就労支援をやってみて ~ワークシェア・地域・自己実現~
- 事業所名
- 長野県厚生農業協同組合連合会(JA長野厚生連)安曇総合病院
- 所在地
- 長野県北安曇郡
- 事業内容
- 医療、介護(除外率設定業種)
- 従業員数
- 640名(安曇総合病院)
- うち障害者数
- 27名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 2 事務職 内部障害 3 事務職 知的障害 精神障害 22 クリーニング業務、食器洗浄業務 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 病院(本院事業部)の外観 |
1. 事業所の概要、障害者雇用の動機と背景
(1)事業所の概要
安曇総合病院(以下「当院」)はJA長野厚生連が運営する10病院のうち、唯一中信地区にある精神科病床120床(心のホスピタル事業所)、一般病床222床を有する地域の中核を担う総合病院である。
開設は昭和25(1950)年4月20日、農業協同組合の病院として地域に根差した病院、更に農村など医療過疎の場所にこそ医療が必要であるとの考えで誕生した。
現在は、本院事業所、心のホスピタル事業所、白馬診療所の3事業所体制で、それぞれ独自性をもった事業展開を行っている。
心のホスピタル事業所は精神科病棟(上記の精神科病床120床)を持ち、精神科訪問や小規模デイケアも併設し回転ドア的に入院となる現象を何とかしたいと精神科医療を展開してきた。偏見が強かった時代から開かれた精神科として患者様の権利、自主性を尊重し医療活動を行っている。
![]() 心のホスピタル事業所の外観 | ![]() 白馬診療所の外観 |
≪病院理念≫
私たちは、地域の皆さまの健康を守るため、親切で安全な医療活動につとめ、ホスピタリティあふれる病院づくりをめざします。
<基本方針>
(ア)医の倫理を守り全ての患者さんの権利を尊重し、平等で安全な医療・福祉サービスを提供します。
(イ)地域のニーズに応じた救急医療体制の充実を図ります。
(ウ)地域医療機関と連携し、在宅医療を支援します。
(エ)JA厚生事業を推進し、保健予防活動を通じて皆様の健康増進に貢献します。
(オ)臨床研修に取り組み、信頼される医療人の教育育成につとめます。
(カ)文科・研究活動を積極的に展開し豊かな地域づくりに貢献します。
(2)障害者雇用の動機と背景
精神科病床を有する当院では、これまで精神科デイケアでの就労支援とし、職業準備性の獲得を主な目的として座学中心のグループワークを行ってきた。また、リンゴ農家の手伝いや作業実習を行い、それをステップに農園でのアルバイト就労を紹介し定着援助を行ってきたが、一般就労ができた者は、数名のみであった。
精神を病んでいる者にとって、就労をすることにより病状の安定、自己価値の獲得、経済的安定が得られ、自身の居場所を福祉・医療の場から地域に見つけることができると考え、何か形にならないかと模索していた。その延長として、当院での障害者雇用の取組を始めることとなった。その目的は、「障害者のために、仕事を生み出し、支援付きの雇用機会を提供することである。雇用でも治療的な側面は必ず在るが、障害者の社会生活参加や賃金を得る『就労の場面を安定、継続すること』が必要であり、地域の関係機関とも連携し継続性とステップアップを図ること」とした。
2. 院内での直接雇用による就労支援を始めるまでの経過
外部業者に委託していた病院内スタッフ白衣のクリーニング業務や従来栄養科の調理師が行っていた入院患者の食器の洗浄業務を障害者が行う業務とし、これにより障害者の雇用につなげようと考えた。まず食器洗浄業務については平成22(2010)年2月から、同年12月にはクリーニング事業を稼動した。いずれも病院の直接雇用とし安定して継続できるよう、障害者本人への援助や院内の調整を行うため、「障害者就労支援室」を設置し専従スタッフを配置した。また、病院が精神障害者を雇用するにあたっては、ハローワーク、障害者職業センター等の指導を仰ぎながら、地域の就業支援ワーカーやジョブコーチと連携して支援を行ってきた。
(1)栄養科食器洗浄業務での雇用の経過と現状
- ア.栄養科食器洗浄業務での障害者雇用
当院には「診療協力部」という部がある。当部には「臨床検査科」、「リハビリテーション科」、「診療放射線科」や「心理療法科」等のほか「栄養科」が配置され、入院患者さんへの食事提供及び入院中の栄養管理、入院・外来での栄養指導や相談を主な業務としている。
この科が行う入院患者さんへの食事提供の業務のうち、給食食器の洗浄業務が障害者雇用の職場である。この「栄養科食器洗浄業務」での障害者雇用に当たっては、ハローワークを通して障害者専用求人による公募を行い、トライアル雇用・ステップアップ雇用の制度を利用して12名を雇用した。勤務体制は、4人一組のチームを3つ編成し、日勤の6時間勤務、夜勤の3時間勤務、休日、早出の4体制の勤務を6日サイクル(4勤2休)で繰り返している。
主な業務は、病棟からの食器の下膳、食器洗浄、乾燥後の片づけ、配膳準備さらに掃除である。就業時間は、各人と個別に相談の上、本人の希望や作業能力、更に通勤時間など環境面を考慮し、週に約10時間~24時間、時給は681円(当時の長野県最低賃金)からスタートした。その後昇給により、現在は勤務年数に応じて最高850円となっている。 - イ.栄養科業務での援助の現状
食器洗浄業務は、栄養科内で調理師が行ってきたが、平成22(2010)年2月から栄養科の協力のもとに障害者雇用の職場として行うこととなったものである。この業務に従事する障害者スタッフ12名の援助には、栄養科は主に現場での指導、援助を行い、障害者就労支援室は日常的な生活場面や現場で話しにくい相談業務を行っている。
また、勤務表作成や勤務交代の調整など勤務のマネージメントは就労支援室が行っており、体調不良などによる欠勤の相談やその他については、就労支援室の援助スタッフが365日体制で電話により対応している。
業務をスムーズに行うために、栄養科が作った作業マニュアルをもとに、作業場内のカートの配置図・食事や食器運搬用エレベーターの運行マニュアル・食器の格納場所の表示など、視覚から情報を得られるようにした。障害者スタッフからも「こんなマニュアルや表示がほしい」、「このようにしたらもっと分かりやすい」などの意見が自発的に出され、援助スタッフも含めた話合いで、作成・修正を繰り返している。
現在まで、障害者スタッフは無断欠勤をせず、各チーム内で工夫しながら業務スキルを高めている。障害者の作業チームは、作業能力が高くグループをリードできる職員と、仕事を覚えることや作業スピードがゆっくりの職員とを組み合わせて編成した。当初仕事が遅い職員への風当たりが強かったグループでも、リードする職員に「指導」する立場になってもらうように助言することにより、徐々にお互いを認め合う方向に変化している。
![]() 配膳カート番号を表示
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![]() 食器洗浄作業の様子①
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![]() 食器洗浄作業の様子②
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![]() 食器洗浄作業の様子③
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![]() 食器洗浄作業の様子④
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(2)院内白衣のクリーニング業務での雇用の経過と援助の現状
- ア.院内白衣のクリーニング業務での障害者雇用
院内白衣のクリーニング業務は、畑に囲まれたいい環境の地に「クリーニング場 アルプス」を建設して職場とした。院内では病院の「付属施設」の一つとして位置付けられている。
ここでの障害者雇用は、ハローワークを通して障害者専用求人による公募を行い、トライアル雇用制度を利用した。勤務時間は1日6時間で月曜日から金曜日(第1・3土曜日は午前出勤)である。時給は693円(当時の長野県最低賃金)からスタートし8名を雇用した(現在は850円の時給となっている)。健康保険・厚生年金にも加入している。
業務は、病院内更衣室に着衣済みの白衣を入れるランドリーバックを用意し、毎日集配を行い、クリーニング場アルプスへの運搬、ポケットの中身のチェック、汚れた白衣に洗剤を噴霧しブラシで擦り汚れを落ちやすくした上で洗濯、乾燥機の工程を経てプレス機やスチームアイロン等を使って仕上げる。 - イ.クリーニング業務の経過・援助の現状
院内白衣のクリーニング業務は外注であったが、利便性が悪いため自宅に持ち帰る職員が多く、衛生上の問題があったため、検討の結果、新たな業務として平成22(2010)年12月より稼働したものである。クリーニング師を指導スタッフとして採用し、障害者もクリーニング工場を見学しながら準備を行った。
業務開始直後は新たな事業のためマニュアルが作成できない状況で、段階的に作業量を増やすという方法を取った。当初は技術の習得で精一杯であった障害者スタッフも、徐々に仕事を覚え仕事量が増えるにしたがって、本人たちの意識も変わり、現在では仕上がりも以前の外注業者と比べても遜色がないものとなり職員にも喜ばれている。
![]() クリーニング工場の外観
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![]() クリーニング作業の様子①
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![]() クリーニング作業の様子②
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3. 事例紹介、就労支援を行って
(1)事例紹介
N氏 50代 男性 アルコール依存症
職歴:16歳~48歳(製造業など5事業所)
N氏は48歳より依存症治療で3回入院、現在断酒歴2年4カ月、今回の就労前はデイケアを利用しながら作業所に通所していた。デイケアスタッフにすすめられ当院の食器洗浄の仕事に応募し、採用された。
生活が大きく変わることへの不安やストレスからの再飲酒が心配されたが、「仕事で疲れてそれどころじゃない」と、初期の大変な時期を乗り越えた。いまでは徐々に体も慣れ、他の職員の休みの代わりに入ってくれることもある。「からだはきついけど、充実している。給料は貯めて姪の結婚式にご祝儀としたい。断酒プログラムと仕事をそれぞれ大切にしたい」と話している。
(2)就労支援を行って
今回の就労では、現場で働きながら研修を行う形で始まり、少しずつスキルとチームワークが向上し、それと共に職業人としての意識が育ってきた姿が見られた。支援スタッフや栄養科の現場の見守り・助言が、障害者にとって安心して働く上でベースとなったと考えられるが、職場ができて、それを支える環境があれば、障害者は自ら力を発揮して成長していくのだと考える。
導入時は、環境面を整えれば、少しくらいの不安は時間が解決してくれると思っていたが、実際にはインテーク時の難しさ、タイミングなど今振り返り考えると、障害者の気持ちは常に揺れ動き就労支援スタッフの考えの更に上を行くものだった。今の形ができ上がってきたのも、もちろん個々人の努力もあるが、彼らの仲間としての絆があったからこそと思う。
この障害者就労は、最低賃金からのスタートであるが、特に食器洗浄業務は、大量の水を使い汚れることも多く大変な重労働であり、賃金に見合ったものとは言い難い。実際にそれを理由に退職したり、モチベーションの低下を訴えたり、クリーニング場へ行きたいという障害者スタッフも数名いる。
逆にクリーニング業務は、ある程度の職責もあるが作業環境としては自分のペースで作業ができ、また体調不良による早退や、本人の能力に合わせて柔軟に対応できる。また、女性や高齢者の障害者にも働きやすく、職場定着が図られているが、ステップアップとして一般就労への援助、雇用人数の制限があり就業を希望される障害者の雇用に繋げることの難しさがある。
今後は、院内で接客ができる簡単な喫茶も行っていきたいと要望もあるのだが就労支援の難しさや事業所の体制作りなど就労マネージメント全般の方向性を決め、退院前の研修的援助や地域の事業所との連携も見据えて支援を行っていく必要を感じている。
執筆者: | 安曇総合病院 心のホスピタル事業部就労支援室長 清水 孝則 |
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