雇用障害者の適性に配慮した配置転換によって、雇用が定着した事例
- 事業所名
- 高松機械工業株式会社
- 所在地
- 石川県白山市
- 事業内容
- CNC旋盤の製造・販売・保守サービス、周辺装置の製造・販売保守サービス、コレットチャック・機械部品等の製造販売、IT関連製造装置の製造、自動車部品加工
- 従業員数
- 501名
- うち障害者数
- 14名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 9 機械加工、機械オペレータ 肢体不自由 内部障害 5 機械設計、物流、営業事務 知的障害 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 高松機械工業株式会社 本社 (一般社団法人日本工作機械工業会ホームページより) |
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
高松機械工業株式会社(以下「高松機械工業」)は、昭和36(1961)年設立の工作機械メーカーである。自社ブランドでCNC旋盤の製造・販売・保守サービス、周辺装置の製造・販売保守サービス、コレットチャック・機械部品等の製造販売、IT関連製造装置の製造、自動車部品加工までを行っている。石川県白山市に本社および工場があり、海外にも工場や現地販売法人などを持っている東証二部上場の工作機械メーカーである。生産された工作機械は自動車部品製造関連の企業に納入実績があり、自社の紹介にも「常にお客様の立場に立った商品創りを目指し『稼ぐ機械』を提供してきました」とあるように、信頼性や耐久性では業界でも評価されている。優れた技術を有し、各所に品質に対するこだわりが見られる。
本事例は、石川県立ろう学校(以下「本校」、執筆者の所属)高等部専攻科に在籍していたMさんが高松機械工業を就労先として希望するようになって、職場実習から採用後、2回の配置転換を経て定着した経過を紹介するものである。
(2)雇用の経緯
本校に在籍していたMさんは、毎年開催されている石川県機械工業見本市と石川県情報システムフェアの見学や企業見学、校外学習といった学校行事を通して多くの製造業を知った。この中で、高松機械工業の事業内容などを知り、就労先として希望するようになった。本校の進路担当から公共職業安定所(以下「ハローワーク」)を通じて就職希望のあることを会社に伝えたところ、高松機械工業ではちょうど企業規模を拡大するために雇用人数の増員を考えており、障害者の増員も視野に入れていた時であった。しかし、これまでに障害者の新規学卒者の受入れの経験が無かったため、未経験者を育てていくことへの不安はあったようである。
Mさんは在学中、医療や福祉の分野への就職を考えていた時期がある。それは、年齢を重ねてきた祖母に対する気持ちがあったようで、自分が介護の仕事について勉強をして、その仕事に就くことで学んだ知識や技能を直接祖母に生かすことができるというのが動機であった。しかし、職業として介護士の生活を送る中で、その上に祖母に対する介護が加ってくるといったことを冷静に考えていくうちに、それまで考えていた介護を職業にするのではなく、一般企業へ就職して、休日などに介護の手伝いをしたり給料から何らかのプレゼントをしていく方法もあるというように次第に考えが変わっていった。専攻科での本格的な専門教科の学習の中で実習や職場見学、職場体験の機会を重ねるにしたがって製造業などを就職先として考えるようになった。
2. 職場定着の経緯
(1)職場見学と職場実習ならびに移行支援
ア.職場見学と職場実習
Mさんが高松機械工業への就職に興味があるということで、会社側からまず業務内容や雰囲気を知るために見学を受け入れていただいた。その後、職場実習を体験することとなり、採用することとなった場合に受入れ先として想定される機械部品の加工工程で実習を行った。
実習を終えて、本人は仕事に対する集中力、やる気、気力などが重要であると感じ、これらを克服することを卒業までの目標にした。
さらに、保護者からは「本人から実習の内容を家で話題にしてくるなど、自分自身の進路として捉えている様子が伝わってきたと感じた。さらに、朝の出社準備や夕方家に帰ってからの言動をみていると、これまでの日常とはちがって意識に違いが見られて成長を感じるし、本人も自分に合っていると思っているらしい」との報告もいただいていた。
受入れ側の会社の方からは、「まじめに作業に当たっており、今回のような気持ちを持ち続けてほしい」とのたいへん良いお言葉もいただいていた。ただし、仲間との協力した作業「チームワーク」が重要ということを意識するよう指摘された。
その後の採用試験では無事に内定を得ることができた。普通自動車の免許は専攻科1年生の時点ですでに取得していたので、会社からの希望としてはさらに専門分野で必要となる資格を入社までに取得することを勧められた。その結果「玉掛け」と「クレーン」の免許を取得するために、冬休みを利用して小松市にあるコマツ教習所株式会社粟津センターまで教習に通い、筆記試験にも合格して、見事に修了証を取得した。
イ.就労移行支援会議の開催
本校では外部へ進学あるいは就職する卒業予定者全員に対して移行支援会議という会を実施している。
移行支援会議では、進学者の場合には本人、保護者、進学先の障害学生支援担当者、障害学生支援に関する相談支援員、本校の担任が主に進路先に集い、現実の支援内容や今後の支援の在り方、サポート体制などについて、引継ぎと打合せを行っている。
就職者の場合には、就職先の人事担当者、現場担当者に加えてハローワークの担当者や場合によってはジョブコーチも参加した会議となる。Mさんについて、この会ではコミュニケーション手段のことや社会人としての望ましい人間関係の築き方や心構えを本人が身につけるようにすることなどが話し合われた。
(2)入社後の経過
本校の追指導は必ず卒業後3年間は進路先と連絡をとるようにするとともに、できる限り進路先を訪問するようにしている。また、必要と判断した場合には回数を増やしたり、3年を超えての指導も行っている。どこでも実施している標準的な追指導ではあるが、Mさんについては、初めは本校の夏休みの間を利用して追指導を行った。
本事例で紹介する障害者Aさんが本社人事総務部門で雇用されるまでには、私(執筆者)が所属する特別支援学校在籍中2年間をかけて計5回の職場実習が行われた。
ア.入社後の配属先での状況
入社から4か月ほど経過した8月初旬には、人事部からの問題は見あたらなかった。ただ、現場でペアを組んでいる先輩の聴覚障害者との関係は、実習時にはたいへん良い評価をいただいて関係も良かったが、入社後に本格的に仕事を始めるようになってからは大きなトラブルもなく作業していたものの、上手くいっていない様子だった。Mさんの話では、この方の手話は古い手話なので分からないことが多く、コミュニケーションを取りづらいということであった。
この頃は多少意欲が低下していたようで、「ただ作業しているだけ」といったような状況も見受けられた。原因は、現場で作業するための測定器具を扱う社内テストに合格していないことにあった。上司が見たところでは、合格しようとする努力も他の社員と比較して不足気味で、また、自分なりにかなりの自信を持っており、それが過剰気味なようにも感じられたようである。本校は会社から今後の指導などについて相談を受け、本人に聞き取りを行った。
イ.1回目の配置換え
入社後1年足らずの2月末には、上司によれば、1か0か、白か黒か、というような二値的な思考や判断が見受けられたとのことであった。話を最後まで聞かなかったり疑問点を質問しなかったりするためか、能力的にもどの程度のものなのかが見通しにくく、仕事を最後までやり切れることが少ないといった評価であった。その一方、現場の担当者は、これまでのことで他の聴覚障害のある従業員に対する見方も変わり、どのようなことにつまずくのか、相手の立場に立って考えることもできたということで、これまでに「聞こえにくいこと」の他には特に意識せずに接してきたが、他の困難さがあるのではないだろうかといったことも意識されたようである。結局測定機器の社内テストに合格することはできず、Mさん自身も悩む様子や意欲の低下が見られたため、入社後1年経過したころに配置換えが行われた。
配置換えは、より難易度の低い作業現場に配属になった。この部署から人材再生ができた例も多いことから選ばれたようである。ところが、この現場での配属が半年経過したころには、緊張感が低下して、話に辻褄が合わなかったり、生活面では就寝時間が遅くなったり、作業に支障が出るようになった。この現場の同僚とも信頼関係を築くことはできなかったようであった。しかし、本人はこの現場は前の現場に比べて合っているとは感じているようで、このときの本人からの聞き取りでは、「できないことがたくさんあるができるようになりたい。ミスもあるけれど毎日あるわけでは無い。周りの人とコミュニケーションが取れないので簡単な言葉でもいいから手話を覚えてもらえるといいんだけど」とも話していた。
ウ.2回目の配置換え
入社後2年目の2月頃には2回目の配置転換が行われた。今回の職場には歳の近い先輩がおり、勤務が重なったり交代で出会う時には話ができるような状況になった。
Mさんに前の部署と比べてどうかと聞いたところ、「この現場で2回失敗をしたが、同じ間違いではなかった。前の現場では同じ間違いを何度もしていたけれども、しなくなったと思う」と言っており、達成感や緊張感が自分でも感じられるように前向きになっていた。フォークリフトの資格を取っておけばよかったとも言っていた。現場の上司は、「今は作業などで、あまりはフォローしないようにしている。責任感を持ってもらえることを期待している」と、今回の配置換えが意欲の向上につながってくれることを期待しているようである。
3. 取組の効果、今後の展望と課題
(1)取組の効果
Mさんは入社時には周囲からの期待もあり、工作機械の重要工程に配属された。しかし、社内の技能試験にパスすることができず、周囲の期待が重荷に感じるようになった時期があった。その頃には悩んでいる姿が見られ、心配な行動をとることもあった。困難な状況を脱して、ひとまず働き続けられる状況を創り出せたのは、本人が一番の努力をしたことは言うまでもないが、何より現場の同僚や上司の方々からのMさんに対する理解や支援が得られたからに他ならない。
高松機械工業で現在は人事部長をなさっている宮川さんは「採用した人はできる限り長く勤めて欲しく、働くことを通して充実した人生を歩んで欲しい」と話されている。宮川部長はMさんの採用時には製造部長という立場で関わられ、高松機械工業を志望した動機や実習の様子も把握されていた。入社後のMさんの経過を見続け、Mさんへの対応も本人がどのように感じているかを常に大切にされていた。一方で現場の上司や同僚から、Мさんの就労状況の報告も把握しながら、本人にとって最適な職場・就労意欲が持てる環境を考えていただいた。これまで、2度の配置転換を行い、Mさんの働く様子、周囲の人との関わり合いなど、状況を見ながら適切と思われるような職場を提供していただいた。
現在は入社後3ヶ所目の現場となる加工部門で、24時間自動加工のラインについている。夜勤や深夜勤もある3交代の職場でたいへんな様にも見受けられたが、これまでの部署の中ではいちばん合っているようで、本人も問題ないと言っている。ようやく自分に合った働く場所を見つけられたようである。新卒受入れの実績がない状況で、ジョブコーチなどの支援も受けずに、本人も会社側も手探りの連続であった中でなんとか定着にこぎつけられた。本校からの支援も、Mさんの思いや悩みを聞きに会社へ伺うといった程度で支援を行えた。
![]() 宮川部長
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(2)今後の展望と課題
Mさんは配置転換によって自分に合った、無理のない就労環境が得られた。3交代勤務の部署ではあるものの、他に比較して技術的に高度なものは要求されず、今の本人には無理のない職場環境を得ることができた。先の定着の経緯で記したように、コミュニケーションや個性による困難さを乗り越えて、今後は経験を積んでいくことで次第に今の現場でより高度な業務に携わったり、新たな職域に挑戦していけるような意欲が湧いてくることを期待したい。
執筆者: | 石川県立ろう学校 教諭 津田 政明 |
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