラム数も異なる。どの商品を何パックというオーダーは毎日、電話かファクスで受信され、当日の生産計画が立てられる。
そこで、ベジタブル・ウェルでは、壁の棚に必要な商品パッケージを必要な数量だけ並べることにした。つまり、今日の何時までに商品Aを500袋、商品Bを1000袋、商品Cを2000袋製造し、何時の集配に間に合わせるということを、口頭や文書ではなく、現物のパッケージで指示されるのである。勘違いやコミュニケーションのずれによるミスを防止する効果があると考えられる。
このような取り組みは結果的に障害のある人のためだけではなく、企業全体の就労環境整備につながっているのではないだろうか。「パックごとのグラム数」も「本日の生産計画」も「見える化」されていれば、間違いや失念によるミスを減らし、スタッフ間の誤解やそれを解くための手間を減らす。障害者雇用への環境整備が業務全体の効率化に寄与しているのだといえる。
4. 今後の展望
現在、ベジタブル・ユーは大きな事業開発に着手している。それはベビーリーフの水耕栽培である。これまでの土耕栽培が有していた作業の大変さを軽減し、天候の影響を受けずに安定的な生産が可能だからである。すでに一部、試験的に水耕栽培を開始しており、ベジタブル・ウェルの受託業務も検品・袋詰めから農作業へと広がりつつある。
また、鶴上社長は今後のビジョンとして「グループホームの建設」を挙げて次のように語る。
「働く場所だけではなく、生活の場も提供していきたいと思います。職場にグループホームが併設され、同年代の社員たちが同居すれば雰囲気もいいだろうし、職場としての満足度も向上するのではないか、と夢見ています。」
一人ひとり異なる性格や条件、家庭環境や取り巻く人々。それらを踏まえて、よりよい方向へと導くには、一歩踏み込んだ経営者の姿勢が求められるのだと、ベジタブル・ウェルの事例に思う。それは次のような鶴上社長の言葉に集約されている。
「知的障害を持つ人々に、ひとりでも多く、自分で生活を築いていけるチャンスを作れたらと考えています。自立して働くことができ、やがて結婚し、家庭を持ってほしいと。親御さんたちとはそういう話をしているのです。」
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