函館を握る
- 事業所名
- 株式会社 吉仙
- 所在地
- 北海道函館市
- 事業内容
- 飲食店(回転寿し、ピザ・パスタ店、ラーメン店、とんかつ店)
- 従業員数
- 348名(全社)
- うち障害者数
- 12名(全社)
-
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 2 労務等、洗い場・調理補助 内部障害 知的障害 8 洗い場・調理補助 精神障害 1 洗い場・調理補助 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 1 洗い場・調理補助 - 本事例の対象となる障害
- 肢体不自由、知的障害
- その他
- 障害者職業生活相談員
- 目次
![]() 事業所外観 |
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
(株)吉仙(以下「当社」という。)は昭和57(1982)年2月函館市で弁当店「甚兵衛」として創業した。その後平成10(1998)年グルメ回転寿し「函太郎宇賀浦店」、平成11(1999)年ラーメン「一っ鉄宇賀浦店」をオープンし、現在回転寿し17店舗、イタリアン1店舗、ラーメン店1店舗、とんかつ店1店舗を運営している。
「函館を握る」を合言葉に、“函館から日本一の寿司”を目指している。
当社は、「寿司を通じて日本の食文化に貢献」を使命に、次のように「Good Person(素晴らしい人)」と「Good Company(素晴らしい会社)」の2つの言葉を企業理念に掲げている。
「Good Person」 外食を通じ私たちに関わるすべての人に夢と希望元気を与えます。 またそうすることで私たちも、もっともっと元気に輝き「感謝」の気持を忘れず、人として成長していきたいと思います。 これを実現していく人が、Good Person 素晴しい人です。 「Good Company」 企業活動(お店)を通じどれだけ世の中のため人のために役立つことができるか。 吉仙のお店を通じそれに関わる地域、関わるすべての人の役に立ちたい。 そしてこの地域を日本の外食を明るく元気にしていきます。 これを実現していくことが、Good Company 素晴しい会社です。 この2つの言葉を実現していくために、私たちはわくわくしながら力強く行動し、日本一の外食グループになる、日本一の回転寿司になること、またもう1つの日本一として日本一働く人が輝き、満足度の高い外食企業になります。 |
(2)障害者雇用の経緯
ア.障害者雇用のきっかけ
障害者採用を始めた当時、人事担当常務をしていた石原顧問は、当時を振り返って次のように述べている。
「当社は『お店を通じ、それに関わる地域、関わるすべての人の役に立ちたい』という基本理念を掲げていますし、そのようなおかげで当社は家族的な雰囲気の社風です。ただ、飲食業は接客が中心であるので、障害がある人には無理な業務だという先入観があって、障害者の採用には消極的でした。」
そのようなこともあり障害者雇用率が未達成だったことから、平成22(2010)年10月にハローワークからの指導を受けて、障害者雇用に係る企業向けのセミナーに参加し会社説明を行う機会があった。説明の後にブースを設けて参加者からの質問を受けていたが、近隣の各学校の教師がそのブースに訪ねてきて「一度お店を訪問し、仕事を見せてもらえないだろうか。自分のところで指導している生徒ができる仕事があるかもしれないので一度話を聞いて欲しい」と要請された。
実際に会社に来た教師と話をしていく中で、非常に熱心に指導していること、卒業後もフォローアップとして卒業生と長く関わって面倒を見ていること、卒業生も就職後にも時折学校を訪問し、状況報告や相談をしている様子であることを知り、「こういう体制があるのなら、長く働いてもらうことができそうだ」と感じた。
このときのことがきっかけとなり、その後、初めて、学校から知的障害のある生徒の職場実習を3年生7週間、2年生3週間の期間限定で受け入れた。その働きぶりから現場の調理補助として十分適応できると判断し、平成25(2013)年に採用したのが初めての障害者雇用で、知的障害のあるAさんを採用するに至った。
イ.中途障害を受けた社員の職場復帰
実は、知的障害のあるAさんの採用に先立つこと10年ほど前に、中途障害を受けた社員の職場復帰を成功させている。関東地方の回転寿司店舗で寿司を握って中堅になりかけていた職人Bさんが酒酔い運転の車に正面衝突されて、右上下肢を負傷するという事故があった。Bさんは、利き手の障害が重く、10カ月のリハビリテーションを行ったものの、これ以上回復の見込みがないと診断を受け、身体障害者手帳を取得する決心をした。身体障害者手帳を取得するときには自分の職人人生も終わったと退職を決意したという。
当時のBさんは「20歳のときから寿司を握ることしか経験していないので職場に戻っても会社に貢献できないだろう」という気持ちだったという。
その時、Bさんが入社した当時上司だった人から「会社内で仕事を見つけるから函館に帰ってこい」と声をかけられ、職人の道をあきらめ本社の管理業務部門へ職場復帰をすることになった。この時に声をかけてくれた人が今の社長で、悩みがあって出社できない社員がいると話を聞くために家庭訪問するなど、社長は社員を大事にする経営をしている。
Bさんも復帰当時は寿司職人をあきらめ別の生き方を目指さねばならないことで、精神的に苛立つこともあったが、職場にいると周囲の上司や同僚たちが理解を示してくれ、ちょっとした気遣いや支えの体制が円滑な職種転換につながったと感じている。あのときに社長の声掛けがなければ別の会社で違った人生を歩んでいたかもしれない。このような会社だからこそ、短い期間に積極的に障害者雇用を展開し、今では函館で有数の障害者雇用に取組む企業に成長したと言える。
2. 障害者雇用の取組み内容
(1)採用時(入社時)の教育方法(職場実習の受け入れ)
高等支援学校などの新規卒業見込み者に対しては積極的に実習を行っている。実習に先立って、指導教師に職場をよく見てもらい、仕事内容を見て、「障害のある人が十分にやっていける仕事なのでは」と判断してもらっている。その後、『障害者は接客がどの程度的確にできるのか』『その店舗で受け入れていける体制であるのか』を見極めていくのが実習の役割であると考えているということであった。
実際に当社のイタリアンレストランで働くCさんの実習の経緯を紹介する。
Cさんは高等支援学校卒業後すぐに就職に結びつかず、専門学校に進学した知的障害のある青年である。進学した専門学校在学中に就職したいということで実習の機会を得た2カ所目の会社が当社のイタリアンレストランだった。
この職場については求人を出していたのではなく、当社の店舗見学をした教師が店舗の感じや雰囲気、仕事の流れを考えてCさんを推薦してくれた。面接をした石原顧問は、元気そうな男性なので大丈夫ではないかと食器洗浄業務での実習を受け入れることになった。
この業務は一日中立ち作業で大変だが、同じ仕事を3人で担当し、実習のときから周囲の人が声掛けしたり、フォローしやすい体制である。
障害者雇用のきっかけとなった職場実習について、顧問の石原氏は、次のように言っている。
「当初、店舗で雇用(実習)をするに当たっては、どのような作業をしてもらうかという課題がありましたが、北海道障害者職業センターが行うセミナー(事業主支援ワークショップ)に参加するなどして店長らと検討を重ね、一緒に仕事をするスタッフの理解とともに職場実習を行ってきました。職場実習は、実習生にとっては、実習期間中に『ここで働きたい』という意欲を高められるものとなりました。おかげで当社にとっては、学校との協力体制による安心感と、何より当社の重要な労働力となってくれています。」
そして、現在も積極的に職場実習を受け入れ、小規模店でどうしても採用できない店舗を除き各店舗で障害者雇用を進め、安定的な障害者雇用・定着に取組んでいる。
(2)職場適応のための体制と障害者雇用に係る知識向上の取組み
(1)のように丁寧に職場実習を行ったうえで採用してきたが、その上で最も大切なことが長く職場に働いていける体制づくりである。この点では採用してからの経過期間がまだ5年以下の者が多く、実践事例を構築できているという状況に至っていないが、石原顧問は各店舗が社員一人ひとりを大切にし、チームワークのよい仕事ができる職場を作り、そのチームワークが醸し出す雰囲気がお客様に『居心地の良いお店』という印象を与えていると言う。お客様、企業、障害者全てにとって良いお店づくりを意識しているとも言う。
各店舗は、飲食店の性格から周囲の社員がシフト制で交代勤務している。このため、指導する担当者や上司を定めても、担当者や上司がいない日や時間帯もあるため、相談できる相手を固定できない状況である。このため店長や上司がいなくても他の社員が同じ手順で仕事を教えていく体制を作り、ひとつひとつ段階的に作業手順を習得させている。
このように知的障害者の日常業務の指導に対しては、新規採用研修のときから特定の指導担当者を決めずに現場スタッフにより行っているが、その日の全体的なスケジュールや業務内容の指示は店長がしている。また知的障害者の相談先は店長と決めており、何か問題があった場合は、店長から本社にいる障害者職業生活相談員へ報告される体制としている。
障害のある社員の人事考課や賃金等処遇については、他の社員と区別することなく同一の制度の下、適用している。昇給及び賞与についても同一の賃金制度を適用し、他の社員と区別することなく仕事の成果に合わせて行っている。
人事担当常務であった石原顧問が行ってきた人事の仕事は、石原顧問の後継者として管理本部長の阪口氏が担当し、障害者職業生活相談員としての職務を行っているが、石原顧問は、いまでも障害者の職場適応に気を配り、知的障害のある社員が時折学校の元担任を訪問して近況報告することを奨励したり、家族との日頃の会話を障害のある社員から聞き取って、不適応のサインが出ていないか障害者が働く店舗を巡回して直接障害者とコミュニケーションを取るなどして状況把握に努めている。
一方、阪口氏は片道4時間もかかる札幌に出向いて障害者職業センターの行う企業向けのセミナー(事業主支援ワークショップ)に参加して、障害者雇用の知識や他企業との経験交流に努めるなどして、障害者の雇用管理の知識の向上に努めている。このように当社では障害者の雇用管理に取組む体制も整備しつつある。
3. 吉仙で働く障害者達(3人の障害者からのインタビューから)
(1)回転寿司店で調理の仕事を目指すAさん(知的障害)
Aさんは、養護学校の高等部2年生、3年生の時に職場実習を経て、平成25(2013)年3月に入社した。現在19歳である。
Aさんの働く店舗は海岸沿いの景勝の良い地に設置されており、当社の中でも最も忙しい店舗の一つである。Aさんの仕事は入社当時からバックヤードで食器の洗浄、仕込みの補助をしている。このため、食器洗浄は業務量も多く来客の多い時期には残業もこなして頑張っている。また、Aさんは現在、調理補助業務にも従事し、巻物、軍艦巻きも作れるようになっているなど、忙しい中でも仕事の範囲を広げられるように、店長をはじめとして先輩社員からの指導を受けながら自らも練習を重ね、調理の仕事を目指しながら積極的に取組んでいる。作業手順を覚えるのに苦労した時期もあったが、手順を習得した後は他の社員にも劣らない丁寧な仕事ぶりである。
![]() 巻物を作っているAさん |
Aさんについては、はきはきとした受け答えもでき、分からないことは質問できるので職場内での適応もよく、周囲からも『職場が明るい雰囲気になった』と高い評価を得ている。
私生活では、両親は転勤で道外(中国地方)に居住しており、現在グループホームで生活しながら一人暮らしをがんばっている。
(2)イタリアンレストランで長く勤めたいと語るCさん(知的障害)
Cさんは平成25(2013)年4月に入社した現在20歳で、就職して1年10カ月になる。Cさんの仕事は食器洗浄である。
養護学校高等部を卒業するときに就職希望であったが適職場につながらず、専門学校に進学した。専門学校での実習先として2か所目に紹介されたところが当社であった。
Cさんが働くイタリアンレストランの店舗は、当社の中でも来客数が多く、昼間時は平日でも満席が当たり前で、洗わなければならない食器数はかなりの枚数である。また、イタリアンレストランでは、食器洗浄機にかける前に油を落とす下洗いが必要で、回転寿司店に比べても重労働である。
そんな重労働の洗浄業務をやっているCさんは、自分が洗うことで食器がきれいになっていくことがとても楽しみで、やりがいを感じている。今の仕事に満足しており、このイタリアンレストランで、今後も食器洗浄の仕事を長く続けていきたいと思っており、他の仕事にステップアップしていくのは将来のこととしている。
![]() 洗浄作業中のCさん |
そんなCさんに「夢」を聞いてみた。Cさんは「夢はまだわからない。目標もまだ迷っている」と答えながらも、「20歳というタイミングでもあるので、『夢』を描いていきたい。夢が描けたら店長に報告して、夢に向かって目標を立てて仕事に取組んでいきたい」と頼もしい言葉が返ってきた。
(3)中途障害を克服し、現場に近いところで様々な仕事にチャレンジするBさん(右上肢機能障害)
Bさんは10年程前、交通事故により受傷し、利き腕の右上肢に麻痺が残ったため、10カ月のリハビリテーションを終えたものの、職人として会社に戻ることができなくなったが、会社の縁の下の力持ちとして現場にいた感覚で現場に近いところの仕事をしながら、会社に貢献していきたいという気持ちで中途障害を受け止めて活躍している。
職場復帰して最初の仕事は人事担当として、新規学卒者の採用等を担当した。受験してくる高校生の「リラックスした本当の姿を引き出したい」、「人と接することが好きな人が見せる笑顔を大切にしたい」、「少しぐらい不器用でも一生懸命取組む人を採用したい」という気持ちで、自分の職場復帰までの様子、復帰したときの周囲の人たちの暖かみを彼らに伝えてきた。
その後、衛生関連の指導、管理業務を担当した。この部署は、希望する現場に近いところでの仕事ではあったが、現場の調理部門に対して、出しゃばらず、かつ問題を発生させてはいけない神経を使う仕事で、何か問題が発生すると忙しくなるという皆が避けたがる職務だった。
そして、今、第4の職務(職場復帰後3つ目の仕事)として営業販売促進の役割を担っている。店の広告を企画し、販売戦略を練って集客につなげるという現場に近い仕事であり、やりがいを感じている。
Bさんが職場復帰後の1つ目の職務、人事採用担当のときは、障害者の採用は経験できなかったが、飲食業界では人(労働力)を集めにくいことを痛感した。このようなことからも障害者にもできる仕事を探し出し、働いていける職場を作り出し、彼らの持っている能力を引き出していけば、同時に会社において戦力になると感じている。また、そうすることが採用者側の責任であり、彼らの良いところを伸ばしていけるように関わっていきたいと、日々Bさんは思っている。そして、「障害は一つの個性。不便なことはあるができないことはない」という気持ちで日々色々な仕事に取組んでいる。
4. 障害者雇用の効果、今後の展望と課題
(1)障害者雇用の効果
もともと家庭的な風土のある当社では、何か問題を抱えて出勤できない従業員が発生したときには、家に迎えに行き本人の顔を見ないと安心できないから顔を見せて欲しいと声掛けして、休んでいた者が職場に出やすい雰囲気を作っている。「何があっても一人も辞めさせない」という社員を大事にする慣習がある。
人によってはそのような関わりを「わずらわしい」と感じる場合もあるかもしれないが、家族的な経営を率先している社長の姿勢が浸透しているので、何より社内の雰囲気がよく、それがお客さんにも伝わって暖かみのある店舗作りにつながっている。このため、障害者雇用に対する現場スタッフの理解も高く、障害のある社員に仕事を教えることを通じて、それぞれの仕事への意識や取組み方を見直す機会となり、社内全体に良い刺激剤となっている。
Aさん、Cさんが働く職場では、スタッフが当初は安全確保のため体調や様子の変化に気を付けており、それがやや負担に感じることもあったが、一定期間経過後は、負担と感じることは全くなくなり、逆に彼らの丁寧な仕事ぶりに刺激を受け、見習うべき面があると感じたと言う。
また、寿司職人として働いていたが、事故による後遺障害により大きな職種転換を図ったBさんは、現在、飲食店の経営に非常に重要な職務を担当しているが、現場経験があったからこそ見える、幅広い視点に立った仕事ぶりであると評価されている。石原顧問によれば「Bさんは飲食店の経営にとって非常に重要な職務を担当させており、それも人事、衛生管理、経営戦略・広報という幅の広い仕事を行うことで幹部候補生になっている。これは、Bさんの明るく、前向きな上に他人に対して優しさを持ったキャラクターであるということに加えて、当社が大きすぎない規模の会社で経営理念が全社員に行き届き、一人一人の社員を大切にするという風土であることが相まってWIN-WINの関係が形成できていると考えている」ということであった。
中途障害者が職場復帰することにより、障害を的確に受容し、周囲の社員との関わりを再構築し、新しいキャリア形成を図って目標を持って取組む姿が会社の風土と雰囲気にマッチしてすばらしい相乗効果につながっている事例であると取材を通して筆者も痛感した。
(2)今後の展望と課題
今回の取材により、数年前まで「飲食店は接客業だから障害者雇用は困難」と固定観念を持っていた企業が、実際に障害者を受け入れてみて、彼らの真剣な働き方、周囲の社員への好影響、そして何より戦力として期待できることを目の当たりにし、今では「小規模店でどうしても採用できないところを除いて各店舗に障害者の受け入れを進めていこう」と大きく考え方の転換を図った事例に対面できた。
今回の事例にみえるように『目標』を持った職業生活設計を働きかけたり、一人ひとりの可能性、能力を引き出す企業の取組み、障害者の働き甲斐、職場への帰属意識(長く働きたいという意欲)、将来構想を持った自己実現を図れる環境を企業が用意することで障害者が戦力となって職場で輝いていくと考えられる。
当社では、障害者雇用に本格的に取組み始めてからの日数が浅く、障害者のキャリア形成、目標を持った教育指導という点では今後ノウハウの蓄積や他企業の取組み事例の収集、経験交流の機会が必要であるという点は否めないが、人事担当の管理本部長が積極的に障害者雇用に係る企業向けのセミナーに参加し、知識を習得していこうという取組みも行われており、障害者の雇用の安定に寄与する企業の一つになることを期待できる事例として紹介したい。
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