個々が持つ力を最大限に活かし、
職人レベルの作業的自立と職場定着に成功した事例
- 事業所名
- 芳賀セメント工業株式会社
- 所在地
- 山形県天童市
- 事業内容
- 窯業
- 従業員数
- 50名(平成26年12月1日現在)
- うち障害者数
- 2名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 1 セメント製品の補修作業 等 精神障害 発達障害 1 セメント製品の補修作業 等 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 事業所外観 |
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
芳賀セメント工業株式会社(以下「当社」という。)は、昭和12(1937)年に山形市において創業。長年に渡り、コンクリート技術の進歩とコンクリート二次製品の製造に全力を注ぎながら、時の変遷とともに移り変わるニーズに対応してきた。
県内屈指のJIS認定工場で生産される品質の高い商品は、約600種100品目。これらの商品は、地域環境を創る上で重要なパーツとして採用され、山形県内を中心に東北6県の安心安全で快適な生活を下支えしている。
現在、温泉や将棋の駒等で有名な山形県天童市に事業活動拠点を置いている。1万坪という広大な製品置場には、パーキングブロックや側溝蓋など身近なものから、巨大なU字溝や特殊な形状のものまで、大小様々な製品が所狭しと保管されている。
代表取締役の芳賀社長は「専ら裏方製品として認識されていたコンクリート製品だったが、近年見せる製品として、仕上がりに対する要求レベルが高まっている」と話してくれた。このような『どれだけ商品を仕上げられるか』いう付加価値に対する対応力も、この業種における大きな競争力に繋がっているのかもしれない。
![]() 昭和12(1937)年の創業時から、高い技術力を持っていたことがわかる印刷物(昭和18年3月の勝利カマ製造開始時のもの) |
(2)障害者雇用の経緯
当社には、『本人の力を活かす』社風があり、性別等を越え、一人ひとりの力を最大限に発揮できる職場づくりを行ってきたという。
初めての障害者雇用に至る経緯は、芳賀社長が障害福祉に従事する知人から相談を受けたことだった。事業所として初の障害者雇用のケースであったが、雇用に係る判断基準は、障害の有無ではなく、通常と同じ『この職場に自分の力を発揮できる環境があるか』という基準で判断したいと考えていたようだ。
しかしながら、これまで雇用実績がなかったため、ほとんどの従業員は障害に対する理解に不足があり、社内に漠然とした不安感があったと振り返る。
2. 取組の内容
(1)従業員の受入れに向けた取組
当社は2名の障害者を雇用しているが、いずれも雇用前に体験実習を実施した。特に初めての受入れ時には、支援機関等から一般的な障害の説明や各種助成制度、理解や配慮が必要なポイント等の説明を受け、社内に潜在する不安感への対応を図った。
当社が従業員に求めることは、第一に“休まない”こと。そして、“継続して働いてほしい”ことだった。『障害者だからしょうがない』という特別扱いではなく、日々の業務を共に支え合える戦力員として迎え入れたいという思いが含まれている。
「うちの職場は、働く上で非常に厳しい環境です」と芳賀社長は話す。実際、製品を生産する工場の環境は、屋根がついている箇所でも、外と同様の環境で、夏は暑く、冬は寒い。その上、製造にはセメントや水・油等を扱うため、埃っぽく、油汚れ等が避けられない環境であった。製造工程も、大型の機器等が大きな振動や騒音を立てながら大胆に製造されている印象が強い。
当社は『どの程度働けるのか』という審査的な視点だけではなく、障害が無くても厳しい労働環境だからこそ、働く側にも『ここで頑張り続けられるか』を十分確認してほしいという思いがあり、雇用前の実習を提案している。その結果、ここで活躍できる職域があり、ここで働きたいという希望があれば、障害があっても雇用したいと考えていたという。
(2)支援機関等との連携
最初に雇用されたAさんには、Aさんが中学生の時からサポートしていた障害福祉従事者がおり、就労経験のないAさんの自立に向け、障害者職業センター等と連携して職業評価や職業準備支援の実施、療育手帳の申請などの準備を進めてくれていた。20歳の時に当社で職業体験を行ったことが雇用のきっかけとなったようだ。
この実習調整時には、ハローワークや山形障害者職業センター等と連携し、Aさんの障害やジョブマッチング等について、具体的な支援を受けている。また、雇用への移行にあたり、障害者雇用に係る各種助成金やジョブコーチ支援等の職場定着支援制度も、具体的な説明を受け、活用してきた。
2人目の採用に当たっては、当社側から山形障害者職業センターに新たな障害者雇用について相談したことを契機に採用に至っている。1人目のAさんの活躍と、採用時に連携した支援機関や定着支援を担ったジョブコーチ等に対する高い信頼感が、2人目の雇用への動機となったようだ。
2人目に採用されたBさんも、雇用前後に渡り、支援機関の連携によるサポートを受けている。発達障害のあるBさんを雇用する際には、平成21(2009)年度に創設されたばかりの「発達障害者雇用開発助成金」をハローワークの支援を受け活用した。発達障害者雇用開発助成金は、6か月後の就労状況をハローワーク職員が現地訪問し、活動状況を確認することになっており、結果としてBさんも訪問支援を受けている。それ以外にも、Bさんの職場定着にはジョブコーチを始め、障害者就業・生活支援センター等、色々な支援者たちの複数の目で見守られてきた。
職場定着が安定した現在、支援の主体は専ら事業所が中心となっているが、現在でもサポートの糸は繋がりを持ちながら、活躍する2人を見守っている。
(3)作業適性と職務設計等の検討
製造工程は、(ア)生コン作成、(イ)生コンを型に入れる、(ウ)固める、(エ)型から出す、(オ)仕上げ補修、となっている。その多くは、大規模な施設や機器による作業がメインであり、人的作業は機器のオペレーション、製造前準備、後作業、運搬作業等である。運搬作業も大半がフォークリフトを要するなど、工程のほとんどが粗大な作業であるため、これらの工程を細分化し、個人の適性に応じて切り出す手法は期待できないと思われる。
事務所の事務作業であれば切り出しは可能だが、雇用に見合う1日の作業量を充足するためには、経理や庶務等の業務から、接客応対等までの総合的なスキルを求められることになると考えられる。これでは、知的障害や発達障害のある方にとっては、作業的自立へのハードルは高くなるだろう。
初めての雇用時は、関係者情報や職業評価の結果等からAさんの長所や強み、障害状況等を具体的に整理した情報と、職場環境等のアセスメント結果をもとに、より具体的な職務設計を進めた。その結果、仕上げ補修の工程でマッチングを行うことになった。
仕上げ補修工程は、機械製造で生じた部分的な欠けやキズ、気泡の痕等を、手作業で補修する工程である。実務的には、気温や湿度に左右されるセメントの調合から塗り付け作業、研磨作業等、職人的ともいえるセンスと技術を要する作業である。コンクリート加工品に最終的な仕上げを施すことで商品となる重要な工程であり、いくら良質な商品であっても、仕上げの出来栄えによっては、クレームに繋がるリスクも含む難しい仕事といえる。
Aさんは絵を描くことが得意な上、手先が器用であった。一方で他者との協調やコミュニケーションに苦手な面がある。その特性を生かして、じっくりと製品に向き合い作業できる仕上げ作業に適性があると思われた。この作業適性や厳しい職場環境への適応、他の従業員との協調等、雇用継続と安定を担保できるか等の確認を、実習を通じて行った。
(4)ケースに応じた実習設定
実習は、本人の特性や実施目的等により日数等条件を変えて実施している。共通する点は、短い時間設定から開始することである。
厳しい環境下での活動状況や適応状況等を確認しながら、段階的に勤務時間を延長するなどしている。また適応困難時は、実習途中でも中止できるような弾力的な運用をしている。これらは、働く側に対する配慮であると考えられる。
(5)実習事例
発達障害のあるBさんには、1ヶ月間の雇用前実習を実施した。この設定は、実習前に本人と家族、支援機関、当社間で協議し決定した。
長期間の実習を設定したのは、Bさんの障害特性を考慮したためである。Bさんは、実習の疲労感や活動しづらさ等を抱えていても、自発的な意思表出をほとんどしないという特徴があった。本人が抱える課題や不安等を適切にモニタリングし、必要な支援調整を図るためには、本人からの聞き取りだけでは不十分であり、一定の時間を掛けて作業状況等を見ていく必要があった。
また、作業を覚える力は高い反面、職場内の暗黙のルールや相手の意図を汲み取ることや、状況に対し柔軟に対応することも難しかったため、細部まで具体的な支援調整が必要であったことも大きな理由といえる。
実習中は、ジョブコーチ支援制度の雇用前支援を活用し、Bさん、事業主、家族に対し具体的な支援調整を図った。このような一連のサポートもあり、実習終了後にはトライアル雇用への移行を果たしている。
3. 取組の効果
(1)ケースに応じた合理的配慮の効果
障害者の雇用を検討している事業所の視点に立てば、実習という、見通しに確実性のない活動を受け入れる場合、長期間より短期間の方が事業所側の負担も少ない。しかし、様々な条件や場面に対し、適正な判断や柔軟な対応を取ることに困難があることが労働上の障害となる方に対し合理的配慮を提供する考え方は、当社の責任感の高さは勿論だが、コンプライアンスやCSRの観点からも称賛できる。
継続就労の確認に時間や配慮が必要な方が、職場の選定という大きな判断を行う際、本件のようにケースに応じた期間設定で実体験を通じた確認を進めることが可能となれば、本人も事業所も適切な判断がしやすくなる。結果的に、雇用後の職場定着が高まり、事業所が望む結果に早く到達できる合理的なアプローチとなる可能性も高い。
(2)ジョブコーチ支援の効果
当社がジョブコーチ支援に求めるニーズは、『どのように伝え、どのように見守り、どのように雇用管理すれば、本人にとって長く働きやすい環境になるか』ということであった。
定着までの支援はジョブコーチに依存という事業所もある中で、社員は自社で育成するというスタンスは、働く側としても、支援をする側としても心強い限りである。
雇用した2名共に課題を内に抱えるタイプだったが、キーパーソンを初めとした職場内での見守りが、本人の声にならない声を拾い集め、当社側からジョブコーチ等に電話相談等を行った上でサポートした案件も多くある。
(3)全員で支え合う環境がもたらした効果
2人の障害のある従業員は、今や重要な戦力として欠かせない人材となり、職場を共にする仲間たちから高い評価を得ている。
社風として『個々の力』に焦点をあてる手法は、翻ると、個々の責任下での自己啓発を強いるケースも多く、成果と評価の狭間で常からプレッシャーを抱え活動する労働者も少なくない。その点、当社ではキーパーソンだけでなく、他部署のスタッフや管理職、社長に至るまで、全体での見守りがあり、アットホームな雰囲気を感じる。
現在Aさん9年、Bさん5年という勤続年数になる。長期に渡る定着を果たし、今や作業レベルは他の模範となるまでに高まっている。とはいえ、障害のある従業員それぞれの障害特性には、継続的な見守りと配慮が必須である。事業所全体が、共に働く同士の障害を正しく理解し、日常からの気付きや見守りがあるからこそ、2名の障害のある従業員は、個々が持つ力を発揮でき、戦力員として高い信頼と評価を受け継続勤務を果たせているといえる。
![]() 補修作業の様子 | ![]() 作業により使い分けている、 愛用の工具 |
4. 今後の展望
芳賀社長は、「今後も、この環境下で継続かつ安定的に働ける方がいれば、障害があっても受入れを検討していきたい」と話してくれた。しかし、近年減少傾向にある公共事業の発注如何により、業績が左右される業種でもある。雇用への意欲はあっても、経営的な判断により新規採用に慎重を期するのは当然である。数年前にも発達障害のある方の雇用相談を受けたが、当時のタイミングでは雇用が難しい状況にあり、お断りせざるを得ないケースもあった。
しかしながら、芳賀社長は「この業種は、製造機器に多少の違いはあっても、工程に大きな違いはありません」と話す。ともすると、雇用がなかなか進まない発達障害ではあるが、ここで働く2人と同様に、それぞれの適性に応じて活躍できる職域や環境が、全国にある同業種等に潜在するとも考えられる。
厳しい環境とはいえ、自分の適性にあった職能を磨き、共に働く同士に信頼され、労働者として継続して活躍できる職場に巡り合うことは、物理的環境の厳しさ以上に、働くことの意義を満たす自己実現の機会の獲得であり、巡り合った職場は労働者としては最良の環境ともいえる。
本事例は、まさにそれを証明する事例であり、この事例が参考となり、発達障害者等の雇用拡大に繋がることを期待したい。
地域就労支援部長、ジョブコーチ 鈴木 宏
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